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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

転生と運命と鶏と

作者: 湯瀬木

その瞳を見た瞬間、彼女ということに気付いた。

そしてまた、あの時とおなじように恋に落ちた。

前回との違いは、彼女が人間ではなく鶏だったということだ。


金にものを言わせてその鶏を購入した。

ぼくのマンションに慣れないのか彼女はふんふんとあちこちのにおいを嗅いでいた。

彼女にはなしかける。彼女にはどこふく風だった。


鶏は三歩歩くと忘れるということばがある。記憶力のわるい人間をののしって使うことばだ。

鶏というのはとても頭が小さい。脳みそはその頭に入っているものだから、小指の先ほどのしかなく小さい。たしかにカラスやオウムには賢そうなイメージはあっても鶏というとなんとなく間の抜けた印象をもつ。しかし、なついたりすることもあるらしい。

いまは鶏でも、いつかきっと、彼女もぼくに気付いてくれるだろう。


彼女は奉公に来た下女で、お互い一目ぼれだった。

しかし、既にぼくは結婚していた。親の決めた女性で、血筋の他、おおよそいいところのない女性だった。

また、ひどく嫉妬深く、ぼくが母親と話し込んでいるだけでも不機嫌になった。

そんな風なのでぼくと彼女は何があっても結ばれない運命だった。すれ違う一瞬に手紙でやりとりしているだけの関係だった。

しかしそれも妻に見つかり、彼女は妻に折檻され、死にかけた。

そこをぼくが連れ出した。彼女の手を引き、山を越えてどこかに逃げようと走った。

彼女の手をにぎるだけで汗がふきだし、全身が粟立った。

それは彼女も同じようで終始顔をうつむかせ、握った手は汗だらけだった。

肺のなかの酸素が完全に空になったころ、ぼくたちは山の中腹まできていた。そこは眺めのいいところで、山のしたにぼくたちの慣れ親しんだ町が展望できた。

ぼくの家あたりから、灯がたくさん見える。灯は、こちらへむかっている。

ぼくらのことで山狩りが行われているのだろう。


彼女は息を切らしながら、もういいです。と言った。助けていただきありがとうございました。力なさげに言った。

もう、ぼくたちが幸せになる術はないのだ。

ぼくは彼女を抱きしめた。やっぱり鳥肌が立つ。彼女はどんな表情なのだろうか。抱きしめているぼくには見えない。

ぼくはそれでもきみと一緒にいたい。

腕の中で肯定の声が聞こえる。

だから、ぼくは、彼女と崖から飛びおりた。

抱きしめたまま、逆さまに落ちていく。彼女がふるえているので、頭をなでる。

今より次はしあわせになれるから、だから怖がる必要なんてないんだよ。次はずっと一緒にいられるんだ。そうきまっているんだ。ぼくは彼女にやさしくさとす。

風につつまれる。なんだかひどく神聖な心持ちだった。

ぼくと彼女のきもちが同じだといいのだけど。

そのままぼくは意識を手放した。



彼女と暮らして何年か経った。

ぼくは会社でそれなりの地位になっていた。

他のひとに告白をされることもそれなりにあった。けど彼女以上のひとはいなかった。

今日も部屋に帰る。部屋の鍵を開ける音を察知して彼女が出迎えてくれる。

ここ数年で、ぼくの見越した通り彼女はぼくになついていた。

まあでも、当然だ。運命のひとなのだから。

しかし残念なことに、彼女はまだぼくのことばが理解できないようだった。

けど彼女の目をみるだけで、ぼくの心はやすらぐ。それで充分なのかもしれない。


そう。充分だと思っていた。

母が死んだ。母から、言葉が、呼吸が、脈が、ぬくもりが無くなっていった。

声をかけたかったのに、見守ることしか出来なかった。

言葉がちっとも出てこなかった。

一時的に帰宅して、いつものように彼女に語りかける。何も出来なかった。最後までぼくは親不孝者だったこと。病院では流れなかった涙が溢れる。

つつかれる。

