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第4章 ミルク色のダイヤモンド 1

 珊瑚とシキが私立金葉学園に来てから五日目の朝のこと。


 渡り廊下でつながる校舎棟に足を踏み入れた珊瑚は、一階ロビーの掲示板前に生徒が集まっているのを見つけた。


 なんだろう、とみんなの後ろから覗いてみると、試験結果が張り出されており、自分の名前があるのが見える。


(あら)


 ここへ来て受けた試験といえば、心当たりがあるのは到着した翌日に受けたものだけだ。


 物心ついた時から家庭教師について勉強していたので、試験結果に順位がつくというのがなにやら新鮮で、どれどれと珊瑚は身を乗り出す。その気配に気づいた男子生徒が幾名か、それとなくずれて珊瑚のために場所を作った。


 少し離れたところで彼らがささやき交わす声が断片的に聞こえてくる。……すげえな、いきなりトップかよ。知らない顔なんだろう? ……これまでの全国模試でも聞かない名だよな。


 よく見ると、張り出されているのは上位五人の生徒のみだった。

 その一番上に珊瑚の名前がある。


 五名のみしか張り出されていない代わり、その五名の生徒は各教科の点数に至るまで詳細に情報が開示され、珊瑚と二位の生徒とでは、総合で二十点近く差がついていることがわかる。


 なんだあの点数、ダントツじゃん、と男子生徒がささやく声。


 そうか、自分はダントツなのか、と珊瑚は表情には出さずに思う。そしてその言葉をひそかに覚えて語彙に蓄える。


 これがすごいことなのかどうか、正直なところ、今一つ実感がわかない。なんといってもわずか五十人足らず、高等部だけで言うならその半数だ。トップだと言われても、喜んでいいものかどうか。

もっと生徒数が多ければ一位の実感もあるのだろうかと思っていると、ふわりと甘い葉巻の香りがした。


「試験結果、見たかな?」


 学園長だった。

 彼が来たのに気づいた女子生徒が急にそわそわし始める。


「学園長先生」

「おはようございます」

「あの、私……カウンセリングの予約が採りたくて、でも取れなくて」


 まあまあ、待って。というように彼は片手を上げて遮った。


「話をするのは、新しく入った人を先にね」


(話……)


 それって自分のことだろうかと珊瑚は掲示板を見上げたまま憤慨混じりで思う。

 わたくしのほうには、話すようなこと、ないけれど。


「君たちも最初にここへ来た時は不安だったでしょう。──真由子、カウンセリングの件はわかった。あとで話そう」


 なおも名残惜しそうにする生徒たちを、さ、そろそろ予鈴だよ、と彼はさりげなく解散させた。


 珊瑚もその流れに便乗する形で立ち去ろうとしたけれど、先手を打つ形で彼が話しかけてくる。


「学年一位とはすばらしいね」

「たまたまです」


 必要以上の笑顔も、愛想も抜きで珊瑚はそうとだけ答える。


 なぜかはわからない。わからないのだが、最初に挨拶した時も、行き止まりの小路であった時もそうだった。珊瑚の本能はなぜだか彼を警戒している。近づくな、そばへ寄るな、最速で離れるべし──と。


「私はカウンセリングの中で生徒たちの学力相談もしているが、君には必要なさそうだね」

「そうですか」


 カウンセリングという言葉がまた出た。

 入学前に渡されたカリキュラムの中にはなかった言葉だ。


 そう思ったけれど、珊瑚は口にはしなかった。

 この件について、自分から話の糸口を作らないほうがいい。そんな気がして。


「学園はどうかな、慣れたかな」

「おかげさまで」


 だが、自分が彼を警戒していることはできるだけ気取らせたくない。勢い、笑顔の仮面は隙のないものになる。


「ここは外界から切り離された一種独特な環境だ。小さなことで思いつめたり、慣れない暮らしに体調まで崩すものもいる。そういう時のために、私はカウンセリングを行っているんだよ」

「──そう、ですか」


 彼は胸につけた金属の名札を指し示す。

 そこには横文字で、彼が医学博士の資格持ちであることが掘りこんであった。嘘か本当かはわからないが。


「難しいものじゃない。お茶を出して雑談するようなものだよ。気軽にいらっしゃい」

「なに話してんのー」


 そこへ、場違いなほどの呑気な声でシキがやってくる。


 いくら屋根続きの敷地内だといっても、既に登校時刻ぎりぎりだ。


 ちゃんと起きるから、お願い、もうちょっと寝かせて、わかってるからほんとにちゃんと起きるから。と言うので先に出てきた珊瑚だったが、危惧した通りシキはあれから二度寝に突入したらしい。いかにも今しがた起きました、顔も洗っていませんし着替えるだけでやっとでした、という風体の彼女は、だが珊瑚をことのほかほっとさせた。


「カウンセリングの話だよ、シキ」

「カウンセリング?」


 学園長が彼女を呼び捨てにしたことに、珊瑚は意味なくむっとする。


「そう。ノイローゼになってしまう生徒も中にはいるからね。深い落ち込みを回避するには早期のケアが大切だから」


 はあ。と気のない相槌を打って、シキは頭をがりがりと掻いた。いつにも増してあちこち跳ねた毛先が揺れる。


「でもあなたには心を開きたくないって生徒がいるかもしれないですよね。そういう時にはどうするんです?」

「そういう時には、また別の先生を招くさ。……君には、必要ないかな?」

「ないですねー」


 そう、と表面上は何の問題もないように微笑んで、彼は立ち去っていった。そろそろ本鈴が鳴るよ、早く教室に入りなさい。そう言い残して。


 ふたりきりになって、シキは露骨に眉をひそめた。


「で、実のところはなんの話よ」

「うふふ」


 シキが学園長にきっぱりとした、無礼ともいえる態度で通したことが嬉しかった。


「うふふじゃないって。なんなのあいつ」


 シキがむすっとして毒づいたので、珊瑚は一気に気が楽になった。学園長と一緒にいた時の胃の重苦しさが軽くなる。


「ほらこれ。結果が出たのよ」

「へー」


 掲示板に張り出された結果表を見ても、シキはどこか他人事だ。確かに彼女の名前は乗っていないが。


「あなた、生徒番号何番?」

「えっ、そんなの覚えてないよ」

「確かわたくしと一番違いのはずよね」


 珊瑚は掲示板の下に設置してある小型のタッチパネルを操作して、記憶にある十桁の番号を入力する。


「なんで覚えてるわけ!」

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