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シドの国  作者: ×90
スヴァルタスフォード自治区
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79話 愛する覚悟、愛される覚悟

時食(じくら)海岸〜


 ゾウラとカガチがパーティに加わったところで、一人加入を拒否したエドガアがその場で首を回しながら口を開く。

「じゃ、ゾウラとはここでお別れだね。私はあの追手を引きつけるから」

 ゾウラは優しく微笑んでエドガアに向かって両手を広げる。

「はい。エドガア、今までありがとうございました。(しばら)くしたら、また会いに来ますね」

「うん。元気で」

 エドガアはゾウラを抱き締めてからゆっくりと離れ、ラデック達に手を振りながら森の中へと消えて行った。それを見届けたラデックは、ゾウラの方を向いて少し考え込む。

「さて、ゾウラ達が仲間になったのはいいが……、俺はシスターと悪魔郷へ行くから、イチルギ達もこっそり付いてきて欲しい。流石に命の補償が無いのは怖い」

 イチルギは呆れた様に肩を落とす。

「じゃあ何で啖呵(たんか)切ったのよ……」

「格好がつくと思って」

 真顔で白状するラデックを、イチルギは溜息を吐いて睨み付ける。

「……問題児が増えたわ」

「申し訳ない」


 エドガアと別れ、ラデック達は悪魔郷方面へと歩き始めた。ハピネスが最短距離である森の横断を何度も強く推奨したが、ゾウラの逃げ道を確保した方が良いとの結論に至り沿岸部を進むことになった。

「うううう寒い寒い寒い寒いっ……寒いなぁ……本当に寒い」

 (わざ)とガチガチと歯を打ち鳴らして凍えてみせるハピネスに、ジャハルが厄介そうな顔で自分の上着を被せた。

「全く情けない……ゾウラを見ろ」

「は?ジャハル君今盲目(もうもく)の私に“見ろ”って言ったか?」

「……すまない」

 鼻水と文句を垂らしながら(もだ)えるハピネスに、ゾウラが再び水筒から紅茶を注いで差し出す。

「まあまあ。私は慣れてますから。紅茶どうぞ」

「優しいなあゾウラ君……非盲目のお前らこそ見ろ。この優しさを!見ろ!あるだろ!お前らには!目が!あるだろっ!!」

 ぎゃーぎゃーと(わめ)きたてるハピネスの声が海風に掻き消され、先程まで天高く昇っていた太陽も次第に沈み始めていた。


 ラデックは不意に吹き荒れた一際冷たい海風に一瞬身を(こわば)らせ、夕陽に白くなった吐息を被せながら呟いた。

「日が暮れる。今日はこの辺で休もう」

 ラデックの提案に、後ろからハピネスが愚痴を(こぼ)す。

「それ、さっきから私が100回以上言ってるよ」

「100回前は昼間だったろう」

 ハピネスの悪態をラデックは軽く流しながら茂みの草を(なら)し始める。それをイチルギが手伝おうと一歩踏み出した直後。

「……敵襲よ」

 イチルギの警告に全員が武器を構える。有名人であるハザクラ、ジャハル、ゾウラは各々フードや襟巻きで顔を隠し、イチルギは敵が居るであろう森の方向に背を向けた。

 ラデックが自身の改造の微調整をしていると、カガチが拾った長い木の枝で素振りをしながらラデックを見た。この戦闘の提案者であるラデックを、彼女なりに気を遣っての沈黙。察しの悪いラデックの代わりに、シスターがカガチに頭を下げた。

「ありがとうございます。カガチさん」

 シスターの発言のラデックが首を傾げる。

「何がありがとうなんだ?」

「私達の目的を達成するまで待ってくれているんですよ。使奴が戦いに参加したら一瞬で終わってしまうでしょう?」

「ああ、おんぶにだっこだな」

「ほら、行きましょう」


〜廃棄された森〜


 シスターがラデックと共に森の中へ入って行くと、薄暗い森の中に(かす)かに光が見えた。2人が罠を警戒しながらゆっくりと歩みを進めると、そこは少し開けた空き地の様な場所で、焚火をしている1人の大男がいた。ド派手な王冠とマントを(まと)い使奴の様に真っ白な肌をした大男は、陰からこっそり覗いていたラデックに気がついたようで、こちらに真っ黒な目玉を向けて口を開いた。

