43話 なんでも、人形、ラボラトリー
〜なんでも人形ラボラトリー 歓楽街〜
なんでも人形ラボラトリーの検問所の階段を降りると、そこには観光客を惑わす煌びやかな歓楽街が広がっていた。賭場、娼館、質屋、占星所、居酒屋。必要資源の殆どを輸入に頼っているが、グルメの国“ヒトシズク・レストラン”と、金持ちの国“ダクラシフ商工会”の寄港地になっているこの国は凄まじい数の人間が行き交い金を落としていくため、金持ち向けの娯楽が非常に盛んになっている。
ラデック、ハピネス、ラプー、ジャハルの4人が階段を降り切ると、後ろにいた預言者の女性が小走りで前に出て深々と頭を下げ、勢いよく顔を上げてニコッと笑った。
「改めまして皆さん!!先日は本当にありがとうございました!!私、預言者の“ティエップ・レウ・ディスタード“と申します!!」
彼女の発言は今までの支離滅裂なワードサラダとは違い、確実に聞き取れる文法を守った言語だった。しかし”常夜の呪い“――――なんでも人形ラボラトリー国内では言葉がメチャクチャになるという特性を踏まえると、実際にはラデック達含めティエップの言葉は依然支離滅裂であり、意識して唇の動きを見れば発言とは全く関係のない動きをしていることが分かるだろう。もしここに使奴がいたら再び頭を悩ませることになるが、幸いイチルギもバリアもラルバについて行ったため、ラデック達は何の障害もなく彼女の家に向かい始めた。
しかし数分も歩くと、ハピネスが突然足を止めて子供のように喚き出した。
「限界だ!休憩しよう!パスタ食べたいパスタ!!」
道路側に置かれていたベンチに大きくもたれかかり、両手をだらしなく放り出して座り込む。その様子を見てジャハルは大きく肩を落として溜息を吐く。
「はぁ……大国の長が聞いて呆れる。お前にプライドは無いのか」
「ジャハル君背負ってくれないかい?こう見えて私は盲人だぞ?普段なら異能でどうにかなるが、今はラルバの監視に忙しいんだ。気遣い給え」
「……はぁ」
再び大きく溜息をついたジャハルは、背負っていた巨大な剣を手に持ち変えてハピネスを背負う。
「おお、ラルバより揺れが穏やかで良い。思い遣りを感じる素晴らしい乗り心地だ」
「あんな快楽殺人鬼と比べるな!」
「まあまあ。敵国の大将にも礼儀を払えるその心を褒めているんだよ。そう気を悪くしないでくれ」
「くそっ」
「はっはっは。自由の身になって漸く理解したが、私の本質は結構自堕落で我儘なんだろうな。非常に気分が良い。ラプー!パスタまで案内よろしく!」
「んあ」
ラプーの案内で歩き始めたジャハルの後ろで、ラデックは少し距離を空けてティエップと歩き出す。
「すまないな。予定が少し遅れたが大丈夫か?」
ティエップは朗らかな笑顔のまま静かに首を左右に振る。
「そんなとんでもない!寧ろ私の為にココまで来てくださったのですから!私の方こそ何かお返しをさせて下さい!」
「それは……うーん。やめておこう。碌なことにならない……気がする。逆にティエップから何か要望はないか?」
「えっ?私ですか?」
「ああ。どうせアナタを家に送り届けたら俺たちはラルバの手伝いをしなくてはならない。サボる口実が欲しい」
「は、はあ……じゃあ……そうですね……もし、差し支えなければ……その……」
ティエップは珍しく悩むような躊躇うような素振りで口籠もりながら身を捩る。
「で、では……私を家に届けたら……その……か、家族に説明をして欲しいんですが……」
「説明?砂漠で殺されかけてた事か」
「あっ!いえっ!その……あのお婆さんの身内を騙って”旅は無事に終えた“と嘘をついて欲しい……んです……」
「ん?」
そう言ってティエップは腰のポーチから大量の札束を抜き出す。
「これを家族に渡して下さい。今回の旅の報酬だという事で……」
ラデックは不思議そうに首を傾げたまま札束を受け取る。
「はあ……まあ……そんな事で良いなら……」
「すみません……嘘なんか吐かせてしまって……必ずバレないようにはしますから……!」
ラデックは大人しい筈のティエップが”必要以上に何かを恐れている“様子に疑問を感じながらも、それ以上何かを尋ねることはしなかった。
〜なんでも人形ラボラトリー ディスタード邸〜
