53話 清く正しく美しく
途中からの方も読めるように、全キャラの容姿の説明を入れています。
少年の名前はテルリック。朝は畑仕事に精を出し、昼は牛の面倒を見て、夜は家事をこなす働き者の少年だった。村人はこの働き者のテルリックを可愛がり、父親も自慢の息子だと胸を張っていた。
しかし、そんなテルリックにも人並みに欲望があった。
いつか大きな街にいってみたい――――
沢山の人、自分と同年代の人に会いたい。水や塩も好きなだけ使いたい。本も沢山読みたい。そんなことを毎晩妄想して気を紛らわせていた。
高い丘に登ると微かに見える、大都市“グリディアン神殿”の塔をテルリックは憧れとしていた。街へ行くことは村では禁忌とされていたため、テルリックはこの夢を誰にも話さず、自分の胸の内に秘め続けていた。
そんなある日、テルリックは畑仕事中に1人の女性と出会った。その美しい女性は酷く喉が渇いていたそうで、テルリックが飲み水を与えると彼にとても感謝した。
街からやってきたという“ヘラン“と名乗る女性はテルリックの働き振りを褒め、それと同時に同情をした。どれだけ働こうとも相応の報酬を貰えない貧乏な村を憂いて悲しみ、まるで自分のことのように涙を流した。テルリックは、自分の弱さや秘密を理解してくれたヘランに心を奪われ、自分の夢やこの村に対する不満を語った。
それからと言うもの、テルリックは畑仕事の途中で何度もヘランと会った。しかし街を嫌っている村の人間にヘランの存在が知られたらどうなるか、テルリックは想像することも恐れて誰にも話すことはなかった。
そんなある日、ヘランは自分が医者の娘だと言うことをテルリックに話した。そしてある提案をする。
「アナタの目玉を片方売ればいい」
ヘランが言うには、目玉は高い金額で売れるから街へ行くお金が手に入る。そして目玉は二つあるから片方売っても生活には困らない――――と。
この言葉には流石にテルリックも拒絶をしたが、ヘランが自分の眼帯を外して空になった眼窩を見せると、苦悶の表情で腕を組み唸り始めた。
このチャンスを逃せば二度とそんな大金は手に入らない。そして何より自分の愛した女性も片目を失っている。テルリックはここで断ればヘランの隻眼を軽蔑してしまうことになるような気がして、半ば自分を言い聞かせるように首を縦に振った。
突然いなくなったテルリックに、村の人間は血相を変えて辺りを探し始めた。しかしどこを探しても見つからず、皆が途方に暮れていた……
その1週間後、テルリックは突然戻ってきた。両目を失った状態で――――
父親が魂の抜けたような顔で恐る恐るテルリックに近づくと、父親の声を聞いたテルリックは血の涙を流して大声で泣き始めた。
テルリックが言うには、最初は右目だけの予定であったが、ヘランの母親は何を思ったのかテルリックの両目を摘出した挙句、そのお金を全て持ち去ってしまったと。彼が麻酔から覚め意識を取り戻した時、ヘランではない女性の声でこう聞こえたと言う。
「どこの誰か知らないけれど、このお金は大切に使わせてもらうよ！ありがとう！」
人違いなのか、ヘランの伝え間違いなのか、テルリックが弁明をしようにも麻酔の痺れで上手く回らない呂律では誰に何を伝えることもできず、村の入り口に送り届けられそのまま置き去りにされてしまったと――――
〜名も無き集落 ジルリックの家〜
「そ、それが……つい先週のことです……」
テルリックの父親、ジルリックは目一杯に涙を溜めて震えながらそう話す。
目の前に座る額に黒い痣をつけた白い肌の客人2人は、片方は真剣に此方を見つめ、片方はニヤニヤと北叟笑みながら椅子を後ろへ傾けている。
「……それはお辛かったでしょう。心中お察しします」
美しい黒髪を後ろで結った白肌の女性、イチルギがジルリックの境遇を悲嘆して頭を下げる。しかしもう1人の毒々しい紫の長髪に赤角を生やした白肌の女性、ラルバは踏ん反り返ったまま足を組み直してヘラヘラと笑った。
