86話 全ては神の思し召し
「この世に来だらね、まず”神の子“に会わなぎゃなんね」
「この世に来たら……。産まれたらって意味か?」
「んだ。急がねぇと、みんな死んじまう」
「会わなかっただけで?」
「この世に来る子はみーんな汚れてる。だがら、神の子に“お祓い”しでもらわなぎゃ、みんな死んじまう」
「お祓いは具体的に何をするんだ?」
「お祓いか? お祓いは、“真ん中“でやるんだぁ」
「真ん中……って、何の?」
「真ん中は真ん中だぁ。世界の始まり」
「私達、みんなそっから来だ。この”神の庭“に」
〜神の庭 芝土で覆われた小屋〜
拙い言葉でスファロはこの世界の仕組みを語った。人間は神によってこの世に生まれ、神の子によって生存の権利を得る。神の子の一族の命令こそが生きる意味の全てであり、人間の存在する理由だと。
そして、酷く怪訝そうな顔でラデックとゾウラの顔を交互に見た。
「ラデック達は……、どっから来だ?」
「俺達か? 俺達は……森の向こう、かな」
「森の、向こう? 森に向ごうなんかねぇ。嘘言ったでしょ」
「森に向こうがない? あ、そうか」
ラデックは潜ってきた結界のことを思い出す。無意識のうちに境界から遠ざかる魔法は、もし内側から出ようとしたならば無意識に進路は内側へと向く。この結界の中にいる人間達にとって、“森の外”という概念は存在しないのだと。スファロは訝しげにラデックを見つめ、困惑して視線を落とす。
「この”毛皮“も……私、見だごとねぇ……。神の子も、こんなんは持っでながった」
スファロはラデックの服を引っ張って、自分の着ている毛皮と見比べるように眺める。その指先の皮膚はボロボロに剥がれており、鳥の足のように細かった。ラデックはスファロの生活の凄惨さを想像して、答えに迷い目を逸らす。そこへ、唐突にゾウラが手を叩いて提案を挟んだ。
「そう言えば! 私達お昼から何も食べていませんでしたね! そろそろ晩御飯にしませんか?」
スファロは“ご飯”という言葉に反応してハッと顔を上げる。
「ご、ご飯……?」
「はい。スファロさんも一緒に食べましょう!」
「いいの!? ほんとに!?」
「勿論です! スファロさんは何がお好きなんですか?」
「わ、私……私! き、きのみが好きだ! あの、甘くって、プチっとしたの! お父さんが昔、よく取ってきてくれたんだぁ」
「木の実ですか? 何かありましたっけ……。あ、私葡萄持ってます!」
「俺は……えっと、メモメモ……林檎、梨、南瓜、マルメロ、トマト、南瓜、葡萄、南瓜、桃、ビーツ、南瓜、くるみ、南瓜、栗……」
「南瓜多いですね」
「押し売りを断りきれなくてな……。でも主食にもなるらしいし、無駄にはならないだろう。残念ながら甘くもプチっともしていないが」
「じゃあ今晩は南瓜とトマトでスープでも作りましょうか! 葡萄はデザートにしましょう!」
ラデックとゾウラが魔袋から食材や調理器具を取り出していると、何でも出てくる超常的で摩訶不思議な袋にスファロは目を見開いて驚いた。そして、差し出されたスープの美味しさにも再び驚いて飛び上がり、興奮して部屋を走り回って暖炉からはみ出た薪に躓き、灰を部屋中に撒き散らした。
〜神の庭 早朝の恵天の森〜
翌朝、ラデックとゾウラはスファロを起こさないようにそっと小屋を出た。外へ出ると、スファロの父親と思われる昨日の男がぐったりとしたまま地面に寝転がっていた。夜の厳しい冷え込みを耐えたとは思えないほど血色は良かったが、お世辞にも健康とは言い難い疲労困憊の表情に、ラデックは昨晩彼の身に何があったのかを想像しながら気の毒そうにその場を後にした。
2人が近くから漂ってくる微かな波導を頼りに進むと、獣道から外れた茂みの奥にラルバ達が待っていた。
「遅いぞ寝坊助」
ラルバはニヤニヤしながら機嫌が良さそうに悪態をつく。そんな上機嫌なラルバとは対照的に気鬱そうなイチルギ達の姿は、昨晩の尋問の悶着を容易に想像させた。ラルバはこの冷え切った空気の中、鼻歌を歌いながら昨晩得た情報をラデック達と共有する。
「――――で、この国は神の庭って呼ばれてんだって。ウケるよね」
「俺達が聞いたのとそんなに変わらないな。詳しい内容は聞いていないのか?」
「それがさあ、そういうの無いらしいんだよねー。掟で“川に近づいちゃいけない”とか“真ん中に行ってはいけない”とかはあるんだけど、誰が神様なのかーとか、神様は何をした存在なのかーとか、そういう肝心の部分はあやふやで一貫性ナシ。とにかく凄いの一点張りよ」
「ふむ……まあ隔離されてまだ200年だ。作意のない宗教の始まりなど、そんなものだろう」
「でもさあ」
「どうした?」
「最初の最初は……説明つかないよね」
ラルバが低い声で呟くと、話を聞いていたイチルギが深く頷いて口を開く。
「今の所の想定は、旧文明の大戦争の時にパルキオンテッド教会の防空壕に避難した町民達が、力を合わせて結界を作ったんじゃないかってトコ。で、“ヘングラスの檻”なんて高等魔術を使えるってことは、1人は最先端の技術を持っている人物がいた筈。でも……だとしたら、今の状況は不可解よ」
ラデックが顎に手を当てながら首を捻る。
「結界が今も張られていることか?」
