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シドの国  作者: ×90
ダクラシフ商工会

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284/304

283話 国のため

〜ダクラシフ商工会 給冥(きゅうめい)エージェンシー クインテット・パレス併設ホテル"雲海" 客室 (ハザクラ、ジャハル、ラルバ、シスターサイド)〜


「何故、ガルーダ・バッドラックはキールビースを生み出したのか」


 シスターがそう話し始めると、ジャハルが待ったをかける。


「ちょっと待てシスター。ガルーダがレオライヤと行動を共にしている可能性が高いことは分かった。だが、それがどうしてキールビースを生み出したとまで言えるんだ? レオライヤがやったのはユータイアの偽物を蘇らせるところまでで、その後にキールビースが生まれるかどうかは分からないだろう? それとも、ガルーダがそう誘導したのか?」

「あ、いえ。少し言い方が偏向的でしたね。正しくは、“何故ガルーダの異能はキールビースを生み出す未来を選んだのか”です」

「異能が?」


 そこまで言うと、ラルバが説明を引き継ぐ。


「バリアの推測では、ガルーダは幸運の異能者。真吐き一座の座長シガーラットとは真逆、自分にとっての幸運を察知する異能者だ。もしこの推測が合っていて、今回もガルーダが幸運の異能に従ってユータイアを蘇生したなら、キールビースの発生もガルーダにとって都合がいいということになるかも知れん」

「……奴は大量殺人を目的に行動をしていると聞いた。キールビースと大量殺人に何の関連性が?」

「いや、なーんも」

「他に理由があるのか?」

「さてね。ただ、奴は“スアンツァ”という名前でキールビースに接触している。そこに私は少し違和感を覚えている」

「存在を知られたくなかったんじゃないか?」

「だったら会わなければ良いだけの話だ。だがアイドルを装っていた所を見るに、これも幸運の思し召しだろう。しかし、それこそ大虐殺には微塵にも紐付かない」

「……幸運の示す先が、虐殺ではなくなった?」

「ひとまずはそう読んでる。でも、まだキールビースの存在自体が不運を招く可能性は捨て切れないけどね」


 シスターが鞄から手紙を取り出してハザクラに渡す。


「細かいことはまだ分かりません。我々は我々が出来ることに努めましょう」

「何だ? これは」

「ヘレンケルさんに書かせました。“カナデヤ一門”への入国証です」

「カナデヤ一門……確か、“オタア”氏の統治する自治領だったな。あそこも一応ダクラシフ商工会領内だ。入国手続きは不要のはずだが?」

「ただの礼儀です。カナデヤ一門は独立を目指しているとも聞きますし、不要な波風は立てない方がいいでしょう。……まさか、ハザクラさんて独立反対派ですか?」

「……いや、まあ、反対ではないが、だからと言ってすればいいというものでも……」


 何やら眉を顰めてごにょごにょと言い訳を始める。横でラルバがおもちゃを見つけたように笑う。


「お、差別主義者はっけーん。自治領如きが国家名乗るなボケナスが! おままごとで満足してろ! ってこと?」

「そこまで言ってない。……が、遠くもない。あそこに国家を運営する地力はないからな。数年もせずに立ち行かなくなって、俺達が介入する未来が容易に想像できる。それに、今独立を肯定する姿勢を見せると、今まさにダクラシフ商工会の統治を始めているヘレンケルとティスタウィンクの2人と真っ向から衝突することになる……。ん? シスターさっきヘレンケルに書かせたって言ったか?」

「はい」


 手紙の裏には、確かにヘレンケル直筆のサインが記入されている。


「彼は元々外交権を認める方向にあったみたいです。ティスタウィンクさんの了解もとれているそうですよ」

「独裁気質のヘレンケルが、珍しいな。……ああ、ピスカリテとトマの2人と敵対したくないのか」

「それだけならいいんですがね……。入国を手配してくれたあたり、まだ私達にやらせたいことがあるようです」


 ハザクラが「そう言えば」とシスターに尋ねる。


等悔山(ひとくいやま)刑務所でもイレギュラーがあったそうだな」

「はい。本来であれば私とラデックさんが好き勝手暴れれば済む話だったらしいのですが、予想以上に手こずりました。原因として、ヘレンケルさんは等悔山(ひとくいやま)刑務所に断将ブレイドモアがいることを知らなかったそうです。実際、ブレイドモアさんさえいなければ計画は順調に進められたかと」

