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シドの国  作者: ×90
グリディアン神殿
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54話 女尊男卑の国

〜グリディアン神殿 検問所〜


 グリディアン神殿周辺の地域は、なんでも人形ラボラトリーの様な灼熱(しゃくねつ)の猛暑ではないものの相変わらず太陽は容赦(ようしゃ)なく照りつけ、そこへ時折吹く微風(そよかぜ)を頼りに一行は進んでいく。

 ジャハルは皆から少し離れて集団の後ろを歩いており、更にその後ろをのそのそと歩くハピネスの方を振り返って呼びかける。

「ハピネス!もう検問所はすぐそこだ!もう少し頑張れ!」

 しかし、ハピネスは何かを(さと)った様な微笑(ほほえ)みでフラフラと左右に揺れ動き、譫言(うわごと)の様に(つぶや)く。

「ふふふ……だからホバーハウスを返すべきじゃないって言ったんだ……だって3日だよ?私達、村から3日も歩いていたんだよ?普通徒歩で済ませる距離じゃないよ?」

「今更我儘(わがまま)を言っても仕方がないだろう」

「そんなことはないよ。ジャハル君、おんぶ」

「自分で歩け」

 ジャハルに呆れながら軽くあしらわれたハピネスは、大袈裟(おおげさ)に溜息をついて体調不良をアピールする。

「……人道主義を(かか)げる国のNo.2が盲目(もうもく)淑女(しゅくじょ)に手を貸さないなんて。ああ〜足が痛い〜お腹も痛いよ〜」

「盲目盲目って、そんなに言うならラルバにでも治して貰えばいいだろう!自分で不便な方を選んでいるんだから言い訳に使うな!」

「何を言うか……私は自分の運命に課された不条理に立ち向かっているのだよ……」

「じゃあ勝手に立ち向かっていろ」

「手助けは欲しい〜……おんぶ〜……」

 そんな調子でのそのそと身体を引き()る様に歩くハピネス。グリディアン神殿の国境を囲む鉄柵(てっさく)の一角に(もう)けられた、質素で無骨な造りの検問所前に彼女が到着すると、ラルバがムスッとした顔でハピネスを軽く小突いた。

「遅い!次からそんな病気のカタツムリみたいに歩いたら背負って行くからな!」

「…………ラルバ。私、この旅が終わったらあのホバーハウス貰っていいかい?」

「はぁ?旅が終わったらって……ホバーハウスでどこに行くのさ」

「どこにも行かない。そこで暮らす」

「家建てればいいじゃん」

「……それもそうだね。お金出してくれる?」

「余ったらな」

 ラルバはケッタイな物を見る様な目でハピネスを(にら)み、検問所の門番の方へ歩いて行く。

「ハローベイビー!今日も暑いねぇ!ご機嫌いかが?」

 ふざけたラルバの挨拶(あいさつ)に、門番の女性は一行を怪訝(けげん)そうな顔で眺め吐き捨てる様に命令をした。

「女性は正面の通路へ!!男は右だ!!」

 耳を(つんざ)く大声に一瞬気圧(けお)されるも、一行は暢気(のんき)なラルバの後に続いて渋々(しぶしぶ)歩き出す。鼻歌混じりに歩を進めるラルバは、ラデックの方を向いて笑顔で手を振った。

「じゃ!また後で!」

「会えればな」

 ジャハルも心配そうにハザクラを見送るが、ハザクラはジャハルに目もくれずラデックとラプーと共に通路の奥へと消えていった。男3人の背中を見つめながら、ジャハルは不安そうにイチルギに歩み寄る。

「大丈夫だろうか……イチルギ。私に幻覚魔法か何かでステルス迷彩(めいさい)をつけられないか?」

「必要ないわ。信じてあげなさいよ。仲間でしょ?」

「うう……それはそうだが……」

 ジャハルとてハザクラの実力を(うたが)ってなどおらず、自分と手を合わせたラデックの能力もよく知っている。それらを加味した上で(なお)彼女の脳裏にこびり付いて離れないのは、ハピネスが前に装甲車の中で話した内容である。




「……グリディアン神殿からの帰還予定時刻になっても外交官2人は帰らず……世界ギルドがグリディアン神殿に(うかが)いを立てても知らぬ(ぞん)ざぬでな……数日後に調査隊が向かった所……肉体改造で人の形を成していない2人が見つかった…… 四肢(しし)は根本から切断され、歯は全て引っこ抜かれて(あご)の骨も砕かれていた……何より陰部(いんぶ)の改造、グロテスクな性玩具(せいがんぐ)のように改造された陰茎(いんけい)が1人2本……尻の穴は血を流して常に開いたまま……女共にさんざ性奴隷(せいどれい)として(もてあそ)ばれた挙句(あげく)()きたら糞尿(ふんにょう)垂れ流しで放置……世界ギルドが発見した時には餓死(がし)寸前で、イチルギが到着して直ぐに息絶(いきた)えた……いや、正確には救わなかった……か。あの状態の人間を治癒(ちゆ)しても、どうせトラウマに(しばら)られ生き地獄だ……」