そうしてラデック達はパスタ屋で食事を済ませた後、ティエップの為に嘘をつく口裏を合わせてから彼女の家の前まで辿り着いた。二階建ての大きな一軒家の前で、ハピネスが意気揚々とラデックの背中を押す。
「さあ入り給えラデック君!ノックは3回がマナーだよ!」
「俺か?こういうのはハピネスの方が得意じゃないか」
「いつもならね。でも私は今ラルバの監視をしているから音しか聞こえんのだよ。それも向こうとこっちで同時に聞いてるから集中力が足らん。華麗な演劇を期待しているよ?」
「はあ……演技は苦手なんだが。ラプー、代わりにやってくれないか?」
「んあ」
ラプーはいつもの呑気な返事をすると、鯰のようないつもの表情を突然悪鬼の如く豹変させドアを蹴破った。
「おぉぉ邪魔しますぅぅぅうう!!!バニンガーさんおりますかねぇぇえええ!!!」
いつもの訛りや落ち着いた必要最低限の口数とはかけ離れた地を裂くような怒声。ラデック達は余りの豹変ぶりに面食らいながらも、驚きを表情には出さず襟を正して中へ入る。奥にいた中年の男は焦りながら出迎え、媚びへつらうように何度も頭を下げながら招き入れた。
「はっはい……私がバニンガーですが……どど、どなたでしょう?」
「ワシはお宅んトコのぉ……えー、名前なんでしたっけぇ?確かーテネップだかディエップだかなんだかとか言う預言者のぉ――――」
「ディエップ……ティエップ!?」
男はティエップの顔を見るなり驚いた顔で硬直する。ラプー達の後ろに隠れていたティエップは少し気まずそうな顔で男に手を振る。
「た、ただいま……戻りました……お父様……」
ラプーはソファにふんぞり返って腰掛け、大欠伸を零しながら太々しく話し始める。
「そうそうテレップだテレップ……ワシは“アグール船団”の“バスコニクス”っつーんだが、この小娘がウチの砂上漁船なかに入り込んでてよぉー。タダごとじゃねーと思って態々遠路はるばる山越え谷越え送り届けに来たっつーわけよ」
「そっそれはそれは……ウチの娘がご迷惑をお掛けしました……!!」
「まー器量のイイ娘だぁ。ウチの船員も気に入っちまったもんでさ、礼なんか要らねーからよー。またこの辺寄った時に寄越してくんねぇか。そん時ちーっとばかし契約金オマケしてくれりゃー良いからよぉ」
「はっはい……!!それはも、もちろん……!!」
「んじゃーこれ」
ラプーは札束を男へ手渡す。
「……え?こ、これは……?」
「なんか一緒に依頼主?の婆さんもいてよぉ。アンタに渡すよう頼まれたんだわ。今回の報酬だとよー」
「は……はい……ありがとう、ございます……」
男はどこか納得のいかないような顔で札束を受け取った。
「なんだ。少ねぇか」
「いやいやいやいや!!そんなまさか……!!」
「ん。じゃーワシらは帰るからよぉ。じゃーなテイップ」
ラプーは最後までティエップの名を呼ぶことなく家を出て行き、ラデック達もそれに続いた。
「み、皆さんありがとうございました!またどこかで……!」
どこか悲しそうなティエップの視線に、ジャハルは振り向きながら胸騒ぎを覚えていた。
「戻ろう。ティエップは何か隠している。それも不本意にだ」
ティエップの家から出たところでジャハルがそう提案すると、その言葉にラデックも頷いて応える。
「ああ、確かに彼女の振る舞いは不審だ。ただ、それならば正面から行くのは避けた方がいいだろう。ひとまずはラルバに連絡を……」
そこまで言いかけてラデックは言葉を止め、ディスタード邸をじっと見つめる。
「いや、今行こう。ティエップが殺される」
ラデックが玄関に近づき鍵を開けようと鍵穴に手を伸ばすが、直後ジャハルがラデックの肩を少し引いてから扉を思い切り蹴破った。
「ジャハルって割と思い切りがいいんだな」
「人命救助に躊躇がいるのか?」
ジャハルはリビングを覗いて思考を働かせる。カーペットのズレ具合、倒れたコップ、テーブルに対して若干斜めになったソファ。ジャハルは”ティエップが無理やり引き摺られてカーペットの上で踏ん張り、手を振り回してコップを倒したのちにソファを引っ張った”と即座に推測した。そしてティエップが引き摺りこまれたであろう扉に手をかけるが、施錠されていることがわかると何の躊躇いもなく体当たりをして突き破った。
