51話 徳より得
暴風雪吹き荒れる昨晩から一転。なんでも人形ラボラトリー上空は恐ろしいほどの快晴で、魔法により降り積もった大量の雪は洪水を起こすこともなく大気中へと霧散していった。踊り手達は絶好の仕事日和に外へと飛び出して、国内は再び偽物の夜空に包まれた。
〜なんでも人形ラボラトリー マダム“サリファ”の占星所〜
「いやぁ楽しかったねぇ〜愉悦愉悦……」
大広間のソファに寝転びながらケタケタ笑うラルバを、そこにいる全員が軽蔑の眼差しで見つめている。ラデックとハピネスは互いに顔を見合わせて察し、イチルギは聞こえぬフリで狸寝入りを決め込み、ラプーとバリアはいつも通り置物の如くピクリともせず突っ立っている。そんな異質な状況でも、ティエップや賊達は気まずそうに口を噤んで押し黙っていた。その視線の先には、重苦しく暗澹とした表情のハザクラとジャハルがおり、近寄り難い不穏な雰囲気を纏っていた。
「なになに、なんで2人ともお通夜モードなわけ?悪逆無道な黒幕の滑稽極まる無残な最期よ?パーティーしようよパーティー!!」
ジャハルは空気を読まずに戯けてみせるラルバを一瞥した後、少し俯いてからボソリと呟いた。
「…………話さねばなるまい。私達があそこで見てきたものを」
この国の成り立ち――――使奴研究所に飼い殺されていた記憶操作の異能を持つ男が、使奴に対抗するために作った要塞としてこの国を創ったこと、常世の呪いの礎となっている200年間傀儡とされてきた法則破壊の男、そして燃料代わりにされている大量の使奴……
それらを話し終えても尚、ジャハルは気丈な振る舞いを保って音頭を取る。
「……と言うわけだ。そこで彼女達、囚われている使奴についての話し合いをしたいのだが、最早ここまでの規模となってくると人道主義自己防衛軍だけでは足りん。世界ギルドへの救援要請を――――」
そこへラデックが話を遮るように小さく手を挙げる。
「む……ラデック。どうした?」
「いや、どうしたもなにも……もしかして、助けるのか?」
「……!?何を言っている……!?助けないつもりか!?」
「つもりも何も……何故助けるんだ?」
「そんなこと今更……!!人として当然の……」
ラデックの思わぬ反応で熱にうかされていたジャハルは、違和感を覚えハッとして我に帰り辺りを見回す。ハピネスやラルバ、そしてハザクラやイチルギまでもが自分に賛同していない様相でこちらを見ていることに気が付いた。この場にいる仲間全員が自分の意見に賛同していない――――人助けという当然行われるべき善行に、人として最も根本的な使命に、誰一人として――――
「あのさぁ。ジャハルさん」
ラルバが不機嫌そうに呟く。
「助けて、どうすんの?」
「は…………!?助けるのに、理由がいるのか……!?」
「いるだろう。助けるのだってタダじゃないんだぞ」
ソファにもたれた身体をゆっくりと起こしてこちらを睨むラルバを、ハピネスが宥めるように再び寝かせて話を遮る。
「まあまあラルバ……君みたいな完璧人造人間が正論言ったって、私達みたいな不完全天然人間には暴論にしか過ぎない。私が話そう」
ラルバは渋々ハピネスの横槍を許し、大きく欠伸をして居眠りを始めた。
「……さて、ジャハル君。いや、人道主義自己防衛軍“クサリ”総指揮官殿。あの使奴研究所に囚われた使奴達を助けたいと言っていたが……それが何を意味するか分かっているかい?」
仰々しく振る舞うハピネスの意味ありげな語りに、ジャハルは全く臆することなく答える。
「当然、この国の“常世の呪い”は崩壊するだろう」
その言葉にティエップや賊達が血相を変える。
「しかし、元は燃料代わりにされている使奴達から無理矢理搾り取っている魔力だ。覚醒させ協力してもらえれば、今まで通り常夜の呪いは展開させ続けることはできるし、使奴という大いなる人材で世の中はもっと豊かに発展していくだろう」
