好きになったから嫌いになりたいっておかしくない?私は友達辞める気ないから!
「椿のこと嫌いになりたいんだけど」
高一の秋。
友人の高井千花によく分からない告白をされた。
悩みがあるから聞いて欲しいと言うからわざわざ部活を休んで放課後、生徒会の用事がある千花を教室で一人待っていたというのに。
千花とは中学から一緒だった。
でも実際に友達と呼べる関係になったのは中二の秋頃。
それまでは同じクラスにいるけどグループが違うからあまり話したことがないような関係だった。
その関係が変わったの修学旅行で同じ班になったことがきっかけだった。
話してみると意外と楽しくて趣味が合う訳ではなかったけど、というかどちらかと言うと合わない。
千花は変わり者で思いついたことをすぐ行動に移す、欲望に正直な奴だった。
最初は「なんだこいつ。変人か?」って思うこともあったんだけど徐々に突拍子もない千花の行動が面白くなってきて修学旅行が終わる頃には本音で話すような仲になっていた。
今まで一緒にいたグループの友達より千花といる方が面白かった。
そこから何となく2人で行動することが増えて高校も志望校が一緒だったから勉強会を一緒にしたりしてより仲が深まっていった。
高校は無事に受かって今に至ると言った感じだ。
「ねぇ、どうしたらあんたのこと嫌いになれると思う?」
「そんなの知らないよ。大体なんで私のこと嫌いになりたいの?」
「わたし椿のこと好きみたいなのよね。性的な意味で」
「んごっ!?」
千花の突拍子もない告白に飲みかけていたお茶のせいでむせた。
「ゴホッゴホッ」
「やっぱり驚くわよね」
「お、驚くに決まってるでしょ!?せ、性的にって……!?」
「言葉の通りだけど。椿とならキスとかセックスもできるわよ、たぶん」
「セ……ッ!?」
私と千花がするの?
まって。
考えるな私。
想像したらダメだ。
千花が私の反応を見て面白そうにニヤついてる。
ここで慌てたり、顔を赤くでもしたらからかってくるのが目に見えている。
冷静になれ、私。
「あの、千花。それ本気で言ってる?冗談で私をからかってるのならやめよ。ね?」
「酷いわ、椿。わたし本気で好きなのよ、椿のこと。どれくらい好きかって言ったらいまさっき言ったことが丸一日出来るくらい好きよ」
千花は獲物を狩る珍獣の目をしていた。
背中に寒気が走った。
「……ごめん、千花。私は千花と友達のままでいたいです。だからそんな目で私を見ないでいただけないでしょうかッ!」
「はっきり拒絶するのね」
「だって私千花のことそんなふうに見えないもん。千花のこと友達として好きだよ。でもえーっと……」
「セックスするほど好きではないって?」
「濁してたのにはっきり言わないでくれる?!好きじゃないって言うか想像できないだけ」
「うそ。さっき想像しかけてたでしょ。慌てないように理性で抑えてるみたいだけど耳真っ赤よ」
「平然と分析しないでくれない!?」
「まあ、落ち着きなさいよ」
「はぁ?落ち着いてるし。全然慌ててなんかないし!」
千花が可笑しそうに笑った。
くっ、だから嫌だったのに!
こんな辱め受けるために待ってたわけじゃないぞ!
「聞きなさい、椿。わたしは椿とキスもセックスもできるくらいあんたが好きだけど」
「堂々と言いきらないでよ。私が恥ずかしくなってくるでしょ」
「初心なところも好きよ」
千花はそう言って至近距離で微笑んだ。
余談だけど千花は可愛い。
身長は私と変わらないけど顔の造形は10人中7人が口を揃えて賞賛するレベルの可愛さだ。
10人中7人って微妙じゃない?って思うかもしれないけど人それぞれ好きな容姿の作りは違う中、10人中7人も賞賛するなんてすごいレベルなんだぞ。
わかった?
