280話 事実無根の陰謀論
〜ダクラシフ商工会 国会議事堂“ダクラシフ商工会議所” 閣議室〜
全くの無遠慮で入って来たのは、三本腕連合軍の実質的国刀となっている豪傑ピンクリークに、グリディアン神殿の国刀、戦神ロゼだった。
「どっこいせ。この辺でいいか?」
「いや、上の方につけてくれ。そこでは見えん」
「あー? あー」
ピンクリークは担いできた50インチ超のモニターと壁を交互に見やる。
「ま、いっか」
そして壁掛けランプを捩じ切り、そこにモニターを引っ掛ける。それを見ていたロゼが買って来たタコスを頬張りつつ首を捻る。
「小さくね? 映像魔法でよかっただろ」
「オレもそう思う」
渋い顔をするロゼとピンクリークを無視して、ティスタウィンクが続けて指示を出す。
「テレビを点けろ。チャンネルは――――まあどれでもいい。ロゼ、私にもタコスを」
「電源電源……コードが短ぇ」
「お前とヘレンケルの分はねぇよ」
「問題ない。ザルバスの分をもらう」
ピンクリークが床に埋め込まれているコンセントに手刀を突き刺し、ベキベキと床材ごとコンセントを引っ張り出してテレビに近づける。大臣らは思わず文句が出そうになるが、ピンクリークと目が合うと皆言葉を飲み込んだ。
テレビが起動し、画面を一瞬だけ青く光らせ内蔵アンテナで電波を受信し始める。楽しげな音楽が流れ、画面の上部に文字を浮かび上がらせる。
“伝説のアイドル、キールビース復活電撃コンサート生中継!!”
大臣らどころか、ピンクリークとロゼさえも意味が分からず首を捻る。しかし、総務大臣だけが震えた声を漏らした。
「……何故、“国営放送”でアイドルコンサートなんぞが流れている……?」
〜ダクラシフ商工会 狗霽知大聖堂 歓楽街 狗霽知天文館 コンサート会場〜
警備室はあまちゅ屋のメンバーによって占拠されており、ティスタフカがケラケラと笑いながらキーボードを叩いている。
「刑務所長権限強ぇ〜! あっという間に大臣秘書のアカウントまで抜けたぜ!」
「フカちゃんそれ大丈夫!? 指名手配されない!?」
「お、臨災局めーっけ。オラオラ! 緊急災害枠でライブ中継しろっ! 全チャンネル止めろっ!」
「聞いてよ!!」
「大丈夫大丈夫! 伝説のアイドルの復活ライブなんか実質災害みたいなもんだから!」
横でハッキングに協力しているピリが血相を変えるが、ティスタフカは舌を出してせせら嗤う。
「第一、指名手配って誰がすんのよ。怖いっつーなら警察庁落としとく? 折角だしドルオタ庁に改造しちゃおっか!」
「やめてよこれ以上変なことすんの!! ただでさえ放送ジャックで心臓止まりそうなのに!」
「え? 防衛省はもう”ちんぽこ出した子一等省“にしたけど?」
「何でこういう時だけ仕事が早いの?」
表舞台であるコンサート会場では半狂乱のファンが押し寄せ、半ば暴動のようになっている。ヘレンケル直属の悪魔郷騎士団が警備員として必死に食い止めるが、自らの傷を厭わない一般大衆相手に苦戦を強いられている。
「だーくそっ! 落ち着けお前ら! 舞台に近づくな!」
「キールビースちゃーん!!!」
「今準備してますから! 押さないで! 危ないですよ! 殴りますよ!」
「引退なんて嘘だよねぇ!? 今日だけじゃないよねぇーっ!?」
「押さないでくださいってば! あーもう拘束魔法撃っていいっスかぁーっ!?」
狂乱は最高潮に達し、群れの中心では四方から圧迫されて意識を失いかけるファンも見受けられる。いつ死亡事故が起きてもおかしくない熱狂の最中、突如照明が暗転する。
直後に入場曲が流れ、焚かれたスモークの奥から1人の人影が姿を表す。
「あっ!!!」
「キールビースちゃんだ!!!」
「うおおおおおおおおおおっ!!!」
「ボケクソ押すな!!」
しかし、群衆は一瞬で静まり返る。待ち焦がれていた絶世のアイドルが、見るも無惨な白黒のパッチワークで覆われていたからだ。使奴にも似たその姿に、不安と困惑が募る。
キールビースは不安そうな顔を一瞬だけ強張らせ、すぐに決意に満ちた表情に変わる。
