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シドの国  作者: ×90
神の庭

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91話 星は瞬いているか?

恵天(けいてん)の森〜


 (きゅう)の国、神の庭を後にした一行は、再び当初の目的であった氷精地方に向かうことにした。朝になっても未だ重苦しい表情を浮かべるジャハルとシスターをラデックが気遣うが、2人とも詳しい事情は話さずに遠慮がちに無理やり微笑みを作るだけであった。


 昼ごろになり、ラルバとラプーが昼食の準備をしているとハザクラが意を決したように立ち上がった。


「みんな、少しいいか。俺達が防空壕で見たものについて、まだ話していないことがある」


 ハザクラの声にラルバも手を止めて顔を向ける。ハザクラがカガチに手招きをすると、カガチは面倒臭そうに立ち上がり撮影魔法を中空に展開する。ハザクラの背後に光の輪が広がり、その中を細かい光の粒がノイズのように飛び交い始める。


「俺達が防空壕で見たのは、封印された図書館、200年もの間結界の(いしずえ)となっていたパルシャ、そして……」


 光の輪に広がるノイズがやがて形を成して、鮮明な映像へと変化する。


「遥か昔に描かれた壁画。恐らく……、神の庭を作り出した真犯人だ」


 映像に、石の壁に描かれた2人の人物が映し出される。1人は燃え上がるような橙色の長髪に、大きな袖のローブを羽織っている。そして、もう1人は真っ黒なマントに、緑と水色の髪に真っ白な肌――――


「ひひひひっ。やっぱ使奴絡みか」


 ラルバが怪しく笑い出す。


「私ら使奴なんて、知らない人間から見たら唯の化け物だ。だが、あの国の連中は私の姿を見て神聖な存在だと勘違いをした。だがコイツは……」


 ラルバの推測にハザクラが静かに頷く。


「パルキオンテッド教会の地下には、ラルバが言った通りカガチも知らないバクテリアがいたそうだ。カガチ。説明を頼めるか?」


 カガチが小さく溜息を()く。


「……地下にいた長寿バクテリアは、既存の魔法陣を描くように糸状菌を制御していた。長寿バクテリアの性質が人為的に書き換えられたとものと考えられる。それによって魔法陣は半永久的に展開され続け、術者本人も結界を通して得られる(わず)かな魔力と長寿バクテリアによる細胞置換によって生き永らえてしまっていた。しかし、幾らバクテリアのような小さい存在であっても、ここまで性質を書き換えるなど(ほとん)ど不可能だ。改造か知識関係の異能者の仕業だろう」


 カガチが話し終えると、ハザクラはハピネスに話しを振った。


「……と言うわけだが、ハピネス。お前が一度だけ見たことあるという“通り魔”だが、この壁画の人物と同一か?」


 ハピネスは暫く沈黙した後、小さく頷く。


「緑と水色の髪。赤い瞳。恐らく間違いない」


 “通り魔”。世界各地に出没する目的不明の使奴。しかし、その実態は千里眼を持つハピネスですら遥か昔に見た外見しか分からず、イチルギに至っては噂さえ知らない謎の存在。


「私が通り魔を見たのは10年以上前のことだ。場所は”バルコス艦隊“の市街地」


 時間と場所を聞くや否や、イチルギが毛を逆立てて息を呑んだ。


「”神鳴(かんなり)通り大量殺人事件“……!?」


 イチルギの呟きにハピネスが頷く。


「そうだ。神鳴通りの住宅街にて、たった1日で8家族総勢32名が殺害される大量殺人事件が発生した。被害に遭ったのは全て神鳴り通りの住宅。当時、1人で外出していた子供が友達の家から帰宅した時に事件が発覚。被害者の外傷は刺殺・絞殺・撲殺・銃殺と様々だったが、靴跡が全ての現場で一致したため同一の単独犯と推測された。その後の調べで犯行は白昼堂々行われたことが判明したが、目撃者は皆無。唯一生存していた第一発見者である被害者の子供も、事件のショックからか一切の情報を話さず、事件から数日後に忽然(こつぜん)と姿を消した……」


 事件の内容を話し終えると共に、ハピネスは珍しく眉間に(しわ)を寄せて中空を睨む。


「しかし、私は見ていた。あの使奴が血塗れで被害者家族の家から出てくるのを。彼女は一切周囲を気にすることなく堂々と住宅街を練り歩き、まるで飲食店に入るかのように自然と別の家に侵入した。一切の躊躇(ちゅうちょ)もなく玄関から入って、廊下にいた1人を出合頭に一撃で殴り殺した。そしてトイレの中にいた1人を、姿の確認をすることもなくドア越しに銃殺。リビングから出てきた1人を片手で絞め殺した後、逃げようとする1人を銃殺。家に入って僅か30秒ほどの出来事だ。彼女は一家を殺害した後、見ていない部屋を確認することなく逃亡した。まるで、誰が何処にいるのか分かっていたかのようだった……。その後、笑顔の七人衆が部下を総動員して彼女を探したが、情報は何も得られなかった」


