272話 名誉ギャンブル“玉座陥落”
〜ダクラシフ商工会 給冥エージェンシー クインテット・パレス 地下フロア シーソーゲーム会場〜
「それではゲームの流れを説明しまぁす、めんどくせー!! 司会を別で呼べよ!」
天井から下がる大きなモニターに映るメガネの女性“クマフグランザ”が、テンション高く説明を始める。
「プレイヤーの2人が座っているのは、巨大焼却炉に設置されたシーソーの真上! 下には燃え盛る炎! お前らにはこのシーソーを傾けて相手を落っことしたりして焼き殺して欲しいっつーわけだ! じゃあどうやってシーソーを傾けるのー? って話になるんだが、こうしまぁす!」
壁に開いた穴からベルトコンベアが現れ、ボブラ達の斜め後ろまで伸びてくる。
「ラウンド開始時、プレイヤーにはそれぞれ下限100万刻で金額をこっそりコールしていただきます! 今回はお試しってことで公開でやってみましょう! ボブラ! ジャダック! なんか数字言え!」
「……100万」
「10億!!」
すると、ボブラの後ろにあるベルトコンベアから、大量の白紙の紙束が流れてくる。対するジャダックの方には一束だけが流れてくる。それを機械のピストンが押し出し、2人の座っている椅子の隣に紙を積む。
「こうして! コールした金額は相手のシーソーに積まれます! でもってここでAIによる解析で、金額差の算出が行われます!! すると!!」
シーソーがゆっくりとボブラの方に傾き始める。
「うおっ!」
「このように! 金額差に応じてシーソーが傾けられます! これデモだから傾いてるけど、本番は本物の金以外は0 刻扱いだから気をつけろよ! 当たり前だけど、流通してない変な特殊紙幣とかもアウトだからな! ATM通らねー金を使うんじゃねーぞ!」
シーソーが軋むのをやめ、角度確定を知らせるランプが点灯する。
「これで大体……何度だっけ? あ、これ言っちゃダメなのか。落ちたくなきゃ気合いで金積めってことだ!」
傾き自体はごく僅か。しかし、2人が乗っているのは全長10mを超える鉄板のシーソー。その僅かな傾きは2人の高低差を大きく広げ、現在2人の高低差は既に30cm以上。重力で後ろに引っ張られる感覚に、ボブラは冷や汗をかいて息を呑む。
「でもでも! それじゃあただ持ち金比べてるだけじゃん! ってなるよね? そこで! 2人には金額のコールと共に、召喚する“悪魔”を選んでいただきます! 肘掛けについているパネルをご覧下さい!」
肘掛けには小さな板状の端末が磁石でくっついており、保護カバーを外すと操作パネルが現れた。そこには電卓のような文字盤と、3種の動物の顔が描かれたボタンがそれぞれついている。
「左のボタンは”貪る鶏“! 派手と利益を好むこの鶏は、金額差による傾きを倍にしてくれます! 次に真ん中のボタンは“瞋る毒蛇”! 全ての変化を嫌うこの蛇は、金額差による傾きの変動を半減させます! 最後に右のボタンは“癡かな野豚”! 考えることが苦手なこの豚は、互いのコールした金額の半分を追加で排出させます! お前ら! なんかボタン押せ!」
2人がパネルを押下する。
「おっけー! 今回2人が選んだのは〜、ボブラが毒蛇! ジャダックが野豚だ! これで傾きは半減、豚で追加排出、かと思いきや〜?」
モニターが切り替わり、毒蛇と野豚のアニメーションが流れ始める。すると、怒り狂った毒蛇が間抜け面の野豚を絞め殺した。
「この悪魔は皆とっても仲が悪い! 会えば必ず喧嘩しちゃうんだな! 今回は毒蛇の勝ち! ってなわけで、傾き半減の効果のみ適用されます!」
