285話 絶望的滞在
「この度は、不躾な申し出を受けていただき、誠にありがとうございます」
そう言って頭を下げるのは、メイド服を纏った柔和で可愛らしい侍女。彼女は深く下げた頭を持ち上げ姿勢を正すと、エプロンの内側から自動拳銃を取り出し銃口を覗かせた。
「それでは、絶命まで動かぬようお願い申し上げます」
眼前で放たれたホローポイント弾を眺めながら、ラルバは深く後悔をした。銃弾が頬骨を砕き、目の裏で変形して組織をズタズタに引き裂く。その間、頭の中にはついさっきの出来事が過っていた。
〜ダクラシフ商工会 狗霽知大聖堂 カナデヤ一門 麗流州立公園〜
緑豊かな公園の芝生で、ラルバは大の字になって日向ぼっこをしている。喧騒と電子装飾に塗れた繁華街とは対照的に、自然と調和した優雅な街並み。鼓膜を撫でる噴水の音と鳥の囀りは、ダクラシフ商工会での騒動を遠い過去のように忘れさせていく。
「のどかだなぁ〜。平和で素晴らしい……。やっぱ争いとかよくないね。平和が1番」
パン屋から戻ってきたラデックが、隣に腰掛けてチーズたっぷりのピザパンをかじる。
「じゃあ旅は終わりか?」
「平和を乱す悪者を殺さなきゃ……」
噴水の周りでは子供達が鬼ごっこをして駆け回り、それを親達がベンチに腰掛け見守っている。その間を抜けて、1人の女性がやってくる。
「あ! いたいた! ラデックさ〜ん!」
駆け足で手を振るのは、あまちゅ屋代表、ピリ・サンキォンであった。
「いや〜よかった来てくれて〜」
「ピリ? ドロドや反抗夫と一緒に狼王堂放送局に帰ったんじゃなかったのか? 他のメンバーはどこに?」
「んえっへっへっへ……私だけ。ちょっと野暮用……」
等悔山刑務所にて、フィースとブレイドモアの挟撃を弾き返した豪傑。狼王堂放送局では見せることのなかった転移の異能と実力で、見事ラデックとシスターを窮地から救い出した。
そんな勇ましかった彼女は今や見る影もなく、猫背巻き肩内股揉み手で薄気味悪い引き攣り笑顔を浮かべている。
「これからさ、その、行くんだよね? ピスカリテ……さんと、トマさんのとこ」
「ああ。呼ばれているからな」
「うん……。ラデックさんはさ、その、どのくらい知ってるわけ? ここについて……」
「いや、殆ど何も。オタアと言う領主がいて、独立したがっている。くらいしか」
ピリは唇を真一文字に結んで沈黙し、思い詰めたような顔で深く呼吸を繰り返す。
「……どうした?」
「うん……うん……。よし、うん。決まった。覚悟が」
「どうした?」
「イケます。自分やれます」
「…………どうした?」
様子がおかしくなった仏頂面のピリを連れて、ラデックはラルバと共に他のメンバーとの合流場所に向かうことにした。
〜カナデヤ一門 サンキォン邸前〜
「サ、サンキォン邸!?」
ラデックは驚いてピリの方を見る。彼女は相変わらず仏頂面で、顎に深い皺を作っている。同じくシスターも驚きを隠せないようで、恐る恐る彼女に尋ねる。
「あ、あの……。ピリ、“サンキォン”さん?」
「はい。ピリ・サンキォンです。好きな食べ物はイチジク……嫌いなのはポテチ……」
「その、貴女は、オタア氏の……」
「娘です。はい」
それからハザクラ達の方に顔を向けると、向こうは向こうで別の困惑をしていた。
「いや、シスター達こそ知らなかったのか? サンキォンの名を聞いた時点で承知しているとばかり……」
「世情にそこまで詳しくないもので……」
「全てに詳しくないもので」
「……。まあ、確かにとびきり有名と言うほどでもない。ダクラシフ商工会の変わり者って立ち位置だしな……。名前よりも実績の方が有名ってところか」
ピリは難しい顔で俯き、懺悔のような文句を呟く。
「最初に出会った地下のアジト……ほら、狼王堂放送局でバリアさんとレシャロワークさん連れてきたじゃないですか。ラデックさん。あの時はもうバレてもいいかと思って名乗ったんですけど、意外にバレなかったんで調子こいてました」
鼻が詰まっているのか、若干くぐもった声を漏らす。長い前髪で顔は窺えないが、恐らくは泣く直前である。
「やっぱ帰りたくない……帰りたくないよ……。今から入れる保険はありますか……?」