「よう」

 思わず声が出そうになったシスターの口をラデックが抑える。ハッタリかもしれない――――という咄嗟(とっさ)の機転だったが、ギョロ目の男はラデック達に向け発言を続ける。

「けひひひっ……びっくりしたか?びっくりしただろうなぁ。話じゃ襲撃は来週……じゃあ今のうちに逃げなきゃ!ってか?甘い。甘いぜ(ねずみ)野郎。お前らコモンズアマルガムがウチにスパイを送ってることなんざとっくに知っとるわボケカスがよ」

 大男が(おもむろ)に立ち上がり、翡翠(ひすい)の瞳でこちらを真っ直ぐ見つめる。ラデックは最早隠れることに意味はないと思い、茂みを()き分けて姿を現した。

「……どうも。もしかして、俺の名前もバレているのか?」

「ああ?いや、そこまでは知らねぇ。知る必要もねぇしな」

「じゃあ初めましてだな。俺の名前はラデック。こっちはシスター」

 突然自己紹介を始めたラデックを大男は怪訝(けげん)そうに睨む。

「……俺はヘレンケル・ディコマイトだ」

「ヘレンケル……!?」

 ヘレンケルの名前に反応したシスターにラデックが尋ねる。

「シスター?彼を知っているのか?」

「し、知っているも何も……!彼は悪魔郷皇帝の息子です……!!」

「そうなのか」

 2人の反応を見て、ヘレンケルは納得いかない様子で首を捻っている。

「…………ああ?お前ら、俺を奇襲しにきたんじゃあねーのか?」

「ん?俺達が奇襲されたんじゃないのか?」

 ラデックとの噛み合わない会話に、ヘレンケルは大きく溜息を吐いて肩を落とす。

「あー……馬鹿と話してっと疲れるわ。やっぱ馬鹿は罪だよな」

 ヘレンケルが手を上げて何者かに合図を送る。すると、森の奥の暗闇から同じく白い肌の女性が姿を現した。深緑の癖っ毛に黒い白目と灰色の瞳、踊り子の様な服装で両手にハルバードを構えながら、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。しかしハルバードの女性はラデック達には目もくれず、何かを気にするように辺りを見回している。それを不審に思ったヘレンケルが、ラデック達から目を逸らして女性に問いかける。

「ヤクルゥ!どーした!」

 ヤクルゥと呼ばれたハルバードの女性は、ヘレンケルの言葉にびくっと身体を強張(こわば)らせてあたふたし始めた。そして、おどおどしながら不安そうに口を開く。

「あ……あの……その……あ、え……えっと……」

「何だ!言え!」

 ヘレンケルはラデック達に完全に背を向けてヤクルゥの方へ歩き始める。

「あ……あの……あ、た、多分なんですけど……あの……あ……」

「怒らねーから言え!何が気になる!」

「あ……あの……えっとですね……その……あ……」

 ヘレンケルとヤクルゥのやり取りを見ていたラデックは、シスターに顔を寄せ小声で話しかける。

「今殴っても平気だと思うか?」

「え……ど、どうでしょう……」

「じゃあ今水分補給しても平気だと思うか?」

「それは……お好きにどうぞ……」

 ヘレンケルに詰め寄られながら睨まれ、ヤクルゥは怯えて目を背ける。そして意を決したように唾をごくりと飲み込むと、何度も言葉を詰まらせながら話し始めた。

「あ、あの……あ、その……ラ、ラルバさん達……なん、ですけど……」

「ラルバがどうした」

 ラルバという単語にラデックがピクリと反応するが、今はまだ様子見の時期だと思い取り出した水筒に視線を戻す。

「あの、あ……こ、こっち……来てませんか……?その、さ、先に行ってる……って、あの……言っ……言ってた……ので……」

 ヘレンケルは暫く無言で固まった後、その場でぐるりと振り向いてラデック達を睨む。そしてラデックの顔を見開いた眼で見つめ、突然狂ったかのように笑い出した。

「……っふ。あーっはっはっはっはっはっは!!!はーっははははははは!!!ひーっ!!!だーっはっはっはっはっはっは!!!」

 何度も膝を叩いて大笑いするヘレンケル。それを心配そうに見つめるヤクルゥがおろおろしていると、ヘレンケルは次第に落ち着きを取り戻して膝に手をついて屈んだまま咳き込む。

