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シドの国  作者: ×90
ダクラシフ商工会
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259話 みんな違ってみんな悪い

 あまちゅ屋所属、ケイリ。異能、“観測”。


 昔から色々見えた。見えたと言うよりは、誰かを見た瞬間に知ることができた。母さんからはお菓子の隠し場所だとか、父さんからは夕飯の献立だとか。ほら、フィースとかくれんぼしても負けたことはなかったよな。これが普通じゃないって気付いたのは、叔父さんに言われてからだ。


 観測の異能。他者対象の生産系。誰かを見た時に、その誰かについての何かをランダムに知る能力。テレパス(読心)の劣化版てとこか。まあこっちは心を読むってわけじゃなくて、本人も気づいてない病気だとか人種血統も知れるから完全下位互換ってわけでもない。ただ、肝心の知りたいことが知れるかは分からないし、知りたくないことを知っちまう場合もある。発動タイミングもまちまち。使いづらいったらありゃしない。


 ただ、こんな異能でも使いようだ。


 モアは知らないだろうけど、私達は誘拐事件当日、中将に呼び出されたんだ。そう、あのクソ中将。多分叔父さんを殺した奴。あいつはモアに敵わないからって、私達に八つ当たりしてきたんだ。あいつは私達に毒薬を渡してこう言った。「これは臆病な毒だ。死にたくないって願えばもう片方の薬に毒が逃げて助かる。2人のうちどちらかは助かるぞ」って。


 ありゃ嘘っぱちだ。あの毒薬の成分は至って普通の毒。即効性の非致死毒と、遅効性の致死毒だ。


 まあよく考えたもんだよ、死にたくないと願えば助かるなんて。即効性の毒を飲んだ方は激しい苦しみと痛みの中悶え苦しみ、遅効性毒を飲んだ方はその苦しむ姿を見て恐怖に(おのの)く。やがて即効性の毒は切れて、遅効性の毒が表れ始める。苦しみは逆転し、そのまま片方は絶命する。生き残った方は、自分が相手を殺してしまったと錯覚するって寸法だ。


 苦しかったよな、フィース。怖かったよな、私を殺しちゃったって思ったんだろ。ごめんな。でも、私はああするしかなかったと思うんだ。クソ中将の手から遅効性の毒薬をひったくって飲み込んだ。そうしなきゃ私ら両方殺される。でも、あの日は時期が悪かった。まさか軍が襲撃されるなんて。


 誘拐されて車で運ばれる最中、ずっと願っていたよ。モアが来ませんようにってな。モアが私の惨状を知っても、私の未熟な体じゃ毒の進行を止める手立てはない。途中で毒薬は吐き出したが、自分を“観測”したから助からないことは分かってたんだ。だからせめて、モアが来れないような場所に拐われるまで大人しくしていたよ。


 謝らないでくれよ、モア。私だって、逃げようと思えば逃げられたんだ。でも、モアの目の前で死にたくなかった。もうこれ以上、モアから家族を奪えなかったよ。もう2度と会えなくても、どこかで生きているかもしれないくらいの希望は持っていてほしかった。


 フィースには本当に悪いことをした。お前だけが知っていたんだもんな。私の死を。それに、私を殺した罪悪感でモアには伝えられない。ごめん。許してくれ。


 でも幸運だったのは、あの後使奴に出会えたことだ。次に目を覚ましたのは、キュリオの里の一軒家だった。私を助けたのは“ダンタカ”とか言う、幸運を自称する不気味な使奴だ。誘拐犯が私の死体を雪山に遺棄したのを、掘り起こして蘇生させてくれたらしい。村人達は私を歓迎しなかったが、ダンタカはよく面倒を見てくれた。


 でもその内に生き延びちまった罪悪感に耐えられなくなってな、狼王堂放送局に行ったんだ。最期にいい夢でも見れたらいいと思って。でも、どうやらあそこの”夢“は私の”観測“と相性が悪いらしい。詳細は伏せるが、良い夢を見るって目的は叶わなかった。