「……ヘレンケルが読み違えるとは、只事ではなさそうだな。で、それがどうしてカナデヤ一門に向かう話に?」

「おつかい……としか聞いていませんが、ラルバさんが受け入れているので私はそれ以上何も……」


 ハザクラがラルバを睨むが、彼女はキッチンで麻婆豆腐を作っており目すら合わせない。ジャハルがわざと大きく溜息をつき首を振る。


「今の騒動が落ち着くまではダクラシフ商工会に滞在する予定だし、少しの寄り道くらい問題ないだろう。どうせまた旅の主導権はラルバに戻るんだ」

「そうですね……。まあ、私に発言権はないので何でもいいんですけど」

「う……」

「す、すまない。シスター」


 今回の作戦の主軸はハザクラであり、間にヘレンケルの横暴な策が挟まっていたにしても、シスターに冤罪をかけて刑務所送りにした主犯ではある。遠回しに文句を言われたような気がして、ハザクラ気まずそうに頭を下げた。


「いいですよ、別に。私もそろそろ慣れました。転んでもタダでは起きないことも学んだので、それなりに有意義に振り回させてもらってますよ」

「……この旅が終わったら、必ず見返りは出させる。もう少しだけ我慢してくれ……」

「ハザクラさんのせいじゃありませんし、怒ってませんよ」

「すまない……」

「怒ってませんてば」


 かくして、ダクラシフ商工会に危機は訪れなかった。等悔山(ひとくいやま)刑務所崩壊に、内閣総辞職と大きな事件はあったものの、表向きにはスヴァルタスフォード自治区悪魔郷、三本腕連合軍、爆弾牧場の3カ国が共同で援助し、混乱は収まっていった。


 一つ懸念があるとするならば、低収入労働者の生活だろう。今までの政府にさんざ虐げられてきた貧困層は、新政府の手が回るまで援助もないまま地べたを這いつくばらなければならない。雀の涙ほどであった保護費も一時的に打ち切られ、ばら撒かれた大金のせいで物価が上昇しつつある。撒かれた金を拾えなかった者は、暫くは暗闇の中を彷徨うしかないのだろう。




〜ダクラシフ商工会 等悔山(ひとくいやま)刑務所跡地〜


 暑い。まだ冬が終わったばかりだと言うのに、額から滴る汗が止まらない。散乱するコンクリートの破片を、ボロボロに破けた軍手で拾い上げる。


「どっこいせっ……痛っ……!」


 裏側に金属がはみ出ていたようだ。うっかり握り込んでしまい、軍手に血が滲む。


「ジャマ!!」


 男が猫車をわざとぶつけてくる。転んだ拍子に脛に瓦礫が当たり、声も出なくなるような激痛が走る。


「寝てんじゃねぇよ“新入り”!! さっさとガラ運べ!!」

「くそっ……! はいっ!!」


 瓦礫を肩に担ぎ、フラフラと歩き出す。どうしてこうなった?


 大学を主席で卒業。カモノ出版で専務まで上り詰め、政界入りした後も順風満帆に突き進んできた。防衛政策局長。幹事長。副総理。副総理!! 副総理だぞ私は!!!


 それが何故、瓦礫運びなぞさせられている? 妻は何故迎えに来ない? 私の金は? 部下は? 名誉はどうなった!? 誰がこの国を良くしてやったと思っている!?


 一日中汗水流して手を血に染めて、日当はたったの5000刻。冷め切った油っこい弁当を腹に詰め込み、泥だらけのままタコ部屋に押し込められ、酷い汚臭のする男共と押し合いへし合い眠りにつく。悪い夢だ。もう直ぐ覚める。そう心の中で呟きながら。


 私は立派にやってきた。笑顔の国への訪問だって先頭に立っていたのは私だ。バルコス艦隊の共同基地を作ったのは私だぞ! グリディアン神殿がウチを睨んでこなかったのも、私が空挺部隊を強化したからだろう! 海賊の被害が減ったのだって、私が防衛魔工の管理を民営に委託したからできたことだろう!


 なんで私がこんな目に遭わなきゃならない!! 何十年も真面目に働いて!! 私生活などそっちのけで!! ろくすっぽ寝ずに粉骨砕身国に尽くした結果がこれか!?


 もう手の皮がべろりと剥がれてきた。書類を捲るばかりだった私の手は、瓦礫を運ぶようにはできていない。もうやめてくれ。せめて、せめて私の何が気に食わなかったのかを教えてくれ。


「兄さん、これ、使えよ」


 くたびれた背格好の男が手袋を渡してきた。薄いゴムのグリップがついた、丈夫な作業用手袋だ。指先に穴が空いているが、今の滑り止めもないボロボロの軍手よりずっといい。


「……要らん」


 無性に気が立って投げ返した。何故私がお前ら底辺の弱者に施しを受けなければならない? ありがたく受け取っておけばよかったのだが、奴らの横に並んでしまうような気がして受け入れられなかった。