「げっほげほ……あーっはっはっは……。そうか……俺ぁ(だま)されたのか!!まーそんな美味い話あるわきゃないわな!!っかーショックだぜ!!逃げられてやんの!!」

 そして再びラデック達へと向き直り、独り言を呟き始める。

「でもまあ……殺されなかったっつーことは、世界基準で俺は悪者じゃーねーっつーことだな。俺が狂っていないことが証明されたってだけで充分儲けモンだ。安心して支配者目指せるってもんよ」

 ヘレンケルの両手に波導(はどう)が渦を巻き始めると、戦意を感じ取ったヤクルゥもまた両手のハルバードを構える。ラデックは水筒の蓋を閉めて鞄に戻し、ライターを探してポケットを(まさぐ)った。

「シスターはどっか後ろの方に――――」

「ヘレンケルの方は任せて下さい」

「ん?」

 ラデックはタバコの火をつけながらシスターに目だけを向ける。シスターは真剣な表情で、また怯えた様子も見せずに前を見続けている。

「私のことならご心配なさらず。どうせ、旅を続けるならこの程度の戦闘……生き延びられなければ未来はないのでしょう」

 ラデックはタバコの煙を大きく吐き出して再びヘレンケル達に視線を戻す。

「……いい覚悟だ。何ならヤクルゥも任せていいか?」

「それは勝てなそうなのでお断りします」

 シスターは(ふところ)から小さなナイフを取り出し、髪の結び目を解いた。それ見てヘレンケルは小さく「ほぉ」と声を漏らし、ヤクルゥに命じた。

「あのお嬢さんもやる気らしい。男の方メインで行け」

「あ、は、はい」

 ヤクルゥは不安そうに両手のハルバードを振りかぶって、目にも留まらぬ速さでラデックに接近した。

「っ!?はや――――――――」

 突然の突進にラデックは対応が遅れ、そのまま両腕でハルバードの一撃を受け止めてしまい後方へと大きく吹っ飛ばされた。ヤクルゥは一瞬シスターの方へ目を向けるも、再びラデックの方に走り出し姿を消してしまった。

 ラデックと分断されたシスターは、緊張で跳ね上がる鼓動を抑えつけながらヘレンケルへと目を向ける。

「ヘレンケルさん。戦う前に一つ、質問を良いですか?」

「俺の興味次第だな」

 ヘレンケルはその手にいつの間にかレイピアを構えており、シスターの方へゆっくりと近づいてくる。

「先程“支配者を目指す”と(おっしゃ)っていましたが……、何故支配者を目指す者が自ら戦場の最前線に立っているんですか?」

「あー……本当なら最前線じゃあなくなる予定だったんだけどな。ちょいと傭兵に逃げられてよ。でも、だからって尻尾巻いて逃げるのは格好がつかねぇだろ。格好がつかねぇ奴には民もついてこねぇ。それに……この程度のちゃんばらごっこ、戦闘に入らねぇよ。お前、まともに戦ったことないだろ。そのナイフの握り方じゃあ力は入らねぇ」

 ヘレンケルの指摘に、シスターは一切怯まない。それどころか、肩の力を抜いて静かに構えていたナイフを下げた。

「まともに戦ったことがないのは、あなたも同じですよね」

「王たる者、暗殺者を返り討ちにする程度には腕っ節がなきゃ務まらねぇ。知ったかぶりは恥かくだけだぞ」


 ヤクルゥに吹き飛ばされたラデックは、森の中で受け身を取りながら両腕を確認した。異能で強化されていたとはいえ、刃はしっかり骨にぶつかるまで腕を切り裂いていた。そして再び接近してくる気配に気付き、暗闇に眼を凝らして敵の姿を探った。