 途方に暮れていた時に、ピリさん達あまちゅ屋のメンバーに拾われたんだ。本当におかしな連中だ。最初はおっかなびっくり警戒してたくせに、何日もしないうちに漫画だのゲームだの押し付けやがって。ただ、お陰で気は紛れた。まあ死ぬまでの暇潰しだし、アイツらと過ごすのもいいかななんて思えた。


 ピリさん、勘違いしないで欲しいんだが、別に聞き耳立ててたとかじゃないんだ。観測の異能の悪戯(いたずら)だ。まあ、全く観る気がなかったかと言えば嘘になるんだが。ピリさんの仲間が、等悔山(ひとくいやま)刑務所に捕まってることを知った。その救出が計画されていることも。


 最後の、最期のチャンスだったんだ。これでダメなら諦めようと思った。でも、ずっと2人に会いたかったんだ。仲直りをしたかった。


 フィース、モア。本当にごめん。許してくれないか?




〜ダクラシフ商工会 等悔山(ひとくいやま)刑務所 通信室〜


 悲願の再会を果たしたケイリは、フィースとブレイドモアに深々と頭を下げる。それを、ブレイドモアは血相を変えて否定する。


「顔を上げてくださいイース様!! 悪いのは、悪いのは私なのです!! お守りできなかった私が――――!!!」


 自分を責めるブレイドモアを、今度はフィースが否定する。


「違う!! 姉さんもモアも悪くない!! 私が、私が姉さんを逆恨みしたから、本気で探しに行かなかったから……!!!」

「ああ、それもあるかもな」


 ケイリは否定するどころか、軽く笑って2人を肯定する。


「いや、マジな話。実は昔一回会いに来たんだ。私を助けてくれた使奴に話を聞いたらよ、もしかしたら等悔山(ひとくいやま)刑務所の所長がフィースじゃないかってな。んで忍び込んでみたのものの……いざ観測してみりゃ、2人ともあんま私に会いたそうじゃなかったからさ」

