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シドの国  作者: ×90
なんでも人形ラボラトリー
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45話 姦譎極まる人畜生

 使奴には標準装備として“防魔(マジックプルーフ)機能が備わっている。使奴を構築する使奴細胞は高濃度の魔力を(たくわ)え、循環(じゅんかん)しており、レベルの低い魔法には決して影響されず、更にある程度のレベルの魔法までなら少し念じるだけで無効化する事ができる。

 しかし、レベルの低い魔法の無効化というのは必ずしもメリットになることはなく、例えば医療機関に備え付けられた微弱の回復魔法を帯びたアロマや、海水浴場では闇魔法による日焼け防止のシャワー等。映画館では言語を翻訳(ほんやく)する変換魔法。そう言った諸々の恩恵の一切を受けることができない。しかし使奴は病気にもならず日焼けもせず理解できない言語もほぼ存在しないため、これらが使奴にとってのデメリットになることは(ほとん)どない。

 “魔法の影響下に置かれなければ意思疎通(いしそつう)ができなくなる”破茶滅茶な状態にでもならなければ――――


〜なんでも人形ラボラトリー 地下街最下層〜


「めんどーくさいねぇ。この“常夜(とこよ)の呪い”ってのは。ハザクラちゃーん!オモシロあったー?」

 一行の先頭を歩くハザクラはラルバの方に少し振り返ると、黙って首を振って再び歩き出す。

「……はぁ。まあ手話が無理でも、ジェスチャーが伝わるだけマシかな」

 ハザクラ、ラルバ、バリア、イチルギの4人は、なんでも人形ラボラトリーの地下街をウィンドウショッピングでもするかのように彷徨っていた。地下街は無骨な煉瓦(れんが)の壁、もしくは剥き出しの土壁で構成されており、如何(いか)にもならず者が(たむろ)しそうな非合法の雰囲気が(ただよ)っている。


 こんな犯罪者の温床(おんしょう)と化した地下街がそこかしこに存在するなんでも人形ラボラトリーだが、意外にも学校などの教育施設が多く、読み書きができる国民の割合が非常に高い。

 常夜の呪いによって意思疎通に言語をあまり必要としない為、難しい話や公式、手順や感情の細かいニュアンスなどの伝達が極めて容易(ようい)なため、国民は皆覚えが早い。更には、表向きには生活困窮者(こんきゅうしゃ)を救うと言った理念を掲げる支援学校、つまり実質的な家庭内奴隷(どれい)専用の学校も多い為、家庭内奴隷や孤児(みなしご)と言った下級国民を含めても平均的学力は高水準を保っている。

 しかし、そう言った知識をつけた下級国民の徒党を馬車馬の如く働かせ、また押さえつけるために、最早階級差別はこの国で当然の制度と見做(みな)されている。一見すると美しい不思議な国は検問所付近の(きら)びやかな繁華街だけであり、一歩奥に進めば奴隷階級を一般市民が(しいた)げる地獄絵図が広がっている。

 この地下街も殆どがそう言った思想の人間で構成されており、道端に(うずくま)る10歳手前の家無し子でさえ、通行人を見かけるだけで血相を変えて逃げ出すような惨憺(さんたん)たる有り様である。


「んふふふ……不思議な国って言うかクソみたいな国だね」

 ラルバは裸足で逃げ出す半裸の子供を見てニヤリと口角を上げる。すると無表情に怒りを込めたハザクラがゆっくりと近寄り、文句を言うように(ひじ)でラルバの脇腹を突いた。

「なぁによハザクラちゃん。別に馬鹿にしてないでしょ。私とて哀れな子供達を見るのは心が痛むのだよ……オヨヨヨヨ……」

 ラルバが大袈裟(おおげさ)に下手な嘘泣きをすると、ハザクラだけでなく後ろに立っていたイチルギが軽蔑(けいべつ)の念を(はら)んだ視線を冷たく突き刺す。

「なあにイっちゃん。君は言葉通じるでしょ。言いたいことがあるなら言いなよ」

「……別に?」

「はぁ〜あ。元はと言えば君らが気味悪がってこの国の統治サボってたのが悪いんでしょー」

「別に使奴が全世界の国を統治してるわけじゃないのよ。“バルコス艦隊”も“ダクラシフ陵墓(りょうぼ)”もここまで酷い差別思想はないわ」

「なんだ?言い訳か?」

「私達は神様じゃないのよ。人間の元来持っている差別思想まで押さえつけたら、そんなのまるでペットじゃない。私達使奴はあくまで人間の文明の発展を手助けすることで、虫かごに閉じ込めて(えさ)をやることじゃないわ」

「ペット扱いしてたんじゃなかったのか……」

「アンタと一緒にしないで!!」

 ぶつくさと文句を言いながらも、一行は地下街を当てもなく奥へ奥へと進んで行く。地下街に立ち並んでいた飲食店は次第に減っていき、怪しげな詳細不明の店や空き店舗が目立ち始めた。