シーソーが軋み、若干水平に近づく。
「ただし! 勝ったやつは次のターン、勝った時にコールしてた金額以上の金額をコールしなきゃならない! 富める者に撤退の2文字は許されないよ! 因みに悪魔はそれぞれ相性差ってもんがあるよ! 鶏は毒蛇を引き裂き、毒蛇は野豚を絞め殺し、野豚は鶏を圧し潰す! ジャンケンって知ってるか!? さらにあいこの場合だが、同じ悪魔はとっても仲良し! しっかり効果は適用されるが、倍増とかはしないから注意な!」
クマフグランザは画角の外でコーラを飲み、ゲップと共に戻ってくる。
「ゲェェェッ。このゲームはラウンド無制限! コール金額と悪魔を決めて、せーので公開! 金を積んで傾けて、さっさと相手を焼き殺せ! 敗北条件は、ギブアップ、資金切れ、どちらかがシーソーから落ちること! あと言わずもがなだけど、魔法異能その他妨害暴力行為は一発アウトな! エンタメなんだから分かるだろ!」
そこまで言うとクマフグランザは、企画書をパラパラとめくって唸り出す。その間にシーソーの傾きは完全な水平に戻り、積まれていた紙束が魔法煙を吹いて消滅した。
「そんでー……あ! 賞品! 勝者はななななんと! こちらの“プラチナボード”に名前が刻まれます! コンプラコンプラ!!」
クマフグランザがカメラを旋回させ、純白に輝く白金のボードを映す。そこに刻まれているいくつかの名前に、ボブラは聞き覚えがあった。
笑顔による文明保安教会、シュガルバ。
愛と正義の平和支援会、バガラスタ。
天蓋京、バンカンイン・ラウジ。
ベアブロウ陵墓、ウィドイック・オラウェイヴ。
爆弾牧場、レピエン・リエレフェルエン。
グリディアン神殿、ザルバス。
診堂クリニック、ムスリナ・エルフロフント
ヒトシズク・レストラン、ゼルドーム。
三本腕連合軍、ヒナイバリ。
ハピネスから聞いた名。シュガルバ、バガラスタ、レピエン、ザルバス、ゼルドーム、ヒナイバリ。その他にも、ラルバ達が巡ってきたという国々の名前。
「いやあ名誉だねぇ〜っ! すんごいねぇ〜っ! あ、ついでなんだけど、ゲーム終了時には自分の傍に積んであるお金も持って帰れるよ! じゃんじゃか積ませて儲けちゃおう! っていやそれ焼け死ぬやないか〜い! はいここ激オモロポイントね」
漸く、ラルバが自分を指名した意味を理解する。この舞台に立てるのは、選ばれし者のみ。生半可な有名人程度では辿り着けず、プラチナボードに憧れる程には愚かでなければならない。ボブラは小さく呟いた。
「……確かに、適任かもな」
「あとなんだっけ、なんか忘れてる気がするな……えっと……あ!! そうそう!!」
クマフグランザが指をパチンと弾いて画面外に手を伸ばす。
「散々傾けて殺せだのなんだの言ったんだけどさ」
その瞬間、シーソーの下で燃えていた炎が、一気に勢いを増して火の手を伸ばす。ボブラは思わず身を捩って悲鳴を上げる。
「あぢぢぢぢっ!!」
「普通にそのままでも死ぬほど熱いぞ。まあ頑張れ!」
盛大なファンファーレと共にシーソー中央部に透明の防壁が現れる。
「名誉ギャンブル!! “玉座陥落”ゲームスタートッ!! 5分以内にコール金額と悪魔を選んでねっ!」
モニターに5分のカウントダウンタイマーが表示される。
肌を焼く上昇気流にボブラは汗を垂らし、対戦相手の顔を睨む。ジャダックも同じく汗を流しているが、その表情は余裕そのもの。
「なんだよ、早く決めろよアチーんだから!」
「……ああ、そうだな」
モニターが暗転し、ドラムロールを挟んでから互いの選択が表示される。
ボブラ、コール10億刻。選択悪魔、瞋る毒蛇。