「そっ……そんな、こと……!!」

「いやいいんだ。そう仕向けたのは私だしな。で、じゃあ死ぬかーつって狼王堂放送局までテコテコ歩いてったんだよ。だから、2人のせいでもないこともない」


 フィースとモアは青褪めて固まり、今までの自分を強く呪った。しかし、ケイリはあどけなく大声で笑う。


「まーお互い様だよ! 私がフィースのことを嵌めたのは間違いないし、モアを信用しなかったのも事実! みんな違ってみんな悪い! ってなわけで、おあいこにしないか?」


 ケイリは2人をもう一度抱きしめる。


「これからは、楽しいことだけ考えて生きようぜ。もう誰に謝る必要もないんだ」



 一瞬の静寂の後、通信室の裏口が乱暴に開かれる。


「シスター!! ケイリ!! 逃げ道の掘削終わっ――――おわーっ!!!」


 逃走経路の確保に出ていたノノリカが、戻るなりフィースとブレイドモアを見て奇声を上げた。




〜ダクラシフ商工会 等悔山(ひとくいやま)刑務所 空き雑居房〜


「いやマジ焦った。追いつかれてるし、フィース増えてるし」


 ノノリカはパックジュースをズビズビと啜りながら掘削で汚れた体を拭いている。


 ケイリがもう少し再開を喜びたいと言ってフィースとブレイドモアの3人で場を離れたため、ラデック達もシスターやゼラザンナの手当のため場を離れていた。


 ラデックもひとまずは自分の体力を回復させるため、紐で縛られたままのハムをガジガジと齧っている。


「追いつかれた時は俺も焦った。ピリが来てくれて本当に助かった」


 ピリは難しい顔をして唸る。


「んん〜……、多分ですけど、あの修羅場を仕組んだのフカちゃんじゃありません? なんか言ってませんでした?」

「あ、そう言えば言ってたな。戦火の火種を蒔いたから早くどっか行った方がいいとか」

「ああああ〜……ごめんなさいぃ……」


 彼女は頭を掻きむしってその場に(うずくま)る。


「フカちゃんそういうこと平気でするから……人のこと考えないって言うか、いや考えてるんだけど利用することを全く(いと)わないと言うか」

「大丈夫だ。ウチにも似たようなのが何人かいる」

「かわいそう」


 そのうちに、シスターが頭を抱えながらのっそりと起き上がる。


「まさか、その似たようなのって私も含まれてます……?」

「シスター、起きたか。頭は大丈夫か?」

「頭は打ってません。ただの魔力疲労です」

「頭は大丈夫か?」

「……根に持ってます?」

「持ってます」


 ラデックは起きたばかりのシスターを睨みつけ、無言の圧力をかける。それをノノリカが後ろから肩を押さえ宥める。


「おいラデック! 病み上がりにそんな顔すんな! それにシスターが魔枯れたのはお前を治すためだろが!」

「俺に無茶をさせなければシスターが魔枯れる必要もなかった! しかもあんなに苦労したのに何の役にも立たなかった! 作戦に不備があった! 俺は抗議するぞ!」

「クソッ! こいつ見っともねぇ!」


 ジタバタと藻掻(もが)くラデックを、シスターは冷ややかな目で見つめる。


「…………文句はハピネスさんに言ってください。私は3割くらいしか悪くないので」

「ハピネス? どうしてここでハピネスが出てくるんだ?」

「理由はまた今度。……頭痛が酷くなってきたのでもう暫く寝ます。ノノリカさん、ピリさん、ありがとうございます。他の皆さんにもよろしくお伝えください……」


 ラデックは無言でシスターの頭を鷲掴み、改造で痛覚を吹き飛ばす。


「これで寝る必要は無くなった。俺の抗議を聞け」

「……ラデックさん、前に神経系は怖いから触らないみたいなこと言ってませんでした?」

「俺は怒ってるんだ。シスター」

「私これ大丈夫なんです? 髪の毛引っ張っても痛くないんですが……」

「俺はすごく怒っているんだぞ。シスター」

「会話しません?」


 ラデックが情けない文句の嵐をシスターにぶつけている間に、ゼラザンナも目を開けた。それに気が付いたらピリが、蒸しタオルと飲み水を用意して顔を覗き込む。


「気がつきましたか! これ、タオルと水、ああ、先に自己紹介? 状況から言うべき? ああ……社交性のなさが露呈していく……」

「いや……大丈夫です……」


 ゼラザンナはコップを受け取り、ピリに頭を起こしてもらってなんとか口をつける。


「……うっ……これ、何……?」

「…………ティスタフカちゃんのエナジードリンク……。ごめんね、今飲めるものこれしかなくて……」

「炭酸しんどい……」

「だよね……ごめんね……」


 ゼラザンナは蒸しタオルを受け取り、目元を抑えて呟く。


「……全部、聞こえてた。あまちゅ屋の、ピリさん」

「そ、そう。私もノノリカさんから聞いたよ。ゼラザンナさんのこと。ブレイドモアに啖呵切るなんて、やるじゃないですか!」


 ピリはゼラザンナを励ますが、その言葉が余計に彼女を落ち込ませる。


「……言わない方が、良かったかも……。出してくれてもいい、なんて……」


 脳裏に浮かぶのは、自分の叫びとブレイドモアの顔。罪を(あがな)ったら、出してくれてもいいじゃないか。そう言った時、ブレイドモアは今までにない激昂を見せた。


「ブレイドモアさんの家族は、暴徒に殺された。暴徒は、逮捕者が多過ぎたせいで刑務所から溢れた犯罪者達だった……。犯罪者を憎んで当然だった。軽犯罪だろうが何だろうが、シスターさんの言う通り、全員が誘拐事件の共犯者だった。それなのに……ウチは……」


