表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シドの国  作者: ×90
神の庭
86/286

85話 朽の国

〜恵天の森 歪んだ境界〜


 夕暮れの森ではあるが木々の密度はそう高くなく、薄暗くとも明かりに困るような暗さではなかった。しかし、ラルバ(いわ)く最新型の隠蔽(いんぺい)魔法に守られた空間は平衡(へいこう)感覚を狂わせ、平らな地面はまるで浮き沈みするボートのように思えた。思考に(もや)がかかり、視界は極端に狭まる。使奴には効いている様子はなかったが、人間であるラデックやハザクラ達には耐え難い悪夢であった。


 数分も歩くと、頭の中の靄は晴れて視界もハッキリとしてきた。先刻よりも陽が落ち、木々の密度も増して暗闇が濃くなっていたが、隠蔽魔法の影響下に比べれば微々たるものであった。

 しかし、変わっていたのはそれだけではなかった。その変化は使奴だけでなく、ラデック達人間も気付き、酷く狼狽(ろうばい)させた。その中でもシスターは特に血相を変え、身を抱いて震え出す。


「こ、ここ……波導(はどう)が無い……!?」


 波導とは、魔力の流れている状態。つまり、空気中に存在する魔力そのものを指す。波導の濃度は地域差があり、森や海などの生命活動が盛んな場所ほど濃く、溶岩も多くの魔力を含んでいるため山等も非常に波導が濃い地域と言える。逆にグリディアン神殿や、なんでも人形ラボラトリーのような砂漠地帯は波導が薄く、森や海などに比べると半分以下の値になる。


 しかし波導が0%、“(きゅう)”と呼ばれる状態は、湿度0%の場所が自然界に存在し得ないのと同じく異常な状況である。そして、もし人間が朽に(さら)され続けた場合どうなるのか。


 まず初めに、異能以外の魔法が発動できなくなる。魔法は体内で生成される魔力と、空気中の波導で発生させている。使用した魔法は大気中に霧散し、周囲の波導濃度を上昇させる。しかし、この時体内から消費した波導の(ほとん)どは大気中から人体に吸収されるため、その回収が行えないと体内の波導濃度が低下し、魔法を使用できなくなってしまう。


 次に、魔力欠乏症を始めとした波導性の疾患を発症し始める。人体は常に体内の波導を循環(じゅんかん)させており、波導は全身を巡りながら少しづつ大気へ放出、同時に放出した分だけ大気から吸収している。しかし、周囲の波導濃度が0%だと大気から波導を吸収することができず、体内の波導が低下し続けてしまう。波導は生命の維持に必要不可欠な要素である。波導が一定の数値を下回ると、波導が循環されずに細胞が壊死する“魔力欠乏症”や、体が体内の波導を維持しようと循環を停止させることによって引き起こされる“波導性臓器不全”。そして、最終的には脳が死の恐怖を紛らわすために最後に残った波導で自身に幻覚魔法をかける“波導閉塞”を引き起こす。


 つまり(きゅう)とは、人間にとって水中の次に危険な状態。シスターのような波導の変化に敏感な人間にとっては特に。


 シスターやハザクラ達が狼狽(うろた)える中、イチルギとバリアがすぐさま防壁魔法で光のドームを形成する。特別何か意味のある魔法ではなかったが、波導で満たされたドーム内は今この状況に限り大海に浮かぶ船のような安全地帯となった。


 涙目になりながら咳き込むシスターの背中を、ナハルが優しく()でて顔を覗き込む。


「だ、大丈夫ですか。シスター……」

「は、はい……だ、大、丈夫……です」


 依然として肩を震わせるシスターを見て、ハザクラはラルバに顔を向ける。


「ここはあまりに危険すぎる。何か対処が必要だ」

「いやあびっくりしたねぇ。ほい解決策」


 そう言うとラルバは突然自らの腕を爪で切り裂き、そこから溢れ出た鮮血を(びん)に詰めた。その意味をハザクラは理解できたが、半ば現実逃避君に怪訝(けげん)な顔をする。