「そ、そう……か。でも、手ぇ怪我したんだろ……? 痛ぇだろ……。ここ、置いとくからよ……」


 そう言って男は手袋を置き、自分はボロボロの手袋をはめて作業に戻って行った。私は奴の置いて行った手袋を拾い上げ、視界に入れないために瓦礫の山へ投げ捨てた。


「おい、おっさん」


 後ろから声をかけられた。小さな少女のなりをしているが、比較的上部そうな作業服と咥え煙草を見るに、恐らくは現場の正社員だろう。彼女はゴミを見るような目で、私を見上げた。


「おっさん、元政治家さんだってな。ついこないだまで高級取りだったんだって?」

「……なんだ。金持ちが落ちぶれて面白いか?」

「ちょっとだけな」


 腹は立ったが、同情されるよりずっといい。馬鹿にされるのは慣れている。どうせコイツらは、政治のせの字も知らぬ馬鹿ばかりだ。


「あたしは政治のこととかよくわかんないけどさ。さっきおっさんに声かけてきた人。見たことない?」

「……知らんな」

「あの人、元ダクラシフ生活支援機構のお偉いさんだよ。サタルッパさんて、聞いたことない?」

「……何?」

「パワハラで部下殴ったっつって、クビ切られてウチきたんだよ。嫁さんにも逃げられて、子供にも縁切られてひとりモンだってよ」


 言われてから思い出した。名前にも顔にも覚えはないが、数年前に生活支援機構そんな事件があった気がする。ただ、あの不祥事は確かでっち上げ――――……


「よく働くんだよ。サタルッパさん。口下手だけど気が利くし、仕事は遅いけど愛想はいいし、あたし見たいなガキの言うことだって一つ返事で嫌な顔もしない。だからさ、あの人が不祥事だなんて信じらんないんだよ。部下殴るどころか、怒鳴り声だって出そうにない」


 当時は保護費の見直しで、生活困窮者の選別が行われていた。一定の労働力を持つ者は、その分の見込み収入分の保護費を減額するというものだ。働ける体でありながら保護費を貰い続ける者に鞭を打つ政策だったが、生産性の向上に寄与するとして積極的に検討されていた。


 しかし、実際に減額された保護費は予想を大きく下回った。受給者が一様に労働力が見込まれぬ振る舞いをしているとのことで、何者かによる入れ知恵が疑われた。その筆頭に上がったのが、あの男なのだろう。


「サタルッパさんのお陰で保護費下げられなくて済んだ人がいっぱいいるんだよ。後遺症証明とか、病院に診断書出してもらうようお願いしてくれたりとかしたらしいし。ま、政治家のあんた等にとっちゃ目の上のたんこぶだったかも知れないけどさ」


 じゃあ、おかしな話だ。あの男は、元々法人団体の役員だったのなら、私の顔を知らないはずがない。この女が知っているんだ。気付かないはずがない。


「なあ、おっさん。なんであの人切ったんだよ」


 女が煙草の火を消し睨み上げる。


「あんた等政治家って、国を良くするためにいるんじゃないのかよ。あたしらみたいなド底辺の人間全部救えってのは無理でもさ。あの人は違ったじゃんかよ。あの人は正義側の人だったじゃんかよ」


 知るか。それは私の仕事じゃない。切ったのは私じゃない。


「あの人が何したって言うんだよ。あたしのママだって、あの人に助けられたようなもんだよ。あたしがここで働けてるのも、あの人がママを助けてくれたお陰だよ。あたしの子供は、きっと普通の会社に入れるよ! なあ!! これって国のためになってないか!? なあ!!」


 私は私で精一杯頑張ったんだ。国民にどれだけ馬鹿にされても、私だって国のために頑張ったんだ。


「何か言えよおい!! お前らに同じことができたのかよ!! 今できてんのかよ!!! サタルッパさんの何が悪かったって言うんだよ!!! あの人の人生返せよ馬鹿やろーっ!!!」


 半狂乱になって叫ぶ女の姿が、かつての部下に重なった。「どうして今そんな指示を」「切り捨てるんですか」「見捨てるんですか」そんなことを言われたって、仕方がないものは仕方がない。結果的にはあの部下自身を切り捨てることになった。


 後悔はしていない。間違ったことをしたとも思っていない。ただ今となっては、正しいことでもなかったのかもしれない。間違っていないことは、正しいこととイコールではないのかもしれない。


 瓦礫の山から引っ張り出した作業用手袋からは、微かに石鹸の匂いがした。

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― 新着の感想 ―
ガルーダ・バッドラックがラスボスみたいな雰囲気が漂っている >>間違っていないことは、正しいこととイコールではないのかもしれない。 名文だと思う
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