48話 被差別民差別
〜なんでも人形ラボラトリー 月光発電所〜
「あー、へぇー、なぁーるほーどねぇー」
月光に含まれる波導を効率よく吸収するために建てられた鉄塔。ラルバはその最上部にある欄干にヒールの踵を引っ掛けて空を見上げる。真横で梯子に掴まるラデックが同じように空を見上げるが、幾ら目を細めても満天の空のどこに違和感を感じるのか理解できなかった。
「全くわからない。どこに使奴研究所があるんだ?」
後ろの足場にいるハザクラ、ジャハル、ラプー、ハピネス、ティエップの5人もラデックと同じように目を細めるが、同意を表す者はいなかった。タバコを咥えるラデックに、ラルバがちょうど国の真上に当たる部分を指差して説明をする。
「あそこ。いやぁよく考えられてるよ。私ら使奴は昼間の夜空なんて気持ち悪いもん見たくないからね。言われてみれば確かに景色が若干歪んでる」
「全くわからない」
「月に1番近い1等星のちょい右らへん。ほら、4つ同じ明るさの星が並んでるとこのちょい下」
「全くわからない」
「ちょっとは探す素振りを見せなさいよ……」
単調な返答を繰り返すラデックにラルバは呆れて顔を顰める。後ろの足場で同じように空を見上げるジャハルが、隣にいたハザクラ達を見回しながら口を開いた。
「あそこへ行く手段を考えないとな……私とハザクラが浮遊魔法で運び……ラルバが迎撃に備えて……」
「そんなもんジャンプすればいい。それよりも……」
話を遮ったラルバがニヤリと北叟笑む。
「気になるのは“これから”ではなく“今まで”だ。凡そ200年もの間。研究所を丸ごと浮遊魔法と隠蔽魔法でひた隠しにしていたわけだが……その動力源が気になる。まさか月光で全て賄っていたわけではあるまいよ」
ラルバは身を翻してジャハル達のいる足場へ戻り、ラデックものそのそと梯子を登って戻った。そしてラルバが振り向きざま笑顔を輝かせる。
「そんで!誰から行く?」
何かを察したハピネスが数歩後ろに下がりながら尋ねる。
「行くって、どうやってだい?」
「ジャンプ」
ハピネスが下がった分近づくラルバ。そしてハグを要求するように両手を前に出す。
「ラルバ昇降機は2名までご利用可能です!最初誰から行く?」
この提案にラデックとハピネスは両手でバツを作り勢いよく顔を左右に振る。
「馬鹿言うなラルバ。上空15000mだろう?そんなところにひとっ飛びしたら急加速で死ぬ」
「ラデック君の言う通りだラルバ。もっと安全な方法があるはずだ」
しかしラルバは困ったような笑顔で首を傾ける。
「んー?でもゆっくり行くと多分迎撃されるよ?あの高さで撃墜されたら、それこそ死ぬんじゃないかなぁ」
北叟笑みながらにじり寄るラルバから、ハピネスはラプーを盾にするようにしゃがんで隠れる。
「そもそも私は戦力外だろう!絶対行かない!ラプー!!美味しいパフェが食べられるとこに連れてって!!」
「んあ」
するとハザクラが呆れたように溜息を吐いて挙手する。
「ならば俺が行こう。元より潜入なら全員で行く必要はない」
この発言にジャハルが慌てて追従する。
「だ、だったら私も同行させてもらおう!ハザクラとラルバを2人きりにするわけにはいかん!」
ラルバは満足そうに笑うとラデック達の方を向いた。しかし依然として2人は胸の前でバツを作り左右に首を振っている。ラルバは構わず両手を広げて歓迎のポーズを取るが、2人はゆっくりと後退し拒絶する。
この無言の押し問答は暫く続いた。
〜なんでも人形ラボラトリー ホテル「ラッキーストロベリィ」〜
「美味しい……美味しい……なんて美味しいんだ……ティエップもくれば良かったのに……」
ド派手な装飾だらけのホテルの一室で、涙声になりながらパフェを頬張るハピネス。その横で若干呆れ顔のラデックがスプーンをくるくる回して手遊びをしている。
「ハピネスは興味本位でラルバについてきたんだろう?今まで散々な思いをしてきて、今更何が怖いんだ」
「ふふふ……痛いのは我慢できるが、苦しいのだけは勘弁願いたい。墜落死は怖くないけど高山病は怖いんだよ……ほらラデック君。もう一口」
ハピネスがラデックの方を向いて口を開けてパフェをねだる。ラデックは溜息を吐きながらも、持っていたスプーンでパフェを掬い差し出す。
「あむっ。んん〜!」
満足そうにパフェを吟味するハピネスにラデックが怪訝そうな顔をする。
「……パフェぐらい1人で食べられないのか?」
「んん……?んぐっ……まあ目が見えないからね。自分で食べるよりも、食べさせてもらったほうが遥かに楽だ」
「……パスタは食べられるのにパフェは無理なのか」
「ここまで柔らかいとスプーンの先で探るのは難しい。まさかラデック君……盲目の淑女に意地悪をするつもりじゃないだろうね?ほら、もう一口」
「はぁ……」