 泥と鉄の生臭い空気が漂う中、ラルバは通り過ぎようとした店に後ろ歩きで戻り、窓ガラス越しに店内を物色した後唐突(とうとつ)に敷居を(また)いだ。

「ここ面白そう!ごめーんくーださーい!」

 ラルバに続きハザクラとバリアも入店し、イチルギは「やれやれ」と顔を伏せて店に入った。


〜 なんでも人形ラボラトリー マダム“サリファ”の占星所〜


 謎の機械が吐き出す(きり)が薄紫のライトに照らされ、毒々しい店内をより不気味で不吉なものにしている。人が1人通るのがやっとの狭い通路をラルバは物怖じせずに進み、ハザクラとバリアもそれに続く。

「こんばんはー!いや、こんにちはかな?ごめんくださいなー!」

 店内を埋め尽くす棚に並べられた奇怪(きかい)な魔道具や(わず)かに(うごめ)く植物をジロジロと物色しながら奥へ奥へと歩みを進め、次第に霧に紛れ3人の姿は見えなくなった。

 最後尾のイチルギがラルバを追いかけようと通路に足を踏み入れた瞬間、ふと手を引かれて立ち止まる。振り向くとそこには、フード付きのローブを(まと)った不審な人物がイチルギを掴む手だけを袖から出して椅子に座っていた。手以外の素肌は全く(うかが)えず、その手も男性か女性か、青年か老婆かわからぬ不思議な感触をしていた。

「門を(くぐ)ってはならぬ……白い妹を突き飛ばせ、赤鬼がお前を待っている……」

 ボソボソと(つぶや)いたローブの人物は突然声を荒げる。

「ここココっコンピュータの群れ!!幾重(いくえ)にも重なりお前の死を看取(みと)る!!画面越しに(うずくま)る妹のなんと傷ましいことか……!!」

 そしてイチルギの手を離し、最後にボソリと零した。

「コンテニューしますか?」

 イチルギはどう反応していいか分からず、申し訳なさそうな顔で会釈(えしゃく)だけを返しラルバ達の後を追いかけて行った。


 店の奥は見かけよりも広く、床に大きく魔法陣が描かれた大部屋の真ん中に如何にも「占い師です」と言わんばかりの台座と水晶、そして胡散臭(うさんくさ)い装飾だらけの衣服を纏った老婆が鎮座(ちんざ)している。部屋に入ったばかりのラルバがぐるりと辺りを見回して振り向くと、濃霧(のうむ)が立ち込める通路からイチルギが顔を出した。

「あれ?イチルギ?クラぽんとバリアは?」

「え?見てないけど?」

 次の瞬間、大部屋の壁に垂れ下がった薄布を(まく)って10人ほどの女達が入ってくる。手には機関銃や剣を持っており、取り囲んだラルバ達に今にも襲いかからんと殺気立っている。

「おやおやまあまあ。私なんか悪いことした?」

 ヘラヘラと笑うラルバをイチルギが肘で突き、老婆の方へ顔を向ける。

「すみません勝手に入ってしまって。私達別に何か用事があって来たわけじゃないんです」

 しかし老婆は2人を(にら)みつけ(うな)り声を上げる。

「ぅぅぅぅ後ろ盾マンガンが揚々としてフォード……ましてや盲目の猿ゼッケンから!!」

 その怒号に応えるように女達が武器を構え、ラルバ達を威嚇(いかく)する。イチルギは困った顔で再び老婆に向き直る。

「あの……大変申し上げにくいのですが、私達常夜の呪いにかかってなくて皆様の言葉が分からないんです。もし何か粗相(そそう)をしたのであればお詫びしてすぐに出ていきます」

「イチルギ。こいつら多分私らが何者か分かってないぞ。ハザクラとバリアも戻ってこないし、ここは力で()じ伏せるしかあるまいて」

 ラルバの言葉を聞いた1人の女性は、雄叫(おたけ)びを上げながら両手に構えた双剣を激しく振り回し突進の姿勢を取る。老婆が何かを叫んで制止させようとするも、双剣の女は止まらずラルバに向かって駆け出した。

「ラルバ!殺しちゃダメよ!」

「怪我は?」

「ダメ!」

 ラルバは突進してきた双剣の女をひらりと(かわ)し、すれ違いざまペンを取り出して首にドクロの落書きをした。

「難しいこと言うね。取り敢えず君ゲームオーバーね。全員の急所に落書き入れたら降参してくれる?非常にメンドイので」

 ラルバがもう一本ペンを取り出してイチルギに投げ渡すと、イチルギは自分の中で言い訳をしつつ妥協(だきょう)して受け入れた。




「おっ。ハザクラちゃんお帰りー。遅かったね」

 ハザクラがバリアに肩を貸してもらって大部屋に到着すると、そこにはラルバとイチルギと、悔しそうな顔で座り込む武装した女性達がいた。それを見たバリアは事の顛末(てんまつ)を推測して、ハザクラを床に座らせる。

