59話 魂の柩
〜グリディアン神殿 地下街 (ハザクラ、ラデック、ラプーサイド)〜
「ラデック様はこちらへ、私がご案内いたします」
執事風の男性の案内に、ラデックは血相を変えて首を振る。
「いや、断る。ハザクラ達と同じ部屋を頼む」
「すみませんが一人一室でして……」
「構わない。床で寝る」
「そう言うわけには……」
困惑する男性に両手で作ったバッテンを突きつけて激しく拒絶するラデック。しかし押し問答が数分続くと、痺れを切らしたハザクラがラデックの肩を掴んだ。
「ラデック。お前なら何とかなるだろう。ひとまず言う通りにしておけ」
しかしラデックは首を大きく左右に振って拒否する。
「嫌だ」
「何が不安なんだ。具体的に説明しろ」
ラデックは案内役の男性から遠ざかってハザクラに耳打ちをする。
「……ここの親玉に心当たりがある」
「何だと?」
「恐らく”ホガホガ“だ」
「ホガホガ?使奴研究員の名前か?」
「いや、本名は知らない。とある絵本に出てくる“ホガホガ大魔王”ってのに容姿が似ていることから保育施設の仲間が勝手につけた渾名だ」
「……まあいい。ホガホガについて教えろ」
「根暗で気味の悪い女研究員で、保育施設の子供達によくちょっかいを出していた。俺が15歳くらいの時だったか、友人がホガホガに強姦されかけたと泣きついてきたことがあってな」
「……当時のホガホガの年齢は?」
「さあ……見た目からすると、もう40後半ってところか。陰気だったせいか、他の研究員からも除け者にされていたっぽかった」
「親玉がホガホガだと予想した理由は?」
「使奴研究所では下級研究員が給食の調理も兼ねていて、担当者毎に献立が割り振られているんだ。下級研究員は頻繁に配置が入れ替わるから、その度に献立も入れ替わる。さっきの焼き魚はホガホガが担当している献立のうちの一つだ」
「……わかった。じゃあ最後に、ラデックがホガホガを恐れている理由は?」
「容姿が生理的に受け付けられない」
「行ってこい」
「嫌だ!!!」
「ホガホガは異能持ちか?」
「研究員に異能持ちはいない筈だ。もし持っていればメインギアにされるか売り飛ばされるだろう」
「行ってこい」
「嫌だ!!!」
「俺も陰でサポートを」
「嫌だ!!!」
ハザクラは嫌がるラデックの胸倉を掴む。
『行ってこい!』
「嫌だぁ……!」
ハザクラが異能を使って命令をするが、ラデックも負けじと顔を背けて歯を食い縛る。
「相手の素性を知っていて戦闘もできて多対一にも対応できるラデックが適任だろう!」
「適任かどうかじゃない!嫌なものは嫌だ!」
「ラルバよりは怖くないだろう!」
「ラルバより怖い!」
そんな押し問答を続けていると、執事風の男性は2人に近づき恐る恐る声をかける。
「あの〜……そろそろ宜しいでしょうか……?」
「よろしくない」
「ああ、すまない。今行く」
「行かない!!」
嫌がるラデックの手を無理やり引っ張りながら、ハザクラはラプーと共に男性の後ろを歩き始めた。
結局ラデックはハザクラに説得され、一人執事風の男性について行くことになった。ハザクラはラプーと共に別室から追跡魔法でラデックの動向を観察しているが、ラデック本人からは何も確認できないため、ラデックは生ゴミを素手で握らされているような苦悶の表情でひょこひょこと歩いている。
黄土色の石壁と真っ赤な絨毯が敷かれた廊下を10分ほど歩いていると、執事風の男性は“魂の柩”と刻まれた大きな扉の前で立ち止まり振り返る。
「こちらです。中へどうぞ」
ラデックは象が通るような巨大な扉を見上げて呟く。
「……1人部屋か?」
「どうぞ」
しかし男性は問いに答えない。それどころか、食堂で見せた爽やかスマイルは剥がれ落ち、凄まじい腹痛を堪えているような表情に脂汗を滴らせてこちらを見つめている。
ラデックは今すぐ反対方向へ全速力で駆け出したくなったが、ハザクラかラルバに見つかればまたここへ立たされることになると思い、深呼吸を数回繰り返して扉に手をかける。
悍ましい光景だった
煌びやかな王室のような内装だが、その中央には巨大なベッドが置かれており、真っ白なシーツを真っ赤な天蓋カーテンが囲っている。そして何よりも目を引くのは、そのベッドの上に鎮座する真っ白いブヨブヨの肉塊。
よく見れば天蓋カーテンと同じ真っ赤な色の布を纏っているが、肉塊の正体の手がかりになるようなものではなかった。
『んふふ……いらっしゃい……』
その肉塊が女性の声を発したことにより、肉塊が生命活動を行なっていることと会話が可能な知性を有していることの二つが判明した。
ラデックはなるべく肉塊を見ないように目の焦点をズラしながら言葉を返す。
「……部屋を間違えたようだ。失礼する」
『間違えでないわよ』
引き返そうとするラデックを肉塊が引き止める。
『そんな遠くにいないで……こっぢ、来てぇ?』
甘えるようなあざとい肉塊の誘いに、ラデックは圧迫感を覚えて顔を背ける。
「い、いや、そうだ。用事を思い出した。早く姉にパンを買って行ってやらねば」
そう言ってラデックが扉に手をかけようとすると、その手を真っ白い肉塊が掴んだ。
『待っでよ』
ラデックは凍りついた。一つを除いて全てを理解した。
数mを一瞬で移動する身体能力、真っ白い肌、そして間近で聞いたことにより判明した聞き覚えのある声――――