ラデックは再びパフェを掬ったスプーンを差し出す。部屋の隅に蹲るラプーは、まるでシュレッダーのように黙々とピザを吸い込んでおり、ラデックは何とも言えぬ心持ちになった。
「…………そうだハピネス。俺やラプーがいるのに、何故“連れ込み宿”なんだ?受付の人、すごい顔していたぞ」
ラデックは机の上のメニューシートを手に取る。そこには蛍光色のド派手な文字で商品名が書かれており、ラブホテル特有の明らかに“性をイメージさせる”デザインとなっている。
「ん?……仕方ないじゃないか。ラプーが案内した“美味しいパフェが食べられるところ”がここだったんだから。多分私の風貌から奴隷だと思ったんだろうね。ティエップも連れてきたら面白かっただろうなぁ…………」
「女性に失礼だ」
「ふふふ、私も女性だよラデック君。でも快適だね。でっかいお風呂も部屋についてるし、ボタンひとつでなんでも持ってきてくれる。王様にでもなった気分だ」
「元王様が言う感想じゃないな。風呂なんて肩まで浸かれるならばそれでいい」
「まあまあ。大きいに越したことはないじゃないか。背中流してあげようか?」
「結構だ」
「私の方が流してもらわないと困るんだが……自分ではちゃんと洗えているかわからないし、のぼせやすいから見張りが欲しい」
「3歳児か?」
「もう一口」
「もうないぞ」
ラデックは空になったパフェグラスを持って立ち上がり、ラプーが食べ尽くしたピザボックスと纏めて部屋の端に片付ける。
「そういえばハピネス。よく使奴研究所の場所がわかったな」
「ん?」
「上空だし目にも見えない。ハピネスの異能が幾ら空を飛べるからといって見つけるのは容易ではないだろう」
「ああ、簡単な話だ。私は“知っていた”んだよ。元々ね」
「……それは、使奴研究員と知り合いだった。と言うことか?」
「正確には、“笑顔の七人衆が浮遊施設関係者と知り合いだった”だね。私が知っていたのはここの上空に透明化した施設があることだけだよ。でもって面白いのはここから……ラデック君はネタバレ平気?」
「うーん……次にラルバと会う時は解決した後だろうし、大丈夫だ」
「実はあそこに住んでる人物はな……“100年以上生きている”らしいよ」
ラデックはグラスの氷水をちびちびと啜って考える。そして何かを理解してボソリと呟いた。
「…………悪趣味だ。ラルバが喜びそうだな」
〜地下街最下層 マダム”サリファ“の占星所〜
「帰んな」
賊の長である老婆は鬱陶しそうに煙管を吹かして背を向ける。その両脇から老婆の部下が近寄り、ティエップの腕を抱え外へ連れ出そうとする。
「お願いします!!話だけでも!!”常夜の呪い“はラルバさん達に不利に働きます!!話だけでも……!!」
「だから何だってんだい」
老婆は拘束されたティエップに近づき、煙管の煙を纏いながら詰め寄る。
「こっちは一世一代一族総出の大勝負なんだよ!!百歩譲ってあの使奴が加勢するのは認める。だけどお前は何だ?戦力にもならない部外者はすっこんでろ!!」
「で、でも……!!」
「第一”常夜の呪い“を解くったってどうするんだ!!国中回って何百人いるかわからない”踊り手“全員黙らすのか!?仮に達成したとして!!私らの言葉はどうなる!!あの使奴一匹の為に私らは指咥えて見てろってのかい!?」
「でも……!!」
「それより何よりも!!お前みたいな出稼ぎ奴隷如きがうちに関わるな!!目障りなんだよ!!」
ティエップは返す言葉がなかった。常夜の呪いを無効化する作戦を考えたはいいものの、その説得力。自身の正しさを示す方法は、彼女に一切なかった。出稼ぎ奴隷として10年近く働き、その実力は預言者の中でも屈指のものではあるが、どこまで行っても結局彼女は”奴隷“という使い捨ての被差別民であることに変わりはなかった。また、それはこの賊達ーーーー“元家庭内奴隷“の一族からしても、歯牙にも掛けない格下であることは明白であった。
「わかったら帰んな。あの使奴の仲間だって言うから五体満足でいられるが、そうじゃなければお前みたいな女!!私らからしたら臓器が服着て歩いているにしか過ぎないんだよ!!」
老婆は煙管を咥えたまま大きく息を吐き出し、煙管から噴き出た灰がティエップの顔に降りかかる。老婆はティエップの両腕を抱えている部下達を睨みつけ、苛立った声色のまま罵声を飛ばす。
「ボーッとしてんじゃないよ!!さっさとコイツを連れて行け!」
「は、はい!」
「……悪いな。ウチらも部外者にアレコレ言われたくないんだよ」
元家庭内奴隷だった部下達は、ティエップの心情を察しながらも長である老婆に逆らえず腕を引く。
「………………なんで……」
「何も言い返すな。今度は本当に金に変えられちまうぞ」
ティエップの頭の中では、今まで見てきた光景がぐるぐると回っていた。家庭内奴隷としての散々な日々、道端で蹲る孤児にあげた干し肉、父親や義兄義姉達、そして――――
