286話 ナハルビーム!
〜カナデヤ一門 サンキォン邸 別館練習場 (ラルバ・バリア・ナハル・カガチサイド)〜
頭の中に鳴り響く幻聴が、深層心理を代弁するように絶望を告げる。使奴如きが驕るな。人間相手だからって勝てる保証がどこにある? こんなところで無意味に死ぬのか? 相手が恐ろしい異能を持っていたら? やめておけ。やめておけ。やめておけ。
鳥肌を煽る恐怖の弱音を、ラルバは全くの余裕で一笑に付す。
「フン。こんなもの、虫の羽音もいいところだ。この程度で使奴に挑んだのか?」
「へー。そうなっちゃうんだ〜。じゃあ、コレならどうです?」
ピスカリテがラルバに接近し、眼球めがけて2発の弾丸を放つ。ラルバは重心を後ろへずらすが、思うように体が動かず回避に失敗する。それどころか、横槍を入れたバリアの手刀も間に合わず、弾丸はラルバの両目を潰した。
「痛っ」
「お、命中〜! やっぱり効くんじゃないですかぁ」
視界が封じられたラルバに代わり、バリアがピスカリテと対峙して上段蹴りを打ち込む。しかし、思うように体が動かず容易に躱されてしまう。
「……後ろ向きな幻聴と、それとは別に行動の制限……。行動対象の劣化系? 幻聴は精神操作っていうより思考の発生。生産系の側面もある。停滞とも、恐慌ともまた違う。けど、どの道私達相手には軽い行動不能にしかならない」
「どうでしょうねぇ〜。どうせ分かんないんだから、考えなくていいんじゃないですかぁ〜?」
挑発にムッとして、バリアは手に魔力を溜め前方に向けて無作為に放つ。無数の波導弾がピスカリテの全身に衝突するが、姿勢を崩させただけで傷どころか服に穴すら開いていない。攻撃そのものが通らないと分かると、続け様に乱舞を重ねつつ推測を口にする。
「その丈夫さはまた別の異能だね。トマのかな。絶対防御に似てるけど、服が固まらないってことは不変って言うより維持が近い。自分の周囲を保護する異能?」
「使奴の方は見破るのが得意って聞きましたけど、そうでもないんですねぇ〜」
「範囲対象か、個人に何かを付与する異能。ピスカリテの異能の方は、接近とか直視っていうより行為そのもの? 何かを成そうとする意思の発現自体が条件?」
「無駄なこと考えない方がいいですよ〜」
放たれた銃弾がバリアの胸に命中し、ひしゃげて跳ね返る。銃撃が効かぬことを見るや、ピスカリテは闇魔法を浴びせる。バリアは反魔法で打ち消そうとするが、不愉快な幻聴と共に魔法が鈍り、視聴覚と平衡感覚を乱され姿勢を崩す。
「ほ〜ら、やっぱり勝てませんよねぇ。降参しましょうよお」
「ラルバに言って」
真夜中のように暗い視界、塞がれているかのような耳、大時化の船上のように揺れる足元。それらは使奴にとって些細な問題にしかならず、バリアの勢いは決して削がれない。だが、それでもピスカリテの命に手は届かない。
2人が戦っている間、顔面血塗れのラルバがナハルに顔を向ける。
「治んない。治して」
「自分でやれ……」
「回復魔法が通らないんだってば。ほれ、やってみそ?」
「はぁ? あれ、本当だ……」
「クソデカメイドマンの異能かね。バリアは維持系じゃないかって言ってたけど」
「本当に治らないのか、手足と喉も潰して確かめてみるか」
「自分のでやってよ! 虐めんな!」
暢気に話す2人の元へ、トマがゆっくりと歩いてくる。
「おいメイドマン。これどうしてくれんだよ。解かないと殺すぞ」
ラルバがトマの首に手刀を突き立てる。しかしトマを転ばせただけで、首は裂けるどころか爪痕一つついていない。それどころか、トマはラルバの腕を掴んで起き上がると同時に押し倒した。そのまま絨毯を捲ってラルバに被せて、隠し持っていた千枚通しで床に打ちつけた。
「ありゃ、立てね」
たかが一本の針で繋ぎ止められているにもかかわらず、ラルバは絨毯による拘束を抜け出すことができない。そこへ小刀が振り下ろされる。絨毯の上から片腕を切り落とされ、ラルバは苛立ちの笑みを見せる。
「あらぁ袋の鼠。よっしゃ。怪我や痛みだけが苦痛じゃないってことを分からせてやる」
ラルバが混乱魔法を発動しようとするが、幻聴が頭に響き手が止まる。
「っだーもう、鬱陶しいなーコレ」
