273話 見栄
玉座陥落、ルール概要。
舞台は巨大焼却炉の真上に設置されたシーソー。両端には耐熱性の椅子が設置されている。
プレイヤーは5分以内に操作パネルから“掛け金”と”悪魔“を決める。互いに選び終わったら、選択の結果がモニターに表示される。
機械によって自分のコールした金額が相手のシーソーに積まれる。AIによるシーソー上の金額の算出が行われ、シーソーの傾きが発生する。この時の傾きや積まれる金額は、悪魔の組み合わせによって変動する。
悪魔の効力は次の通り。”貪る鶏“、金額差による傾きを倍にする。“瞋る毒蛇”、金額差による傾きの変動を半減させる。“癡かな野豚”、互いのコールした金額の半分を追加で排出させる。
悪魔の組み合わせは三すくみとなっており、鶏は蛇に勝ち、蛇は豚に勝ち、豚は鶏に勝つ。この組み合わせによって勝った手のみが反映される。あいこだった場合は、その効力が反映されるが重複はされない。
シーソーによる傾きが終わった後、次のラウンドへと移行する。ラウンド数は無制限であり、退室は一切認められない。
ゲームの敗北条件は、降参宣言、シーソーからの滑落、資金不足によるコール不能のいずれか。対戦相手の敗北を以て勝者が決定される。
勝者はプレチナボードへの氏名刻印の権利。勝利時に自分の乗っていたシーソーに積まれていた分の現金を獲得することができる。
なお、魔法、異能、その他凡ゆる妨害行為は即時失格。また、後日不正が発覚した場合には敗北処理となり、適切な処分が下される。
〜ダクラシフ商工会 給冥エージェンシー クインテット・パレス 地下フロア シーソーゲーム会場〜
第2ラウンドの結果は、ボブラ、コール20億刻。選択悪魔、瞋る毒蛇。
ジャダック、コール60億刻。選択悪魔、貪る鶏。既にジャダックの方には第1ラウンドの10億が積まれているため、シーソーに積まれる金額の差は約30億。それが鶏の効果で倍増され、60億刻分の傾きとして反映される。
「うおおおおおっ!!」
大きく軋みながら傾き始めるシーソー。ボブラは情けなく悲鳴をあげて椅子の肘掛けを握りしめる。前ラウンドでボブラは20億分上昇していたため、実際の下り幅は40億分。しかし、その傾きは想像を絶するものだった。
〜ダクラシフ商工会 給冥エージェンシー 喫茶酒場“一寸其処” (ハピネス、デクス、レシャロワークサイド)〜
「なんか地味ですねぇ」
狭い個室の居酒屋で、レシャロワークが薄めに薄めたレモン酎ハイをちびちびと啜る。卓上には、デクスが映像魔法をハックしてシーソーゲームの会場を中空に映し出している。
「デクス達からみりゃ大したことねーが、ボブラは気が気じゃねーだろうな。人間、ちょっとの傾きでも耐え難いもんだ」
「そうなんですかぁ?」
「0.5度床が傾いてりゃ欠陥住宅。人によっちゃ寝てる間に体調不良を起こす。1度も傾きゃ誰でも気がつく。人間はそんくらい傾きに敏感だ」
「へー」
レシャロワークは座っていた椅子をちょいと持ち上げ、前側の足に紙ナプキンを数枚挟んでみる。
「うわ、ほんとだ。なんかキモい」
「その程度じゃわかんねーよ」
「じゃあキモくないかも」
同席していたハピネスがフードメニューを眺めながら口を挟む。
「その傾きも、乗り物に乗っているのと家の中じゃ感じ方が違う。家の中のネズミは外で見かける時よりも恐ろしく、ビルの手摺は地上の手摺りにはない近寄り難さを感じる。些細な物事でも、場所と状況によって地獄にもなり得る」
「こういう居酒屋で食うポテチって鬼うまいですよねぇ〜」
「これを見てる大抵の金持ち共は嘲笑っているだろうな。あんなちょっとの傾きで何を情けない、と。だが、高所、固定されていない椅子、背面への傾き、噴き上げる熱気。彼の感じている恐怖は、まさに死そのものだろうな」
〜ダクラシフ商工会 給冥エージェンシー クインテット・パレス 地下フロア シーソーゲーム会場〜