「みんな!!! ただいま!!!」
白と黒の歪な肌で満面の笑みを見せると、群衆は一拍置いて再び熱狂を取り戻した。
「聞いてもらいたいことがあります!! 私に、この国に何が起こっていたのか!! 今何が起こっているのかを!!」
キールビースが首に張り付いた黒い鳩の指示通りに宣言をすると、群衆は水を打ったように静まり返る。愛するアイドルのためと言うよりは、不安への忌避感と安心への強い欲求。そして薄らと感じている国への不信感。彼等に刑務所叛乱の事件など知る由はないが、何かおかしなことが起こる兆候を感じ取っている。
「……私の所属している会社、ブリリアントファイアは、権力者や政治家たちに多額の裏金や人材を渡していました。私の引退は、彼等への上納金だったんです。ことの始まりは――――」
コンサートホールに響めきが広がる。
「――――ヒトシズク・レストラン、バルコス艦隊、診堂クリニック。この3カ国やその周辺地域が何者かに襲撃されたと言うニュースは、皆さんの記憶にも新しいと思います。その首謀者こそ、ダクラシフ商工会の政府役員――――」
被害者本人の口から語られる告発は、テレビの前にいるアイドルに興味のない一般人も釘付けにした。
「――――政府に追われた私は、国外へ助けを求めました。ダクラシフ商工会の権力が及ばず、対抗できる力を持った組織に。しかし、それに気付いた事務所は私の引退を強行し――――」
ティスタフカによってジャックされた放送は、ダクラシフ商工会全土のテレビから、ラジオから、街中のスピーカーから、謎のノイズに妨害されることなく垂れ流される。
「――――命からがら逃走し、反撃の準備を整え、今日を迎えることができました! 見た目は元通りとはいきませんでしたが、こうして再びみんなに会えたことを、心から嬉しく思います!!」
群衆は歓声と拍手の轟音で応える。そして、キールビースも涙ぐんだ笑顔で大きく手を振りかえす。
「今日!! ダクラシフ商工会は生まれ変わります!! そのために、まずは私の恩人にご登場していただこうと思います!! 私の助けに応え、救い出してくれた人物! えっと……ば、爆弾牧場の、“アファ国王”です!!」
演出用スモークが吹き上がり、その奥から小柄な老人が登場する。
「ぬあっはっは。ダクラシフ商工会の皆さん、どうも初めまして。大蛇心会教祖、そして爆弾牧場国王のアファです。よろしく」
アファはキールビースの方を見て和かに笑う。
「”キールビースさん、お招きいただきどうも“」
「”こちらこそ。来ていただいてありがとうございます“」
それからカメラの方に向かって演説を始める。
「さて、僕が出てきたことで、不安に思った国民の皆さんもいらっしゃることでしょう。爆弾牧場と言えば、あの皇帝ポポロが総べる、笑顔の国の属国じゃないか! と。でも安心してほしい! 我が国は笑顔の国の庇護下を離れ、境界の門の同盟国となることが決まった!」
そう笑顔で話すが、群衆は却って狼狽を露わにする。元よりダクラシフ商工会は中立国。厳密に言うならば、笑顔の国の協定に同意していないだけの反使奴派。笑顔の国とは対等であり、使奴には絶対に屈さないというスタンスの国。ダクラシフ商工会には我々こそが世界一の先進国であり、いずれかの派閥に属することは不名誉であるという強い自尊心があった。
「じゃあ俺達にも使奴派になれというのか!? と言うと、とんでもない! ダクラシフ商工会はダクラシフ商工会のままであるべきだよ! 僕は飽くまでも国王としてでも教祖としてでもなく、個人としてキールビースさんの味方! スポンサーとして協力させてもらうよ!」
続け様にキールビースが口を開く。
「あ、あのっ! でもっ! 私からは使奴の皆さんと仲良くしてほしいと思います! あの! もう1人お礼を言いたい方がいて! あの!」
キールビースが不安そうに舞台袖を見ると、ナハルがサムズアップで応える。