「……何の真似だ」

「お飲みよ」

「断る」

「要らないの? 魔力たっぷり使奴製いちごミルク」

「もう少し道徳的な対処法を提案してくれ。背に腹かえるには早すぎる」

「このくらいで情けない……。それに、背に腹だったら“電車ごっこ”とかになるよ」

「“電車ごっこ”?」

「血管引き()り出して使奴とガッチャンコする」


 ハザクラはラルバを視界に入れないようにイチルギに話しかける。


「使奴がどれほどの魔力を蓄えているのかは分からないが、余裕のある量で構わない。ローブか何かに波導を蓄えられないか?」

「私達なら大丈夫よ。使奴細胞は常に魔力を生成しているから、一度に数百人とかに分け与えなきゃどうってことないわ。そうね、確か……カナグマアザラシのテントがあったからそれを――――」

「いちごミルク誰か飲まんかね。捨てんの勿体(もったい)無いよ」


 ハザクラに無視されたラルバが周りに瓶を見せびらかしていると、ラデックがそれを受け取った。


「じゃあ折角だし、頂こう」

「お、勇気あるね。そう言えば他人の血ってウンコ並みに汚いんだよ」

「飲む前に言うな。使奴の血は平気だろう」

「ダメだったらごめんね」


 ラデックが(しか)めっ面をして(あお)ると、シスター達の方から押し殺したような(うめ)き声が漏れる。


「…………ものすごく鉄」

「まあ血だからね」

「けど、確かに魔力が満ちてくる……。不思議な感覚だ」

「胃袋の中に魔力タンクつけてるようなモンだし、魔法さえ使わなきゃ半日は保つんじゃない?」

「半日に一回アレ飲まなきゃならないのか……」

「何でよ!! 凄いでしょ!!」

「凄いけども……」




 結局、イチルギが魔力を溜め込みやすい素材で作ったマントを人数分作成し、波導の薄さによる問題は異能以外の魔法を使えないことだけになった。そして一行は木々の生えていない野宿に適した場所を探し求め、結界の中心であろう“パルキオンテッド教会”を目指して再び歩き出した。

 小一時間も歩き続けていると、遠くの方でガサガサと茂みが揺れる音が聞こえ、興味を引かれたゾウラがじぃっと音の方向を見つめた。すると、そこから1匹の兎が飛び跳ね、あっという間に森の奥へと逃げていった。


「あ! 兎ですよ!」


 そこへカガチが顔を寄せて、兎の逃げていった方向を見つめる。


「兎だけではありません。木の上には栗鼠(りす)や雀、茂みの陰には羊もいます。どうやら、彼等には先程の結界は効かないようですね」

「羊? 私、羊初めて見ます!」

「普段はこの辺にはいませんからね。迷い込んだのでしょう」

「動物には隠蔽魔法が効かないんですね。(きゅう)でも平気みたいですし」

「動物は波導循環や身体の仕組みが人間と異なるため、隠蔽魔法が効き辛いのです。それに、植物や草食動物は波導の変化に非常に強いので、(きゅう)でも問題なく生きていけるのでしょう」

「使奴には隠蔽魔法って効くんですか?」

「我々使奴は魔法を常に遮断するよう作られていますので、まあ殆どは…………」


 カガチがゾウラへの説明中に、何かを感じて進行方向を見やる。同じくラルバ達他の使奴も気付いたようで、警戒するように足を止めた。そしてラルバがボソリと、嘲笑(あざわら)うように呟く。


「フン。あのお喋り九官鳥のハピネスが終始(だんま)りなんだ。何かあるのは分かってただろうに。少なくとも、人間がいるぐらいはとっくに」


 この言葉にラデック達は息を()み、再び歩き出した。すると、突然森が開け、芝土で覆われた一軒の小屋が姿を現した。一見小高い丘のようにも見えるが、その煙突からはもくもくと煙が立ち上っている。そしてその小屋の(かたわら)に1人の男が歩いている。


