第4章 ミルク色のダイヤモンド 4
「友達の条件って、なんなのかしら。ここ最近ずっと考えているのだけど、思いつかなくて」
んー、と朝彦は視線を上へ向けて少し考えながら答える。
「僕たちって、いわゆる、こういう生まれじゃない。だから普通の中高生とは少し違うよね。条件というかさ」
「普通。いいわね、まぶしい言葉よね」
「ちょっと憧れるよねー」
「当たり前、とかも」
「同意。超同意」
アイアグリー、と付け加えてから朝彦は本題に戻る。
「普通の学生だとさ、友達の条件って、利害関係抜きで好きだと思える人、とかだと思うんだよ」
「そうね」
「でも僕らの立場だとさ。それってすごーく難しくない?」
沈黙で珊瑚は肯定の意を示した。心当たりがありすぎる。
「僕たちのまわりには、友人を装ってなにかを融通してもらおう、そう考える人間の方がはるかに多い。僕たちは幸いにして、相手の腹黒さをある程度読み取れるくらいには聡明だけれど、でも、計算ずくでない人間を探すのは」
「砂浜でダイヤモンドを探すようなものよね」
「そうー」
それー、と朝彦は人差し指をぴんと立てた。
「価値観が同じのようだね、いいねいいね」
「わたくしは微妙に嫌だけどね……」
「あ、そゆこと言うんだー」
だからね、と朝彦は時計をチラ見してから、再び話をもとへ戻す。
「僕たちにとって友達というのは、相手が無力であったとしてもそばにいたいと思えるかどうか。だと思うんだよ」
相手が無力であったとしてもそばにいたいと思えるか。
いい言葉だと珊瑚は思った。
「と同時に、自分が無力になった時、相手が自分のそばにいてくれるか」
どうかな、私見ですけど。と珊瑚の顔を覗き込む朝彦に、珊瑚は椅子を引いて立ち上がった。そろそろ出なくては一時間目に間に合わなくなってしまう。
「そして、あなたはぜろにんなわけね。ごちそうさまでした、お先に」
うわ、ひどっ! と朝彦の声が聞こえたけれど、振り返ることなく珊瑚は食堂を後にした。
◇◇◇
その日の放課後、台風がくるという天気予報の通り、空は次第に暗くになり、風も強くなりはじめていた。
「ごめん!」
シキは顔の前で両手を打ち合わせて、授業が終わるのが待ちきれないというように出かけていった。
「今日の放課後の勉強はサボらせて? お願いっ」
サボりって、こんなに堂々と宣言してから行うものなのかしら。と珊瑚は思って細目になる。いくら自分が世間知らずだからといって、それは違うと思うのだが。
もうすこしましな言いぐさがあらまほしい、と思っているのが伝わったのかどうか、シキは続ける。
「なんかさ、スネークセンターの職員が来てるらしくて。見に行きたいんだよねえ。蛇屋以外の人間の蛇の扱い、すっごい興味ある!」
「まあそういうことなら、行っ」
行ってきたら、と珊瑚が最後まで言い終わるのを待てないというように、シキはすっ飛んでいった。
「ごめーん夜頑張るからー」
というのも走りながらだった。
さてどうしよう。偶然できた空白の時間を無為にするのももったいなくて、珊瑚は談話室に足を向けた。
大きな窓から外の東屋へ出られるようになっている談話室は、悪天候のせいか誰もいなくて、珊瑚はキッチン脇に備え付けてある食器棚でゆっくりと茶器を選んだ。
おそらく五十はくだらないであろう、ひとつひとつ色柄違いのカップとソーサーがそこには並んでいる。茶器の柄がよく見えるよう、皿は斜めに立てかけてあって、ひと目見てアンティークとわかる高価なものも多い。
お茶でも入れて、自分の部屋でゆっくり考えようと思った。
もともとここへ来た目的は、見合いをいかにして断るかだったのだから。
白と水色のシンプルな地色に、金彩で細いラインが施されているのを珊瑚は選んだ。そこにちょうどよく朝彦が入ってきたのは、湯が沸くのを珊瑚が立ったまま待っていた時だった。
「どこまでもついてくるわね……」
聞こえるか聞こえないかでつぶやいた彼女とは裏腹に、彼ははじめ驚いてつんのめるように動きを止めてから、次の瞬間、ぱっと嬉しそうな顔になった。その表情から、偶然居合わせたのだとわかるものの、不快であることに違いはない。
「お茶ですか?」
「ぜろにんがひとりになった、とか思っているなら残念ですけど見当違いよ?」
もうー、と朝彦は大げさに身をよじる。
「お茶をさ? 一緒しましょうよって言おうとしただけじゃん。容赦ないんだから」
「生憎だけど、わたくしひとりで考えごとがしたいの」
「僕とのことを?」
つんと顔をそらしたまま、少しも反応するまいと珊瑚はつとめる。早くこの場を立ち去ってしまいたいが、湯はまだ沸く様子がない。
「そんな眉間にしわを寄せてると。そのまま固まっちゃいますよ?」
「そうなったならご自分のせいだとは思わないわけね」
言葉に力を込めて珊瑚は言う。
「わかりますよ? 僕とのお見合いが嫌なんでしょう。こんなところへ避難してくるぐらいに」
「嫌がられている自覚があってなによりだわ」
「それだとしたらなおさらね、僕と話をしたほうがいいんじゃないかと思うわけですよ」
「……謎な理論ね」
「僕がなにを考え、なにを基準に動く人間なのかがわかれば、断る方法も思いつきやすいのではないかと。そう思う次第で」
これって、ものすごく巧みなのか、ものすごく馬鹿か。プレゼンの出来としてはどちらに入るのだろうと珊瑚が半眼になっていると、朝彦はズボンの尻ポケットから長財布を出してテーブルの上へ置いた。まるで場所取りでもするみたいに。
「というわけで、お茶菓子持ってきますね。すぐ戻りますので。すぐ」
なにが、というわけでよ。
再びひとりになった珊瑚は、ようやくお湯が沸いたのを見て火を止めた。
別に、このまま自室に戻ってしまえばいいだけの話ではある。まさか女子生徒の部屋へまでは入ってこられまい。
だが、今この場には珊瑚以外の誰もおらず、テーブルにはぽつんと朝彦の財布が置かれている。
(……なんというか。ズルいけどうまい手、なんでしょうねこれは)
その場を離れるに離れられず、珊瑚は不承不承、丸テーブルのひとつに腰掛けた。
本当にすぐに、朝彦は戻ってきた。両手にはバタークッキーを箱ごとと、和三盆の干菓子、きれいな色どりの金平糖が一袋と、アイシングのかかったマフィンまで抱えている。
「……そんなに、いったい、誰が食べるの」
「ど、どれが好きかわからなかったもので。とりあえずありものをそのまま」
荒い息遣いのまま朝彦が笑みを浮かべる。
「あーそのまま。座っていてください。僕がしますよ、サーブは」