そんな人に至近距離で微笑まれたら少しドギマギしてしまうものなんだ。
私は千花の目から逃げるため目線を横にした。
その様子に千花はクスッと笑ったあと口を開ける。
「言ったでしょ。椿を嫌いになりたいって。正直わたしもこの感情を持て余してるところなの。あんたがわたしのこと好きになるとは思えないし、でもこのままあんたのことを思い続けるとかなんか癪だと思ってね。
なら嫌いになったらいいんじゃないかって。椿にも協力してもらってね」
「……どうしてそんな極端な話になるわけ?私、千花とは友達のままでいたいって言ったじゃん。私の事嫌いになったら友達としてもいられなくなるでしょ、それ」
「そうかもしれないわね」
「それを聞いて私が協力すると思ってるの?」
「なら、なに?椿はわたしにずっと欲情した目で見られても平気って言うの?わたしは嫌よ。そんな醜態晒したくないわ。なら早急に嫌いにならないといけないの。椿の事なんて大嫌いって思うくらいわたしにあんたの嫌なところを教えてよ」
「言ってることめちゃくちゃなんだけど!」
「わたしもそう思うわ。でも限界なの。あんたのこと好きすぎておかしくなっちゃいそうなのよ。責任取ってどうにかしなさい。そして嫌われなさい」
「私何にもしてないから責任とか言われても困るんだけど!」
「存在しているだけでも責任はとるべきよ。わたしはあんたが存在しているせいで色々悩んだんだから」
「え、死ねってこと?私に死ねって言ってます?」
「何言ってるの。死んだら許さないわ。勝手に死んだら末代まで呪うわよ」
「じゃあ、どうしろと……」
「わたしに嫌われなさい」
「だからそれは嫌だって言ってるでしょ」
「なに?あんたわたしの事好きなの?」
「友達としては大好きだけど?」
友達の中では1番と言っていいほど私は千花のことが好きだ。
そう言いきれる。
千花は冷たい目になって私をみてくる。
私は思わず身震いした。
「私と同じ気持ちを返せないなら協力しなさい」
「やだ」
「……口で言っても分からないのね」
「私は嫌われて喜ぶマゾじゃないからね」
「……もういいわ」
千花は突然私の胸ぐらを掴んできた。
「な、何する気……?」
「キスしようかと思って」
「いや、まって!?。マジで待って!」
「いやなの?」
「いやにきまってるてましょ!」
「だからわたしに嫌われなさいって言ってるの」
「それもいや!」
「そう」
「んぅ!?」
私の唇は千花の唇により塞がれた。
私のファーストキスは一瞬で奪われた。
千花は私の唇をペロッと舐めたあと艶っぽく笑った。
千花のその表情とキスをされたせいで顔が熱い。
「こんなことされても嫌われたくないと思える?」
色っぽい声で耳元で囁かれ、耳まで熱くなる始末。
「椿」
「ちょ、やめ……っ」
千花は私の胸ぐらを掴んだまま私の首に唇をあててきた。
こそばい。
ぞわぞわする。
何してんだこいつはぁ!
「んっ」
吸い付いてくる。
千花の熱い息が首にかかる。
突き飛ばそうとしても千花の握力が強すぎて突き飛ばせない。
やばい。
こればやばい……!
友達ってこんなことしないよね?
私が知ってる友達こんな事しない!
「な、舐めんな!」
「吸い付くのはいいの?」
「ダメだから!マジやめてよ!?離れて!」
「わかった」
千花は素直に離れてくれた。
私は先程まで吸われていた部分を手で隠した。
これ絶対あとになってるよ。
吸い付く力強かったもん。
え、これってあれ?
キスマークってやつ?
人生初のキスマーク千花に付けられちゃったの?
「嫌でしょ、こんなことされるの」
「わかってんならすんな!」
「わたしに嫌われないとこんなことされるのよ」
「………」
「協力しないならこれ以上のことするわよ。キスもさっきみたいに加減しないわ」
「……どうして嫌われようとするの?千花は私の事好きなんでしょ?なら好かれようとする努力はしないの?」
「……椿はわたしのこと性的に好きになってくれるの?そもそも女を好きになれるの?女とセックスなんかできないでしょ?」
「ど、どうしてそんな生々しい話ばかりするの?最初っからそんな話されても分かるわけないでしょ!」
「恋人になりたいってことはそういうことでしょ。他人に取られたくないっていう独占欲から始まって、いつしかあれ?もしかしてわたしあいつのこと……ってのがお約束でしょ」
「なにその芝居かかった言い方。ふざけるの?ぶざけてるよね!?」
「そんでもってセックスする夢みて自覚するっていう」
「うん、そういうのもあるかもしれないけどね。ちょっと待って。それ実体験なの?もしかして千花、私とその……す、する夢みたの?」
「………」
無言だぁ!