白い、柔らかな羽毛を抱きしめる。あたたかい。生きている。

そんな時、首を執拗につつかれた。するどいくちばしで、噛まれた。

痛みに首をさする。血が、出ている。


ぼくはこんなに彼女がすきなのに。

ぼくはずっと変わらないでいるのに。

来世で一緒にしあわせになるって約束したのに。

どうして。どうして。


また、吐き気がこみあげる。

彼女がのどを鳴らしながら近づいてくる。心配してくれているのだろうか。

彼女をみる。やっぱり。やっぱり同じ目だ。ぼくの大すきな彼女の目だ。

その目さえなければ。ぼくは。


彼女の首元を掴む。ぐ、と苦しそうな声を出す。

彼女はぼくをみる。どう思っているのだろうか。悲しんでいるだろうか。意味がわからないと疑問におもっているのだろうか。なにを考えていようと、ぼくにはわからない。ぼくは人間で、彼女は鶏だからだ。

彼女は全身をつかって必死の抵抗をする。

耳ざわりな羽音が部屋中に広がり、爪は容赦なくぼくの腕に食い込み血をしたたらせる。

彼女の首をあらぬ方向へとひねろうとするも、暴れているせいでうまくいかない。

その間にも僕の腕には傷が増える。

床に落ちていたリボンが目に留まる。彼女を床におとし、膝で押しつぶしながら、空いた腕でリボンを掴む。

彼女がなく。いつもよりも大きな声をだす。

締めつけられるような、拭うことのできない不快感が胸にしみわたる。

急いでリボンを彼女の首に回す。彼女はくちばしでぼくの膝をえぐる。また血が出る。

リボンで彼女の首を力の限りしめる。ぐ、とまた彼女から音が漏れる。

弱ってきたところで、今度こそ首をおもいきりひねる。骨の折れる感触がつたう。その首はあたたかった。


彼女はぐったりとしているがまだ生きているようだった。

彼女と風呂場に行く。

持ってきた包丁で彼女の首のやわらかい部分に包丁を入れる。

ばたばたと、彼女はまたあばれだしたが、先程のような力はないようだった。

足を持って逆さづりにする。切った首から血があふれる。その血の色はぼくの血と大差ないようにみえた。ばたばた。ばたばた。

首をはねられた後も一年以上生きていた鶏もいるらしいが、数分で彼女は動かなくなった。

ぼくからしたたる血と、彼女からあふれる血は混ざりあって排水溝で渦をつくり流れる。

彼女の瞳が白くなる。もうこれで、彼女はなくなった。

鶏の首をおとす。

それからしばらく風呂場で呆然としていたらしい。

どれくらい時間が経ったのかはわからないが、気付けば目と口の端がかぴかぴしている。のどや鼻の奥も熱をもったようにあつい。

ただただ目の前には、死に絶えた鶏が一匹いた。


包丁で首を落とす。

ふわふわの、チョット汚れた生臭い毛玉になる。

沸かしたお湯につける。すると羽がむしれる。

羽をむしると、鳥肌が丸出しになる。

なんだ、きみも緊張していたんだね。しらなかった。

チョットおかしくなる。

鼻歌交じりで内臓をつぶさないように丁寧に処理する。

足にも包丁を入れ、引っ張ってとる。

気付けば夜だった。胃の音でここ数日ほとんど食事をしていない事を思い出す。

目の前にはスーパーで売っているのと変わりない肉がある。

ぼくはそれをから揚げにした。ちょっと肉が硬かったけど、なかなかおいしかった。

お腹がいっぱいになったところで部屋を掃除する。部屋にたくさん羽毛が落ちていた。箒でそれを集めてゴミ袋に詰め込む。

浴室のグロテスクな生ごみもごみ袋にいれる。その間に何度も嘔吐しそうになった。


何度も何度も風呂掃除を繰り返した。

明日、いや今日は可燃ゴミの日。

ゴミ捨て場に残った彼女を置いた。

彼女のいた痕跡は全てなくなった。あとはぼくの中で血や肉や便や尿になり、新陳代謝のなかでそれらも失われていくんだろう。


母の葬儀の準備に気持ちを切り替えた。


2016/01/06に書いたものを2021/05/05加筆しました。

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