250話 空嫌いのティスタフカ
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〜ダクラシフ商工会 等悔山刑務所 通信室〜
「ティ、ティスタウィンクさんの、妹……!?」
「なんだよその人外を見るような目は。まあ? あのキチガイの血族って思われちゃあ無理ないかね?」
三本腕連合軍、東薊農園工場長。ティスタウィンク。情さえも合理主義に組み込む過激思想の商売人。その妹“ティスタフカ”。シスターの鸚鵡返しに、彼女は変わらずストローの飲み口を噛み潰しながら答える。
「正確な肩書きは、“空嫌い”の出稼ぎ担当。今は訳あって等悔山刑務所の刑務官なんかやってるけど」
「“空嫌い”……? いったい何故こんなところに……それも囚人ではなく刑務官に?」
「訳あってって言ってるんだから突っ込んでくんなよな。まあ? ウチのボスの手違いっつーかなんつーか? いるのはワタシ1人だけだよ」
「空嫌いのボスと言うと、“贋帥ジヤウヤン”ですか。かなり慎重な人物と思っていましたが……」
シスターが顔を歪めつつ尋ねる。
「……私達の手助けを、してくれるんですよね?」
「正確には“してくれる”んじゃなくて、“してあげた”ね」
「え?」
ティスタフカは回転椅子を回して背を向ける。
「君らの正体も知らんぷりしてあげたし、どこで何してようとチクらないであげたし。これ以上は有料だね〜」
「……あー……幾つか……お聞きしたいことが……」
「却下〜。通信室侵入も黙っておいてあげるんだから、これ以上はちっと爪が長すぎるんじゃない?」
「…………貴方は脱出しなくていいんですか? 我々に協力した方が、互いに都合がいいと思うのですが」
「お生憎様〜。もうじき仲間が助けに来るし、万が一トラブって来なくても上手いことやって勝手に脱獄るよ〜ん」
「………………そうですか。まあ、概ね理解しました」
「話が遅い! ワタシは剥ぎコラメーカーの制作で忙しいから、大変なことはソッチで勝手にやってね〜」
ティスタフカはモニターに向き直り、ブツブツと独り言を溢しながらキーボードを叩き始めた。
シスターが呆れて肩を落とすと、ラデックとゼラザンナが慰めの言葉をかける。
「ま、まあ。お咎めなしってだけでも十分じゃないか」
「空嫌いなんか当てにしない方がいいって! 世界ギルドの裏ボスでしょ!? 背中刺されるよ!」
「……別に、元より助けてもらえるとは思ってませんよ。ティスタウィンクさんの親族なら尚更」
ラデックは勝手に2本目のジュース缶を開けつつ、「そう言えば」と呟く。
「“空嫌い”ってなんなんだ? 世界ギルドに楯突いたとか、贋帥だとか、相当強い勢力なのか?」
「え!? デッくん知らんの!? あんな有名なのに!」
「全く。世界情勢には疎いんだ」
シスターは渋い顔のまま溜息をつく。
「たまにジャハルさんに授業してもらってるでしょう……ちゃんと聞いてください。何回も説明していましたよ」
「なんと」
「“空嫌い”は、数年前に世界ギルドを騒がせた贋金製造団体です。当時、国内に存在している紙幣の0.5%もの偽造紙幣を流通させ大騒ぎとなりました」
「なんだ、たったの0.5%か」
「…………国家予算並の金額ですよ。普通は国が潰れます」
「そんなに」
「通貨偽造はどこの国でも外患誘致に匹敵する大罪ですよ。国家転覆に直結するんですから」
「なんと」
「枚数にして約500万枚の偽造紙幣が、貧困層を中心にばら撒かれた。イチルギ総帥が即座に回収、新紙幣の発行、電子決済の普及、インフレ対策等々に努めて事なきを得ましたが、使奴の協力がなければ世界ギルドは滅亡していたでしょう」
「大変だったんだなぁ」
「その騒動の発端とされる人物が、“贋帥ジヤウヤン”です。彼は貧乏人に贋金をばら撒いて貧しい者らを困窮から救い、同時に政府に喧嘩を売ったことで、貧民や世界ギルドの非友好国からは英雄のように崇められています」
