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シドの国  作者: ×90
愛と正義の平和支援会

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309/309

308話 平和な国

〜愛と正義の平和支援会 南河地方 そよかぜ町〜


 キャンディ・ボックスの車両を借り、ゲートから車を走らせ小一時間。見えてきたのは、会会大橋の終点。そよかぜ町。


 ゲートで超えた川とは比べ物にならないほど大きな”平和運河“に沿って広がるこの町は、そよかぜと呼ぶには激しすぎる経済成長の暴風に揉まれ、今や首都に匹敵する大都市となった。


 煉瓦や石畳など、昔ながらの街並みを残しながらも、電光掲示板や完全自動の日用品店が乱立している。通りを行く自動車はどれもコンパクトで、それこそそよかぜのような優しい走行音と微かな排気で滑るように走っている。


「なんか……」


 ラルバはジトーっとした目で街を見渡す。


「ヌルいね。この国」

長閑(のどか)って言え」


 同じくラデックも辺りを見渡す。


 静かではあるが活気がないわけではなく、通行人も商人も皆楽しそうに過ごしている。ピガット遺跡やカナデヤ一門と似たような柔らかく朗らかな空気ではあるが、それ以上にどこかのんびりとした印象を覚える。


 車を駐車場に停めてきたビットが、レシャロワークを連れてやってくる。


「お偉いさん方は別行動するってさ。ラルバさんは勝手なことするなって言ってたよ」

「聞こえなーい」

「いいとこだろーそよかぜ町! 俺、ここが一番好きなんだよな〜」


 そう言ってビットはラデックの隣に並んで、今し方買ってきたであろう缶ジュースを渡してくる。


「そういや、乗ってきたでっかい魔工車どこ停めたの?」

「ゲートの手前の丘の影に隠してきた……。てかビット、お前もついてくるのか?」

「え? ああ、なんか仲間みんな人主義の手伝いに取られちゃったし。暇だからさ」

「懲役はどうなったんだ?」

「今がそう。監視役だって」

「あ、そう」

「隠れてついてってもいいんだけど、何かそれは寂しいからさ」


 ラルバが威嚇しながらビットの前に立ちはだかる。


「イヤ! あっち行って! 殺すぞ!」

「デートの邪魔して悪いとは思ってるよ……。文句ならお偉いさん方に言ってほしいな。俺の判断じゃないし」

「視界に入るな! 端っこで指咥えて見てろ!」

「寂しいじゃん」


 蛇のような歯擦音を鳴らすラルバを素通りし、ビットは笑顔で通りの向こうを指差す。


「まあいいじゃん! 俺この辺詳しいから案内するよ! ウマイ焼肉屋があるんだ!」


 と、その時。近くの有人店から2人の男が口論しながら出てくるのが見えた。


「だから! ウチお酒は6時からなんだって!」

「出せっつってんだろ。いいからよ」

「出せないんですって! 分かってくださいよ!」

「知るかよ。そんなのオメーの都合だろうよ」


 店員と思しき男は、気が立っている客をなんとか宥めようとしている。一方客の男は何度も店員の靴を蹴って威圧している。


「あ、まずい」


 ラデックは咄嗟にラルバの方を見る。しかし、ラルバは不思議そうに2人のやり取りを眺めるだけで、動き出そうとはしなかった。


 やりとりが激しさを増し、ついに客の男が店員を突き飛ばした。


「てめぇーナメてんじゃねーぞ!」