 そこへラルバは目にも留まらぬ速さで近づき、男の首を鷲掴んで声を出せないよう握り締めた。


「か……かはっ……!! がっ……!!」


 男は激しく暴れるが、ラルバに敵うはずもなく泡を吹き始める。ラルバは小屋の中に居るであろう人間に気付かれぬよう、男を連れて再び森へと戻ってくる。


「ウシシシッ。 こんな夜中に出歩く悪い子は、あの世に連れていっちゃおうねぇ」


 男を必要以上に(おど)かすラルバに、イチルギが思い切り拳骨を食らわせる。


「あだっ」

「怖がらせないの!! 話聞くだけなのに何で仕留めるのよ!!」

「おっきい声出されたら困るじゃん」

「ラデックとかシスターに行かせればいいでしょうが……!!」

「真夜中に森の奥に誘う異人の方が怖くない?」

「屁理屈言うな!!」

「屁理屈言われないでよ……」


 そんな文句を交わしつつも、事を荒立てたくなかった一行は男の誘拐に渋々手を貸し、共に森の奥へと再び戻る事にした。

 ラルバが茂みに男を放り投げると、男は涙を流しながら(もだ)え、両手を頭の上でひらひらと振って見せた。


「ゆ、許しでください、許しでください。(いだ)いことしないでください」


 (なま)りに訛った言葉を話す男に、ジャハルがしゃがみ込んで視線を合わせる。


「手荒なことをして申し訳ない。我々の質問にいくつか答えていただければ、すぐにでも解放する」


 しかし、ジャハルの言葉に男はふるふると首を振って顔を背ける。


「こ、これからはちゃんとします。ちゃんと“御供(おそな)え”します。もうズルしないです。だからお願いします。許しでください。許しでください」

「御供え? いや、我々はただ聞きたいことがあるだけで……」

「お願いします。お願いします。どうか、どうか許しでください」


 男は只管(ひたすら)に頭を下げて両手を上げるだけで、ジャハルの言葉に答える様子はなかった。ジャハルがどうしたものかと困惑していると、ラルバが後ろで噴き出すように笑った。


「ククククッ。どうやら”都合のいい“ことになっているようだな。ラデック!!」


 ラルバが手招きをしてラデックを呼ぶ。ラデックは珍しく嫌な予感がしないことに嫌な予感がして、若干顔を(しか)めた。


「何だ」

「コイツらの文化的に、私ら使奴は妖怪というよりは神聖な存在と(とら)えられているっぽい。今からイチルギ達とその辺イイカンジにする魔法を組むから、ラデックはさっきの小屋に行って情報収集しておいてくれ」

「嫌だ」


 ラデックが眉間の(しわ)をより一層深める。その後ろでイチルギも同じく顔を顰めて無言の抗議をしていたが、ラルバは満面の笑みで説明を続ける。


「私らは今から幻覚魔法を組まにゃならん。スヴァルタスフォード自治区では随分(ずいぶん)暇したからなあ。今回くらい、怪しまれずに堂々と歩きたい。なあに、丁度ここの奴らは魔法耐性皆無だし、3日も保たせる予定ないから数時間もあれば完成するだろう」

「俺は交渉に向いていない。ゾウラが適任だろう」

「じゃあウラらん連れてっていいよ」

「……ハザクラとゾウラの組み合わせとかがいいんじゃないか?」

「クラの助さっきトイレ行ったよ」

「戻ってきたら頼もう」

「早よ行きんしゃい」

「………………」


 ラデックは鼻から大きく息を吐くと、諦めたようにゾウラを見る。


「……不安だろうけど、大丈夫か?」

「はい! ワクワクしますね!」

「不安なのは俺だけか……」


 ラデックとゾウラはラルバ達と別れ、再び小屋に向かって歩き出した。後ろでカガチが恨めしそうに(にら)んでいるのが見えたが、ラデックは反応に困り見なかったことにした。


 小屋に辿り着くまでの間、ラデックは常々思っていた疑問をゾウラに聞いてみた。


「ゾウラ、実は前から気になっていたんだが……」

「はい。なんですか?」

「君は、その……怖いとは思わないのか?」

「怖い……ですか?」

「君は度胸があると言うよりは、まるで恐怖を感じていないように思える。この旅もそうだが……、時食(じくら)海岸での君への返り血は尋常じゃなかった」


 ゾウラは少し首を捻った後、いつもと変わらぬ笑顔で答える。


「確かにあんまり怖かったことって無いですね! 両親が亡くなるまでは割と怖がりだったんですけど、最近は夜も1人で寝られますし、真剣での戦いも大丈夫です!」

「そう……か。すまない、変なことを聞いた」


 ラデックは良くない想像を中断し、再び前を向く。そして小屋まで辿り着くと、覚悟を決めるように深呼吸をする。


「ゾウラ。俺は戦闘面ではそうそう足手まといにはならないとは思うが、交渉はこの上なく苦手だ。恐らく警戒されるだろうから、積極的に全面的に助け舟を出して欲しい」

「わかりました」

「とてもすごく心強い」


 2人は玄関らしき扉へと近づき、ラデックが恐る恐るノックをする。すると、何かが走る音に続き、盛大に何かが崩れるような音が聞こえてきた。ラデックは不審に思い、扉を少し開けて中を覗き込む。土間のみで構成された部屋は、扉の隙間からでも全体が見渡せる作りになっており、暖炉から()き散らされた(まき)と灰が部屋中に散らばって火の海になっているのが見えた。