「いやあ〜それはそれは可哀想に……で、そのテルリック君は今どこに？」
ジルリックは横柄な態度のラルバに不快感を示すことなく、二階へ通じる階段へと顔を向ける。
「……ここ最近はずっと塞ぎ込んでいます。何せ初めてできた同年代の友人……或いは意中の女性に裏切られ、しかもりょう、両目を……失ってしまったのですから……！」
「ふむ……ハピネス。どう思う？」
家の外で聞き耳を立てていた短い金髪で細身の男性、ラデックは隣で暢気に本を読んでいる額に大きな火傷痕を残した金髪の女性、ハピネスに尋ねる。
「あれ？それ私に聞いちゃのかい？」
「ん……まあ……」
ラデックは少し離れた場所に待機している2人の方を見る。
1人は小柄でラルバ達と同じく真っ白な肌と額に黒い痣をつけた白髪の少女、バリア。もう1人は小柄なバリアよりも背の低い丸々太った中年男性、ラプーがまるで石像のように微動だにせず突っ立っている。
「あの2人に聞くと機械的な模範解答が返ってきそうだ。まず人間味のある不確定な感想を聞きたい」
「ふむ……まあ私はこの件、“覗き見”したわけじゃないから推測しかできないけど……」
ハピネスは一切の光を感じることのできない両目を、さも見えているかのように動かしてジルリックを眺める。
「……この辺の人間は皆、“グリディアン神殿”から逃げてきた被差別民だろう。しかし、この孤立した集落で生き残るにはどうしても貿易は必須。自分たちだけで生きているように見えて、実の所クソみたいな相場で特産品を買い叩かれている“無自覚な奴隷”だ」
「なるほど、どこかの国の法律の庇護下にいるわけではない……当然臓器目的に誘拐が起こってもおかしくはないか」
「だが、少々遊びが過ぎる」
「遊び？」
「儲けを考えるなら、一気に攫ってごっそり奪ってさっさと棄てるに限る。しかし奴らは態々時間をかけて少年を魅了し、両目のみを奪って、ご丁寧に村まで送り返した」
「……と言うことはこの村の士気を下げることが目的か？」
「いいや……士気を下げるならさっさと惨殺して広場にでも死体を棄てればいい。それなのにここまで無駄に手をかけたってことは――――元より無駄なこと。ただの暇潰しだろうね。運の悪いこった」
ハピネスが鼻で笑いながら明後日の方向に視線を向ける。既に彼女はこの惨事に興味を持っておらず、覗き見の異能でどこか別の場所に現を抜かしていた。
ラデックは再び家の中を覗き込み、悲しみに震えるジルリックを見て呟く。
「……確かに、運がないな」
「それどっちに言ったの？息子を弄ばれたジルリック？両目をくり抜かれたテルリック？」
「これからラルバに惨殺されるヘラン達だ」
「……まあ確かに、一番不幸かもね。ふふふ」
〜屍走渓谷”錆びた匙“の拠点〜
霧のような雲がかかる峰々、美しい地層のグラデーションと滑らかな地形は世界屈指の絶景にも拘らず、墓場の様な静寂を保っていた。それもそのはず、この地は“屍すら走り出す”ほど恐ろしい悪党共の庭だからである。
「おい！お前アタシのシャブ盗ったろ！！」
「あぁ？盗ってねぇよ！キメすぎで脳味噌溶けてんじゃねぇのか？」
「んだとテメェ！！」
「うっせーな人が飲んでんだろうが！！静かにしろ馬鹿共！！」
「喧嘩かー？いいぞー！やれやれーい！」
ダイヤよりも貴重な化石が大量に眠る地層を乱暴にくり抜き作られた隠れ家では、グリディアン神殿を追われた荒くれ共が盗品を肴に真っ昼間から宴会騒ぎを起こしている。
その騒ぎの奥、ソファに腰掛け静かに薬を剃刀で刻むヘランの姿があった。
「やあヘラン。今日はあのボーイフレンドのとこに行かないのかい？」
へべれけになった別の1人がヘランの横へ乱暴に腰掛ける。
「……？あのボーイフレンド？私に“オタケ“の知り合いなんかいないわよ……」
「えー？なんか最近熱心に会いに行ってたじゃん！ほら、先週なんかうちのアジトにまで連れてきてた……」
ヘランは細かく刻んだ薬の粉にストローを近づけ、勢いよく鼻で吸い込み愉悦の表情で惚ける。
