253話 只今参上!
「ガッガざんは!!! 立派に贖っだ!!! 贖っだんだ!!! 救われでいいんだっ!!!」
「罪を贖ったかどうかは……!!! お前ら犯罪者が決めることじゃねぇぇえええ!!!」
ゼラザンナの指を切り落として振り上げられた槍が、ブレイドモア渾身の力で振り下ろされた。
「ゼラザンナさん――――!!!」
シスターが叫ぶ。ゼラザンナは咄嗟に顔の前に出した腕で槍の勢いを殺す。両腕の骨と頭蓋の三点で刃を受け止め、必死に押し返す。
「死ねっ……!!! 死ねっ……!!! 死んで贖えっ……!!! 死んで馬鹿を治せ!!!」
骨を削り、刃先が頭蓋を引っ掻く。ゼラザンナは最早痛みも感じなくなった腕を少しでも下げぬよう堪える。堪えさせられている。ブレイドモアとゼラザンナの筋力差は天と地。堪えられているのは、苦痛を引き延ばしたいブレイドモアの悪意。
刃先はゆっくりと頭蓋に埋まり、僅か数ミリの厚さを何秒もかけて割いていく。
「死ねっ……!!! 死ねっ……!!!」
頭蓋を貫通し、髄膜に触れる。まずは硬膜。次にくも膜。そして軟膜。ほんの少し傷ついただけで生命に関わる防護壁が切り裂かれていく。
「死ねっ……!!!」
もう少し、もう少しで、この犯罪者は死に至る。
「死ねっ……!!!」
絶望の中、希望に手を伸ばしたまま、数多の後悔と恨みの中で死に至る。
「死ねっ……!」
もう少し。もう少しで。
「………………」
髄膜が、切れない。
「ぐっ……ううっ……!!!」
「………………?」
全力で突き出した槍が、頭蓋に刃を食い込ませたまま進まない。ゼラザンナは未だ藻搔いているが、今や押し返す力など皆無。それなのに、僅か1ミリにも満たない体組織に刃が通らない。
激昂していたブレイドモアは、全身から一瞬で熱が引き冷静さを取り戻す。狭くなっていた視野に色が戻り、目につく限りの情報をかき集める。
ゼラザンナの瀕死は偽りではない。
シスターは未だ地を這いつくばっており、反撃の様子はない。
微かに聞こえる換気口の駆動音に異常はない。
空気中の波導に乱れ無し。
運動場の地面に罠らしき異常も無し――――
と、その時。足元を這う1匹のアリが目に入った。
アリ。
「っ――――――――!!!」
ブレイドは微動だにしない槍から手を離し後方へ飛び退く。
「ゼラザンナさん!!!」
「うっ……ううっ……」
シスターがゼラザンナを治療し始めるが、ブレイドモアは2人を無視して周囲を警戒する。
アリ。たかだか1匹のアリ。
それが、何故こんな地下深くの、餌も一切ない運動場のど真ん中に――――
「やれ!! カヒロ!!」
背後から掛け声。直後、足元の地面が凄烈な爆発を起こした。
「なっ……!?」
空中に跳ね上げられたブレイドモアの全身に、“ハチの群れ”が襲いかかる。
「このっ……!!」
炎魔法がブレイドモアを包み、ハチの群れを焼き払う。空中で身を翻すと、眼前に“巨大な触腕”が迫る。
「いっけぇえ!! “ミック”!!」
見上げるような“大ダコ”は、そのままブレイドモアを締め上げる。視界の端に、巨大な筒を支える4人の男が見える。
「おーし! カヒロ! 準備いいか!?」
「う、うん……!!」
「ミックに当てんなよ!」
「行くぜ新兵器!!」
タコに絡めとられ身動きは取れない。反射で防壁魔法を発動する。同時に、黒筒から耳を劈く発砲音が轟く。
「”破裂式“!!」
黒筒から撃ち出された巨大な銃弾が防壁に命中する。鉤針に覆われた銃弾が防壁に食い込み静止する。
「“三連”!!」
止まったはずの銃弾の後方が爆発し、同時に前方に向け一回り小さい拳大の銃弾を撃ち出す。それはひび割れた防壁を貫きブレイドモアの側頭部に命中するが、勢いが足らず決定打には至らない。
「”パイルバンカー“!!」