ジャダック、コール1000万刻。選択悪魔、貪る鶏。
「――――っし!!」
「やばっ!」
ベルトコンベアが互いの席の隣に金を積む。そして、モニターの中で鶏が蛇を引き裂いた。
ほんの僅か、シーソーがジャダックの方に傾く。だが両者の高低差は誰がみても明らか。ジャダックはシャツをバサバサと振って暑さを堪えつつ愚痴を溢す。
「だーくそっ!! まずは様子見で100万そこらだろー!!」
「ふざけんな。こんなクソ熱いってのに様子見なんかしてる暇ねぇよ」
冷静に言い返すも、ボブラは内心恐怖する。ジャダックの、様子見を狙ったという発言。これには大きな矛盾がある。
ボブラはこう考えた。この勝負、互いに金を積み合う持久戦のように見えて、実際には短期決戦。100億という大金であっても、出し惜しみは厳禁。持ち金全てを文字通り溶かして、どちらが早く突き落とすかの勝負だ、と。
何故ならば、焼却炉の火力が予想していたよりも遥かに強い。今はまだ火力が上げられたばかりで、汗も乾いていない。体感温度は耐えられないほどではない。しかし、悠長に持久戦を考えていたら間違いなく先に熱で殺される。そして、それはジャダックも同じ。これは、過酷な環境に理解のない間抜けな金持ちを食い物にするための罠。
だからこそ、ボブラは恐れた。このゲームに慣れているだろうジャダックの初手が、たったの1000万。それも、傾き倍増の鶏で。
もしボブラが短期決着を狙って鶏40億など出していたら、あっという間に傾きは80億分。デモンストレーションの時の8倍の傾きと考えると、椅子に座っていられず転がり落ちるだろう。落ちなかったとしても高低差は相当なものと推測できる。それだけ火に近づけば、猛烈な熱波が襲いかかるだろう。
「今回はボブラの勝ちー! シーソー稼働! ポチッとな」
ボブラの焦燥を置き去りに、シーソーが傾き始める。鶏によって増幅されたほんの僅かな傾きが、ボブラを少しだけ持ち上げる。
「そんじゃ次! さっさとコールしてね!」
ボブラは肘掛けの操作パネルを外し、ジャダックからの視線を遮るように顔の前に持ってきて深呼吸をする。
「おーい! まだかよおっさん! 早く決めろよー!」
「くそっ、うるせぇな……」
ジャダックは一体何を狙った? 鶏で稼げる傾きなど高が知れている。決して様子見などではない。沈んだ方が得がある? 持ち上げられると罠がある? 蛇を通したくなかった? 考えれば考えるほどに、思考の坩堝へと陥っていく。
「なあガチで早くしてくれよ! 熱いんだって!」
「うるっせーなおい……!」
急かすジャダックの言葉に、ボブラは苛立ちながらボタンを押下する。
モニターが暗転する。
ボブラは未だジャダックの狙いを理解していない。まだ理解できる段階にないと踏んだ。だからこそ、今は後出しが吉。ジャダックが選び終わった後に選べば、まだ手を読まれることもない。そう考えた。
「……へへ」
しかし、彼は勝つために最も大きな問題を、認識すらしていなかった。
「あ? 何笑ってやがる。気持ち悪りぃ」
取り返しのつかないことを、取り返しのつく内に対処できるならば、彼はこんなところにはいない。
「そんなに豚が怖いか? この貧乏人」
ボブラ、コール20億刻。選択悪魔、瞋る毒蛇。
ジャダック、コール60億刻。選択悪魔、貪る鶏。
「なっ――――!?」
「へへ、ラッキーラッキー」
貪る鶏の効果により、傾きは倍増する。
ジャダックは余裕の表情で足を組み、肘掛けに凭れて頬杖をつく。
「やっぱ俺はツいてる。今回もラクショーだな!」