「…………あー……いたわねそういえば」
「いたわねって……もしかして殺っちゃったの？」
「…………いや…………目ん玉くり抜いて巣に返した…………」
「あはははっ！そういやグイーンに何かやらせてたわね！あの変態が機嫌いいのはそう言うわけがあったんだねぇ。でも態々家に返したの？なんでなんで？」
「うっさいなもう……ただの暇潰しよ……殺すと後始末がめんどいし……死体には歩いて帰ってもらったほうが楽でしょ……」
「なるるほどねぇ。一理あるわぁ」
「どうせ殺したって“オタケ”の臓器なんか碌すっぽ売れやしない……時間も手間も全部無駄……ま、そこそこ楽しかったから――――」
すると突然アジトの入り口が蹴破られ、薄暗い室内に陽の光が差し込んだ。
「全員両手を上げて動くな！！！」
室内からは逆光で見えづらいが、入り口に立つ2人の人影のうち背の高い方が掲げる大剣は、知る人ぞ知る特別な意匠が施されていることが辛うじて分かった。
その意匠の意味を知っていた荒くれ共の1人が大声を上げる。
「“人道主義自己防衛軍”だ！！！全員裏から逃げろ！！！」
さっきまで臨戦態勢を取っていた荒くれ共は、その声を聞くなり大慌てで逃げ惑い始めた。入り口に立つ人影は逃すまいと室内に足を踏み入れるが、荒くれ共の1人が唱えた防壁魔法によって行手を塞がれる。
「……全員逃したか」
軍服を着た背の高い色黒の女性、ジャハルは長い銀髪をかきあげて蛻の空になったアジトを眺める。
「これで良かったのだろうか？ハザクラ」
ハザクラと呼ばれたもう1人の人影――――赤い髪の青年は、前髪で顔の右側を隠しているせいでジャハルの方からは表情が読み取れなかったが、明らかにこの状況を快く思ってはいない様だった。
「良かったんだろう。ラルバの作戦……もとい要望通りだ。俺達の役目は終わった」
「……クソッ。こんなこと、倫理的に考えて許される筈がない……」
悔しがるジャハルを置いて、ハザクラはゆっくりアジトに足を踏み入れる。防壁魔法によって作り出された障壁を、薄氷を砕く様に易々と押し割り歩みを進めた。そして足元に落ちている酒瓶を一つ拾い上げて見つめる。
「レイ……か、あの馬鹿共には勿体ない高級酒だな。ここにあるのは盗品ばかりか」
「幾ら盗人とは言え……ラルバに処罰を任せるのは余りに酷な刑だろう……」
「……今の俺達は、悪の裁き方に文句を言える様な立場じゃない。黙って受け入れるしかないんだ」
〜屍走渓谷 ルート18〜
「はぁっ……はぁっ……」
アジトを逃げ出したヘランはいち早く谷を超え、グリディアン神殿へ向かう商人が利用する道に到着した。後ろを振り返ると仲間は誰一人としてついて来ておらず、皆途中で捕まったのだと予想した。そこへタイミングよくやってきた車両、見るからに高級そうな流線型のホバーハウスを見て、ヘランは大きく蹌踉る演技をして道を塞ぐ。
ホバーハウスは突然目の前に倒れ込んだヘランのギリギリ手前で急停止し、運転手と思しき男性が中から降りてくる。
「おいおい危ねぇ〜じゃぁねぇ〜か〜……ん？」
中から降りてきた中年男性、もといラルバの仲間であるラプーは、素行が悪そうな色情魔を演じてヘランに近づく。
「おい姉ちゃん……こんなとこにいちゃぁ危ないぜぇ〜？どれ、俺が面倒見てやるよぉ〜」
ラプーは下卑た笑みを浮かべながらヘランを担ぎ、ホバーハウスの中へと連れ込む。ヘランの方もぐったりとして意識が朦朧としているフリをしつつ、この都合よく現れたカモの車両をどう奪おうか考えを巡らせていた。しかしその強奪計画は、ホバーハウスの中に足を踏み入れた途端に頓挫することとなる。
ヘランが何かを話そうと息を吸った途端、全身の力が抜け今度は演技などではなく本当に膝から崩れ落ちた。ヘランは何が起こったか理解できず、目玉を白黒させて思考を錯綜させる。
「はぁ〜いヘランちゃん。具合の方は如何ですかぁ〜？」
そこへ降ってくる蔑んだ声。死体よりも白い肌をした紫色の髪に赤い角、自分のことを見下ろす見知らぬ女性がそこへ立っていた。