 血を流し過ぎて乾き切った身体から、ゼラザンナは僅かに涙をこぼした。


「言わない方が良かった……あんなこと。酷いこと言った……。ブレイドモアさんも、苦しんでたはずなのに……」

「それは、多分ちょっと違うと思いますよ」


 ピリが強めに否定をする。


「あ、いや、確信があるわけじゃないんですけどね? ……シスターさんからの通信には、ブレイドモアについての所感が書かれていたんです。「ブレイドモアは他の刑務官を罪のない人と言っていた、刑務所の体制に不満があるのでは」って。でも、今思えばそれは少し違ったと思うんです」

「……違うって、何が……?」

「ブレイドモアが言う刑務官って、自分のことも含んでいたんじゃないかって思うんですよね。ケイリさん……イースお嬢様を助けられなかった、無能な自分。それの姿を他の刑務官と重ねていた。だから、他の刑務官を傷つけていたんじゃないかなと」

「…………他の刑務官の体に憑依してを傷つけるのは、自分への罰の代わりだった……ってことですか……? そ、そんなことって……あんまりにも……」

「酷いよね。でも、それが結果的に他の大勢の刑務官を守る形にもなった」

「え……?」

「どんな無能な刑務官でも、手を出せばブレイドモアが出てくる。この抑止力がなければ、刑務官達はもっと不当な目に遭ってたと思う」


 かつての等悔山(ひとくいやま)刑務所では、刑務官の武装が義務付けられていた。しかしそれでも受刑者による反乱は絶えず、刑務官の殉職は大きな問題となっていた。


 しかしフィースとブレイドモアが来てからは反乱の回数は激減。プレス機処刑により死亡者数は増えたものの、治療費や清掃費、修理費用は大きく削減され、従順な受刑者が増えたことにより刑務作業による収益が大きく増加した。


「このメリットを言い訳に、ブレイドモアは刑務官を支配し憂さ晴らしを続けた。でも心の奥底では、自分の判断は間違ってなかった、罪なんかなかった、誘拐事件は防げなかったって言い訳をしたかったのかも。だから、思わず口を衝いて出てしまったんだと思うんです。刑務官に罪はない、なんて」

「で、でも……ブレイドモアさんのやってたことが正しかったとしても……、それでもウチは、やっぱり、酷いこと言ったから……」


 ピリは静かに頷く。


「確かに酷いことだったとも思います。ブレイドモアの心を傷つけた。でも、ゼラザンナさんの言い分も(もっと)もだったと思いますよ。罪を(あがな)った人間を釈放しなかったのは、ブレイドモアの私怨、我儘です。そのせいでプスパーカッカさんやマーデアバダットさんが死んでしまったのは事実。ブレイドモアにも罪はあるんです」


 プスパーカッカの名前を聞いて、ゼラザンナの両目から更に涙が溢れる。


「カッカさん……。善い人だったんだよ。確かに、確かに人は殺しちゃったかもしれないけど、あんな最期は可哀想だよっ……。カッカさんは……カッカさんは出ても良かったはずだよ……!」


 えずきながら泣き声をあげるゼラザンナを、優しく撫でながらピリは言う。


「難しいですよね。罪って。どれだけ償っても、大事なものを失った人は決して満たされない。かと言って奪った人が永遠に悪者かって言うと、それも違う気がしますし。悪い悪くないを1と0で決めようとするのが、そもそも間違ってるんじゃないかとも思いますし……」


 そこまで言うと、ピリは言葉を止めた。当事者でない自分が基準に言及するのは烏滸(おこ)がましいような気がした。


 ピリも、ゼラザンナも、ノノリカも。フィースもブレイドモアもケイリも、プスパーカッカもマーデアバダットも、結局は罪の(あがな)い方を知ることはなかった。


 彼らはただ、こうするべきではないかという漠然とした道徳心だけを指針に、正しそうな方へ向かうしかない。例えその道がどこへ続いていようとも。

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異能使いの集合率が高いような印象
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