「次に! 私の命を救ってくれた1番の大恩人にご登場いただきたいと思います!! ゾウラさんと、使奴のカガチさんです!! どうぞ!!」
スモークが焚かれ、七色のイルミネーションと共にゾウラが現れる。そして、ゾウラに手を引かれて無理やりカガチもステージに引っ張り出される。
「おい、台本にないぞ。ゾウラ様離してください」
嫌悪感を露わにするカガチを無視して、キールビースはカガチに抱きつく。
「この方! この方です!! 死にそうな私の治療をして蘇らせてくれたのは!! 大恩人なんです!!」
「離せ。もう一回殺すぞ」
アファとゾウラも一緒になって、これでもかとカガチを褒め称える。
「僕の恩人でもあるよ! いやあ嬉しいなあ、カガチ様のことを分かってくれる人が増えた!」
「増えていない。減らすぞ」
「カガチ! よかったですね!」
「良くありません。帰らせて下さい」
「皆さん! 使奴の方を嫌わないで下さい!! 私も今日から使奴です!! どうか、私と一緒に応援してください!!」
「私を省け」
「カガチ様、ばんざーい!!」
「ばんざーい!!」
「ばんざーい!!」
「謀ったなジェリー、何を笑ってる。殺すぞ」
〜ダクラシフ商工会 国会議事堂“ダクラシフ商工会議所” 閣議室〜
「カガチさん、私のコンサート見てくれてましたよね? 一緒にやりましょう! それでは一曲目! “ナナイロ浪漫Tik”!!」
モニターの中で、キールビースがカガチと腕を組んで踊り出す。それを見ていた大臣達は、譫言のように呟く。
「な、なんだ……? 何が起きてる……?」
「何の話を、してるんだ……?」
「我々がキールビースを……? 何故……どうしてそうなった……?」
キールビースの語った政府の陰謀。それは全くの出鱈目。事実無根の陰謀論である。何が起きたか分かっていない彼等のために、ヒヴァロバは溜息混じりに答える。
「オマエら、さんざ好き勝手やってきたろ。これが事実無根の陰謀論でも、多少の悪行に心当たりはあるはずだ。隠蔽、賄賂、偽造、談合。その殆どを揉み消したろ」
「ふざけるな!! どこにそんな証拠がある!!」
「反則裏技なんでもありの権力勝負で、清廉潔白のままその椅子に座ることなんかできやしない。オマエの肩書きは、汚れた手じゃないと届かない。きっとそうだ。きっとそうだから、別に証拠なんかいらない」
「ばっ……!!! 馬鹿にするのも大概にしろ!!! 貴様っ……!!! こんな大嘘で我々を貶めて!!! 許されるとでも思っているのか!!!」
「許されなかったらなんなんだ?」
「なんっ……!!! は……!?」
あまりに馬鹿げた返答に、大臣は言葉を詰まらせる。
「だから、許されなかったらなんなんだよ」
「そ、そんなもの……軍、軍隊を……」
「どうやって呼ぶんだ? この状況で。よしんば呼べたとして、勝てるのかよ。コイツらに」
改めて辺りを見回す。闇妃、百機夜構総長ピンクリーク、戦神ロゼ。一騎当千の猛者が、目と鼻の先に3人も。
「あー、お言葉なんですけど」
脂汗を流す大臣らを、ピスカリテが咎める。
「私とお坊っちゃまはとりあえずヒヴァロバさん達につくことに決めました。なので、軍隊は呼ばないで下さい。返り討ちにしますよ」
「は、は、はぁあああああああっ!?」
「シャルカさんどうしますー?」
「んー……任せる……」
「じゃあヤクシャルカさんもこっち側で。あれれ? 戦力無くなっちゃゃいましたねぇ」
言葉を失う大臣達を無視して、ヒヴァロバがピスカリテに尋ねる。
「なんだ、随分聞き分けがいいな。愛国心とかないのか?」
「ありますけどー。キールビースさんの虚偽演説が決め手ですねー。あんなこと言われたら、私達も実行犯って言われかねないじゃないですかぁ。だったら早めに正義に見える側についたほうがいいかなーって」
「助かる。オマエらは大臣共の不正を暴くために駆けつけたってシナリオにしといてやるよ」
「どうもー」
すまし顔のピスカリテが、大臣達に言い放つ。