頭部に命中した銃弾が、もう一度爆発し、鉄杭を射出する。僅かに進路を変えてブレイドモアの頬骨を砕き、眼球の下部を掠めて貫通する。
「よっしゃあビンゴぉ!!」
「バカ顔だ顔!! やってない!!」
「ハズレた……!」
「あれで死なないんか!?」
男達は大慌てで筒を回収し、地面の亀裂に逃げていく。
「フっ……フざケやがッテっ……!!!」
ズタズタに裂けた顔面を回復魔法で治しつつ、全身に炎魔法を激らせる。ブレイドモアが発火し、大ダコはあまりの熱さにブレイドモアを壁に投げ捨てる。壁に打ち付けられたブレイドモアが受け身を取り顔を上げると、大ダコの足元で腕組みをしている女の姿が目に入った。
「がーっはっはっは!! “反抗夫”!! 只今参上!!」
「反抗夫っ……だと……!? 薄汚いっ……コソ泥がぁっ……!!!」
「ノノリカ!! 危ない!!」
反抗夫統括、指揮の異能者、ノノリカが高らかに名乗りを上げる。ブレイドモアは怒りのままに炎魔法の爆風を吹き鳴らし、運動場を火の海に変える。
「あぢゃぢゃぢゃぢゃぢゃ!! 逃げろーっ!!」
「逃げるならなんで出てきたのさ!! ノノリカ!! 早くこっち!!」
「こういうのは士気が大事なんだよっ!! 先逃げてろ!!」
“巨大なタコ”がシスターとゼラザンナを抱え、ひび割れからノノリカと共に逃げて行く。それを逃すまいとブレイドモアが地を踏み込む。
「行かせるか!!」
「行かせに行かせるかっ!」
しかし、踏み込んだ足は地面から離れず、大きく前のめりになって転倒する。
「っ…………!?」
何が起きたか分からぬブレイドモアに、どこからか声が語りかける。
「何もないところで転ぶのは老化の兆候だぜ。脳ドッグでも受けるか? いい医者を紹介してやるよ。クククク」
地下にある等悔山。その更に地下。反抗夫の突貫工事で掘削された坑道を、大ダコが水が流れるように突き進んで行く。シスター、ゼラザンナ、ノノリカの3人を抱えながらも速度は落とさず、それでいて丁寧に運んでいく。
「やっほーシスター! 元気……ではないよね。うん」
「ノノリカさん……! 助かりました! タコさんも!」
ノノリカは気を失っているゼラザンナに回復魔法を浴びせながら話す。
「この子の名前、”ミック“に決めたんだ。今は正式に反抗夫のメンバー! 勉強熱心で助かるよ!」
「それは良かった……。ミックさん、来てくれてありがとうございます」
「取り敢えず”指示通り“には動けてるよ。全員配置についてる。まーよくこんな作戦考えたねぇ」
「……実は、私が考えたんじゃあないんですよ」
「へー、まあそうだよね。シスターそういうの苦手そうだし。さしずめ、ラルバかハピネスあたりか? 悪巧みとか得意そうだし」
「ネタバラシは後にして、仕事を先に済ませましょう。迂回して医務室までお願いします。方角は指示します」
「はいはーい。ミック! 頼んだ!」
ミックは体色を青色に変化させて了承を示し進路を変えた。
運動場に残されたブレイドモアが声の方に振り返る。そこには、見上げるほどに大きな”半透明の巨人”が立っていた。
「何、これ……」
巨人は左手の刃を振り上げ、ブレイドモアに振り下ろす。ブレイドモアは大きく飛び退いてこれを躱し、追撃を警戒して防壁魔法を展開する。
半透明の巨人の頭部の辺りに浮かぶ”両足と片腕のない女“が、一旦構えを解いて怪しく北叟笑む。
「よ〜お、モアちゃん。お嬢様は元気かい? 生きてる方の。クククク」
「ドロド……!!!」
大明陽消団長、兼、狼王堂放送局の国刀。傀君ドロド。思わぬ大物の出現に、ブレイドモアは全身の毛を逆立てる。
「何しに来たのよ……!! まさか、脱獄の手伝い……!?」
「あぁ? 来てねーよ?」
「はぁ!?」
「来てないんだよ。ドロドも、反抗夫も、誰もな」