『ちょっとだけ……ぎゃっ!!!』
ラデックは走り出した。扉を体当たりで突き破り、その勢いのまま壁を走って扉の前で待機していた守衛を置き去りにした。石壁が抉れるほど強く踏み込み、閉められた強化防壁を紙のように突き破って走り続けた。改造で足止めした肉塊の追跡を恐れて、身体中の筋肉が千切れそうになるのも構わず走り続けた。
追跡魔法でラデックの行動を把握していたハザクラは、凄まじい速度で自分の方にすっ飛んでくるラデックと合流しようと廊下に出た。すると直ぐに爆音を上げて周囲を破壊しながら突進してくるラデックが目に入った。
「ラデック!!一体何が――――」
「逃げるぞ!!!」
今まで見たこともないラデックの必死の形相に、ハザクラはすぐさま自己暗示をかけてラデックの後を追う。ラプーも背中に魔法陣を浮かべ、ジェット噴射をしながらラデックの後を追いかけた。
〜グリディアン神殿 地上 スラム街〜
何とか地上へ脱出した三人は、真夜中のスラム街へ逃げ込み廃屋に身を隠した。
ハザクラは大きく肩で息をしながら、過呼吸で横たわっているラデックに詰め寄る。
「一体、何を見た……!せ、説明を……しろっ……!」
「はぁっ……!!はぁっ……!!あ、あれは……!!ダメだ……!!」
ラデックはそう呟くと呼吸が落ち着くまで何も答えなかった。ハザクラもこれには何も言わない。依然鯰のような真顔で突っ立っているラプーの真横で、2人は暫く寝転がっていた。
呼吸が落ち着いてくると、ラデックは幽霊を見た子供のように震えながら語り始める。
「あれはホガホガだ……!でも、あり得ない……いや、決めつけは良くないか……」
「自己完結するな。憶測でもいいから話せ」
「……わかった。俺が見たのは確かにホガホガだったと思う……が、あれは“使奴”だ」
「……何?」
「クソでかい部屋にクソでかいベッドがあって、その上に真っ白い肉塊があった。それがホガホガの声で喋ったことで、あれが人間だということに気がついた」
「真っ白い肌……確かに使奴の特徴ではあるが、それだけで使奴というのは……」
「身の丈3mはあった」
「さんっ……!?」
「その時はベッドの上に座ってたからよく分からなかったが、俺が背を向けたときに後ろに立って腕を掴まれた。その時の声の位置や手の大きさから推測するに、それぐらいデカい」
「……元のホガホガの身長は」
「あって160cmくらいだろう。そして極め付けは逃げる時、彼女に異能を使った時だ」
ラデックは嘔気を抑えながら自分の掌を見つめる。
「……俺の異能は、触れた相手のステータスみたいなものを感じることができる。改造するってことは、改造前の能力値も分かるってことだ。……ホガホガの能力値は使奴のそれと何ら変わらなかった」
「……自らを使奴にしたのか」
「そして失敗した」
「失敗?」
「腕を掴まれた時、一瞬だが顔が見えた。しぼみかけの風船みたいな醜悪な容姿だった。恐らく身体が使奴細胞に耐えられなかったんだろう」
「……しかし、使奴相手となると厄介だな。前にベルが言っていたが、使奴対使奴の場合は多対一でも勝敗は推測できないらしい」
「いや、その点に関しては大丈夫だろう。使奴の戦闘能力の真髄は身体能力よりも思考力にある。なんでも人形ラボラトリーで知識のメインギアが200年前から脱走していたとなると、できるのは精々肉体の改造だけだ」
「じゃあ何が不安なんだ?」
「……ハザクラ、手を出せ」
「……?」
ハザクラが右手を差し出すと、ラデックはその手を取り、唐突に改造を施した。
「うっ……!?」
ハザクラは上下の感覚が入れ替わったことに吐き気を催し困惑する。
『ぐっ……な、治れ!』
そして自己暗示をかけ、改造された感覚を正常に戻した。
「いきなり何をする!」
「それ、外傷にも適応できるか?」
「はぁ?いや、外傷は無理だ。肉体強化で若干は改善されるが、物理的な損傷は難しい」
そこまで言うと、ハザクラはハッとしたような顔で固まる。そしてラデックはゆっくりと頷いた。
「俺がホガホガの身体の自由を奪った時、微かに聞こえたんだ。「治れ」って」
「なっ……ホガホガに異能はないんじゃなかったのか!?しかもよりにもよって俺と同じ無理往生の異能だと……!」
「……恐らく、異能の発生は意識の覚醒ではなく、意識の覚醒による魔力の激しい増加によって発生するんじゃないだろうか。だから、使奴化という魔力が莫大に発生する現象により、ホガホガは後天的に異能を得た」
「無理往生の異能を使う使奴……これは……厄介なことになった……!」
「地下街の男達は皆彼女の奴隷だろう。さっきの移動でハピネスの監視も振り切ってしまったかもしれない。ラルバ達に早いところ伝えに行こう」
〜グリディアン神殿 地下街〜
『うう〜……うううう〜……うう〜!!治れ〜……治れぇ〜……!!!』
真っ白な肉塊は苦しみながらもぞもぞとのたうち回り、徐に2本の足で立ち上がる。
「うううう〜!!!イライラするぅ〜!!!なんでもうぅぅぅぅぅ嫌ぁぁぁあああああ!!!」
肉塊は空気をビリビリと震わせて絶叫をすると、近くにいた男性を数人捕食するように抱え上げて自分の部屋に転がり込む。その直後、部屋からはけたたましい粘液音と喘ぎ声が漏れ出した。