「ええ……。さっき少しだけ集落を見てきたけど、まるで滅びる直前の原始人だわ。この辺は平地で岩もないし、岩盤は硬いから穴も碌に掘れない。鉄と石が殆ど取れないの。その癖一本しかない川は掟で禁足地に指定されてるから粘土も足りない。着る物は毛皮に、武器は骨と木、家の材料は腐った倒木や土。医療でさえ何の根拠もない発祥不明の無意味な儀式が常識とされてる。兎に角産めよ殖せよで致命的な病死の波と鬩ぎ合ってる状態。今こうして集落が存続してるのは奇跡と言ってもいいわ。でも、どうして結界が解けていないのかしら……」
「この結界を、子孫の誰かが維持しているとか?」
「あり得ないわね。“ヘングラスの檻”は編み出されたばかりのA級魔法。取得には軍幹部、総合無線通信士1級、魔導炉主任技術者、魔術技能検定A級、魔術能力検定A級の資格全てが必要。ってラルバが言ってたわ」
「……俺は魔導炉主任技術者と自動車免許しかない」
「そうでなくともこのレベルの高位魔法。魔導学オリンピックの金メダリストだってそうそう出来やしないわよ」
「俺が本気出して頑張ったら出来ると思うか?」
「ラデックは本気出さないから出来ないわね」
「……イチルギに面と向かって貶されると寿命が減った気分になるな」
「じゃあこれから頑張んなさいな」
「頑張ってるのに……」
イチルギが一頻り話し終えると、ラルバが手を叩いて皆の注目を集める。
「はいはい〜。お喋りはその辺にしておいて、チーム分けしよっか! ラルバちゃん率いる“神の子ボコボコとっちめ隊”とぉ、カガチん率いる“結界ぶっ壊し隊”! 皆どっちがいい?」
唐突に出された質問に、“結界ぶっ壊し隊”の長を任されたカガチが憤怒の形相でラルバに詰め寄る。
「おい、勝手にクソみたいな計画を立てるな」
「えー? 嫌?」
「殺すぞ」
「だってカガチんはゾウラと一緒にいたいんでしょ? ゾウラん“とっちめ隊”に入れていいわけ?」
「我々はその辺で待機している。お前らだけで勝手にやっていろ」
「あとねー。多分ルギルギは“ぶっ壊し隊”の方に行くと思うけど、なんか我儘言って結界解きたくないとか言い出しかねないからさ。そこでその辺気にしなさそうなカガチんにリーダー任せるわけよ」
「殺すぞ」
「べろべろべぁー」
ラルバに殴りかかったカガチをゾウラがすんでの所で止め、ラルバの相手をしたくない人道的なメンバーの沈黙によりチーム分けが行われることになった。
相談の結果、神の子の襲撃を目的とした“神の子ボコボコとっちめ隊”には、ラルバ、ラデック、ラプー、バリア、イチルギ、ハピネスの6名。ヘングラスの檻の解除及び実態の調査を目的とした“結界ぶっ壊し隊”には、カガチ、ゾウラ、ハザクラ、ジャハル、シスター、ナハルの6名が配置された。
そして一行は二手に分かれ、ラルバ達はスファロの家に続く獣道から集落へ、カガチ達は姿を隠して遠回りをして教会の方へと進み始めた。
ラデックは獣道を歩きながら先を歩くラルバに問いかける。
「そう言えば、昨晩言っていた“イイカンジにする魔法”とやらは出来たのか?」
「ん? ああ、バッチリ!! 使奴に対する外見的違和感は全部無効化できてるよ。言わなきゃ分かんないだろうから、見た目のことは言及しないでね」
「そんな簡単に組めるのか……」
「まあ使奴がこれだけ居ればね。てか魔法使えない人間を数日騙すだけならぶっちゃけヌルゲー。私ら使奴からしてみりゃ、赤ん坊と隠れんぼするようなもんよ」
「そうか……。しかし、イチルギがこっちの班に来るのは意外だったな」
ラデックが振り向きながらイチルギの顔を見ると、彼女はバツが悪そうに目を背けた。
「別に私、加担するなんて言ってないわ。見えないところで聞こえないフリするだけよ」
「それもある意味加担と言えるんじゃないのか? 普段のハピネスとそんなに変わらないなだろう」
「気持ちの問題」
「気持ちの問題か?」
イチルギは一瞬だけラルバと目を合わせると、そのまま返事をしなくなった。するとその後ろからハピネスがイチルギの服の裾を引っ張り、注意を引いた。
「なによハピネス。おんぶならしないわよ」
「え」
ハピネスは裾を掴んだまま立ち止まり、まるで世界の終わりのような表情でイチルギを見つめる。イチルギは鬱陶しそうに手を払い除けたが、手を弾かれて情けない悲鳴を上げながら大袈裟に倒れ込むハピネスに根負けして、渋々彼女を背負った。
「……はぁ〜。これっきりよ? もう」
「いやあ優しいなあイチルギさん。よっ。大統領!」
「やめてよ縁起でもない」
イチルギの背中で上機嫌にうたた寝を始めるハピネス。しかし、その狸寝入りの寸前。彼女はイチルギにそっと耳打ちをした。
「…………実を言うと。君がこっちに来てくれて少しだけ安心したよ」
イチルギは何かを警戒するようなハピネスの態度に違和感を覚え、他の連中に悟られないよう反応をしなかった。ハピネスはイチルギの考えを察し、顔を伏せたまま続ける。
「でも、いずれ分かることではある……気に病まないでくれ給え」
今にも消えてしまいそうなか細い震えた声で、ハピネスは最後に少しだけ呟く。
「……私の杜撰な推測ではある。でも、もしかしたら――――」
「この不運は、君達の仕業かもしれない」




