第三章 魔女の証明
名前は教えてくれたものの、彼女の機嫌が直った訳ではなさそうだ。その証拠に、まだ頬をぷっくりと膨らませ、そっぽを向いている。
(うわぁ。これは完全に拗ねちゃったかな?…あっ!そういえば冷蔵庫にこの前買ったプリンがあったはず!)
「ちょっと待っててね。」
そう声を掛けて、私は、すぐに冷蔵庫の中を確認しに行った。
「おっ!あったあった!」
(これで機嫌を直してくれればいいんだけど。)
そう思いながらプリンを取り出し、冷蔵庫を閉める。パタンという音と同時にひんやりと冷たい冷気が、体の周りを漂う。
(早く持っていってあげよう。)
そう思う反面、勝手に家にワープ(?)して来られて、土曜の朝6時から叩き起こされている私も、多少彼女に怒りを表してもいいのではないかと思ったりもする。だが、まぁ自分よりも年下の子に、こんな理由で怒るのも流石に大人げない。
それと、ワープの件に関しても、まだ本当に信じているわけではない。
今の時点では、ただ単純に、魔法の世界や自分より年上の女の子に憧れを持つ、おませさんな、少し変わった子の可能性もあるのだ。仮にそうだとしたら、家出して何らかの方法で私の部屋に忍び込んだということになり、その場合警察に彼女を保護してもらわなければならないだろう。特に、このまま居座らせて誘拐なんて疑われでもしたら、たまったものではない。
それを確かめるためにも、彼女には早く機嫌を直してもらい、もっと詳しい話を聞かなければならない。
そして、本当に魔女だと言うのなら、”魔法”を見せてもらわなくては、どうにも納得ができない。
そんなことを考えながら、私は食器棚の戸棚からスプーンを取り出し、リリィのいる自室へ向かった。
自室に戻ると、彼女が私のベッドに腰掛けていた。
(当たり前のように座ってるな…。自由すぎるだろ。)
と思いながらも、ベッドに座り、床につかない足をパタパタさせているリリィに話し掛ける。
「さっきのお詫びに、プリン持ってきたんだけど、よかったら食べる?」
私の言葉に彼女の表情が少し明るくなり、こちらに顔を向けた。そして、ハッとした表情になったかと思ったら
「ま、まぁ?そんなに言うなら食べてあげてもいいけど?」
と言い、今度は左上に向けて顔をプイッと振った。
ちょっと喜んでしまって恥ずかしかったのだろう。少し顔が赤い。
私は、ベッドと壁の間に置いてある丸テーブルの上に、プリンとスプーンを宛がってあげた。
そうすると、彼女がぴょんっと弾みを付けて、ベッドから立ち上がる。
(やっぱり、ちょっと嬉しそうだな。)
その様子が、何だか可愛らしくて微笑んでしまう。
言動だけ見れば本当にただの我儘暴君なのだが、見た目のせいか、あまり嫌な感じはしない。
(妹がいたらこんな感じなのかな?)
そう考えながら彼女の方を見ていたら、目が合ってしまった。
そうすると、彼女が、
「あ、違うからね!別に嬉しくてピョンってしたんじゃなくて、ちょっとベッドの高さがあたしに合ってないから、勢いつけて降りなきゃいけなかっただけだからね!勘違いしないでよ!!」
と、焦ったような口調で、何故か言い訳をし始めた。その様子を見て、
(あぁ。やっぱり嬉しくてぴょんってしてたんだな。)
と確信した。
そうこうしていると、彼女がベッド横のカーペットの上に腰を下ろした。
私も対側に座ろうと思ったのだが、そこには、丸テーブルを飛び越え壁側に追いやられている毛布があった。
(あ、すっかり忘れてた。)
私は、無造作に置かれている毛布を、ベッドに戻しに行く。
(それにしても、本当に謎だな。何か引きずって持ってったって感じじゃないんだよな。上から落としたみたいな…。)
私は、ちらっと彼女の方を見る。
(無理だよな~。でも引っ張られた感覚は絶対にあったんだよな。うーん?)