「なっ……ゾウラ! 手伝ってくれ!」

「わかりました!」


 ラデックとゾウラは慌てて部屋へ駆け込み、火傷も(いと)わず薪を暖炉へ放り投げる。火が燃え移った家具には水筒の水をかけて鎮火し、何とか大惨事を(まぬが)れた。


「はあっ……はあっ……。魔法が使えないと、この程度にも苦戦するのか……」

「間に合ってよかったですねぇ」

「ゾウラ。手を見せてみろ。火傷の痕一つでも残したらカガチに八つ裂きにされそうだ」


 ラデックが異能でゾウラの手を治していると、背後から突然抱きしめられた。


「神様だぁーっ!!」

「うおっ。な、なんだ?」


 そこには、満面の笑みでラデックに抱きつく少女がいた。


「すごい!! すごい!! 神様だ!!」


 ラデックは何とか少女を引き()がし、椅子であろう布が敷かれた盛り土の上に座らせる。薄茶の髪とエメラルドグリーンの瞳、ソバカスがうっすら広がる顔は、どこか先程の男に似ているように思えた。毛皮のポンチョを一枚だけ纏い、その縫合の(つたな)さから技術の低さが見てとれた。


 恐らく10代前半であろう少女はニコニコとラデックの顔を見つめており、ラデックは何だか複雑な心持ちになって狼狽(うろた)えた。


「俺は神様じゃない。あと彼も神様じゃない」

「ゾウラです。よろしくお願いします」

「俺はラデック」


 2人が自己紹介をすると、少女は首を(かし)げてから不思議そうに口を開く。


「私“スファロ”。ラデックさっぎ、“神の力”使(つが)ってた! 神様じゃない、なんで?」

「何でって言われても……。あ、魔法がないから珍しいのか。君達の中で他に神様っぽい事をする人はいないのか?」

「神様っぽい? ”神の子(んご)“?」

「神の子?」

「ラデック、神の子(んご)知らね? 神の子(んご)知らね!?」


 スファロは再び興奮気味にラデックに抱きつき、今度は何かを確かめるように体のあちこちに手を伸ばす。


「や、やめろ! ゾウラ止めてくれ!」

「スファロさん。やめてあげてください」


 ゾウラがスファロを優しく引き剥がし、再び椅子へと座らせる。スファロは信じられないといった顔つきで(ほう)けており、ゆっくりとゾウラにも顔を向ける。


「……ゾウラも神の子(んご)知らねの?」

「はい。私も存じません」

「ぞんじません……?」

「知らないって意味です」

「知らね……、神の子(んご)、知らね……」


 スファロが何かを考え込んでいる隙に、ラデックはゾウラに手招きをして外へと連れ出した。


「あの子、(わず)かだが魔力を持っていた。ここの人間には魔力を補給する場所があるのかもしれない」

「それが神の子に関係しているんですかね?」

「どうだろう。しかし、この空間から魔力を吸収するとなると川や湖、それこそ太陽に月光や星光くらいしか……」


 ラデックは自分の言葉で”あること”に気づき、ハッとして空を見上げる。そして、信じられない光景を目の当たりにした。


「ゾ、ゾウラ……空を見てみろ……」

「空? わあ」

「ほ、”星が無い“……!!!」


 いつもなら満天の星が輝いている筈の夜空には、絵の具で塗り潰したような黒が広がっており、淡く光る月だけが幻覚のように浮かんでいる。


「隠蔽魔法で魔力が遮断されているのか……。これじゃあ天体由来の魔力は得られない。月も普段より暗いし、まるでサングラス越しに見てるみたいだ」

「でも、これはこれで綺麗ですね! 雲一つない青空みたいで、星一つない夜空も素敵です!」

「君は()めるのが上手いな。俺は何にでも否定から入ってしまうから、その感性が少し羨ましい」


 2人は(しば)し時を忘れ、見慣れない真っ黒な夜空を見上げていた。




(きゅう)の国】


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 朽が異常ってことは人工的な環境なのかな?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