「甘い」
ハピネスは言葉を被せるように否定を放つ。
「まず第一に……あそこに使奴が拘束されている理由を考えてみろ。君はハザクラ君の逸話を聞いたんだろう?何故予想がつかない」
「……ハザクラの異能で使奴が解放された件か?」
「そうだ。何故今も燃料代わりにされている使奴は逃げ出さなかったのか、だ」
「ハザクラは無線を通して異能を発動した。彼女らには聞こえなかったんだろう」
「そんなことがあるものか。使奴の聴力は獣並みだ」
「それじゃあ彼女達が逃げ出さなかった理由がないだろう!」
「あるさ。彼女達が一度もハザクラと会っていなかったとしたら……未洗脳個体だとしたら全てに納得がいく」
「……仮にハザクラと一度も会っていなかったとしても、それが何故助けない理由になるんだ」
「大きく分けて理由は三つ。一つは、一人でも反抗的な使奴がいればこの国が壊滅すると言うことだ」
「なっ……何故彼女達が我々を攻撃するんだ!?」
「ただの趣味趣向だろう、ラルバが意味もなく悪党を八つ裂きにして楽しんでいるのと同じだ。もしそうなった場合、犠牲者は数え切れない」
「こ、こっちには使奴が3人もいる!3対1なら充分勝機はあるだろう!」
「異能次第ではあっという間に全員お陀仏だよ。もしラデック君みたいな改造系だったらどうするんだ全く……次に二つ目の理由だが……彼女達は、そもそも意識を持っているのかわからないと言うことだ」
「……!?」
「だって人造人間だぞ?人間みたく自我が芽生えて物を覚えるんじゃない。最初っからありとあらゆる知識を詰め込まれたのちに自我を覚醒させていく。その覚醒までのプロセスを我々は誰一人として知らない。もし助け出して全員が植物状態だった時はごめんなさいじゃ済まないぞ?なんせその時点で常世の呪いは確実に崩壊してしまうんだからな」
「……その、時は……イチルギ達にもう一度魔法式を組み直してもらって……」
「最後の理由は、助けた時の不利益を全て使奴が負担すると言うことだ」
「………………」
「もし助けて暴れたら?使奴に何とかしてもらおう。意識がなかったら?使奴に常世の呪いを直してもらおう。仮に助けられたとして、その後の常世の呪いは?助けた使奴に頑張ってもらおう。私は使奴が奴隷だなんて感じたことないが……ジャハル君はどうやら都合のいい何でも屋さんだと思ってるみたいだね」
「そ、そんなことは……!!私は大事な仲間だからこそ…………!!!」
「仲間だったら協力してよって?それ、この国の家庭内奴隷が「大事な家族だろ」って服従を強いられているのとなんら変わらないよ」
「違う!!!」
「何が」
最早ジャハルに、ハピネスの意見に対抗できる論拠はなかった。
「このまま燃料扱いのまま放置する方が奴隷じゃないか!!!」
「自我も五感も機能していない生体反応だけの物体を奴隷とは呼ばんよ。ま、ジャハル君の言うように全員を目覚めさせて常世の呪いの維持に付き合わせるって言うなら奴隷だろうけどね」
次第にジャハルは不本意ながらに理解していく。
「悪意のある言い方をやめろ!!!」
「悪意がなければいいんだね?」
彼女と自分の差を。己の未熟さを。普段の戯けたハピネスの振る舞いによって気が付かなかったが、彼女は世界中で恐れられる”笑顔の七人衆”の王――――紛い物の傀儡といえども、あの阿鼻叫喚を生き抜いてきた”先導の審神者”だということを再認識した。
「私は……私は使奴を奴隷などとは…………決して…………!!!」
自分の思い描いてきた景色とあまりにも大きく外れた現実に酷く狼狽えるジャハル。そこへハザクラが遮るように手を添えてハピネスを見る。
「もういいだろう」
ハピネスは「やれやれ」と鼻で笑う。
「…………そこの箱入り娘さんに、もう少し現実を説いてやってくれよ」
