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シドの国  作者: ×90
ダクラシフ商工会
268/283

267話 クソゲータイムアタック

〜ダクラシフ商工会 給冥(きゅうめい)エージェンシー カジノ“クインテッド・パレス” レース場〜


 レシャロワークの演説が終わると、サナヤハカウァは暫し沈黙をする。


 そして、絞り出すように声を漏らした。


「…………で?」

「はいぃ?」

「で?」


 額に汗を浮かべながらも、血走った目で余裕の表情を作る。


「で? って、何ですかぁ?」

「それで? それがなんなの?」

「何なのって……言われましてもぉ」

「で!? 猫が私を恐れて言うことを聞いていた? 結構なことじゃない!! 私の調教の賜物だわ!! やっぱり私の勝利は揺るがない!!」


 サナヤハカウァはの勝ち誇った笑いに、猫達は全身の毛を逆立てて背中を丸め、尻尾をピンと突き上げる。蛇のように鋭く掠れた鳴き声を漏らし、瞳孔を針のごとく尖らせる。


「もうお前に勝ちはないわよ……!! この先全部のレースで宣言をしてやるわ! それも、猫券を買った後!! もうお前の猫券は絶対に当たらない!!」


 レシャロワークは顔色を変えずに黙って目を伏せる。サナヤハカウァは上機嫌に投票端末にカードを差し込み猫券を購入する。


「さあ、お前にこの番号がわかるかしら? 仮に魔法だの異能だのを使ったところで! 必死に追いついても同点にしかならない!」


 サナヤハカウァの高笑いに呼応するように、場内アナウンスが流れる。


「え、えー、間もなく! 第9レースを開始いたします! 投票用紙のご提出はお早めにお願いいたします!」


 レシャロワークは動かない。猫券を買うどころか、目の前の投票用紙に記入をする素振りすら見せない。


 パドック内のランプが点灯し、猫達がのっそりとレース場に向かい始める。


「猫券受付1分前! 1分前です! まだご投票されていない方は! お早めに!」


 サナヤハカウァはじっとレシャロワークを見つめる。次に奴が打つ手はなんなのか、その初動を見逃すまいと、勝利に高なる鼓動を押さえつけてじっと待つ。


「し、締切です! 第9レース、勝ち猫投票券の受付は終了しました!」


 アナウンスを聞き、サナヤハカウァは猫達に叫ぶ。遥か遠くの出走ゲートにも聞こえるように、大声で叫ぶ。


「お前達!!! 次は1-2-3よ!! いち!!! に!!! さん!!!」


 強化魔法で増幅された指示が猫達に届く。猫達の耳がサナヤハカウァの方を向く。


「いち!!! に!!! さん!!! 聞き逃さないでよ!!! 私の命令通り動きなさい!!!」


 そしてサナヤハカウァはレシャロワークの方を向く。勝ち誇った顔で、敗北者の惨めな風貌を見下すために。


 レシャロワークが笑う。


「クソゲータイムアタックAny%、ここでタイマーストップでぇす。お疲れ様でしたぁ」


 その不気味な笑みに、今度はサナヤハカウァの方が笑みを失う。そして考える。この状況から脱する一手がなんなのか。


「あ、Any%ってのはとにかく早くゲームクリアを目指せってレギュでぇ、今回バグ技とかの使用は禁じられてなかったんでこのタイム何ですけどぉ、まあやろうと思えばシステムクラッキングからの22レースの着順確定画面を呼び出すとかもできなくはなかったかも――――」


 レシャロワークの戯言が、実況アナウンスの熱量に掻き消される。


「1番タイクンヨゾラ速い!! その後ろを2番ミナモヅキが追いかける!! 少し離れて3番トップカード――――」


 奴の笑みの根拠は? 私の瑕疵(かし)は? サナヤハカウァの目玉が答えを求めて(うごめ)く。そして、ヒントは意外にも身近にあった。


「……どうしたの?」


 案内人が、真っ青な顔で冷汗に塗れている。


「何に気付いたの? 言いなさい!」

「い……いえ……何も……」

「言いなさいよっ!!」


 サナヤハカウァの苛立(いらだ)ちに、実況の声が重なる。


「1番タイクンヨゾラ、一着でゴール!! 二着は2番ミナモヅキ!! 三着3番トップカード!! ゼッケン通りの着順となりました!!」


 細工は行われず、番狂せは起こらず、全てが予想通りに、予定通りに、何の障害もなく行われた。残された唯一のヒントは、真横で立ち尽くしている案内人のみ。


 サナヤハカウァは揺れる視界をレシャロワークの方に戻す。


「――――でもぉ、このネコちゃんみたいな長毛種って激レアなんですよねぇ。生息域は寒冷地確定としてぇ、多分古くから人間と付き合いがあった種類とかぁ? そういえばサーカス猫って寒い地域のネコちゃん使うって聞いたことあるような……」