背凭れに体が引きつけられる。椅子の足に自分の足を絡ませ、必死に重心を下げようと前のめりになる。熱気が汗を乾かし肌を焼く。
「だっはっはっは!! いい顔だぜおっさん!!」
ジャダックが手を叩いて笑う。
「馬鹿の一つ覚えみたいに蛇連打って……勝つ気あんのかぁ〜?」
ジャダックの言葉通り、ボブラは野豚が通るのを何より恐れていた。
排出金額を1.5倍させる癡かな野豚と、傾きを倍にする貪る鶏。この2種は似た性能をしている。20億対40億のコールに対し野豚を使った場合、排出金額は30億と60億となり、差額は20億から30億へと1.5倍になる。つまりは、傾きも1.5倍にすることができる。
但し野豚は鶏と違い、相手の資金に手をつけることができる。もし67億以上のコールに野豚を通された場合、100億以上の排出でタンクが空になって即敗北。そうでなくとも、自分の裁量の外でリソースを操作されるのは相当なダメージ。賭け事に弱いボブラにとっては致命的損失。
そう考えていたボブラの目論見は、子供の隠し事より容易くジャダックに見抜かれた。更には、“貧乏人”であるということでさえ。
「おっさん。あんた、金遣いが荒いよ。魂がノってない」
「あぁ……!?」
「国王とか言っておきながらよ、中身はパンピー以下のドブカスだな?」
「……知った口聞くんじゃねぇよ、オイ」
ボブラは敢えて苛立ちを隠さない。下手に否定する方が却って怪しまれると思ったから。しかし、ボブラの本性が貧乏人だと言うことは、ジャダック中では既に疑いではなく確信になっている。
「あんたの想像する通り、俺達金持ちは札束の一つや二つ、平気で燃やせる。鼻紙にもできるし、ケツだって拭ける。痛いからやらないけどな。でも、それって無意味に捨てられるってことじゃないんだ」
「何ほざいてやがる。このゲームが無意味な道楽じゃなくて何だってんだ……!」
「俺達は、見栄のために金を払う。金を燃やして見せるのも、鼻紙にして見せるのも、全部見栄のためだ。俺達金持ちはな、見栄が何より大事なんだよ」
「くっだらねぇ……! 如何にも馬鹿の金持ちって感じだな!」
「馬鹿なもんかよ」
快活なはずのジャダックが、陰湿な眼差しでボブラを睨む。
「見栄ってのは、その人間の価値を増やす唯一の方法だ。水と脂の塊にしか過ぎない俺達が、同じ水と脂の塊であるお前ら貧乏人と違う点。イイ服着てイイ飯食ってイイ暮らしができるのは何故か? ワガママ横暴が通るのはなんでだ!? 全部見栄があるからだ!!」
ジャダックは興奮して立ち上がり、自分達を映すカメラに向かって吼える。
「俺達には価値がある!! 実以上の価値が!! 価値ってのは見栄だ!! ただの石っころも、磨いて見栄えをよくすりゃ高値がつく!! 見るに耐えないブサイクでも、化粧で見栄えをよくすりゃ稼げる!! パッとしないジャケットが、モデルが羽織るだけで売れ筋商品になる!! だから俺達は見栄を張るんだよ!! 自分の価値を上げるために、着飾り、口説き、身を削る!! だから俺達の捨てる金には魂がノってんだ!! その苦労が!! 努力が!! 今日の経済を回してんだよ!! 巡り巡って俺らの血肉になってんだ!! 金の使い方を知らない貧乏人が、猿真似で分かった気になってんじゃねぇ!!」
欺瞞だ。そう言いかけて、ボブラは口を閉じた。実際、ボブラは金の重みを知らない。若い頃に金で苦労したことはあっても、その度に努力もなく借り入れ、真面目に働いて返すなど考えもしなかった。王様の真似事をしていた時も、政治の殆どはアンドロイド達が代行していた。
仮に真面目に働いたところで、金の重みを知ることができる人間など一握りではあるのだが、ボブラは間違いなくその一握りではない。
「っ……誰が真似なんかするかよ。実を伴わない価値なんざに意味はねぇ」