ハザクラは無言のままジャハルの手を引き、部屋の外へと出ていった。それまでずっと沈黙を貫いていたイチルギが、ハピネスに近づいて申し訳なさそうに目を逸らす。
「……ごめんなさい。嫌な役させちゃったわね」
「ん?全然?一方的に説教するの、私は結構好きだよ」
「……私の謝罪を返して」
「どうぞどうぞ」
ハピネスはイチルギの横をすり抜ける際に、そっと彼女に囁く。
「……今度はアナタの番じゃないかな?」
イチルギは再び表情を曇らせ、決心したように小さく溜息を吐いた。
ジャハルとハピネスが言い争いをしている最中、賊達は顔を見合わせて怪訝そうな表情を浮かべていた。彼らは当初の“因縁のあるギャング達を倒す“という目的から大きく逸れて行動するラルバ達に、ただならぬ不信感を抱いていた。
そんな中イチルギは賊の長である老婆の元へ歩み寄って、他の賊達に見せつけるように資料を取り出す。
「大丈夫。アナタ達の目的を忘れていたわけじゃないわ。ここに私とバリアが別行動していた時に入手した、アナタ達の宿敵の情報がある。全部じゃないけど、今までみたいに規模も手口も分からないなんてことにはならない」
そう言ってイチルギが資料を老婆へ差し出すと、賊達は我先にと資料に群がり顔を寄せる。しかし老婆が資料を受け取ろうと手を伸ばすと、その瞬間イチルギはさっと手を引っ込めてしまった。
「た・だ・し!一つ約束してもらうわ。この宿敵達に復讐するのは結構。でも、必ず“人道的な処刑方法”で以って制裁すること。この際生死は問わないわ。人道的の基準はアナタ達が決めていいけど、変な言い訳はしないように。要するに、やり過ぎるなってことよ」
イチルギの言葉に賊達は難色を示し、次第に不満は大きな反論へと増長していく。老婆もこの騒ぎを止めようともせず極めて不満そうにイチルギを睨む。しかし――――
「うるさい」
イチルギが静かに呟くと、その氷のように冷たく鋭い眼差しが賊達を一気に沈黙させた。最早普段の柔和な彼女の面影は見る影もなく、触れる者全てを八つ裂きにしそうな凍てつく空気を纏っている。
「私は世界ギルドの元総帥の使奴よ。本来なら復讐なんて非道徳的行為、見逃すわけがないわ。でも今回アナタ達の協力が役に立ったのは事実だし、言い分があることも理解してる。オマケにアナタ達が今まで行ってきたであろう臓器や麻薬の売り買い殺し盗みその他諸々。それに目を瞑ってあげて、更にこれから行おうとしている復讐も見逃してあげようって言ってるの。これ以上の譲歩が必要?」
今にもここにいる人間を皆殺しにしそうな程重苦しく恐ろしい声に、賊達は何も言い返せず萎縮して黙りこくる。しかしイチルギはさらに言葉を続け――――
「アナタ達の文化にとやかく口を出すつもりはないわ。けど、私は世界ギルドの人間として世界の秩序を保つ義務がある。故に……」
そしてイチルギは、手刀で老婆の右腕を切り落とした。
「――――――――っ!!?」
「私は正義の執行役として、悪を滅ぼさなくてはならない」
イチルギが取り上げた老婆の右腕に魔力を流し込むと、赤く発光する“拘束魔法の陣”が浮かび上がった。
「……“燃える牛舎の鎖魔法”ね。どこの国の法律でも禁忌魔法に指定されている隷属化の拘束魔法……使奴の目を誤魔化せるとでも思った?」
老婆は青褪めた顔でイチルギを見つめ、ハッとして後ろを振り返る。今まで魔法によって逆らうことを許されなかった賊達が老婆を睨み、今にも襲いかからんと怒りを露わにしている。その様子を見て、イチルギは老婆の右腕を炎魔法で燃やしながらにっこりと笑う。
「アナタの部下達はお利口さんみたいね。さっき私が言った“人道的な処刑方法で“って意味をよく理解してる……心配はなさそうね」
イチルギは資料を賊達の先頭にいた女性に手渡す。
「私は何も見なかった……上手くやんなさい」
賊達は申し訳なさそうに資料を受け取って、イチルギに深々と頭を下げた。