 彼女は未だに虚空に向かって解説を呟いている。何をしでかす様子もなく、全てが終わったかのように緊張感が抜けている。サナヤハカウァは隣で固まり続ける案内人にダガーを突きつけて怒鳴り声を上げる。


「何に気付いたの!? 言いなさい!!」

「あ、あ、あの……」


 案内人はダガーの刃先よりも、起こってしまった事実に恐怖して声を振るわせる。


「一個だけ、勘違いしてたことがあるんですよぉ」


 突然話しかけてきたレシャロワークに、サナヤハカウァは顔をやや過剰に持ち上げて見下す。怒りで(まぶた)が震え、ダガーを握る手に力が入る。


「……何よ」

「オバさんが“これはテレビゲームみたいに甘くない“みたいなキレ方する時、自分はこう思ってたんですよぉ。「ああ、この人は碌にゲームを遊んだことがないんだなぁ」と。でも、実際は真逆……」


 レシャロワークの眼に、蔑み混じりの憐憫(れんびん)が滲む。


「決めつけたいのは、ゲームじゃなくて現実の方だったんですねぇ」


 サナヤハカウァがダガーを振り上げる。レシャロワークが手首を掴んで捻ると、サナヤハカウァは痛みでダガーから手を離した。


「このっ……!!」

「現実はゲームなんかよりも遥かに難しい。それを制御できてる私は頭がいい。現実なんて、優秀な私には簡単なゲームと変わらない。でも、頭の悪い奴が知った口で現実を軽視するのは許せない。格下の雑魚が自分と同じ結論を抱くのが許せない。きっと、「これは子供騙しのゲームとは違う」って暴言には、「私にとってはゲームみたいなものだけど」って枕詞がつくんでしょうねぇ」

「だっ……!! だったら何よっ……!!」


 サナヤハカウァはレシャロワークを押し除け睨みつける。


「私とお前じゃ、天と地の差があるの!! 生まれも!! 育ちも!! 頭脳も!! 立場も!! 全部!! お前と私で、この世の重さが同じなはずないでしょう!?」

「そこ、そこですよぉ。オバさんの敗因は」


 レシャロワークがチッチッチと舌打ちをして指を振る。


「この世とかいうクソゲーは、そこまで面白くないくせに数十億のハッカーが日々裏技探してるカオス環境でぇす。ランクマッチもクソもない、カジュアル勢ガチ勢放置勢ごちゃ混ぜのクソディメンションのオープンワールド。バランス調整も救済措置もなんもない。リリースされてから一度もメンテ入ってないvar1.0が何億年も連続稼働してる。正真正銘世界最古の鬱ゲーなんですよぉ。


 ……でも悲しいことに、この世にあるゲームは全部このクソゲーを地盤に作られてるんですよねぇ。だから、いかにこの世界(クソゲー)と切り離して悪意(クソ)を持ち込ませないかが重要。そうしないと、サッカーとかバスケとかアイスホッケーみたいに、ルールの穴を突いた(グリッチ)戦法が流行って一気に萎えますからねぇ。それこそ、それで滅んだゲームタイトルなんか山ほどありますしぃ。


 オバさんに足りてなかったのは、この世界(クソゲー)に対しての理解ですよぉ。賭博ってのは、賭ける側と賭けられる側、客と胴元、それぞれの立場が保障されて初めて成立するんですよぉ。幾ら種銭が無限だろうと相手が不利だろうと、当人が世間知らずのガキンチョじゃあぶん殴って終わりですよぉ。ゲームにすらなりませぇん」


 用語だらけの説明はサナヤハカウァの耳には碌に入ってこない。しかし、例え彼女にその方面の知識があったとしても、耳を傾けはしなかっただろう。レシャロワークは独りよがりに一方的な解説をした後、小馬鹿にするようにせせら笑う。