 ハピネスは伏せかけていた眼を再び壁画へと向ける。


「そんな謎だらけの使奴が、何故、何故壁画なんぞに残されている……?」


 ハザクラがバッグから一冊の手帳を取り出す。


「封印されていた図書館で発見した手記だ。えー、「結界の外から人間が来た。2人ともえらく奇抜な格好をしてたが、悪い人たちじゃないようだった。名前は、肌の白い女の人が“ガルーダ・バッドラック”さん。オレンジ色の長い髪の男の人は“リン・カザン”さん」……これ以降は焼け焦げていて読めないが、他のページにも2人が村で人助けをしていた記録と感謝の言葉が(つづ)られている」


 少しの沈黙を挟んだ後に、ラデックが口を開く。


「バッドラック……。不運(バッドラック)の意味はわからないが、ガルーダ被験体は第一世代でもかなり新しい部類の使奴だ。バリアが確かトールクロス被験体だったか。ガルーダ被験体はそれよりも少し前、(ほとん)ど初期モデルに近い。ハザクラは彼女を見たことはないのか? ガルーダ被験体であれば洗脳を受けている(はず)なんだが」

「……ああ。憶えている」

「……? どうした? ハザクラ。顔色が悪いが……」

「俺が……相違言語によってイチルギを解放したってのは話したな。声と脳内での意味を相違させる……。この抜け道を思いついたのは、それこそメインギアにされてすぐの頃だ。俺が未洗脳時期のガルーダと接触したのもその頃……。しかし……」

「時期が合わない――――か?」

「ああ。使奴が解放されたのが大戦争の真っ只中。ガルーダがこのパルキオンテッド教会を訪れたのもその頃。ガルーダは俺の解放宣言よりも前に覚醒(かくせい)していたことになる」

「じゃあ、このリンという男がガルーダの所有者なんだろうか」

「……わからないことだらけだ」


 ハザクラは顔を伏せ、ブツブツと独り言を呟く。


「ガルーダは何故人を殺す? 何故そのどれもが完全犯罪なんだ? リン・カザンという男は何者だ? 何故2人はパルキオンテッド教会の人間を助けた? そして何故パルシャの魔法を書き換えて彼等を閉じ込めた? 何故壁画を消さなかった? どうやってバクテリアの性質を書き換えた? 2人の目的はなんだ?」


 そこまで言うと、ラルバが小さく鼻で笑った。


「ラルバ。何がおかしい」

「いや、随分“理由を求める”んだなと思ったんだよ」

「当然だ。物事には全て理由がある。理解できないものを理解しようとせずにはいられない」

「ああ、言い方が悪かったね。“自分が納得できる理由を求める”んだなぁと思ったんだよ」

「……何が言いたい」

「今の疑問、少し減らせるよ」

「どういうことだ?」

「何故ガルーダは教会の人間を助けたのか。何故閉じ込めたのか。これってさ……これ自体が一つの“殺害方法”なんじゃないの?」

「……本気で言っているのか?」

「パルシャを(そその)し、村人を説得し、結界を張らせ、バクテリアの性質を書き換えてパルシャをミイラにした。そうやって、ここら一帯の人間全員を外界から遮断した。観測されなければ生きていても死んでいても一緒だろう。どうせ、私たちが来なければこの国はあと数十年で滅んでいただろうしな。」

「……あまりに突飛な発想だ。否定は難しいが、肯定するには要素が少なすぎる。根拠は何だ」

「んー……。なんかねぇ。このガルーダって子と私、ちょっと似てるとこあると思うんだよ。そうだな……多分、“殺してもいい人間が存在する”って信じてる所とかかな」

「…………それは、旧文明の知識を総動員して導き出した真理か?」

「いや、詭弁と誤謬(ごびゅう)()ね繰り回した屁理屈だよ」


 ラルバはカガチの撮影魔法に指を差し、風魔法で思い切り映像を吹き飛ばした。


「まあいいじゃん! 何はともあれ、これで初めて正義の方向性が一致したわけだ!」


 ラルバがハザクラの方を向いてニカっと笑うと、ハザクラは決意を込めた眼差しで(うなず)く。


「ああ、そうだな」

「通り魔の討伐。張り切って参りましょーか」




〜氷精地方 没落の湖〜


 60年程前の戦争時に、とある豪傑によって生み出された巨大なクレーター。大河を巻き込んだその一撃は巨大な湖となり、今では氷精地方名物の釣りスポットになっている。


 神の庭を発ってから数日。ラルバ達がガルーダについての話し合いをしている中、ラデックは暢気(のんき)に湖畔で釣りを楽しんでいた。ラデックがタバコを吸いながら一切動かない浮きをぼんやりと見つめていると、後ろからシスターとハピネスが近寄ってきた。