まぁ、あまり考えても仕方ないだろう、今は一旦置いておくことにしよう。そう思いながら、私はさっきまで毛布が置かれていた場所に戻り、リリィと対面するように腰掛けた。
すると、彼女が
「…もう食べてもいいのかしら?」
とチラッとこっちを見て訊いてきた。
今までの彼女の言動からして、もう勝手に食べてるものだと思っていたが、意外と私が座るのを待っていたようだ。
私がコクりと頷くと、彼女はキラキラと目を輝かせながら、硝子容器の蓋を開け、スプーンですくったプリンを口に入れた。
よほど美味しかったのだろう。パァっと明るい表情になったかと思うと、彼女がこちらに向かって私の知らない言語でなにか言っている。
なんと言ってるのかは全くわからないが、嬉しそうだということだけは確かだ。
彼女は、その間私が何も反応を返さなかったからか、少し首をかしげながら不思議そうな表情をしていた。
そして、その後、ハッとした表情になり、少し恥ずかしそうにニコッと笑いながらに彼女がこちらに話しかける
「ごめんなさい。美味しくてつい自分の国のコトバになってしてしまっていたわ。それにしても、このプリン本当に美味しいわね!」
幸せそうな表情を見るに、やっと機嫌を直してくれたようだ。
「これって、お店で買ったプリンなのよね?こんなオイシイプリン初めて食べたわ!材料を見たカンジは普通のプリンと変わらないのに、不思議ね。」
そうだろう、そうだろうと私は少し誇らしげな表情で頷く。彼女の言う通り、今まで食べたどこの物と比べても、このお店のプリンは本当に群を抜いて美味しいのだ。
頷きながら、私は彼女の発言が少しおかしいことに気が付く。
(あれ?そういえば、材料名は箱にしか書いていなかったはずなのに、どうしてわかったのだろう?見たって言ってるけど、どういうこと?)
このプリンは小売りしておらず、箱に入って4つ1セットで売られているため、容器には材料の記載がない。その代わりに箱の方に材料名が記載されているのだ。
(賞味期限は確か蓋に書いてあったと思うけど。)
彼女の食べているプリンを見てみるが、やはり材料の記載シールは貼られていなかった。
不思議に思った私は、直接彼女に訊いてみることにした。
「ねぇ、どうして書かれてないのに、材料がわかったの?」
すると彼女は、
「魔法で少し材料を調べただけよ。オモサとか量とかはわからないんだけど、使われている物自体は、ジヅラで浮かび上がるの。まぁ、さっきからホンヤクのためにも同じ魔法を使ってるんだけどね。でも、字面でしか出ないから、あんまりホンヤクには向いてないのかも。全然イントネーションがわからないもの。」
魔法…。魔法なんて本当に存在してるのだろうか。まだ疑心暗鬼の私は、彼女の方に目を向ける。
すると、ちょうど、彼女が最後の一口を口に入れたところだった。
タイミング的にも今訊くのがいいだろう。
私は、先程から気になっていた"魔法"のことについて訊いてみることにした。
「ちょっと魔法について訊きたいことがあるんだけど、いいかな?」
そうすると彼女は
「いいわよ。何が知りたいのかしら?」
とあっさりとした返事をくれた。
その言葉に私は質問を続ける。
「今使ってる魔法って、目に見えないものじゃない?それで、目に見える魔法もあるのか訊きたいの。それで、もし可能なら、その魔法を見せてほしいの。」
それを聞いて彼女は、少し首をかしげて何か考えているようだった。
私はその仕草に
(やっぱり、魔法も並行世界の話も作り話なのかしら…。)
何だかんだ言っても、心のどこかでは、もしかしたら本当に、そんな世界や魔法が存在しているんじゃないのか、と思っていたのだろう。何だか少し落ち込んでしまう。
そうしていると、彼女が
「あ!そっか!もう"目に見える魔法"使ってたのに、何でそんなこと訊くのか不思議だったけど、確かに貴女あの時目が開いてなかったものね。」
と口にした。
「あの時?」
それに対して、私が不思議そうに聞き返すと
「そう!貴女があんまりにも起きないから、モウフを吹っ飛ばしたのよ!ほらこうやって。」
そう言うと彼女は、右手をスッと上に挙げる。その手と同時に、さっき戻した毛布が凄い勢いで天井付近まで引っ張られて行く。
私は、ふわふわと宙に浮いているそれを眺めて固まってしまっていた。
そんな私に対してリリィが言葉を続ける。
「あ、ダイジョウブよ!さっきせっかく貴女が直した毛布ぐちゃぐちゃに置いたりしないから!」
そう言うと今度は、毛布の四方にマジックハンドのような大きな白い手、というか手袋の様なものが出てきて、毛布をピンッと伸ばしている。
そして彼女が手を下ろすと、毛布も一緒に下りて行き、ベッドに付く寸前で謎の白い手はポンッと小さな音を立て、キラキラ光り消えていった。
「これで大丈夫かしら?」
そう言って彼女は少し微笑み、首をかしげた。