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シドの国  作者: ×90
人道主義自己防衛軍
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39話 バリア対ベル

 訓練場の中央には、既にバリアとベルが対峙(たいじ)(にら)み合っている。バリアは普段通りのスーツ姿だが、ベルは丈の長いクロークを(まと)っており、その下がどうなっているのか(うかが)うことはできない。2人の間には5m程の距離があるものの、化け物じみた身体能力を持つ使奴にとってはほぼ無いにも等しい至近距離であった。

 訓練場の端ではラルバ達が静かに2人の様子を見守っており、時計の音だけが静かに響いている。しかし、数分の沈黙を挟んでから痺れを切らした様にラデックが口を開いた。

「……ラルバ、開戦の合図はしないのか?」

 そう聞かれると、ラルバは2人をじっと見つめたまま機械の様に口だけを動かした。

「意味がない」

「……意味がない?」

「私が開戦の合図をしようがしまいが、2人は(しばら)く……下手すれば数時間は動かないだろうな」

「何故だ?使奴同士の戦いでは後手必勝ということか?」

「うーむ……先手必敗と言った方が適切だ。かなり簡単に言うと、えー……マルバツゲームな?先手後手どっちがいい?」

「え……まあ、先手」

「何故だ?」

「いや、意味はない」

「いや、意味はある。それはラデックがマルバツゲームの規則性を知っているからだ。だから先手後手を悩まなかった」

「知らないが」

「互いが最善手を尽くすと必ず引き分けになる。使奴同士の戦いも似たようなものだ。我々使奴の運動能力に大きな差はない。体積によって保有する魔力量は多少違えど、幼児と百貫デブぐらいの体格差がないと明確な違いは無いに等しい。差があるとすれば、異能の有無とその種類だ。そしてこう言った試合形式の個人戦では、先に攻撃を仕掛けた方から自らの手の内を明かすことになる。だから2人とも動きたくないんだ」

「相手が先手必勝の異能を持っていた場合は?」

「警戒しておいて避けられなければ諦める。考える必要あるか?」

「いや、それ以外に何かあるかと思って……ブラフやフェイントで翻弄するのはダメなのか?使奴は演技力が高いだろう」

「はっ、演技力と同じくらい観察力も高い。ハッタリは無意味、故に戦闘方法も限られる。攻撃、回避、攻撃、防御、攻撃、回避、その繰り返しの中で先に“致命的な凡ミス”をかました方の負けだ。そして先程のマルバツゲームの話に戻るが……使奴に凡ミスは通常あり得ない。しかしマルバツゲームはどちらかがミスをしなければ終わらん。そこで唯一の勝機が“後手”なのだ。先手は必ず自分の手の内から明かさなくてはならない。後手は先手が明かにした範囲内で応戦して、相手が射程に入るのを待てばいい」

「んんん……??意味がわからないんだが……」

「あー……使奴同士の勝負の一番のキモは異能だ。異能を如何にして相手にぶつけ致命傷を負わせるか。つまり相手が自分の異能で致命傷を負う範囲内に来て欲しいわけだ。ラデックだったら触れないと異能を使えんだろう?だから異能を使おうと近づく、もしくは近づいてきてもらわにゃならんわけだ」

「まあ、そうだな。でも露骨(ろこつ)に近づくより、(わざ)と距離をとって接近してくるのを待つという手もある」

「それは人間の話。私ら使奴にそんな小細工は通用せん、互いにな。相手が“近づいてほしくない”という手の内を先手で明かすなら近づけばいい。“大振りを誘っている”ならば小技でちまちまと応戦すればいい。後手はそうやって安全圏内で戦っているうちに、先手が自らこちらの攻撃範囲内にのこのこやってくるのを待ち構えていればいいだけの話だ」

「いくら使奴でも、戦い方のみで嘘本当がわかるとは思えない。ましてや使奴同士なら尚更だ」

「ああそうだな。しかしそれでも先手の行動は後手にとって値千金(あたいせんきん)の判断材料になる。互いにそれを待っているんだ」

「言うほど先手必敗ではないな」

「うん。正直私はあんまり好まない手なのだがな。堅実さよりカタルシス!芸術点のない勝利など余りにも陳腐(ちんぷ)だ」

 そうしてラルバとラデックが雑談をしていると、訓練場にドンッと大きな振動が響いた。バリアがベルに接近する為、地面を大きく蹴り付けた音であった。突然に始まった激闘はあまりにも速く、観戦していた者が目を向ける頃には既に攻守が4巡した後だった。

