92話 魔王の国
〜ピガット遺跡 魚買州 (ラデック・カガチ・ゾウラ・シスター・ナハルサイド)〜
「はいどぉもぉ!! お釣りと、お兄さんカッコいいからサービス!! 赤真鱈の開き!!」
「どうも」
ラデックは男勝りな女店員から商品を受け取ると、勇ましい魚屋から買い物メモを片手にカガチとゾウラの元へ戻り、不思議そうに辺りを見回した。
「しかし広いな。小さな村じゃなかったのか?」
没落の湖から歩く事数日。ピガット遺跡に到着した一行は一時的に解散し、ラデック、カガチ、ゾウラ、シスター、ナハルの5人は共に行動をしていた。5人のいる魚買州の大通りには都会と呼べるほどではないものの、所狭しと店が犇めき合う市場のような光景が広がっていた。家屋も石造りに木造と多様で、ガス灯や噴水などある程度文明的な技術があちこちで見受けられた。様々な人種が行き交い笑い声と呼び込みの掛け声が溢れる活気に満ちた大通りには、地元民だけではなく観光客や他国の商人も大勢混じっており、時折ガソリン車や航空機が運行しているのが見えた。
シスターはラデックの発言に同意を示し、同じく辺りを見回して呟く。
「私も、こんなに発展しているとは思いませんでした。聞いていた話では未だに電気も通っていない村だと聞いていたのですが……」
側にいたカガチが、先程買った魚の串焼きを齧りながら2人の疑問に答える。
「ピガット遺跡の大部分は移民によって運営されている。しかしお前達の言う田舎は、首都であるピガット村のことだろう」
ラデックが首を傾げてカガチに尋ねる。
「村が首都?」
「世界ギルドからピガット村には過剰な干渉は無用との指示が出ている」
「一体なぜそんなことを……」
「別にピガット村だけじゃない。ヒトシズク・レストランやなんでも人形ラボラトリーだって基本は先住民の意志を尊重している。ピガット村からしたら、この魚買州含め全ての州は自分達とは無関係の他国という扱いだろう。ピガット村を首都にしたのも、古くからの魔王信仰を律儀に守っている奴らに対しての形だけの忖度であって、実際にピガット遺跡を総括しているのは肉撒州の州都だ」
「なんだか面倒くさい構造になっているんだな。しかし、、何故そこまでしてピガット遺跡は発展したんだ? 態々気難しい連中の側に暮らさなくてもいいと思うが……」
「単純に地理的な都合がいいからだ。海に広く面していて、油田も多い。土地も魔力豊富で肥えていて気候も安定しているし、氷精地方からそう遠くなく獣害もない。氷精地方から”ヒトシズク・レストラン“や“世界ギルド”に行くための寄港地として優秀というだけだ」
「”ヒトシズク・レストラン“に行くための寄港地?」
ラデックがカガチの言葉を反芻すると、背後から小さく嘲るような失笑が聞こえた。
「ああ、そうだよ」
「ハピネス? 買い物済んだのか?」
ラデック達とは別行動していた筈のハピネスがいつのまにか合流していた。ハピネスはラデックを無視して半ば倒れ込むようにカガチに寄りかかり、擦り寄るように腕にしがみついた。
「ねえ聞いてよカガチ君。私達ヒトシズク・レストランから人道主義自己防衛軍まで徒歩で行ったんだよ? 信じられないよね」
「今お前がその薄汚れた脂汗を私の服で拭っている方が信じがたい。頭蓋骨を割られたいのか?」
「滅相もない。おんぶしてほしいだけだよ。使奴の筋力からしたら私なんて別に居ても居なくても一緒だろう?」
「居ても居なくても一緒だからいなくなれ」
「意地悪」
ハピネスは盛大に態とらしく肩を落として溜息を吐く。ラデックは手を振り上げたカガチを制止してから辺りを見回してハピネスに訪ねる。
「ハピネス、ラルバとバリアとラプーはどうした? 一緒じゃなかったのか?」
「ん?ああ、バリアとラプーなら宿を取りに行ってもらってるよ。特級四つ星クラス!」
「ラルバは?」
「ピガット村に単独突っ走って行って拘留されたよ。密入国と公務執行妨害だし、禁錮4年辺りが妥当じゃないかな」
「そうか。イチルギが聞いたらまた渋い顔をするだろうな」