「私の名前はラルバ・クアッドホッパー。あれ、後半は言わないほうがいいんだっけ……まあいいや！テルリック君の目玉分の代金、徴収しに来ましたよ〜」
その言葉にヘランは顔を真っ青にして口元を痙攣させる。しかし全身に力が入らない今、彼女にできる抵抗手段など一切なかった。
ラルバはヘランの身体を担ぎ、食事用のテーブルに乗せて包丁を手に取る。
「大丈夫大丈夫。麻酔は効いてるでしょ？痛くないよ〜」
そう言ってラルバはヘランの服を切り裂き、腹に思い切り刃を突き立てた。
ヘランは一切の感触なく自らの腹部が切り開かれていくのを、絶望と恐怖に染まりながらただ見届けるしかない。
「恐怖で漏らされても困るからね。膀胱は先に取っちゃおうか。お！綺麗な色……でもないね。ダメよ規則正しい生活しなきゃ〜」
ヘランは自らの臓器を眼前に突きつけられ、心の底から一刻も早い死を渇望した。先程まで死にたくないと願っていた彼女は、たった数秒の間に終わりを望み現実から目を背けることで頭がいっぱいになった。しかしラルバはそんな彼女の心変わりなど構いもせずヘランの腹に手を突っ込む。
「あらぁ肝臓も汚ったないねぇ。脾臓は……まあ悪くはないが、良くもない……膵臓はまあまあかなぁ」
ラルバは臓器を一つ一つ取り出す度にヘランに見せつける。
「でもでも〜こんなんじゃテルリック君の両目の代金には届きませんなぁ。次はどこを抜こうかなぁ〜っと。心臓は死んじゃうし……脳味噌も無理……やっぱ肺かな？ヘランちゃんどこから先とって欲しい？」
ヘランは最早ラルバの言葉など頭に入っておらず、ただただ早く自分の死が訪れる事を願っている。
「返事がないってことは希望ナシってことだよね。じゃあ肺から取っちゃおうか。多分すっごく苦しいけど我慢ですよ〜」
肺を抜き取られたヘランは窒息に苦しみ踠き始める。しかし、そんなヘランを最期まで支配していたのはこの快楽殺人鬼への恐怖ではなく、テルリックという“男”への一方的な憎悪であった。何故私があんな奴のせいで死ななければならない。アイツさえいなければ私は死ななかったのに。アイツが全て悪いんだ。アイツが全て――――
ヘランの思考はここで途切れた。
〜名も無き集落 村の出口〜
ラデックは村の方を振り返る。そこには両目でしっかり此方を見つめ手を振るテルリックとその父親、そして村人達の姿があった。ラデックは無愛想に手を振り返しながらボソリと呟く。
「僅か数日であそこまで綺麗に治るのか……使奴の回復魔法は本当に凄いな」
その言葉に、横にいたラルバが不満そうに愚痴る。
「私がやれば数時間で済む。イチルギは仕事が遅すぎる！我々使奴は完璧な人造人間なんだぞ！」
「数時間なんかで治療したら痛みで先に死んでしまうだろう。体にも負担がかかる」
「治してあげるのに文句言うのか」
「言うだろう」
ラデックは先で待っている仲間達の方へ歩き出し、ラルバも小走りでラデックに並ぶ。
「まあでも楽しかったねぇ。ああいう変に善悪の概念を持っていない小悪党虐めるのが一番楽しい！」
「巨悪はそうでもないのか？」
「んー……楽しいっちゃ楽しいんだけど、中には自分の悪行を本気で善行だと信じてたりする奴が多いからねぇ。当たり外れが激しい」
「そうか」
「次は“女尊男卑の国”だって聞いてるしねぇ。差別思想って割と正当化されやすいんよね〜。馬鹿って陰謀論とかすぐ信じちゃうから……」
「しかし明確に悪がいることは確実だろう。そう気を落とすな」
「それはそうだけどさ」
快楽殺人鬼の使奴、ラルバ。
無骨な使奴研究員、ラデック。
謎多き情報屋、ラプー。
使奴部隊の寡黙な構成員、バリア。
盲目の千里眼、ハピネス・レッセンベルク
元世界ギルド総帥の使奴、イチルギ。
世界平和の担い手、ハザクラ。
人道主義自己防衛軍No.2 ジャハル。
これは使奴――――“使”い捨て性“奴”隷達が生きるこの世で、悪とは、そして正義とは何かを問い正す物語である。