ドロドを支える巨人の身体が、紫色の淡い発光を放ち始める。
「ダクラシフ商工会は何も知らない。アンタは何も言わない。フィースも、刑務官も、囚人も。誰も何も言わないなら、何も起きていないのと一緒だ」
「……シスターに入れ知恵をしたのは、お前か……!!!」
ブレイドモアが地を蹴る。ドロドが完全に透明化させた巨腕で不意を突くが、予め展開していた防壁魔法に腕が触れた直後、ブレイドモアは高く飛び上がって見えざる一撃を躱す。
「……真面目だねぇ」
ドロドの顔面に槍の鋒が突き刺さる。それと同時に、ドロド本人の輪郭が水面のように波打った。
「映像っ!?」
「馬鹿真面目。だから奇人に先手が打てない」
半透明で見えづらい巨人の波導体。それをブラフに不意をつく完全に透明な波導体。そして、唯一の弱点のように見える偽物のドロド。罠の罠。
「当然、“これ”も罠だ」
背後から聞こえたドロドの声。ブレイドモアは反射で攻撃しようとするが、聞こえたのは録音されたような不鮮明な音声。咄嗟に反射を抑え込み、声以外の方に注意を向ける。
「真面目ちゃん用のな」
声の方から闇魔法の弾丸が放たれる。実体を持たない漆黒の球体は、ブレイドモアに命中し視界を闇で埋め尽くした。
「がっ……!!」
「面白いくらいに引っかかるねぇー。昔やったザリガニ釣りを思い出すぜ」
ドロドは手にしたボイスレコーダーをブレイドモアに投げつける。
「くそっ……!! ふざけんなよっ……このっ……!!」
「馬鹿言うなよ。アタシがふざけなくなったら、ただ性格が悪いだけの身体障害者じゃないか。見せ物小屋だってクビにされちまう」
ブレイドモアは恨み言を漏らしながらも、闇雲に暴れようとはしない。視界を絶たれている以上、一転攻勢の隙が見えぬ限りは防御に専念をせざるを得ない。ブレイドモアの徹底した負けない戦い方。
そんな彼女に、ドロドが叱責するように言い放つ。
「アンタは真面目過ぎる。前に言ったろ。そんなだから国刀として二流なんだよ、その地味戦法は。アタシらは国の顔なんだ。もっとド派手に! 激しく! 見てる奴がウキウキしちゃうような戦い方をしなくっちゃなぁ!! 負けないよう負けないようにってつまんねー戦い方ばっかしてるから、一級品のくせにアタシみたいな欠損品に勝てねーんだよ」
「うるさい!! わざわざ笑いに来たの!?」
「え、うん」
「ふざけるなっ……!! ふざけるなふざけるなふざけるなっ!!! ウキウキだぁ!? ド派手に激しく!? そんなことで国刀が務まるか!!!」
「務まってるけどなぁ」
闇に閉ざされた視界の中、ブレイドモアはドロドを睨みつける。
「アンタは良いわよね……!!! 障害があるから皆に応援してもらえるでしょ……!!! 分かりやすく悲惨な過去もあるし、能天気だから不幸にも挫けないし、不真面目だから悪口も聞き流せる……!!!」
「ヒステリック起こすなよ。結婚でもしたのか?」
「お前なんかに私の気持ちは分からない!!! 私には、私にはフィース様しかいないのよっ!!!」
ブレイドモアが、闇魔法に閉ざされたまま槍を構える。堅実で真面目な彼女が、初めて不条理な選択を取った。視力を取り戻そうと隙を見せればドロドに先手を打たれる。ならば、闇の中から先手を取る。しかしこれは奇策ではなく、愚策。気合や決意を力に変えようとする無意味な願望。
「……慣れないことすんなよ。アンタそういうタイプじゃないだろ」
「うるさい。お前なんかに、お前みたいな不真面目な奴に!!! 私の気持ちが分かるもんか!!!」
生死を分ける戦い。その最中、ブレイドモアの脳裏に映像が浮かぶ。まるで、走馬灯のように。
それは、遠い昔の日々。楽しかった、僅かな時間。平和な国で過ごした、侍女としての暮らし。




