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シドの国  作者: ×90
ダクラシフ商工会
275/284

274話 ラッキー

274話


 ベルトコンベアが伸びてきて、それぞれボブラとジャダックの真横に静止する。運ばれてくるのは、重さ1トンの紙幣の塊。幅80cm、奥行き121cm、高さ125cm。100万刻の紙幣束が、5束×16束×125束で、合計1万束。


 ボブラは真横に置かれた大金を、恨めしそうに睨む。


「はなっからこういうゲームかよ……!!」


 ボブラは怒りを露わにするが、その矛先はジャダックだけに向いているわけではない。


 100億のコールですんなりと全額が排出されたということは、タンクに金を詰めていた人物がいるということ。それはラルバ以外にはあり得ず、彼女はルールの全容を分かっていながらボブラに伝えなかったことになる。


 これは、果たしてラルバの悪ふざけなのだろうか。何か意味のある行為なのか。それを察することができない、自分自身にも腹が立つ。


「いいねぇおっさん。どんどん(いか)れよ」

「あぁ……!?」

「このゲームでの悪魔ってのは、全部が全部フレーバーってわけじゃないんだぜ」


 ジャダックは両手を広げて笑う。


「欲望、怒り、愚かさ。成功者は誰しも、これらを上手く従えてる。欲をかくから前に進める。怒りが甘えを許さない。そして、適度に愚かだから挑戦ができるんだ」

「……テメーの欠点を正当化してるようにしか聞こえねぇな」

「半分正解だぜ。成功者っつーのは、殆どが真人間じゃない。真っ当なやつはこんなところまで来れない。当たるかわからねぇ起業や投資。違法ギリギリの裏工作。世の中金の亡者で溢れかえってんだ。マトモな思考回路のやつは、こんな危なっかしい世界、まず踏み込めねぇ」


 AIによる金額解析が終わり、シーソーが傾く。前ラウンドで毒蛇に半減され戻り切らなかった傾きが、今回の毒蛇によって更に半減され僅かに戻る。現在は、ボブラの方に30億刻分ほど傾いている状態。


「法律、勘定、体裁、信用。大いなる力には、大いなる責任が伴う。普通のやつに、大いなる責任は背負いきれない。この世界で生き残ってるってこと自体が、イカレ野郎だって証なんだよ」

「……その理屈で言うと、お前は成功者じゃねーってわけだ」

「……おん?」


 思わぬ反論に、ジャダックは眉を顰める。ボブラは鼻を鳴らし、汗を拭って睨み返す。


「カーガラーラの孫で、偶然金持ちになれたただのラッキーマン。聞いたぜ、あのサナヤハカウァって女も同じように威張ってたってよ。テメーが頑張ったわけじゃねぇ。苦労したわけじゃねぇ。お前がここにいられる理由は、全部おじいちゃんが頑張ってくれただけじゃねぇのか?」


 ボブラがリモコンに金額を打ち込み、ボタンを押下する。


「ただのボンボンが!! 偉そうな口利いてんじゃねぇよ!! 親の金で威張ってんじゃねぇ!!」


 その叱責に、ジャダックはポカンとした顔で固まる。


「……親の金で威張るな? そりゃ変な話だ」

「変なのはお前だ! 自分で稼いだわけでもねー金で、よくまあそんな口が利けるな!」

「……自分で稼いだ金って、なんだよ?」


 ジャダックは表情を変えぬまま首を傾ける。


「じゃあ何か? 地道に勉強して、いい学校に行って、努力して、苦労して、頑張って稼いだら自分の金ってことか? 本当にそうか? 親から貰った金とか、宝くじ当てて手に入れた金は自分の金じゃない?」

「……何が言いたい」

「あのよぉ、まず、地道に勉強するために文字を教えてくれたのは誰なのかって考えんのよ。俺」


 首筋に、不愉快な痒みが走る。


「いい学校に行かせてくれたのは誰だ? 努力できる暮らしを支えてくれたのは? 苦労を労ってくれたのは? 鉛筆とか紙を買ってくれたのは? 清潔安全な環境を守ってきたのは? 飯とうんこしかできねー赤ん坊を、1人で立てるようになるまで育ててくれたのは? 親だろ? お前じゃないだろ?」

「……詭弁だな。だからって親の成果をお前の手柄にしていい理由にはならねーだろ」

「いいや? していい。何故なら、俺自身が親の成果だからだ」


 ジャダックは怒りのままに立ち上がり、静かに激昂する。


「五体満足の体も、頭脳も、世界観も、爪先から髪の先に至るまで。俺らは親の成果物だ。親が与えた体で、親が与えたものを食い、親が与えた知識と家で、親に守られ育った。そこに金が加わっただけだ。俺は俺を誇る。親の成果物である俺を誇る」