その間にもトマによる無言の解体は続く。異能を使い脱出しようにも、まだ1歳のラルバではトマの異能の練度に打ち勝てない。
企みは絶望によって阻まれ、思考を介さぬ攻撃は通らない。翻って、向こうの策を防ぐ手立てはなく、バリア以外の肉体は不壊ではない。カガチとナハルが傍観しているのをいいことに、ピスカリテは全力でバリアを、トマはラルバの横槍を許さない。
2人の奮闘を見守りつつ、ナハルはカガチに問いかける。
「意外と健闘するな。トマの異能は一体なんだろうな?」
「私に話しかけているのか?」
「お前以外いないだろう……」
「どうでもいい」
「範囲対象の強化系かと思ったが、絨毯の上からラルバを刺しているし、床にも傷をつけている……。その間ラルバが抜け出せないのも妙だな。物体の状態固定ではないのか?」
すると、カガチが珍しく頬を緩ませにやぁっと笑う。
「な、なんだその顔は」
「そうか。お前にアレは分からないか」
「知っているのか? カガチ」
「知らん。ただ、私は“リーダー”の教育を受けている。新入りのお前と違ってな。解明はできずとも、大体の性質の見当はついている」
「……どうしてお前もバリアもノウハウの共有をしないんだ……?」
「決まっているだろう。お前が嫌いで意地悪をしたいからだ。第三世代の優秀な後継機様が馬鹿面下げているのが楽しくて仕方がない」
「ッダァ=ラャムがお前を食い殺せなかったのが悔やまれるな」
2人が暢気に罵り合いをしていると、苛立った様子のバリアが跳んできてカガチを投げ飛ばす。
「交代」
カガチは勢いそのままピスカリテの前に突き出され、仕方なく交戦を開始する。
「ナハル、ラルバがそろそろ終わらせろって」
「あんなにノリノリで喧嘩買っておいてか……? どういう神経してるんだ。……いつものことか」
「多分本気を出せば勝てるんだろうけど、面倒臭いからやってないだけだと思う」
「あの状態からどうやって勝つって言うんだ……?」
蔑みの眼差しを向けた先では、ラルバが絨毯の中で順調に解体されている。魔法を発動しようとしてはピスカリテの絶望で中断され、苛立ちから猿のような奇声をあげている。
「と言うか、ラルバどころか私も厳しいぞ。意思そのものに干渉して行動を阻害するなら、傷つける手段がない。さっきから何か魔法を打とうとするたびに妨害が入る」
「ああ、その辺は大丈夫。方法がある」
「……リーダーから教わったと言うやつか?」
「まあ、そう」
「どうしてバリアは私にその辺の話を教えてくれないんだ?」
「面倒くさいから」
「……そうか。で、どうするんだ?」
「――――の――――して――――……って感じ」
「えっ」
カガチとの交戦中、ピスカリテは作戦会議をするバリア達を視界に入れた。
「まだ諦めてないんですかぁ? しつこい人は嫌われますよぉ〜」
「諦めていない? まるでこっちが苦戦を強いられているような物言いだな」
「実際そうじゃないですかぁ」
「フン、勘が鈍いと言うのも悪くなさそうだな。死ぬ直前まで能天気でいられるとは」
「はい?」
「あまりに一方的では面白くない。お前の言い方に倣って、私もアドバイスをくれてやろう」
カガチはピスカリテの銃弾をモロに受けつつも、楽しそうに笑いながら当たらぬ蹴りを繰り返す。
「お前の異能は行為を対象に取る。そしてそれは今、攻撃行動に対して半自動で発動するような形態をとっている」
「さぁ〜。どうでしょうねぇ」
「使奴が思考から行動に移るまでのラグは、人間とは比べ物にならない。お前が我々を妨害できている時点で自明だ。そして、一挙手一投足を妨害できない時点で、対象に取れる行為の種類か回数に制限があると推測できる。加えて、自動妨害と同時並行で攻撃意思以外の行動も対象にできる。今まさに私の頭の中で鳴っている幻聴がそれだな」
「ふ〜ん。まあ、アドバイスって聞く聞かないは本人の自由なんですよねぇ。私は自分でしっかり決めます! 的外れな推測、どうもありがとうございましたぁ〜」
使奴は嘘を容易に見抜く。カガチの推測は的を射ている。しかし、絶望の異能はその正誤を曇らせる。表層では図星だろうと確信しつつも、耳障りな幻聴と心の底からの疑心が足を取る。確実な判断が下せない中での戦いは、水中にいるかのように鈍く苦しいものとなる。
