第二章 異国の少女
「ね…きな…さ…ょ。」
(うるさいな~。)
まだ夢心地の頭に、誰かの声が響いてくる。
「ねぇ!起きなさいってば!!」
私は、毛布を引っ剥がされた上に、目覚ましのような、大きな声にビックリし、”ビクッ”と体を跳ね上がらせて起き上がった。しかし、起き上がったはいいものの、全く目が開かない。上半身を起き上がらせたままボーッとしていると、また誰かが怒鳴っている声がした。
「ちょっと!目が開いてないじゃないの!ちゃんと起きなさいよね!……あんたまた寝ようとしてない?」
(うるさいなー。もう、今日休みなのに。)
私はまだ、夢の中にいる様な感覚が抜けず、今聞こえている”少女の声”に対して、疑問が持てるほど思考が働いてはいなかった。
「ねぇ。本当にお願い!目を開けて!あたしもこんなことになるなんて思わなくて…。どうしたらいいのか分からないの…。」
少女は、必死な、そして少し戸惑った様な声で私に訴え掛けてきた。その震えた声に、夢から引き戻され、私は重たい瞼を開けた。
すると、ベッドの隣には一人の少女がちょこんと座っており、私の方を不安そうな表情で見つめていた。少女の見た目は、10歳くらいで、髪は金色のワンレンロングヘアー、そして瞳の色は鮮やかな水色をしている。目鼻立ちもはっきりしていて、何処からどう見ても、日本人では無いであろう容姿をしていた。
ふと、自分の毛布が無いことに気が付いた私は、彼女の後ろ側に目をやる。そこには、私がさっきまで掛けていた毛布が、無造作に置かれていた。
(小さい体で、どうやって、そんな所まで飛ばしたんだろう?)
ていうか、そんなことより、”何でこの子が私の部屋の中に居るの?”どうやって入ったの?”何処の家の子なの?”という疑問が、頭の中に浮かび、ぐるぐると駆け巡っていた。私は、何から訊けばいいのか分からず、少し黙ってしまっていた。すると少女の方から話し掛けてきた。
「やっと起きた…。言葉は通じてるかしら?それと、ココはなんというところなのかしら?…コクメイを教えてほしいの。……貴女もあたしに対して訊きたい事が沢山あると思うわ。質問に答えてもらえたら、ここに来たケイイを全て話すわ。」
彼女は、ホッとしたような、でもまだ少し不安そうな表情でこちらを真っ直ぐと見つめていた。
私は、その質問に答えることにした。
「少したどたどしいけど、言葉は通じてるよ。それと、此処は”日本”ていう国だよ。」
そう説明すると、彼女は頭を抱えていたが、私はそのまま話を続ける。
「あの、考え事してるところ悪いけど、何で貴女が此処に居るのか説明して欲しいんだけど。」
項垂れている彼女に状況の説明を要求する。この、訳のわからない状況と無理矢理起こされたことも相まって、少し冷たく、急かした様な言い方になってしまった。
(ちょっと強く言い過ぎたかも、小さな子に向かってこれは可哀想よね。)
大人げなかったと謝ろうとしたとき、私よりも先に彼女の方から
「ごめんなさい!こんなことになるとは思わなくて…。あたし、此処に来る少し前、学校の図書室に居たの。それで、あたしの日課が、ホウカゴ、予習のために図書室に残ることだったんだけど、その日はいつもより早く勉強が終わって、少し本でも読んで帰ろうと思ったの。それで、本棚をブッショクしていたら、どう見てもただのノートが入っていて、誰かの忘れ物だと思って、先生に鍵を返すついでに届けようと思ったの。でも、古びたそのノートの中に何が書いてあるのか気になっちゃって…。だって、もしかしたら自分の知らない魔法式とかが書かれてるかもしれないじゃない?それで、少しだけ中を覗いてみたの。そしたら風に吹かれたように、勝手にページがパラパラめくられていって、最後のページになったとき、見たことの無い魔方陣が描かれていて、それが急に発動しちゃって、気が付いたら貴女の部屋で倒れていたの。」
(ん?今、魔法って言ったよね?魔法??)