「うわっ」


 店員の男は突き飛ばされ倒れそうになる、が。その勢いで客のネクタイを掴んで後ろに引き倒し、地面にぶつかる寸前で体勢を入れ替え客を下敷きにした。


「えっ?」

「せい!」


 客の男が顔面を床に強打する。店員はそのまま腕を背中方向に捻じ曲げ、体重をかけて制圧した。


「業務妨害!! 逮捕!!」

「あででででででで!!」

「アミちゃーん。警察呼んでー」

「はーい」


 店員の男は店の奥に向かって別の店員に指示をだす。取り押さえられた男はなんとか抜け出そうと藻掻くが、背中にのしかかられているせいで上手く呼吸ができない。


「このっ……!」


 そして魔法で反撃をしようとした時、通行人の女性がそれを反魔法で打ち消した。


「なっ……」


 店員は通行人と目が合うと、気まずそうに笑顔を溢した。


「あ、すみません。どうも」

「いえいえ」


 一部始終を見ていたラデックは、口をポカンと開けて素朴な感想を述べる。


「て、手慣れている……」

「あー。あの客、多分外国人だなー。ダクラシフ商工会の人かな?」


 大したことなさそうにビットが言う。


「この国は私人逮捕が主流だからさ。あんな白昼堂々揉め事起こしたら、寄って集ってボコボコにされるよ。あれはまだマシな方」

「被害者に訴えられたりしないのか……? 私刑が行き過ぎたりとか」

「訴えても大抵負けるよ。皆鍛えてるから手加減が上手いしね。やり過ぎて問題になったって話はあんま聞かない」

「でも、基本が私人逮捕なのか……?」

「うん。警察もすぐ来るけど、その場で居合わせた人が制圧するのが普通」

「うおお……。平和な国……とは?」

「平和だよ? 人主義に次いで犯罪件数は少ないし、問題起こすのは殆ど外国人。現地人だけで言ったら世界一犯罪の少ない国じゃないかな。泥棒も詐欺も見たことないよ。ポイ捨てだってしないし」

「冤罪とか起きたりしないのか……? その、気に食わない奴を犯罪者扱いにしてボコボコにする……みたいな……」

「あんま聞かないかな。虚偽申告の罪ってメチャ重いしね」


 ラルバは不貞腐れて地べたに座り込む。


「えー。悪モンいないのー? つまんなーい」

「いいことじゃん」

「私も私刑したーい。腕引っこ抜くのはセーフ?」

「ドアウト」

「え〜。もう飽きた。なんにもやる気しない」


 とうとう大の字になって寝そべってしまったラルバ。ラデックは通行人の目が気になってラルバの手を引いて起こす。


「起きろラルバ。折角だから観光して行こうじゃないか。ほら、焼肉好きだろ。ビットが奢ってくれるぞ」

「奢らないよ」

「しょうがないなぁ〜もお〜」

「奢らないってば」


 ラルバが口先を尖らせて渋々歩き出す。それから少し反応が遅れてレシャロワークもゲーム画面を注視しながら歩き出す。


(あん)ちゃん、おんぶ」

「自分で歩きなさい」

「レシャロワーク。俺のことをお兄ちゃんって呼んでくれたらおぶってやるぞ」

「ラデックさんはいいでぇす。(あん)ちゃんおんぶ」

「やだって」

「お兄ちゃんと呼ぶだけでいいのに……」

「ラデックも甘やかすな」

「兄貴とか兄さんでもいいぞ」

「ヤでぇす」

「呼ぶだけでいいのに……」



 それから4人は焼肉屋で食事を済ませ、ビットの案内で観光名所を見て回った。博物館を散策し、屋台街でB級グルメを堪能し、演劇を鑑賞し、夜遅くまでゲームセンターに入り浸った。