「お前の調べ通り、私が魔法の異能者。バリアが不羈。ナハルが反撃だ。ラルバは知らんが、どうせ役に立たない。無視していい」
だが、例え水中にいようとも、人間が使奴に勝てる道理はない。
「それらを踏まえた上で問題だ。これは何でしょう?」
カガチが飛び退いて視界から外れる。視界に残されたのは、攻撃意思のないバリアとナハルの2人だけ。しかし、あまりにも奇妙な点が一つ。
バリアが、隣にいるナハルの髪の毛をしゃぶっている。
「むっちゃ。むっちゃ」
「うぅ……」
「……はい?」
ナハルは嫌そうに俯き、されるがまま髪の毛を弄ばれている。
「時間切れだ」
呆然としていたピスカリテに、視界外からカガチが告げる。
次の瞬間、バリアの口から放たれた超高圧の魔力光線が放たれる。
「へっ……!?」
ナハルの反撃の異能は、肉体にダメージを負った場合に反射的に攻撃を行う異能である。この反射は決して意識的に堪えることはできないが、発動部位と手段を僅かにコントロールできる。抜けていない髪の毛はまだ肉体の範疇であり、今回は傷がついた毛先からの魔力放出という反撃手段を選択している。これは言わば、強い痛みを覚えた際に大声を上げるかのたうち回るかの選択であり、ピスカリテの認識する攻撃意思には含まれない。
それを、バリアの防御で固めた口内によって封じ込め、また咀嚼によって継続的にダメージを蓄積させる。逃げ場を失った魔力は口内で超圧縮され、莫大なエネルギーの塊となる。
それから僅かに口元を緩めれば、微かに開いた隙間から超高圧の魔力が放出される。このエネルギー波の中にはバリアの異能によって硬化したナハルの髪の毛の残骸が混じっており、並の防御系の異能では到底防ぐことはできない。
太さ僅か3mm程度のナハルビームは、音もなくピスカリテの左胸を貫いた。それからピスカリテが激痛を認識すると同時に、軌跡から炸裂音を響かせて衝撃波を放った。
「………………!!!」
バリアが練習場にも異能の範囲を適用させていたおかげで、万物を貫くナハルビームが野に放たれることはなかった。しかし、その代わりにエネルギー波は練習場内を縦横無尽に反射し、室内は超高濃度の波導と高温に包まれた。
ひとり取り残されたトマはラルバへの攻撃をやめ、涼しい顔で辺りを見回す。それから、フッと小さく笑って波導に当てられ気絶した。
〜カナデヤ一門 サンキォン邸 謁見の間 (ハザクラ・ハピネス・シスター・ゾウラ・レシャロワーク・ボブラサイド)〜
「……何か凄い音がしたな」
ハザクラは訝しげに音の方を気にしつつ、正面に座る男に視線を戻す。
「中断するか? “オタア”さん」
「だいじょぶだよ! 続けよう!」
黒い短髪の壮年の男“オタア・サンキォン”は、まるで心配などせずににっこりと笑う。
「“ラット”君がだいじょうぶってんだから、だいじょぶ!」
「カナデヤ一門が“真吐き一座”と深い関係にあったとは知らなかったな。我々のことはどこまで?」
「世界を救う世直し御一行って聞いてるよ! こないだも大活躍だったらしいね!」
「……間違っていないんだが、あまりそう認識されたくはないな」
ハザクラが隣に座るシスターの方に視線を向けると、彼も呆れたような困ったような顔で愛想笑いを返した。
「それでそれで、ウチもね? 助けてもらいたいんだよ〜! や、渡りに船! ほんと!」
「国家独立の手助けはできませ……してやれないぞ」
「あ、今敬語使おうとしたでしょ。君も立派なんだから! 胸張って! ん!」
オタアが大きく胸を張る。それからすぐに手を叩いて、思い出した用事を話し始める。
「あ、じゃなくてじゃなくて! そう! 独立は僕らで頑張るけどさ! じゃなくて、助けて欲しいのよ! この“呪われた”カナデヤ一門を!」
「呪われた? 誰に?」
「分かんないけど、誰かに!」
「呪いを解いてほしいってことか?」
「や! いやいや! “解かれるのは困る”!」
そう言って、オタアは細長い三角旗を見せる。そこには、“呪われチャオ! カナデヤ一門”と鮮やかな色彩で文字とポップなドクロが描かれている。
「何か良い感じに呪いは残して! ご当地名物になってるから!」
「……帰らせてもらう」
【呪われた街】