「通路の霧、毒ガスだったみたい。少し休ませてあげて」

「あーやっぱし?なんか変に魔力濃かったよね」

「この人達は誰?」

「んー?襲ってきた。けど多分善人寄りだねぇ。ボコす気全然起きないもん」

 すると座り込んでいた女性のうち1人がボソリと何かを呟き、そしてラルバの手を取って何かを懇願(こんがん)してきた。

「なになに、何言ってるか全然分かんないんだってば。ハザクラちゃーん?通訳しておくれー」

「……満身創痍(まんしんそうい)だ。数分待ってくれ」

 ラルバはハザクラの方へ駆け寄り、頭を鷲掴(わしづか)みにして回復魔法を発動する。

「はい元気!」

 ハザクラは冷たい目線をラルバに向けながら(しばら)く硬直し、やがて諦めた様に女達の方へ歩き始めた。


 ハザクラが一頻り女達と話すと、霊祓灯(れいふつとう)()いて常夜の呪いを無効化しラルバ達に通訳を始めた。

「彼女達は今別のギャングと抗争中の非合法勢力らしい。それで侵入してきたラルバを敵勢力のヒットマンだと思ったそうだ。まずは(おそ)ったことについて()びさせて欲しいと」

 ハザクラがそう言うと、女達は座ったまま(ひざ)に手をついて深々と頭を下げた。

「そこで今度は力を貸して欲しいそうだ」

 ラルバは不満そうに首を(ひね)って唸り声を上げる。

「ん〜。コトによるかな……」

「敵対勢力は謎の人物が率いる犯罪者集団だ。麻薬の密売、奴隷の貸し出しや販売、脅迫(きょうはく)、依頼殺人。ここにいる彼女らが(かくま)っていた子供達も、大勢が(だま)されて連れて行かれ殺されたそうだ」

「あ、ケッコー悪い奴らなんね」

「悪者退治が趣味だろう?丁度いいじゃないか」

「そうですねぇ」

 しかしそこへイチルギが手を挙げて会話に割り込む。

「私パス。あとバリア借りるわね」

「はいぃ?なーにを勝手に」

「勝手にも何も、バリアが言ってたでしょ。使奴研究員がいるかもしれないって。悪党退治はそっちに任せるから、こっちはこっちで調べさせてよ。あーハピネス聞こえてるー?この後ラルバ達とは別行動するからーどっちか好きな方ついてってー」

 イチルギが異能で見ているであろうハピネスに声をかける。ラルバは不満そうに(ほほ)を膨らますが、イチルギの提案も最もだと受け入れ別行動を了承した。

 イチルギとバリアが店の外へ出て行くと、ラルバは手を振った後にハザクラに振り向く。

「ほんじゃクラの助さんや。通訳頼みましたよ?」

 ハザクラはラルバの言葉になんの反応も返さず、占い師の格好をした老婆の元へ歩いて行く。

 再び常夜の呪いの影響下に置かれたハザクラは、老婆の前に片膝をついて座り込んだ。

「では御婦人。話は私、ハザクラが(うけたまわ)りましょう」

「すまんね……あちらのラルバさんとやらは常夜の呪いを受けられんので?」

「……彼女のことは気にせずに。後で私が話しておきます」

「ふむ……しかし恥ずかしい限りじゃが、奴等のことは殆ど何にもわからんのじゃて……砂嵐の様に現れては煙のように消えて行く……人数も規模もまるで分からん……じゃからヌシ等には保護区で待ち伏せをしてもらいたいんじゃが……」

生憎(あいにく)時間が限られているもので、どんな些細(ささい)なことでも構いません。何か手がかりをください」

「ふむ……いやあ……しかし……本当に情報が少なくてな。最近統率者の名前がわかったくらいなんじゃて……」

「十分です」

 老婆は怪訝(けげん)そうな顔で何度も耳を触り、渋々(しぶしぶ)口を開いた。






「ティエップ。それが奴等の統率者の名前じゃ」






〜なんでも人形ラボラトリー 宿屋「望遠郷(ぼうえんきょう)」〜


 ラデックは半分微睡(まどろ)んだまま布団を持ち上げ、覚束(おぼつか)ない足取りで洗面所へと歩き出す。

「……む、ティエップ。もう起きていたのか」

「あ、はい。おはようございます」

「目の傷はどうだ?塞いだだけだから化膿しているかもしれない。もし違和感を感じたら直ぐに言ってくれ」

「あ、大丈夫です!お陰様(かげさま)で痛みもありません」

「そうか。念のため病院で一回診てもらうか?」

「あっあのっ……わた、私、身分証明書がないので……!!」

 突然慌て出すティエップに、ラデックは若干違和感を(いだ)く。

「金なら心配するな。ジャハルは相当な権力者だし、俺もそこそこの手持ちがある」

「あ、いや、だ、大丈夫です!」

「……無理にとは言わないが」

「あの、すみません……」

「……何か事情があれば言わなくてもいい。もう少し休んだら出発しよう。ハピネスからラルバの状況も聞かなければ……」

 そのまま欠伸(あくび)をしながら洗面所へと入って行くラデック。その背中をティエップはどこか(うつろ)な瞳で眺めていた。

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[一言] o oh… まじすか… どうなるラデック
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