「あたしは多分その魔方陣のせいでこっちの世界に飛ばされたんだと思うの。」
彼女が此処に居る経緯はまぁまぁわかったが、話の内容があまりにもファンタジー過ぎて、更に頭がこんがらがってしまった。
その私の表情を見て、彼女がまた口を開く。
「えっと…。根本的な所からもっと詳しくセツメイするわね。まず、この世界とは別に、魔女や魔法使いが暮らす世界があるのだけど、それは知ってたかしら?こっちでは、小学校の時のレキシの教科書に載っていたのだけれど…。」
私は首を横に振る。
「じゃあ、そうね、貴女は”魔女狩り”って知ってるかしら?」
私は頷いて答える。
「少しなら知ってるよ。魔女だと疑われたら、酷い拷問を受けて、最後には殺されてしまうっていうやつだよね?」
「そうね、元々は、そのソウドウのせいで、この世界が出来たらしいの。昔、魔女狩りがとても盛んだった時代に、とある魔女がシュウカイでその問題について意見を出したの。”この悲劇を終わらせる為に、私達で新しい世界を創ろう”って、それで、多大な魔力と知識量を持つ5人の魔女が力を合わせて創った世界が、私の居た世界、いうなれば、”魔法使いの隠れ蓑”ね……。貴女たちの世界では”ヘイコウセカイ”っていうのかしら?」
私は話を聞きながらも、何処か納得がいかない。というか、魔女はお伽噺の中の架空の存在で、実際に魔女狩りで亡くなっている人の中に、本物の魔女が居たなんて考えたこともなかったのだ。それに、まだ彼女が本当に魔女かなんて私にはわからない。そんなことを考えながら、彼女の話に耳を傾ける。
「あたしはそこの、アルバニア国の首都ティナっていう所にある、魔法高校の二年生なの。」
それを聴いた瞬間、さっき考えていたことは頭から吹っ飛んだ。
(”高校二年生”!?こんなにちっちゃいのに!?魔女は年齢と見た目が比例しないって聞いたことあるけど本当なのかも。)
私は、質問してみることにした。
「ねぇもしかして、魔女は歳を取る速度が遅いとかってあるのかしら?」
彼女はキョトンとした顔で、こちらを見ている。
「こっちではそう言い伝えられているの?そんなことないわよ、魔女も普通の人間と同じように歳を取るわ。変わりがあるとすれば、そうね。魔女は平均より少し長生きなくらいかしら。」
「いや、言い伝えられてる訳じゃないんだけど…。」
私は彼女のほうに目を向ける。
「じゃあ何でそう思っ……。」
彼女はそう言いかけて、やめた。そして私のほうを見て、少し不信そうな表情を浮かべると。
「えっ…。もしかして、私のこと見てそう思ったの?嘘でしょ?」
(あ、やばい。気にしてたっぽい。)
「ご、ごめん!ちっちゃかったからつい!」
口が滑った。
一瞬時が止まり、その発言を聞いた彼女が勢いよく立ち上がった。
「ちっちゃいですって!?私は小さくないわよ!みんなが大きいだけだから!」
少しムッとした表情で、ベッドに座っている私の事を見る。
「ねぇ、ちょっと…。貴女立ち上がってみなさいよ。」
彼女の口調が少し静かになった。
言われるがままに、腰掛けていたベッドから立ち上がる。因みに、私の身長は170cmあるのだが、向かえ合って立つと、彼女の頭が大体私のみぞおち辺り来る。すると、彼女は不満そうに顔を横にプイッと振った。
こんな時に何なのだが、私は彼女に名前を訊いていないことに気が付いた。こんな状況で訊いても良いものなのかと迷ったが、私は結局訊くことにした。
「こんな時にごめんなんだけど、名前を訊いてもいいかな?」
「…。」
「リリィ・モーガン…。」
彼女は少し不満そうな表情のまま、ちらっとこちらを向いて答えてくれた。
「ありがとう。私は結城刹那、よろしくね。」
私の言葉に、リリィはコクりと小さく頷いた。