そこには潰された目から血を流して服を剥ぎ取られたティエップと、倒れた彼女に覆い被さる先程の男の姿があった。
「な、なんですか勝手に!!」
男はティエップに覆い被さったままジャハルを怒鳴りつける。
「出て行ってくださ――――」
ジャハルは一切の会話をする気もなく、目にも留まらぬ速さで背負った大剣を抜き出し男の両腕を切り落とした。
「――――――――っ!!!」
男が叫び声を上げる瞬間に合わせて喉に肘を打ち込み、そのまま仰向けに倒れ込んだ男の腹を踏みつけ呼吸を阻害する。
その間にラデックとハピネスはティエップに駆け寄り、ラデックが改造でティエップの目に応急処置を施す。
「大丈夫かティエップ。今は塞ぐくらいしか出来ないが……後でラルバ達と合流したら治してもらおう」
「ご……ごめんなさい……ごめんなさい……」
「……ティエップ?」
男を拘束した後、ラデック達は泣き崩れるティエップをリビングのソファに寝かせ、家の外へ出てから顔を見合わせた。微かに祭囃子が響く路地で、ラデックは袖についたティエップの血を払いながら心配そうに掌を見つめる。
「……ティエップの怯え方が少し変だった。現在の状況に怯えているというよりは、見えない何かを恐れているように見えた。どう思う?」
ハピネスは「さあ」と首を傾げるが、ジャハルは腰の後ろで手を組んでラデック達から目を背けた。
「……恐らくティエップは、“ドメスティック・スレイヴ”。家庭内奴隷だ」
ジャハルはそのままどこか中空を見つめながら悔しそうに歯を食い縛る。
「なんでも人形ラボラトリーは使奴が統治に関与していない国だ。そういった国では生を望まれない、或いは身寄りのない子供を“奴隷用”に家族として迎え入れることが多い。表向きは通常の家族として振る舞い、家庭内で洗脳教育を施し家事・性処理・出稼ぎ労働者として使役する……これが家庭内奴隷だ。彼女もきっと……幼い頃から……」
ハピネスは話を聞きながら、どこか諦めが混じった笑みで頭を左右に揺らす。
「そうだねぇ……別に使奴は政治に関与しているからと言って家庭内奴隷が居ないわけではないけど……そうでない国では圧倒的に多い。特にココでは家庭内奴隷という文化も割と馴染んでいるようだよ?」
拳を握りしめたジャハルが苛ついた表情で振り向き、ハピネスの胸ぐらを掴んだ。
「痛い痛い。なんだね急に」
「何故っ……何故そんなにヘラヘラしていられるっ!!人がっ!!大勢の人間が奴隷にされているんだぞっ!!」
「うん。私もそうだったよ。確か移動中に話したよね?」
「ならば何故……尚更ではないか……!!何故自分がその境遇を経験しているのにっ!!思い量ってやれないんだ!!」
「……君は幸せだったんだねぇ。ジャハルちゃん」
ハピネスはジャハルの頭を撫でてから突き放すように肩を押して離れる。
「人の心配をしていられるのは、幸せで暇な証拠だよ。それ自体は良いことだ……けどね」
そしてハピネスは突き放した手の人差し指をジャハルの眼前に突きつける。
「何かを得ることは誰かから奪うことだ。君は何か勘違いをしているようだが……幸せ者ってのは不幸者からしたら殆ど加害者だからね」
「貴様っ……!!」
ジャハルは再び感情に任せてハピネスに詰め寄ろうとするが、その肩をラデックが強く引いて制止する。
「落ち着けジャハル。ハピネスは感情論で動かされるほど短絡的でも優しくもない」
微かに太鼓の音と笛の音が響く小道で、ラデック達はティエップが落ち着くまで無言で佇んでいた。
数時間が経った頃、時刻は真夜中を指し祭囃子も落ち着きを見せ始めた。
ティエップは未だ無事だった方の目を真っ赤に腫らし啜り泣いているものの、会話が出来る程度には心の震えも収まっていた。ラデックとジャハルはソファに座るティエップを挟むようにして寄り添い、彼女の手や背中を撫でて慰めている。
「す、すみません皆さん……嘘を吐かせてしまった上に……こんなご迷惑まで……」
申し訳なさそうに謝るティエップに、ジャハルは小さく首を振って髪を撫でる。
「何も謝る必要はない。ティエップは依頼が失敗したことを父に咎められる……そう思ったんだろう?」