「つまり、何が言いたいかっていうとぉ。このゲームはもう終わりなんですよぉ。自分がハックしてクソゲーにしてしまったのでぇ」

「…………終わり?」

「はぁい。可愛いネコちゃんが元気いっぱい走る競争ギャンブルが、実はオバさんの茶番だったってみんな知っちゃいましたからねぇ」


 レシャロワークがテーブルに嵌め込まれたモニターを操作し、オッズ表を呼び出す。


「こんなクソゲー、誰がやるんです?」


 1番、タイクンヨゾラ 1.0

 2番、ミナモヅキ 1.0

 3番、トップカード 1.0

 4番、アオノホウキボシ 1.0

 5番、メイキョウシスイ 1.0

 6番、ピガットロード 1.0

 7番、ディスクメモリー 1.0

 8番、ダクラシフシルク 1.0

 9番、ヒトシズクハート 1.0

 10番、スマイルトレイン 1.0

 11番、クリスタルアックス 1.0

 12番、ボマーエクリプス 1.0


 2人の勝負はカジノ内に中継されており、当然猫券を購入する客は皆観ている。イカサマが公表された賭博などに興じる者は誰1人としておらず、画面に表示された単勝オッズは初期化されたように同じ数値を示していた。


「――――――――っ!!!」

「これでこのゲームは閉業。明日からはオバさんが走ったらどうですかぁ?」


 サナヤハカウァがテーブルを蹴り付け、モニターの画面を叩き割る。


「このっ……!!! よくもっ……!!! よくも私のカジノをっ……!!!」

「うわぁ逆恨みすっごい。自分が来なくてもクソゲーではあったじゃないですかぁ。何を今更」

「第一!!! お前の負けは確定してるのよっ!!! イカサマが何!? 茶番が何!? だからってお前のチップは増えないし、私のチップも減らない!!!」

「いやいや、待って下さいよぉ」


 レシャロワークは乾いた笑いをこぼして顔を背ける。


「全くもぉ、これだからお馬鹿さんと話してると疲れるんですよねぇ。自分で言ったんじゃないですかぁ。このゲームの勝利条件」

「はぁ!? そんなの分かってるわよ!!! このゲームの勝利条件は――――」


 この対戦内で支払われた”配当金総額”の高いほうが勝利。


「勝利条件はチップの総数じゃありませんしぃ、ましてや収支でもありませぇん。単純な“獲得金額”でぇす。でもってぇ、そこの案内人(おじじ)が言ってましたよねぇ?」


 案内人は唐突に名前を呼ばれて体を震わせる。


 ”ゲーム内でレッドチップは当然チップ1枚として扱われますが、ご精算時には100倍の価値として扱います。“


「オバさんが的中させた猫券のオッズは、この第9レースまで全部が1.1倍。今後も同じように当てたとして、今は全部の猫券が元金返しになってるから、配当チップの合計は114万5000枚。チップ1枚10刻として1145万刻。


 自分も1レースだけ真似っこで的中させましたけどぉ、自分が賭けたのはレバレッジ100倍のレッドチップ。帰ってきたチップは5万5000枚。レバレッジ100倍で、チップ1枚10刻なら5500万刻。


 オバさんはこの先、どうやってこの4000万刻近い点差を埋めるつもりなんですかぁ?」


 サナヤハカウァの顔から怒りが消える。


「イカサマがバレたせいで、どんな猫券もオッズは1.0。チップを大量に賭けようにも、自分で決めたルールのせいで賭けられるのは1レース5万枚限定。よーするに、一回でもレッドチップで自分を勝たせた時点で、ほぼ逆転は不可能なんですよぉ。でも、オバさんとおじじにはそんなの関係ありませんよねぇ? だって、勝負後半では絶対に負けさせるつもりだったんでしょうから。そしたらクソデカ負債で配当金は爆散。勝敗とかどうでも良くなりますしぃ」


 案内人も、サナヤハカウァも、カジノのシステムでレシャロワークを殺すつもりだった。大儲けさせ、多額の所得税を課すバーニングウォールで焼き潰すか、それともシンプルに大負けさせるか。いずれにせよ、この対人戦の勝敗については気にも留めていなかった。勝とうが負けようが、レシャロワークは死ぬのだから、と。


「システム的に勝とうが負けようが、誰もオバさん達が負けたなんて思いませんよねぇ。ネズミの死に方が変わるだけですもんねぇ」


「待っ、待ちなさい!! お前っ!! 第1レースの時はまだ所持チップがあったでしょ!? まさか、最初からレッドチップを使っていたと言うの!?」


「……らしいよ? 知らんけど」

「は、はぁ……!?」

「自分はそこのおじじに投票用紙渡してただけですからねぇ。なんか帰ってきたら勝手に清算されてぇ、レッドチップが入ってましたぁ。自分は別にどうしろとか言ってないんですけどぉ」