「二つ名まで付くなんて、国刀みたいだな」
「実際、非公式の国刀のような扱いですね。“獄帥イチルギ”に取って代わる新たな国刀として、世間では“贋帥ジヤウヤン”の方が支持を集めています」
「それで、ジヤウヤンはどんな人物なんだ? 相当な猛者なんだろう?」
「それが全くの不明なんです。真吐一座が一度接敵したことはあるそうなんですが、戦う前に逃げられてしまったそうです。本人どころか所属団体でさえ世間に露呈することはない。それで、魔人神話における空の魔人から逃げ続ける様から“空嫌い”と呼ばれています」
シスターがティスタフカの方に目を向けるが、本人は聞こえてはいるものの全く気にせずモニターに齧り付いている。
「ですから、空嫌いのメンバーと会えることなんか滅多にないんですよ。ティスタウィンクさんの妹と聞いて少しは納得しましたけど」
「だが、そんな凄腕の団体なら協力してもらった方がいいんじゃないか? 今回の相手も国刀だろう? 同じ国の顔同士、実力も期待できそうだ」
「……ついでだから言っておきますけど、国刀って別に国の代表者として見栄えがいいだけで実力はオマケなんですよ。ピンキリです」
「えっ」
「使奴が戦争を禁止してしまったので、国同士は格付けとして自分達の国民から一番凄そうに見える人に凄そうな称号をつけてマウントを取りあっているだけなんですよ」
「そ、そうなのか」
「……ジャハルさんが恥を忍んで説明してあげていたのに、どうしてこうも聞かずにいられるんですか」
「どうしてジャハルが恥ずかしがるんだ?」
「…………ジャハルさんも国刀だからです」
「ええっ」
「………………ラデックさん、ちょっと後ろ向いてください」
シスターは数秒静止した後、思い切りラデックの後頭部を引っ叩いた。
「痛っ!! 何で叩く!!」
「本当はグーで行こうと思ったんですが、素人のパンチは手を痛めると思ってやめました」
「聞きたいのはパーにした理由じゃないんだが……」
横で話を聞いていたゼラザンナが、恐る恐るシスターに問いかける。
「ね、ねえねえ。もしかしてさ、シーちゃんって、結構お偉いさんだったりする……?」
「いや、私は全くの無名です。知り合いに有名な方がいるだけで……」
「あのさあのさ、その、最初に言った冤罪云々の話なんだけどさ、あのさ、実はさ」
「ああ、知ってます。嘘なんですよね」
「知ってたの!?」
「知ってたと言うか、どう見ても何かしらの犯罪は犯していそうだなとは思っていました」
「……反論したいけど反論したところで意味がないな。こういう場合ってどうしたらいいと思う?」
「謝ればいいんじゃないですかね」
「ごめんなさい」
「はい。反省してください」
投げやりに話を切り上げられてしまい、ゼラザンナは慌てて続ける。
「そ、そうじゃなくて! いやそうなんだけど! あのさ! あれ! えっと、そうだ! そう! お偉いさんと知り合いならブレイドモアも説得できたりしないかな!?」
「はい? どうやって?」
「いや、それは分かんないけど……。その、ジャハルさん? って、人道主義自己防衛軍の国刀、嵐帝ジャハルだよね?」
「そうですけど、恐らく彼女とブレイドモアに接点はありませんよ」
「ああ〜……そっかあ……」
ゼラザンナは頭を抱えてへたれこむ。
「どうしてジャハルさんがブレイドモアが関係があると思ったんですか?」
「うぅ……いやね? 結構前にブレイドモアが独り言で「私は国刀としても兵士としても二流だが」みたいなこと言ってたから、同じ兵士の国刀同士接点あったりしないかなーって……あれ、軍人と兵士って別物?」
「……それ、もう少し正確に思い出せませんか? 「だが」ってことは、その後に何か言っていたんですよね?」
「えー? えー……と……確か……何だっけ……」
「“人間としては一級品”だなぁー」
部屋の隅で酒を飲んでいたマーデアバダットが答える。