 ベルは右手にカットラス、左手に小さなバックラーと短銃を構えて応戦し、対するバリアは徒手空拳(としゅくうけん)。小柄で大人しい普段の彼女からは想像もつかない手刀の連撃を放つ。それをベルが一歩も動かず必要最低限の動きで(かわ)し、バリアも自身の異能を悟られないよう攻撃を避け続けて、互いに付かず離れず一進一退の攻防を繰り広げる。

 無尽蔵の体力。底知れぬ知識と演算能力。空論を実現する強靭(きょうじん)な肉体。魔獣をも凌駕(りょうが)する五感。それらを(もっ)てすれば、(いく)ら似た性能の使奴同士とはいえ相手の術中になどそうそう()まることはない――――と誰もが思っていた。その直後


 ぬるり――――――


 バリアの首が落とされた。

 ベルのカットラスで切り落とされた首の切断面は瑞々(みずみず)しい果実の様に(なめ)らかに(かがや)き、鈍色(にびいろ)の刃は弧を描いて空中に鮮血を残す。バリアは一瞬驚愕の表情を浮かべるも、すぐさま自らの頭部を掴み切断面を押し付けあって癒合(ゆごう)させる。振り向くと同時にベルの短銃から鉛玉が放たれるが、バリアは目の端で(とら)えて(かわ)す。

 無敵の防御力を誇るバリアの首が落とされた。その事実に驚きの色を隠せないラデックを、ラルバが(ひじ)で突いて(にら)みつける。

 顔色に出すな、バリアの異能が予想される。そう訴えるラルバの眼差(まなざ)しも時既に遅く、ベルはラデックの態度にしっかりと気がついていた。

 しかしバリアもベルの異能には大凡(おおよそ)気がついていた。自分の首を切ったにも(かか)わらず刃毀(はこぼ)れ一つしていないカットラス、首に感じた刃先を押し付けられた時の弱々しい感覚、そして何より“使奴相手に短銃を武器として採用したベルの思惑(おもわく)”を考え、自分の予想に対し確信に近いものを感じていた。

 バリアはハザクラが使奴研究所を出る前に一度会っている。それからハザクラはベルと会い、今に至る。つまりベルは最初からバリアの異能を知っていたことになる。しかしベルは最初の立ち合いでバリア同様自分からは動かなかった。これによりベルの異能を“受動発動型“とバリアは推測していたが、それは戦況のリードを許すことと引き換えに否定されることになった。しかし、それを考慮(こうりょ)しても不自然なベルの行動にバリアは再び思考を錯綜(さくそう)させた。試合開始直後、ベルは果たして“動かなかった”のか“動けなかった”のか。その理由が両方であると知ったのは、それからたった数秒後のことであった。

 バリアがベルの胴体に勢いよく蹴りを入れると、「ピンっ」と甲高い音が微かに聞こえた。その場にいた使奴全員とジャハルは、その音の正体を容易(ようい)に推測した。

 ベルは最初からバリアの異能を知っていた。ハザクラから聞いていた“絶対防御”の異能。それを看破(かんぱ)することはベルにとって容易であった。

 物理法則を捻じ曲げるほどの防御力を持つバリア。その首を易々(やすやす)と切り落とせた理由。それは他でもない“剣というのはそういうモノだから”だ。ベルの異能は“道具対象の強化型“である。彼女が振るう剣は物体を”必ず切断“させ、銃は”決して弾詰まりを起こさず”銃弾は必ず”対象を貫く”弾丸になり、盾は”いかなる物体をも通さぬ”不壊(ふえ)の盾となる。

 そして、たった今ピンが引き抜かれた手榴弾は“必ず物体を粉々に吹き飛ばす”凄烈(せいれつ)な爆弾となるだろう。

 一瞬で視界を埋め尽くした爆発の閃光の中、バリアは自分の傲慢(ごうまん)さを()いていた。バリアはベルが手榴弾のピンを抜いたならば、ほぼ同時に警戒し回避することができただろう。今回それができなかったのは、手榴弾のピンを抜いたのは他でもないバリア自身だったからである。