 痒みに悪寒が混ざり、背骨の一つ一つを撫で回す。


「俺は俺を妥協しない。親のメシは残さず食うし、親の知識も血に染み込ます。親の金は無駄なく幸福と利益の為に使う。親の地位もコネも片っ端から利用する。カーガラーラのじーちゃんだって例外じゃない。俺を愛し俺のために尽くされたものは、全て飲み込んで血肉に変える。なんてったって俺は超ラッキー。超ツいてる。なんたって俺の親は、金も愛も知も飯も、最上のものを与えてくれたからな。無駄になんか出来るわけがない」


 ジャダックの金額入力が終わり、モニターに結果が表示される。


「そんな俺を貶すおっさんに、一つ聞きたいことがある」


 ボブラ、コール100億(こく)。選択悪魔、(おろ)かな野豚。

 ジャダック、コール100億(こく)。選択悪魔、(おろ)かな野豚。


「今のお前の姿は、お前の親が望んだ姿か?」


 ベルトコンベアが伸びてきて。2人の隣で静止する。先程の100億刻とは反対側に、もう100億を積む。100億刻の塊が椅子を挟み込む。


「こいつは……100億刻だけ、か……?」


 ボブラは眉を顰める。両脇に置かれた札束の塊の大きさは同じ。しかし、今回の選択した悪魔は互いに野豚。本来であれば、1.5倍された150億が積まれるはずである。


「タンクには100億刻しか入らねーからな。オーバーした分は借金だ」


 玉座陥落、ルール概要。追記。

 現金が排出される時、一度で100億刻を超えた場合は相手方への借金となる。借金はゲーム終了時に集計され、返却期日は10日後とする。


「は、はあ? ルール説明ん時言えよ!」

「アホ間抜け。これは玉座陥落じゃなくてクインテット・パレスのルールだ。対人戦じゃよくあることだボケジジイ」


 ボブラは言葉を返せず歯を強く擦り合わせる。


 実のところ、ここまでゲームが進んでもボブラに痛手はない。自分は祖国で死亡扱いで、失う地位はない。吐き出している現金もラルバが用意した金であり、そもそもボブラに私財などない。気にするべきは足元の火の海だけ。


 だが、炎よりも悔しさが身を焼き焦がす。


 どうしてラルバはまだ金を持っているのか。タンクで聞いた話では、ラルバの所持金は120億。だが今ジャダックの横にある金は200億以上。そして、それを何故ボブラに話さなかったのか。そも、何故ルールを秘匿したのか。何故目的を言わないのか。ボブラにそれを知る由はない。


 そして、その悔しさに拍車をかけるのがジャダックの言葉。“今のお前の姿は、お前の親が望んだ姿か”。


 ボブラは、恵まれながらに努力をしない人間だった。五体満足の身体には脂と糖を流し続け、暑くも寒くもない部屋で液晶画面だけを眺めて過ごした、典型的な社会のクズ。過ちを取り戻すため必死に努力をしてきたつもりではあるが、過去が変わるわけではない。ジャダックの反論は正鵠を射ていた。


 ラルバの狙いが分からないのも、ジャダックに手を読まれるのも、こんなところで火炙りにされているのも、全ては自分の過失。不甲斐ない。情けない。自己嫌悪が濁流のように押し寄せる。


 もういっそのこと、火の海に身を投げた方が楽ではないだろうか。もとより自分の国を守れなかった腑抜けに、生きている価値などないのだから。


「算出完了! シーソー起動!」


 ボブラの苦悩をよそに、司会のクマフグランザが楽しそうに宣言する。ボブラ側のシーソーが若干上昇し、鶏で嵩増しされていた傾きが正確な数値に戻る。現在の傾きは、ボブラ側に約20億刻分。


「さあさお前ら! さっさと終わらせろ! もうどっちか落ちろ! クマちゃんは腹が減ったぞ!」

「うるせー! こっちは水一滴も飲めないんだぞ! ワガママ言うなよ!」

「しゃーない。厳選トロピカルフルーツジュースで我慢するかぁ」

「やめろ! モニターに映すな! 見せびらかすなよ!」


 目の前で馬鹿なやり取りをする2人を、ボブラは湿った眼差しで睨む。惨めな自分とは対照的に、楽しそうで狂気的な蛮人達を。


 互いにリモコンを操作し、結果がモニターに表示される。


 ボブラ、コール100億(こく)。選択悪魔、(おろ)かな野豚。

 ジャダック、コール100億(こく)。選択悪魔、(むさぼ)る鶏。


「お、今回は早いな! あっちいから早く終わらせようぜ〜」


 気付くのが遅過ぎた。ジャダックの目論見通りの結果。不可避の罠。傾きは変わらずとも、既にボブラは20億刻分の傾きをもらっている。ここから逆転するには、少なくとも相手より大きい額をコールしなければならない。