「私が戦うのはお坊っちゃまの為、つまりはお家のため。国は後。結局は自分たちで蒔いた種ですよね? 貴方達がいなくなって解決するなら、全員まるっと消えて下さい。私達は後釜の顔見てからどうするか決めますので」
最早、怒号どころか文句の一言すら聞こえてこない。
脱走した囚人らによって警察は無力化された。フィースとブレイドモアの虚偽申告とキールビースの演説で、政府は悪の権化に仕立て上げられた。
ヒヴァロバがテレビを消して、浅い呼吸を乱れさせるだけの大臣らに告げる。
「謎のヒーローによってばら撒かれた大金。それを囚人達に奪われ、民衆は怒りに燃えている。フィースとブレイドモアが政府の命令で囚人達を扇動したと白状し、それをキールビースの演説が補強した。最早オマエらの味方は誰もいない。この国は今、死んだんだ」
「こ、ここここ、こ、このっ……!!!」
法務大臣が思わず立ち上がり、ヒヴァロバの胸倉を掴む。
「だから言っただろ。早く逃げたほうがいいって」
「ふ、ふざ、ふざけ、ふざけっ――――」
「ふぅむ。潮時だな」
声を発したのは、三本腕連合軍首相、ティスタウィンク。
「抜け駆けしたら殺すぜ、ティスタウィンク」
続けて、悪魔郷皇太子。ヘレンケル・ディコマイト。
「喧嘩しないよ! どっちも殺すよ! あ、それと――――」
最後に、グリディアン神殿大統領。ザルバス。彼女は視線を向けることなく、懐から銃を取り出し法務大臣の耳を撃ち抜いた。
「っあああああああ!!!」
「ヒバちゃんから離れてよ。汚れちゃうでしょ」
「今し方返り血で汚れたんだが……」
耳を抑えながら地べたを転がる法務大臣が、涙ながらに叫ぶ。
「う、撃った……撃たれた……!!! 救急っ……救急をっ……!!!」
「撃たれた? どこを?」
ヘレンケルがしゃがみ込み、法務大臣の欠けた耳を引っ張る。
「ぎいやあああああああっ!!!」
「撃たれたようには見えねぇなぁ」
そのまま、力一杯に廊下へと投げ飛ばした。
「どう見ても千切れたように見える。やっぱ政治家ってのは嘘つきだな」
恐怖に身を震わせる他の大臣らに、ティスタウィンクが優しい声色で告げる。
「そう怖がらなくていい。商談が済めば我々はすぐに立ち去ろう。尤も、会話の妨げと判断した場合には無口になってもらうがね」
大臣らは漸く理解する。この場合、拒んでいた理解をとうとう受け入れ始めたと言ったほうが正確かもしれない。ヘレンケル達が乗り込んできた理由を。彼等は、攻め込んできたんじゃない。商談の場に、少し早く着いてしまっただけなのだ。そこに、たまたま我々がいただけなのだ。
「さぁて! 墓荒らしするか。ティスウィンク」
「物騒な。青田刈りと言え。ヘレンケル」
「っかーけしからんね! 最も強い言葉で非難させてもらうよ! 帰ったら!」
「アタシはもう帰っていいか? 説明役もういらないだろ?」
〜ヒトシズク・レストラン 空港ロビー〜
売店の店主が大欠伸をしていると、1人の男が号外新聞を手に取った。
「カードで」
「悪いが、うちは現金だけだよ」
「……すまない。両替がまだだった」
「あー、いいよこっちでやるから。大体で」
「ありがとう。では、500刻でいいかな?」
店主は男から小銭を貰うと、手にしていた新聞をちらと見る。
「ああ、なんか大変なんだってな。アンタの国」
「……ええ」
一面には、ダクラシフ商工会政府解体の記事がフルカラーで印刷されている。
「政府総辞職つってもよ、どうせ余生には困りゃしねぇんだろ? 全員死刑だ死刑! やってることがヤバ過ぎ!」
「……ええ。そうですね」
「そうだ、話変わるんだけどよ。この空港、近々大規模工事でなくなる店多いから色々行っといたほうがいいぜ!」
「そうなんですか。ここも?」
「ん。まあー長くやったよ」
「……では、折角の縁です。何かお土産になるようなものを……そこの腕輪を下さい」
「お、嬉しいねぇ。割引しとくよ」
店主は棚から工芸品の腕輪を取り袋に包む。
「誰に渡すんだい? 奥さん? 息子?」
男は袋を受け取り、目を細めて笑う。
「職場の、同僚に」