 ベルは試合開始直前、(ふところ)に忍ばせた手榴弾に(くく)り付けた糸の端を針に結び”コンクリートの地面に突き刺して”いた。それにバリアが気づけなかったのは、ベルが(まと)っていたクロークが細工を“隠していた”せいだろう。そしてバリアが不安定な体勢でベルを蹴飛ばしたせいで、ベルトに繋がれていた手榴弾のピンが引っ張られた。手榴弾本体は“絶対に切れない糸”とコンクリートに“深く差し込まれた”針に引っ張られその場に残る。結果的に、バリアは自分自身でベルを爆発の安全圏まで押し出してしまったことになる。

 ベルは万が一避けられることを考え、バリアに運搬魔法をかけて空中に浮遊させた。最後のダメ押しのせいもあってか、バリアは目の前で起こる爆発を避けられず左半身を四散させた。


 ベルはクロークに飛び散った破片を(はた)き落としながらバリアに歩み寄る。バリアは左半身を(むご)たらしく吹き飛ばされ起き上がれず、仰向(あおむ)けで静かに倒れ込んでいる。

「……勝負あったな」

「まだ参ったって言ってないよ」

「そこからどうするというのだ。絶対防御じゃ私には勝てんだろう」

「わかんないじゃん?」

 一切声色を変化させず淡々と答えるバリアに、ベルは大きくため息をついてもう数歩近づく。

 突如、地面から触手の様に伸びて来た(くさり)がベルの四肢(しし)を拘束した。ベルは咄嗟(とっさ)にカットラスに手を伸ばすが、続けて地面から生えて来た無数の槍に(つらぬ)かれ空中に縛り上げられる。下に着込んだ”絶対に物体を通さないチェインメイル“も、魔法で作られた非物体の槍の前には役に立たず、肉体こそ損傷はないものの道具の使用をできないほどに身動きが取れなくなってしまった。

「これは……!?」

「油断したね」

 ベルが目玉だけを動かして声の方を見ると、依然(いぜん)左手左足を吹き飛ばされ転がったままのバリアと目が合った。(うつろ)な真紅の瞳は安堵(あんど)嘲笑(ちょうしょう)もせず、ただただ計算通りに遂行(すいこう)された作戦の結果を見届けている。

「知らなかったでしょ。対使奴専用の”使奴が作った魔法“なんて」

「使奴が、作った魔法……!?」

 バリアはゆっくりと身体を持ち上げ、魔法で作った義足で立ち上がる。

「“出荷用”の使奴に植え付けられる知識にはない旧文明の最新技術……使奴が使奴を()じ伏せるためだけに考案された、使奴部隊内部でだけ共有されてる対使奴専用魔法。要求される魔力量が常人には多過ぎるし、一般向けへの応用も殆ど()かないから世間には出回ってない。知ってるはずないよね」

 バリアは足元を指差すと、ほんの(わず)かに魔法陣が発光する。

「一瞬で拘束する魔法は仕込みが大変なの。“相手に密着して気づかれない様にちょっとづつ魔法式を構築しなきゃいけないし、しかも相手に魔法式構築前で逃げられてもダメ”だから。使奴部隊の中でもコレ使えるのは防御力の高い私ぐらい」

 そしてバリアは何度かベルの顔をぺちぺちと叩くと、何かを訴える様にラルバの方を見た。

「…………はーい勝負ありーっ!!!勝者!我がラルバ帝国のバリア選手ーっ!拍手!!」

 決着が宣言されると、バリアは少し疲れた様に腕を回しながらため息を吐く。(きびす)を返したバリアに、ベルは(たま)らず(たず)ねた。

「バリア……!!お前は一体……!?」

 ラルバの拍手だけが(むな)しく鳴り響く訓練場の中、バリアは背を向けつつベルをチラリと一瞥(いちべつ)した。

「……使奴部隊“樋熊(ひぐま)の巣穴”所属……トールクロス被験体3番。よろしく」

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