「おっさんに無いのは意味じゃなくて価値だ。無価値が価値を語るなよ」
ボブラの指先が震える。精一杯強がってはいるものの、これから訪れる地獄に覚悟ができていない。今はただ、己の読み間違いを悟られぬよう気丈に振る舞って見せるのみ。
このゲーム、悪魔の組み合わせで勝った者は前回のコール金額より下の額はコールできない。つまり、総資金の半値を超えるコールなど絶対にしてはならないのだ。
「おーいお前ら〜。そろそろ5分経つけど、手決めないならこっちで勝手に選ぶぞ〜」
「あ、やべっ!」
司会のクマフグランザに言われ、ジャダックは急いでパネルに入力をする。ボブラもそれを待ってから入力する。そのボタンを押す指には、恐怖で既に感覚がない。
ジャダックの前回コールは60億。総資金が自分と同じタンク上限の100億ならば、如何なる額のコールも出来はしないのだ。
「お、きたきた。じゃあ第3ラウンド、オープン!! ボブラ逆転できるかぁ〜?」
ボブラ、コール60億刻。選択悪魔、瞋る毒蛇。
ジャダック、コール60億刻。選択悪魔、瞋る毒蛇。
「んー? まあいいか!」
ジャダックがへらへらと笑う。
問題なく金が積まれ、シーソーが軋みながら僅かに傾く。だが、その挙動はボブラの想定していたものとは違っていた。
それは、座席が下降ではなく上昇をした点。明らかに自分の方が多く金が積まれているのに、シーソーはジャダックを僅かに下げるように傾いた。未だボブラは下でジャダックは上のままだが、この事実はボブラの身を凍らすような確信を与えた。その気付きに、ジャダックは怪しく蔑みの笑みを返す。
「へへへ……」
ボブラの上昇は、鶏による傾きボーナスが解消されたために起こった現象。現在互いに積まれている金額は、ボブラ、120億1000万刻。ジャダック、100億刻。20億1000万の差。だが前ラウンドでボブラは、鶏によって倍増された60億2000万分の傾きを受けている。先程の上昇は、60億2000万分の傾きが20億1000万分の差に戻ろうとした分。それを、毒蛇によって半減された値である。額面で言うなら、20億500万刻分の傾きと考えられる。
これは、ボブラには到底受け入れ難い事実だった。
「前に来た三本腕連合軍の女、ヒナイバリ……だっけか? あいつとおんなじ顔してるぜ。おっさん」
鶏による傾きボーナスは、1ラウンドで解消される。これの何が問題か。
鶏による傾きボーナスがラウンドを跨いだ時に解消されてしまうならば、互いに金を吐き出し切った100億対100億で傾きが釣り合ってしまう。短期も長期もない。ただの我慢比べ。
しかし、ジャダックの吐き出した120億という額が、ボブラの想定していたゲーム像を粉々に打ち砕いた。
「こっからが本番だぜ」
ボブラは思い出す。案内係の女が言っていた言葉を。
こちらは“タンク”です。
ギャンブルは、こちらの穴に現金を投入して行います。“投入はいつでも行えます”が、紙幣以外の投入はご遠慮ください。機械が故障する原因になります。
今回のゲームで初めて、ボブラはジャダックより早く手を選んだ。
「おっ? 今回のコールは早いねぇ! いいよぉ! さっさと終わらせて早く私を家に返せ! 第4ラウンド、オープン!」
ボブラ、コール100億刻。選択悪魔、癡かな野豚。
ジャダック、コール100億刻。選択悪魔、瞋る毒蛇。
「ぎゃーはっはっはっは!! イイじゃんおっさん!! やっと分かってきたか!? このゲームの“本質”が!!」
「……クソッたれ!!」
玉座陥落、ルール概要。追記。
タンクルームへの入室及びタンクへの入金は、プレイヤーによって指定された人物、または指定された人物の許可を得た者のみとする。
「死にたくなかったらじゃんじゃか金持って来させろよ!! 玉座から転がり落ちることに変わりはないかもだけどな……!!」