 ジャハルは再び思い詰めた様な顔でハザクラ達が向かった通路へ目を向ける。既に角を曲がってしまった3人の姿はなかったが、無骨な煉瓦(れんが)の壁の染みが不気味に笑う人の顔の様に見えて、やけに胸騒ぎがした。

「ジャハル、行くわよ」

 イチルギに手を引かれたジャハルはもう一度煉瓦の染みを見つめる。顔の様に見えたそれがただの染みであったことを確認してから、自分を納得させる様に(うなず)いて正面通路へ歩き出した。

「ハピネス……ハザクラを、3人を頼むぞ」

 ジャハルは横を歩くハピネスにそう呟くが、ハピネスは意地悪そうに笑いジャハルを揶揄(からか)う。

「どうしよっかなー。さっきおんぶしてくんなかったしなー」

「……今してやる」

「今は結構」




〜グリディアン神殿 男用検問所〜


「服を脱げ」

 ハザクラ達は部屋に通されるなり唐突(とうとつ)に女門番に命令をされる。何の説明もなく通された手入れのされていない便所の様な検査室で、ハザクラとラデックとラプーは身体検査とは名ばかりの迫害(はくがい)を受けていた。女門番の言葉は余りに無礼な物言いではあったが、ハザクラは首を(かし)げて冷静に受け答えをする。

「ボディチェックには応じるが、不必要な身体検査は――――」

「脱げっつってんだよ!!」

 女門番はハザクラの言葉を(さえぎ)威圧(いあつ)する様に(にら)みつける。しかしハザクラはまたしても冷静にパスポートを見せ返答をする。

「俺は人道主義自己防衛軍“ヒダネ”の総指揮(そうしき)――――」


 バシッ!!


 女門番はハザクラの手を(さや)がついたままの短刀で思い切り殴り、パスポートを地面に叩き落とした。叩かれた左手は裂傷(れっしょう)により血が吹き出しており、ハザクラは怪訝(けげん)そうな顔で手と女門番を交互に見つめる。

「知らねぇよ!!さっさと脱げこのクソ“オタケ”共!!!」

 苛立って攻撃してきた女門番に、ハザクラは小さく溜息を吐いて肩を落とす。

「……こんな早くから敵対するとはな。おい、ラデック」

 ハザクラがラデックの方を見ると、そこには(すで)に全裸で仁王立ちをしているラデックとラプーの姿があった。

「……何してる?」

「いや、脱げって言われたから」

「……そうか」

 まさかの展開に(あき)れるハザクラ。その背後から怒りが限界に達した女門番が、抜き身の短刀を大きく振りかぶる。

 ハザクラは短刀が上腕(じょうわん)に触れる寸前で勢いよく後ろに下がり、女門番の腹に振り向きざま肘打(ひじう)ちを入れ昏倒(こんとう)させる。

「2人とも服を着ろ。気付かれないうちにここを出るぞ」

 しかし2人がもぞもぞと服を着ている最中に、どこからともなく10人程の女衛兵が(あらわ)れ3人を取り囲んだ。ハザクラは両手を上げて降参のポーズをとり、弁明を始める。

「誤解だ。余りに横暴(おうぼう)な検査の強要(きょうよう)と、それに(ともな)う正当防衛だ。」

 女衛兵のうち1人が前に出て、ハザクラに剣を突きつける。

「暴行と詐称(さしょう)の罪で貴様等を拘束する」

「暴行も詐称もしていない。正当防衛だ」

「黙れ!!!」

 女衛兵はハザクラを恫喝(どうかつ)し、周りの女衛兵に顎をしゃくって「連れていけ」と命令を下した。女衛兵達は3人を取り囲み、乱暴に両腕を抱え引き摺る様に部屋の外へと連れ出す。

「ちょっと待ってくれ、まだシャツを着ていない」

 ラデックの暢気な発言を意にも介さず薄暗い地下道を進む衛兵達。ハザクラ達の申し出は(ことごと)く無視され、暗く湿った(さび)だらけの牢獄(ろうごく)へと幽閉(ゆうへい)された。

 ハザクラは(あき)れて頭を(かか)え小さく首を振る。そこへ、ラデックは(なぐさ)める様に肩に手を置く。

「ハザクラ。いいことを教えてやろう」

「なんだ?」

「俺達が今まで(めぐ)ってきた国は、大体誰かしら入国直後に投獄(とうごく)されている」

「……どこがいいことなんだ?」

「よくあることだから気にするなって意味だ」

 ハザクラは再び呆れて頭を抱えた。


【女尊男卑の国】

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