「ラデックさん。さっきゾウラさんが捕まえた鹿のサンドイッチです。どうぞ」

「ああ、シスター。ありがとう」

「ラデック君また釣りしてるの? 釣れないのに好きだねぇ」

「待つのも釣りだ。釣りはいい。“何かをする”と“何もしない”を同時に行える」

「何言ってんの?」


 ハピネスが鹿肉のサンドイッチをハムスターのように頬張りながらラデックの隣に腰掛ける。シスターは少し離れたところに折り畳みの椅子を置いて、サイドイッチを(かじ)り始めた。3人がのんびりと浮きを見つめていると、遥か遠くの方から何かの音が微かに聞こえてきた。


「……? 何の音でしょうか」

「あっちはバルコス艦隊の方角。恐らく、“竜の咆哮(ほうこう)”だ」


 シスターの問いに答えながらカガチが近づいてきた。隣にはゾウラもおり、焼きたてのホットケーキからメープルシロップの香りを漂わせている。


「竜? 地名か何かですか?」

「いや、竜そのものだ。バルコス艦隊近辺には、10年前から竜が棲みついている」


 ゾウラがホットケーキを頬張りながら目を輝かせる。


「竜!? 私、初めて見ます!」

「多分、期待しているのと違うぞ」


 ラデックが釣竿を置いてゾウラに説明をする。


「ゾウラ。多分君はファンタジー作品に出てくるような屈強なドラゴンを想像しているんだろうが、ああいうのは現実には存在しない」

「そうなんですか?」

「ドラゴン科の生き物は、いずれも大きさは30cm程しかない。実験で無理やり全長10mのドラゴンを製造した事はあるらしいが……、空を飛ばせるにあたって数々の軽量化が施された。その結果、骨はスカスカで筋肉は最小限。5分も飛行させると骨が折れて死んでしまう、なんとも貧弱で可哀想な生き物になってしまったらしい」

「そうなんですか……ちょっと残念です」

「俺も最近の本を読んで知ったんだが、やっぱりデカくてカッコいいドラゴンはフィクションに出てくるものなんだな」

「いいや、そうではない」


 ラデックの説明をカガチが真っ向から否定する。


「ドラゴンは実在する」

「……? もしかして、改造された巨大ドラゴンがこの200年で驚くべき進化を……」

「違う。だが、存在を疑うのも無理はない。詳しくは分かっていないが、竜は突然現れたんだ」

「突然? どこから?」

「さあな。バルコス艦隊では、10年前に突然巨大な竜の姿が目撃されるようになり、それ以降研究は進められているものの、起源、生態、総数全て不明のままだ。特にここ数年で目撃情報は増えたものの、追跡しようとすると途端に姿を消してしまい研究が進んでいない」

「大きさはどれくらいなんだ?」

「推定20m前後」

「にじゅっ……!?」

「学会では異能で作られた偽物。(ある)いは集団幻覚の線を追っている。何せ、その巨躯(きょく)と猛々しい咆哮と反して被害が一切ない。人間どころか、家畜1匹被害に遭っていない」

「……謎の使奴の次は謎のドラゴンか」

「まあ、幸か不幸か元よりバルコス艦隊は竜信仰の国だ。追い払うどころか守り神だと崇め“竜の国”を自称している」

「暢気なもんだな」

「お前に言われるという事は、相当暢気なんだろうな」


「ラデーック!! ハピネース!! その他愉快な仲間たちぃー!!」


 5人がバルコス艦隊について話していると、遠くからラルバが歩いてきた。


「次の行き先決まったよー!」


 ラデックが釣り竿を片付けながら立ち上がる。


「ああ、やっぱりバルコス艦隊か?」

「あー、うん。そうなんだけど、道中にオモシロあるから経由して行こうって」

「オモシロ?」

「そう!! 何とお次は〜……じゃじゃん!!」


 ラルバが地図を見せて赤く印がされた部分を指差す。


「泣く子も黙る”魔王の国”!! “ピガット遺跡“です!!」


 シスターが少し怪訝(けげん)そうな顔をして首を捻る。


「ま、魔王の国……? ピガット遺跡って、確か小さい農村ですよね……?」

「らしいね。イっちゃん曰く、ちょっぴり過激な魔王信仰の村なんだって。勧誘も脅しも全く効かないんだって。何言っても”魔王様を怒らせるな〜っ!“の一点張り。害も益もないから今まで放置してたらしいよ」

「……それのどこがオモシロなんですか……?」

「え、クソ雑魚村脅してる魔王の存在。超面白くない?」

「別に……」

「センスないなぁシスター」


【魔王の国】

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[一言] また道中長くなりそうだ
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