 ゾンビを倒すガンシューティングゲームを遊び終わって、ラデックはシャツの襟をパタパタと引っ張りながら銃を筐体(きょうたい)に戻した。


「あー、遊んだ遊んだ。久しぶりに人間らしい一日だった」

「ラデックさんもっかいやりましょぉ。ステージ4のとこ多分裏ルートあります」

「いいぞ。俺も少しコツが分かってきた」


 レシャロワークがコインを投入しようとした時、ビットがジュースを手に戻ってくる。


「コーラとりんごジュースどっちがいい?」

「レシャロワークどっちがいい?」

「コーラ」

「じゃあ俺はりんごで」


 2人にジュース缶を渡しながら、ビットはキョロキョロと辺りを見回す。


「あれ、ラルバさんは?」

「まだUFOキャッチャーでもやってるんじゃないか? もしかしたら景品の乱獲で出禁にされたのかもしれない」

「それはないですよぉ。自分も相当取りましたけど厳重注意で済みましたからぁ」

「そんなことやってたのか」

「マズいなぁ……。目ぇ離すなって言われてたのに……」


 不安そうにするビットに、ラデックはゲームの銃を抜きながら適当に答える。


「大丈夫だ。ラルバが勝手になにか企んでいる時は、追いかけようとしたって捕まらないし、探したってそうそう見つからない。用事が済んだら戻ってくるさ」

「俺が怒られるだろって話」

「皆、ラルバの特性はよく理解してる。ビットのせいにはしないさ」

「だからって探しもせずゲームしてたら怒られるだろ」

「……もしかして、俺が怒られているのはこう言うところか?」

「今更……気付いたのか? お前昔からそう言うところだけで怒られてるだろ」

「ラデックさぁん! 敵敵!」


 ラデックが茫然自失に陥ると、ビットが代わりにゲームのプレイを引き継いだ。


「まあ、俺としてはお前がユルくなっててくれて嬉しいよ。昔のラデックは何か、こう、野生動物みたいな感じだったからさ」

「それは……悪口か……?」

「ちょっと。好きなこと以外は全部どうでもいいみたいな、機嫌損ねたら噛まれるかも見たいな怖さがあった。今は、なんか、餌付けされた野良猫みたいだ」

「どっちにしろ動物なのか……しかも野良……」

「餌をくれない人には懐かなさそうだ」

「俺はお前が少し嫌いになってきた」

「餌あげてないからな」




 ゲームセンターの地下フロア。今ではもう使われておらず、もう2度と取り出さない物の倉庫となっている。切れていないだけの非常灯が淡く照らす乱雑に積まれた粗大ゴミの中を、ラルバが呼吸音すら鳴らさず影のように擦り抜けていく。


 最奥の扉。ドアノブに手をかけ、開錠魔法の発動と共にゆっくりと開く。開いた隙間から、女の泣き叫ぶ声が漏れ出す。


「いやぁぁあああ!! やだっ!! やだ!!! んむっ!! んーっ!! んーん!!」


 悲鳴はすぐさま苦しそうなくぐもった声に変わる。男数人の話し声や、笑う声が微かに聞こえる。暴れる衣擦れの音。床を叩く音。かつてはバックヤードとして使われていたであろう部屋の奥から、少しだけ灯りが漏れている。


「んーっ!!! んーっ!!!」

「俺先な。足持っとけよ」

「ガムテ取って」

「俺拘束魔法使えるぜ。腕上げてて」

「おっけおっけ」


 女の声は次第に弱くなっていく。抵抗に疲れたのか、諦めが勝ったのか。助けを求めるような力強い悲鳴は、苦痛を訴える(すす)り泣きに変わった。


 そして、それらの音が一瞬で止んだ。


「………………?」


 ラルバは奇妙な現象に、上げていた口角を一旦下げる。薄らと漂ってくる波導は、今まで感じ取っていた誰の波導とも一致しない。


 気配を殺し、ゆっくりと部屋の奥を覗く。そこには、気を失って倒れている女子生徒が1人いるのみ。先程まで聞こえていた男の声を発するものはどこにもない。


 部屋は打ちっぱなしのコンクリートで、抜け道などは見当たらない。唯一残された手がかりは、恐らくは被害者諸共加害者らを昏倒させたであろう魔法の残留波導のみ。


 ラルバはこの手口に心当たりがあった。特定の誰という訳ではないが、強いて言うなら、“我々”の手口。秘密裏に動いた際に残してしまう証拠の最低値。使奴のみが行える人間離れした襲撃。


 残留波導を分析したのちに、ラルバは満足して(きびす)を返し、そして確信した。


 やはり【平和な国】など、人間に作れる訳がない。

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