「いんじゃない? 今回は自業自得の単独犯だし。そんなことよりラデック君、お肉を買いなさいよお肉を。そんな魚だの野菜だの虫だの買わないでさぁ」
ラデック、カガチ、ゾウラ、シスター、ナハル、ハピネスの6人はラルバが拘留された事など気にも留めず、バリアとラプーが取っているであろう宿へと歩き出した。
〜肉撒州 境界の門大使館 (イチルギ・ハザクラ・ジャハルサイド)〜
「あのぉ。イチルギ様ぁ。あのぉ。言いづらいんですがねぇ」
肉撒州の州都に存在する世界ギルドの大使館にて、イチルギは今まさにラルバがピガット村で拘留されたことを告げられた。大使館職員は気まずそうに目を泳がせながら頻りに手遊びを繰り返し、唇を噛み締めたイチルギに何度も頭を下げる。
「あのぉ。そのぉ。ラ、ラルバ様の事は狼王堂放送局経由で把握してはいるんですけど、そのぉ。あのぉ。えっと、べ、別に特権的なものはないわけでぇ……」
「…………ああ。いいのよ。別に」
「だ、大丈夫ですかぁ?」
「ううん? 全然。限りなく由々しき事態」
そう笑顔で告げるイチルギに、職員は返す言葉が見つからず唖然としたまま立ち尽くす。イチルギはある程度個人的な手続きを済ませると、足早にハザクラ達の元へと戻った。
「ああ、イチルギ。さっき先生から――――何があった?」
イチルギのまるで聖母のように朗らかな笑みの奥から滲み出る憤怒に、ハザクラは思わず半歩距離をとって尋ねる。イチルギは笑みと鬼気を少しずつ深めてから口を開いた。
「ラルバがピガット村で拘留中だって。もう私帰っていいかしら?」
「……ま、まあ一線は越えないだろう。ピガット村も比較的マトモな法と道徳観念は根付いている筈だ」
「だと良いけど」
ジャハルもイチルギの心中を察して押し黙る。何とも言えぬ重苦しい雰囲気の中、3人はラデック達と待ち合わせている通りへと馬車を手配した。
〜ピガット村 粗雑な地下牢〜
ピガット遺跡の大部分は主に煉瓦や石造りの建物が多くガスや水道の整備も行われているが、このピガット村では電線一本通っておらず、この地下牢も刳り貫いただけの洞穴に鉄格子を無理やり嵌め込んだだけの荒っぽい作りになっていた。
「――――てな感じでさ。やっぱ人間驕るとダメだね。やっぱ謙虚が大事よ」
「そうだね〜。ウチもこんな村早く出たいな〜」
ピガット村侵入直後に捕らえられたラルバは、看守の女性と暢気に雑談をしていた。ラルバが話す各国の逸話に、好奇心旺盛な女性は見張りそっちのけでお茶まで用意して話し込んでいた。
「そう言えば“ナっちゃん”さ。魔王様って見たことある? どんな人?」
「ああ〜魔王様〜? いや、正直私も信じちゃいないんだけどさぁ〜? ママが煩くってもう」
女看守の“ナムミジリーシャ”は困ったように笑い、両腕を組んで唸る。
「魔王様かぁ〜。姿を見た人は知らないなぁ〜。昔はちょくちょく会えたらしいんだけど、最近魔王様の使いの人しか来ないからぁ〜」
「使いの人? 使奴?」
「ううん? なんかね〜。全身真っ青の女の人で〜、”紅蓮の青鬼“って言われてるの」
「”紅蓮の青鬼“? それって赤いの? 青いの?」
「青よ青。真っ青も真っ青。顔にいっぱい傷痕があって〜、あ、でも白目のとこは黒かったかな〜」
「その”紅蓮の青鬼“が魔王様の使いを名乗って威張ってんの?」
「ん〜威張るって程じゃないけど〜。悪いことしてないか〜とか〜。自分達の教えを守ってるか〜とか〜。魔王様はね〜、見えない屋敷に住んでて〜、死んだらそのお屋敷で幸せに暮らせるんだって〜。だから真面目に生きなさいってさ〜。ホントかな〜?」
「ふぅん……。”紅蓮の青鬼“ねぇ」
「ところでラルバさ〜ん。ラルバさんも使奴ならさ〜、簡単に脱獄できたりするの〜?」
「え? ああ。できるしするよ」
「脱獄るのできれば明日にしてほしいな〜。上司がすごい嫌なやつでさ〜。私明日非番でここ上司しかいなくなるからさ〜」
「あっはっは。おっけーおっけー。なんなら捨て台詞に「昨日の看守と違って大マヌケで助かった」って言いふらしといてあげるよ」
「助かる〜」