これ絶対実体験だ!
なにその男子高校生みたいな自覚の仕方!
女の子でしょ?
あんた女の子でしょうが!
「で? 女とセックスできるの? どーなの?」
「……わ、わかりません」
「はぁ」
「彼氏いない歴イコール年齢な私に分かるわけないでしょ!?まともに恋愛なんてしてこなかったんだから」
「じゃあ、してみる?私と」
「しません!」
肩を上下に揺らす私を見て千花は不機嫌そうな顔をした。
はぁ、と息を吐いて立ち上がる。
このままでは埒が明かない。鞄を手に持って帰る支度をした。
「ちょっとっ まだ話は終わってないけど。逃げるの?」
「違う。お互い譲る気はないでしょ。私はキスされても友達としていたいの。あんたとは」
「なんでそこまで……」
「言わない」
「…………」
「一緒に帰るよ。そんで明日また話そう」
「……わかった。今日は折れてあげる。でも一緒には帰らない。先に帰って。私はまだ少し教室にいるから」
「……わかったよ」
一緒に帰れないのは不満だがここで私が折れなければまた言い合いになってしまいそうだから。
私は一人で教室を出て家へ帰った。
◇
自分の部屋に入ると一気に羞恥心が溢れてきた。
壁にもたれてズルズルと落ちていく。
千花の唇の感触が生々しく残っていて手で口を覆わなければ叫んでしまいそうだった。
(なんであそこでキスなの!?オッケーも出してないし初めてだったのに!)
湧いてきた感情は怒りだった。
急にされたから?
……ちがう。
千花が自分勝手すぎるから?
……これもちがう。
千花への気持ちが溢れそうになったからだ。
私はずっと千花が好きだった。
きっと千花が私のことを好きになる前から好きだった。
私の方が早かった。
千花を意識するのも取られたくないと思うのも独占したいと思うのも。
私の方がきっと早かった。
沢山悩んだ。
告白しようとも思った。
けど怖くて出来なかった。
突き放されれば私はきっと学校に行けなくなってしまう。
千花のそばにいられなくなるのも、周りの人に変な目で見られるのも嫌だった。
だから蓋をしてこれまで気づかれないようにしていたのにあいつは―――千花は私の気持ちなんて考えずに私が言えなかったことを、伝えたかったことを躊躇いなく言いのけた。
友達のままでいたい。
これは本音だ。
私には世間の目を気にせず堂々としていられるほど強くない。
千花とはちがうんだ。
千花がもし私の知らない誰かと付き合って幸せそうで毎日その人の惚気を聞かされて私には微塵も興味が無いんだなって分かったら諦めがついたのかもしれない。
私は飽きっぽいからきっとそうなったはずなんだ。
なのにあいつがあんなことを言うから。
キスなんてしてくるから。
「〜〜〜〜っ!!」
声にならない叫び声をあげる。
欲が出た。
もっと触れたいと思ってしまった。
それがどうしようもなく辛かった。
千花に嫌われたくない。
友達のままでいたい。
それなのに。
そう望んでいるはずなのに。
千花の唇の柔らかさと少し漏れた吐息が顔に触れたことで胸の奥底に秘めていた気持ちに抑えが効かなくなっている。
千花に吸われた首の部分を触る。
学校での出来事がフラッシュバックして泣きそうになった。
千花が好きだ。
言葉になんて出来ないけど。
伝える気もないけど。
嫌われて友達を辞める気もない。
絶対に。
これは両想いなのに世間の目を気にして想いに応えられないめんどうな女と好きになった相手を嫌いになろうと努力するおかしな女の物語。