 遠くから聞こえる枝の折れる音、風切り音、そして、自己改造によって暗闇に適応した目にヤクルゥの姿が映った。しかし、その瞬間にはもう首筋にハルバードが触れる寸前であった。

 ラデックは咄嗟に大きく飛び退きつつ首に手を当てる。ハルバードはラデックの喉笛を両断していたが、その直後に改造で治療したために大怪我には至らなかった。ヤクルゥは再び暗闇に溶け込み、ラデックの視界から外れる。ラデックは再び全神経を研ぎ澄ませて暗闇に意識を混ぜた。

 枝が折れる音、草木を踏む音、金属の擦れる音、波導の流れ。魔法を使えばその分空気中の波導が揺らぐ。方向も分かる。しかし、再び接近してきたヤクルゥにラデックは対応できなかった。大きく切り裂かれる背中。隙を見せてしまったラデックに追い討ちがかかる。ラデックは身を(よじ)って追撃を(かわ)すが、ヤクルゥの猛攻は止まらず3回目の振り下ろしが頭蓋骨に命中する。改造で強化しているとはいえ、頭蓋骨には確実に傷が入り額はビニールのように裂けてしまう。ラデックは4回目の振り下ろしを食らうまいと右腕に異能を集中させて手を(かざ)す。手に当たったハルバードは(わず)かに変形してぐにゃりと曲がるが、その速度は緩まずラデックの右手指を引き千切った。ヤクルゥはラデックの異能に驚いたのか、再び飛び退き暗闇へと姿を消した。ラデックは大急ぎで額の傷を治療し、再び周囲の気配を探る。

 遠くで鳴る草木の擦れる音、そして魔法を使ったことによるものであろう波導の揺れ。ヤクルゥが離れている今のうちに改造を(ほどこ)そうと、ラデックは目元に手を当てる。

 その直後、背後から気配を感じ咄嗟に振り向いた。視界の端に銀色の光が映る。偶然目元に持っていきかけていた腕にハルバードがヒットし致命傷を(まぬが)れるも、右腕の肉を骨沿いにこそげ取るように持って行かれてしまう。激痛が走る腕に怯みながらも、ラデックは慌てて外れかけた肉片を傷口に押し当て、異能で癒着を(うなが)す。そこへ再び襲い掛かるハルバードの大振り。ハルバードの長い柄のせいでヤクルゥからの攻撃は届くがラデックの腕は届かず、近寄ろうと懐に飛び込めば、直後にヤクルゥは大きく飛び退いて姿を消してしまう。ラデックには彼女を追いかけることも出来たが、もし彼女がゾウラと同じ何かと一体化する異能だった場合、容易に背後を取られてしまうと思い足を踏み出すことは出来なかった。

 そんなことを考えている間にも、再び暗闇から鋼鉄の刃がラデックに襲いかかる。しかし、ラデックは決して逃げ出そうとはしなかった。戦いを諦めようともしなかった。彼の頭の隅には使奴の存在があり、最悪自分がここで死んでしまっても彼女らが蘇生してくれるであろうという確信があった。だとすれば、今ここで苦しんで立ち向かうよりも、あっさりと死を選んで気を失ったまま助けを待つ方が圧倒的に楽であり確実である。にも(かかわ)らず、ラデックは今まで経験したことのない恐怖、そして今にも喚きたいほどの痛みに(さいな)まれながらも、胸の底から湧き上がる戦意に満ち溢れていた。

「……トンタラッタ、トンタラッタ、トンタラッタラー……」

 失血によって身体中を駆け巡る悪寒と倦怠感。そして神経の麻痺と激痛。常人であれば間違いなく身動きが取れないような状態の中、ラデックは鼻歌を歌い始めた。そして歯を食いしばり、お気に入りの絵本の一場面を回想しながら前を向く。

「トンタラッタ殴られた。盗賊達に殴られた。だけどそんなの大丈夫……」

 殺気――――回避と同時に振り下ろされるハルバードが、転がるラデックの太腿を切り裂く。ラデックは最早大怪我に怯む様子も見せず、足の怪我を治しながら暗闇に消えていくヤクルゥを目で追った。

「寝床もお金も無いけれど、心があるから大丈夫……トンタラッタトンタラッタトンタラッタラー……」

 

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