「誇ろうが謙遜しようが否定しようが、立派なことには変わらない」
「何も謝る必要はない」
「優秀な預言者に“ティエップ”ってのがいるもんで――――」
「大丈夫だ。俺がなんとかする」
「なんで」
「おい、静かにしてろって……」
ティエップは賊の手を振り払って老婆に振り返る。
「何で無視できるんですか!!!この“事実”を!!!」
「あぁ……!?」
老婆は今までで最も憤怒に染まった表情を向けるが、ティエップは怯まず声を張り上げる。
「私の記憶も!!あなた方の部下の情報も!!全ては“使奴研究員”という存在に仕組まれたものだった!!ラルバさん達使奴を作った人物の手によって!!もし本当に仇を討ちたいなら……!!ラルバさん達の加勢をするのが最善じゃあないんですか!!」
両脇にいた賊はティエップを止めようとするも、老婆の黒く煮え滾った怒りにたじろぎ出遅れる。そして老婆がゆっくりと口を開く。
「お前みたいな奴隷がよくもそんな口を……!!!」
「何で!!!」
ティエップが老婆の言葉を遮る。
「何で元奴隷が奴隷を差別するんですか……!!!」
後ろにいた賊2人の足が完全に止まる。
「何で同じ被差別階級にいて……苦しみを知ってる筈なのに……!!そんなことが言えるんですか……!!」
老婆が声を張り上げる。
「お前に何がわかる!!!」
「あなたに何がわかるんですか!!!」
しかしティエップは全く動じない。
「私も!!!あなたも!!!皆さんも!!!同じこの国の仕組みに苦しんできたはずです!!!それなのに……折角仲間と出会うことができたのに……どうして、そこで差別をするんですか……!!!」
老婆は足早にティエップに近寄り、胸ぐらを掴んで思い切り締め上げる。
「黙れ……!!!どこの誰かもわからないお前なんかを、何でウチらが助けてやらなきゃいけないんだ!!!」
「どこの誰かわからないから……助けるんじゃないですか……!!!だって……私達は……皆、“どこの誰かもわからない奴隷”だったんですから……!!!」
ティエップは老婆の手を強引に振り解き、今度は逆にティエップが老婆の襟元を強く握る。
「今まで……一体何人の“どこの誰かもわからない奴隷”を手にかけてきたんですか……!?最初は誰もが!!どこの誰でもない被差別民だったんじゃないんですか……!?それを、助け合っていた仲間を……いつから”仲間を守るために仲間を殺す“ようになっちゃったんですか……!?」
「綺麗事じゃ……仲間を守ることなんか出来やしないだろうが……!!!」
「本当にそうですか……!?今のあなた達は、今の環境を守るために誰かを犠牲にしてる……この国の一般市民と同じじゃあないですか!!!」
「黙れ!!!」
「差別階級は確かに楽です……!!!奪う相手を決めれば、得る側は安泰です……!!!でも、あなたも一度は夢見たんじゃないですか……!?得る側の失墜よりも、奪われる側の安寧を……!!!」
「そんな絵空事!!!とっくに諦めたさ!!!おい!!!お前らもいつまで突っ立ってる!!!さっさとコイツをぶちのめせ!!!」
しかし賊の2人は互いに顔を見合わせ、バツが悪そうに俯く。
「……マダム。もうやめましょうよ……」
「あぁ!?お前らまで何を言ってる……!!!」
「だ、だって、あの使奴が全部解決してくれりゃ、ウチらもう、奴隷を殺さなくて済むんですよね……?」
「正直……ウチはその絵空事……まだ、夢見てるんですよね……」
「お前ら……!!!」
「はーいそこまでー」
突然話に割って入ってきた女性の声。全員が振り向くと、そこにはイチルギとバリアが立っていた。
「イ、イチルギさん!!バリアさん!!一体今までどこに……!!」
ティエップが思わず声をかけるも、使奴には言葉が通じないことを思い出す。
「預言者さん。こんなところに1人ってことは何か作戦があるのね?手伝うわよ」
使奴が一気に2人もティエップの仲間になり、老婆は悔しそうにティエップを突き放す。
「勝手にしろ……」
しかしティエップは老婆の手を握り引き止める。
「勝手にします。だから……勝手にされてくれませんか?」
老婆は静かにティエップの手を振り払い、奥の部屋に姿を消していった。イチルギは悲しそうに立ち尽くすティエップの側に立って顔を寄せる。
「……フられちゃった見たいね。で、どうするの?言葉はわからないけどできる限り察して動くから、できる限りわかりやすく動いて頂戴」
ティエップは小さく頷いて、部屋の隅に移動する。そして空調のリモコンを手にして、設定温度を最低値に設定した。
「うおおおっ寒っ!!何すんだアンタ!」
賊の2人が身体を抱いて震えるが、イチルギはそれを見て全てを察した。
「あーはいはい。オッケー。任せて」
イチルギはバリアと顔を見合わせて頷いた。