「あー!それそれ! バダットさんもあの時いたんですか?」
「運動場の悶着んときだろぉー? ありゃー酷かったなあー」
「思い出したらサブイボ出てきた……」
「でー、それが何だってんだー?」
マーデアバダットの問いも聞かず、シスターは俯いて何かぶつぶつと呟いている。
「……人間としては? いや、噛み合わない……。文脈が変ですよね。一流ではなく、一級品……彼女が人間を蔑むような発言をするとは思い難いのですが……そうですね、私もそう思います。あ、そうか……だとすると……そうですね。国刀で、はい。恐らくは……」
「おーい? シスタぁー?」
「あ、はい。すみません」
「また天啓かぁー?」
「……はい」
シスターは咳払いをして3人の方を向く。
「ブレイドモアを倒す作戦を思いつきました。ご協力願います」
まっすぐな瞳で告げる。
しかし、マーデアバダットは酒を呷ってからゲップと共に答える。
「オレはパスだぁー。別に、出たいと思ってねーしなぁー」
それでもシスターは眉ひとつ動かさずに即答する。
「問題ありません。元より危険な策です。バダット親分には随分助けて頂きましたし、これ以上無理をお願いできません」
「……自分のこと殺そうとしてた奴によく言えるなぁー、そんなセリフー」
回転椅子の向こうからティスタフカも言葉を投げる。
「さっきも言ったけどワタシもパスねー」
「ああ、ティスタフカさんには自ら動いて頂きます。美味しい取引なら、貴方だって自分から協力してくれるでしょう?」
「ふーん? あーね?」
「ティスタウィンクさん同様、貴方も合理で動くお方です。どうでしょう、ここはひとつ、利で情を売っていただけませんか?」
「……分かってるねぇ、君ぃ」
それからシスターはゼラザンナに顔を向ける。
「ゼラザンナさん」
「は、はい!? なんか雰囲気怖いよ!?」
「貴方には、1番危険な役目をお願いしなければなりません」
「えええええぇぇぇ……あんま脅かさないでよ……もっかいお漏らししそう……一回漏らしたからいいか……」
「でも、貴方ならきっとやってのけるはずです。プスパーカッカさんのために、貴方は生きなくてはならない」
「……うん」
「でも、それと同じくらいに」
「……?」
「プスパーカッカさんを死に追い詰めたこの刑務所に、復讐をしたいと思っているのではありませんか?」
「……!! そ、そりゃあ、そう、だけど……」
「その復讐心が、怒りが、この策の要になります。ゼラザンナさん。やってくれますか?」
ゼラザンナは静かに、力強く頷いた。
それから最後に、シスターはラデックの方を向く。
「ラデックさん」
「シ、シスター。なんか様子がおかしいぞ」
「貴方にもお願いがあります」
「シスター、また無茶をするんじゃ無いだろうな。もしそうなら全力で止めるぞ。お前は自分を少しぞんざいに扱いすぎる」
「ご心配なく、今回私は無茶も何もしません」
「な、ならいいが……」
「無茶をするのはラデックさんです」
「え」
「危険な役はゼラザンナさんにお願いしてしまいましたが、大変な役をラデックさんにやってもらいます」
「ど、ど、どんなふうに大変なんだ?」
「分かりません。ラデックさん次第です」
シスターが一歩進ごとに、ラデックも一歩ずつ退がる。
「でも、頑張ればできるはずですよ。ラデックさんはここぞって時に壁を越えられる人ですから」
「シ、シスター。顔が怖いぞ」
「いつも通りですよ」
「い、嫌だ。シスターの言う大変なんか絶対に凄く大変じゃないか!!」
「多分想像している倍は大変だと思います。あんまり怖がらせても可哀想なので、具体的なことは直前に伝えますね」
「何で!! 何でオレなんだ!!」
「ここにはラデックさんしかいないからです。当たり前じゃないですか」
「嫌だ!! 嫌だ!! 絶対碌なことじゃない!!」
「はい。碌なことではありません。でもやらせます」
「嫌だ!! 嫌だ!! 嫌だ!! 嫌だーっ!!!」