 ボブラ、コール100億(こく)。選択悪魔、(おろ)かな野豚。

 ジャダック、コール100億(こく)。選択悪魔、(むさぼ)る鶏。


「へっへっへ。死に方は選ばせてやるよ。どう死にたい?」


 だが、互いに100億を超える金は出せない。ジャダックに鶏を通され傾きを増やされることを恐れ、野豚以外を選ぶことはできない。だがそのせいで、目に見えぬ借金が膨れ上がっていく。


 ボブラ、コール100億(こく)。選択悪魔、(おろ)かな野豚。

 ジャダック、コール100億(こく)。選択悪魔、(むさぼ)る鶏。


「落っこちて転落死? 破産で野垂れ死? それともこのまま脱水で死ぬか? できればそれは勘弁して欲しいけどな。俺も苦しいし」


 悪魔の組み合わせで勝ってしまっているため、金額を下げることすら許されない。ジャダックの言う通り、変えられるのは死に方だけ。鶏で傾きを増やされ落っこちるか、降参して破産するか、意地になって蒸し焼きか。


 ボブラ、コール100億(こく)。選択悪魔、(おろ)かな野豚。

 ジャダック、コール100億(こく)。選択悪魔、(むさぼ)る鶏。


 シーソーに次々と金が積まれていく。鉄板の両端に並べられていく紙幣の塊が、棺桶のようにボブラを囲む。それによって多少熱気が遮られるものの、今更生死を分けるような違いはない。


「お前らいつまでやってんだ〜。クマちゃんトイレ行ってきていいか〜」

「まだ1時間も経ってないだろ! 我慢しろそんぐらい!」

「うるさい! ジャダックがサクっと勝たないからだろ! もうお前降参しろ!」

「はぁ〜!? 意味わかんね〜! 司会なんだからもっと場を盛り上げろよ!」


 恨めしい。恵まれた者への、漠然とした不満。憎たらしい。優秀な者への、不明瞭な理由の加虐心。だがその殆どは、醜い自己嫌悪の裏返し。もし自分もああなれたら。ああだったら。あんなことも、こんなこともできるのに。自分の願いも叶うのに。


「…………あ?」


 ボブラの眉が上がる。無意識のうちに手が動き、金額をコールする。


 ボブラ、コール100億(こく)。選択悪魔、(おろ)かな野豚。

 ジャダック、コール100億(こく)。選択悪魔、(おろ)かな野豚。


「おお〜きっぷが良いな! 金払いのいい男はモテるぜ〜?」


 気付いたのは、本当に小さな私事。勝負には何の関係もない、もしも話の絵空事。


「ん? そういやこれハット札じゃん。おっさんのバックってスヴァルタスフォード自治区?」


 ラルバの旅についてきた理由。王の座を失い、国民を守る使命を失って尚、望んだたった一つの願い。


「ハットと刻の為替って今どうだっけ……。言っとくけど、タンクの上限は刻で100億だからな? まあ最近ハット安だからどうでもいいか……」

「……そうか。そういやそうだったな」

「聞いてっかーおっさーん?」


 クソ野郎をぶん殴ってやりたい。文明が一度滅んだにも関わらず、昔と同じく威張り散らかす支配者のクソ野郎を。


 そのクソ野郎は、今、目の前にいる。


「なんつーチャンスだよ……! そうだよ……! オレが言ったんじゃねぇか……!」

「急に目ぇ輝かせんなよ、気持ち悪い」


 ラルバの狙いも、ジャダックの読みも、自分の惨めさも無能さも関係ない。ボブラは今、己が手にした奇貨に気が付いた。


「おい……おい……!! おいクソガキ!! テメー、自分が超ツいてるって言ってたな? 言ってたよな!? だが残念だったな!! オレの方が超絶ツいてるぜ!!」

「熱中症かおっさん。幻覚見えてんぞ」

「ほざいてろ……! そうだなんで気が付かなかったんだ……! 今なら、オレ如きの手が届くじゃねぇか……!」


 ボブラはベルトコンベアが金を運んでくる前にリモコンに金額を打ち込む。そしてジャダックを睨み、絶叫のような大笑いをかます。


「断言するぜジャダック!! お前程度のラッキーじゃ、オレのラッキーに勝てねぇ!!」


 ジャダックのこめかみが痙攣する。


「……それは、俺“ら”への侮辱ってことでいいんだな?」

「たりめーだボケナス!! 家族揃って、今までの報いを受けやがれ!!」

「価値のない虫ケラが、金持ちの真似で偉くなった気になってんじゃねぇぞ……!!! 俺の家族を馬鹿にしたこと、火達磨になった程度で釣り合うと思うな!!!」

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ボブラ覚醒! ところで今のボブラは無自覚アンドロイドだけど焼け死ぬことあるのかな
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