「知らないが……何の保険だ?」
「あ! 死兆星! そうだ、パパの遺言で実家には近づいちゃいけないんだった」
「パパはご存命じゃないのか?」
「ご存命でヤンス……」
どうにか気を紛らわすために狂うピリを置いてけぼりにし、一行はサンキォン邸の中に入っていった。
〜カナデヤ一門 サンキォン邸 玄関ホール〜
「ようこそお越しくださいました。私、こちらでメイドをさせていただいております。ピスカリテと申します〜。こちらは次期当主の、トマ坊っちゃまです」
「…………」
朗らかで可愛らしい金髪の女性“ピスカリテ”と、無口な長身の男“トマ”が一行を出迎える。トマは男性でありながらもピスカリテと同じくエプロンドレスのメイド服を着用しており、肥大した逞しい筋肉が生地を痛めつけている。
ラルバとデクスが分かりやすく顔を顰めると、ピスカリテは申し訳なさそうに肩をすくめた。
「あ〜……。お坊っちゃまの“コレ”は決してふざけているわけではないので、無礼に思われたら申し訳ございません〜……。私共も奇怪だなとは思っていますので〜……」
使奴が台頭し社会的偏見が女尊男卑に傾いた現代において、シスターやゾウラと同じく女装をする者は少なくない。しかしそれは性差別を避けるための擬態であったり、或いは強者に倣った模倣的ファッションであったりと、文化的、風習的意味がある。しかし、トマは例外である。
「何でも、メイドの真似事が楽しいらしくて……」
「リスペクトです」
肩を落として呆れるピスカリテの隣で、トマは無表情ながらも自信満々に言い張る。
ハザクラがラルバとデクスを睨みつけた後、深々と頭を下げる。
「こちらこそ、礼儀のなっていない下賎な連中ばかりで申し訳ない。ラルバ、デクス。お前らは出て行け」
「クソデカメイドマンに出迎えさせる方が無礼でしょ……。一応私ダクラシフ商工会懲悪の功労者よ?」
「デクスも出て行きてーのは山々だが、イチルギに頼まれてるから我慢してやる」
「……せめて口を閉じて大人しくしていろ」
「構いませんよぉ〜。坊っちゃまは女装抜きにしてもキモイので〜」
「ほら見ろ」
「やっぱり変人だ」
何故か2人の味方をしたピスカリテに、何故か誇らしげなトマ。ハザクラが頭を抱えると、同じく頭を抱えておるシスターと目が合い、2人で項垂れた。
「ところで〜」
ピスカリテが入口の方に目を向ける。
「そちらの方は? お連れ様ですか?」
「ぎっ、ぎくぅっ!!」
通路脇に隠れていたピリが、素っ頓狂な鳴き声をあげておもむろに顔をのぞかせる。
「は、はじめましてぇ〜……」
「あ、ピリお嬢様。お帰りなさい」
特に驚いた様子も見せず、ピスカリテは優しそうに手を振る。トマも同じく邪険にすることなく手を振っている。それでもピリは油を差していないブリキ人形のようにぎこちない歩きで、酷くゆっくりと近づいてくる。そしてすぐさまラデックの後ろに隠れる。
「長い家出でしたねぇ〜。当主様も心配なさっていますよぉ〜」
「ひっ……ひっ……ラデックさんっ……助けてっ……!!」
「君の方が俺より強いんだが……」
「ヤッパさ〜ん。ピリお嬢様がお帰りになられたので、夫人のところに連れて行ってあげて下さ〜い」
「許してください!! 許してください!!」
ピスカリテに呼ばれて現れた別のメイドに、ピリは手を引かれて連行されて行く。
「引っ張るな。引っ張るな」
何故かピリが頑なに手を離さないラデックを連れて。
「…………」
それから、ラデックが咄嗟に手を掴んだジャハルも一緒に。
3人が連れていかれると、ピスカリテは階段を手で差し示して頭を下げる。
「では、当主のオタア様にお会いになられる方は、そちらの階段からどうぞ〜。2階奥のお部屋にいらっしゃいますので〜」
「か、勝手に行っていいのか?」
ハザクラが動揺すると、ピスカリテはにこりと笑う。
「はい〜。大丈夫ですよぉ〜。皆さん変なことしないって信用してますので〜」
「信用とかの問題では……」
「あ、じゃあ……危険物だけ置いてって貰っていいですかぁ〜?」
「危険物?」
ピスカリテは静かに頷き、ラルバ、カガチ、ナハル、バリアを指名する。