「……はい。きっと、きっとお父様は私を許しま、許し、ません。だから、依頼さえ失敗してなければ……お金をちゃんと持ってきていたら……お仕置きされ、ないと思っ思って」
ラデックは立ち上がってタバコに火をつけ、大きく吸い込んでから何かを決断したように頷く。
「ティエップを連れて行こう。このまま置いていくのは気分が悪い」
ジャハルは大きく頷いて賛成するが、ハピネスは呆れたように首を振って肩を竦める。
「いやいやラデック君。君まさかこの先会う不幸な人間全員助ける気?」
「この先のことはラルバが考えるだろう。それに、今は俺にも発言権がある筈だ。ティエップを同行させ、安全が保障されるまで庇護しよう」
「はぁ……ラデック君、意外と情に厚いんだね」
「今悪口を言われたのは分かるが、俺は後先考えていないだけだ。不都合があれば言えばいい」
「へぇ……」
結局、ハピネスは渋々ティエップの同行を了承することとなった。その後、ティエップの父親は警察に引き渡し、ジャハルが事情を説明してことなきを得た。
その後も、1人不服そうなハピネスを除き、ラデック達はティエップの気を紛らわすために雑談を続けながら宿へ向かう。
「――――なので、我々預言者は魔法学よりも物理学や地学に専念するんです」
ティエップは自らの預言者という職業をラデックに説明している。
「ほぉ……対自然の傭兵と言うだけあって基盤はしっかりしているんだな。あくまで魔法は補助で、天候を知るにはやはりそっちの面から推測した方が分かりやすいのか」
「人によっては魔法で推測しますが……魔力は個人差があるので、当然推測結果にも乱れが出てきます。やっぱりある程度は現在の状況を物理的に分析してからでないと」
「そんなに誤差が出るものなのか……分析魔法も当てにならないんだな」
「実力がある人が行えば誤差もゼロに近い値が出るんですが……それだけ実力があれば預言者なんて危険な仕事はやりませんから」
心なしかティエップの表情は段々と明るくなり、ラデックに返す言葉にも気楽な色が見え始める。
「しかし君の契約金は大したものだ。預言者の中でも相当な実力だそうじゃないか」
「いやいやいやいや!私なんて大したものじゃないですよ!結局預言なんて、当たることが多くても外れる時は外れるんですっ。預言が外れても依頼人との関係を壊さずにリピーターになってもらえる預言者こそ良い預言者なんです。それに比べたら私なんて……幾ら精度が高くても殆ど一見さんですよ」
「初対面の人間相手に仕事の質を落とさず対応できることは立派な実力だ」
「……あ……は、はい……えへへへ……」
ラデックの素直な賞賛に、ティエップは恥ずかしがりながら後頭部を掻く。
「そ、そんなこと言ってもらえたの……初めてで……その……な、なんて言っていいものやら……」
「別に何も言わなくていい。誇ろうが謙遜しようが否定しようが、立派なことには変わらない」
「いやあ……うへへ……私、初めて生まれてきて良かったって思いました……その……ありがとうございます。本当に」
「どういたしまして」
「私、ずっとこの国が嫌いだったんです。毎日みんなお祭り騒ぎで綺麗で……なんで自分だけ仲間に入れてもらえないんだろう……って。“多目的バイオロイド研究所”では毎日お祭りを――――」
「待て!!!ティエップ!!!今何て言った!!?」
ティエップの言葉を遮り、ラデックが声を荒げて彼女の両肩を掴む。突然の大声と鬼のような剣幕にティエップは怯えて目を泳がせる。
「え?え?わた、私――――」
「今!!!今“多目的バイオロイド研究所”と!!!そう言ったのか!!?」
「は、はい」
ラデックだけでなく、その言葉にはハピネスも目を見開き唖然としている。列の先頭を歩いていたジャハルも思わずラデックに駆け寄り、信じられないと言った様子で困惑の表情を浮かべる。
「“多目的バイオロイド”って……確か使奴の正式名称――――!!」
「ああそうだ……!!!何故……何故ティエップがそれを……!!!」
ティエップは困惑と恐怖を混ぜたような感情のまま呟いた。
「な、なんでって……こ、国名……ですし……?」
「国名……!!?ココは“なんでも人形ラボラトリー”じゃないのか!?」
「え……まあ……少しニュアンスが違いますけど……」
「ここは”多目的バイオロイド研究所“です」