 ただでさえ青かった案内人の顔が、みるみるうちに死人のように白くなっていく。


「お、お前……なんで、最初からレッドチップを……!?」

「も、申し訳、ございません……!!!」


 冷や汗に塗れて固まる2人。レシャロワークはニヤつきながら指摘する。


「まだ諦めるのは早いですよぉ。ほら、その手に持ってる猫券。宣言は投票締め切ってからしたんだから、もしかしたらすっごい高いオッズついてたりするんじゃないですかぁ?」


 そう言われると、サナヤハカウァは一目散に端末へ走っていく。


「退きなさい!! 退いてっ!!」


 ギャラリーを押し除け突き飛ばし、震える手で端末にカードを差し込む。


 “直近払い戻しチップ数。50000枚。”


「あらぁ、残念でしたねぇ。あんなにアナウンスで投票呼びかけてたのに、だぁれも買ってくれなかったんですねぇ、猫券。イカサマなんかするからですよぉ」


 背後でレシャロワークが笑う。


「ま、まだ……」

「はい?」

「まだよ……!! まだあんたには、第2レースから今までの負け分があるじゃない……!!!」

「え? はぁい」


 素っ頓狂(すっとんきょう)な返事をするレシャロワークに、サナヤハカウァは勝ち誇った顔で高笑いをする。


「はっ、あはははははははっ!!! そうよ!!! お前の負債は今!!! レッドチップ40万枚以上あるじゃない!!! はははははっ!!! やっぱり、やっぱりお前の負けよ!!!」

「……それ、別にマッチの勝敗に関係なくないですかぁ?」

「だから何!? お前はこれから、何億という借金を背負うのよ!!!」

「いやだから、それはそれ、これはこれじゃないですかぁ」

「うるさい!!! 言い訳は聞き飽きたわ!!! そんな戯言を誰が聞き入れるというの!? 誰がお前の勝ちだと思うっていうの!?」

「……さあ」


 サナヤハカウァはいつものように辺りを見回す。ねえ、そこのあんた達。ネズミが何か言ってるわよ。と。


「誰が思うんでしょうねぇ」


 観客が、こちらを見ている。憐れむように、蔑むように、(いと)うように。その眼差しは、レシャロワークではなくサナヤハカウァ自身に注がれている。


「………………え?」


 いつもならネズミに向けられる眼差しが、自分に向けられている。当初、彼女はその理由が分からなかった。


「貧乏くさいネズミに勝負ふっかけて、レッドチップまで使わせて、ネコちゃん虐待して順位操作して、しかもそのことにすら気が付かなくて」


 経験がなかったのだ。生まれてこの方、蔑まれることなど。


「イカサマがバレたら開き直り、舐めてかかったネズミにも負けて、挙げ句の果てにはさんざ蔑ろにしたお客様に同調を求める」


 愛されて育ってきた。甘やかされて育ってきた。全てを与えられて育ってきた。


「そんなお前を、誰が庇うんでしょうねぇ」


 ただ一つ、挫折だけは与えられなかった。


「い、嫌っ……。何よっ……何よその目っ……!!! 私を誰だとっ……!!!」


 全ての脅威を檻に閉じ込めて来た。気に食わぬ友人も、無礼を働いた使用人も。


「そんじゃ、自分は借金軽くしたいんでレース続けますけどぉ、邪魔しないでくださいねぇ。今度大声出したら、マジでフォーク飲ませますよぉ」


 目障りなネズミも、懐かない猫も、苦言を呈してきた権力者達も。


「まだ負けてないっ……!!! 負けてないわよっ………!!!」


 気に入らないもの全てを檻に閉じ込めてきた。しかしいつしかその檻は、自分を閉じ込めていた。今は、彼女自身が奇怪な見せ物。


「やだっ……!!! パパ……!!! ママ……!!! カガ叔父さんっ……!!! 誰かきてよぉっ……!!!」


 第10レース、着順。一着、1番タイクンヨゾラ。二着、2番ミナモヅキ。三着、3番トップカード。タイムは14分39秒。


 レシャロワークの予想が的中。オッズは、24.8倍。払い戻しチップ、124万枚。

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― 新着の感想 ―
ここでタイマーストップ。お疲れ様でした クソゲーであることを知らずステータスも伸ばさず初期アイテムでクリアできるほど甘くないのだ世界というものは
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