「当主様は気にしないと仰られていたんですけど〜。やっぱり私が気になるので〜。使奴の方々は、あちらで私と坊っちゃまの相手をしていただけますか〜?」
「相手だぁ? 出来損ないの人間モドキに使奴の相手が務まるかぁ〜?」
ラルバは不敵に笑ってみせ、ナハルは気まずそうに物申す。
「そこの馬鹿とは違って私は貴方を見下していない上で言うのだが、本当にやめた方がいい。私以外は挑発されればそこそこ容赦がない。使奴は本当に危険な存在だ。カガチも面倒臭いことしたくないだろう? 何か言ってやってくれ」
「別に?」
「ラルバの言うことを聞くの、癪に触らないか?」
「特に。聞いてやる理由はないが、聞いてやらん理由もない」
「……お前のそう言うところ、本当に理解に苦しむな……。ピスカリテ、使奴と手合わせがしたいのならラルバ1人にした方がいい。悪いことは言わないから。そうしておけ」
しかし、ピスカリテは変わらぬ笑顔で微笑む。
「ご心配なく〜。坊っちゃまもいいですよね〜?」
トマは自信満々に深く頷く。ラルバはヘラヘラと笑ってナハルの肩に手を回し頬擦りをする。
「野暮なこと言うなよバルンバルン星人〜。折角ボコされたいっていうんだからノってあげようぜぇ〜?」
「触るなスットコドッコイ。私達4人の中で言うとお前が1番弱いんだからな。戦いたければ1人でやれ!」
「あ? 最新機種に喧嘩売んのか?」
「使奴を比べるなら機能より異能になるのは仕方ないだろう。お前がどうやって私達に勝つって言うんだ」
「少なくともお前には勝てる。シスターが刑務所行ってた間お前がどう過ごしてたのか全部言ってやろうか?」
「……いつか絶対殺す」
ピスカリテの案内で、ラルバ達使奴はハザクラ達人間組と別れ、別館の修練場にやってきた。普段はメイドや傭兵達が鍛錬に使っている修練場は、清潔ではあるが頑強ではなく、ナハルは本館ごと吹き飛ばしてしまうのではないかと不安になった。
「さてと、準備はいいですか〜?」
「は〜い!」
ピスカリテは4人に声をかけるが、ラルバ以外に返事はない。天窓からぼーっと空を眺めるカガチに、指についたゴミを気にしているバリア。そして終始不安そうなナハル。それを見てピスカリテは満足そうに微笑み頭を下げる。
「この度は、不躾な申し出を受けていただき、誠にありがとうございます」
彼女は深く下げた頭を持ち上げ姿勢を正すと、エプロンの内側から自動拳銃を取り出し銃口を覗かせた。
「それでは、絶命まで動かぬようお願い申し上げます」
眼前で放たれたホローポイント弾を眺めながら、ラルバは深く後悔をした。銃弾が頬骨を砕き、目の裏で変形して組織をズタズタに引き裂く。その間、頭の中にはついさっきの出来事が過っていた。
何故、私は彼女の申し出を受けてしまったのだろうか。
本当に勝てるだろうか? 使奴だからと驕ってはいなかっただろうか? 今までも窮地に陥ったことはあった。相手が人間だからと言って、負けない保証がどこにある?
爆弾牧場で発生した、怪物の洞穴による強襲を思い出した。同調の異能者パジラッカと、不覚の異能者ラドリーグリスによる蹂躙。それから診堂クリニックでの大河の氾濫との対決。デクスとヴェラッドのコンビプレーに手も足も出ず、ゾウラによる横槍がなければ勝てていたかどうか分からない。
今回、本当に五体満足で帰れるのか?
その心の中の声に、ラルバはこう返す。
「ふざけた異能だな。幻聴で終わりじゃないよな?」
術中に落ちたはずの敵の予想外の反応に、ピスカリテは一瞬驚きつつもすぐさま笑ってみせる。
「まさかぁ。苦しいのはこれからですよ〜」
ラルバの後ろで反撃の異能を発動したナハルが、ピスカリテに向かって魔力の波を放つ。ピスカリテはそれを真正面から喰らって吹っ飛び、壁に激突して後頭部を強打する。しかし、全く受け身を取らなかった彼女はケロっとした様子で立ち上がり、再び自動拳銃を突きつけた。
「抵抗しない方がいいですよぉ〜。どうせ負けちゃうんですから〜。やめときましょ〜?」
サンキォン家メイド長。“ピスカリテ”。異能、“絶望”。
サンキォン家次期当主。“トマ・サンキォン”。異能、“滞在”。




