24話 至高の料理を彩る要
〜ヒトシズク・レストラン ホテル「箸休め」〜
風呂から上がったラルバは、サウナで倒れていたハピネスを担いでいるイチルギと一緒に部屋に戻った。
「ただいまーっと?バリア、ラデックは?」
「お風呂、私も今から」
そう言ってバリアがラルバの横をすり抜けて退室していく。
「そうか、でだ!チル助!」
イチルギはハピネスをベッドに寝かすと、その横にゆっくりと腰掛けラルバを睨む。
「変なあだ名で呼ばないで」
ラルバは飛び乗った椅子を後ろへ傾け、ユラユラとバランスを取りながらニヤつく。
「目打ち、骨切り、焼き霜、湯引き。握り3年巻き8年。至高の料理を彩る要は、餌に拘る職人心と、死苦をも搔き消す幸福一匙。一世一代無上の味に、滴るネズミを殺す唾――イチルギ達はこの意味、どこまでわかった?」
「うーん……私は“滴るネズミを殺す唾”はわかった。ラデックは“死苦をも搔き消す幸福一匙”がわかったって言ってたわ。それ以外はさっぱり」
それを聞いてラルバが楽しそうに口角をにぃっと上げ、少し堪えるように鼻息を小刻みに漏らす。
「んふふふ……そっかそっかぁ。私は全部わかった!んだが……念のため答え合わせをしようか。イチルギ、続きを聞かせてくれ」
イチルギは「じゃあ」と咳払いを一つ挟んで語り出す。
「まず“滴るネズミを殺す唾”だけど、これは恐らく“ ゼルドーム・レインフォン”の事を指してると思うわ」
「気を衒いすぎたお菓子みたいな名前だな」
「ヒトシズク・レストランで最も高名な美食家よ。料理人では無いんだけれど、異常な美食への執念から世界一の美食家になったの。その貪欲さは、猛毒ですら食べたがって自分の体にありとあらゆる毒を注入して耐性をつける程。巷じゃ”如何物喰いのゼルドーム“って呼ばれてるわ。その“体に注入した毒”の所為で体液に強い毒性を持ってるの。だから彼で多分間違いないわ」
「ほうほう。で、“死苦をも搔き消す幸福一匙”は?」
「多分人間の生理現象の一つじゃないかって。死ぬ瞬間に脳内麻薬と魔力が暴走して死の恐怖を紛らわす現象があるでしょ?」
「ああ、”ラストシアター“だっけか」
「正確には死への恐怖や不安から過剰分泌された脳内麻薬に加えて、無意識下で発動する幻覚魔法による解離性波導閉塞。いわゆる走馬灯ってやつね。これが“死苦をも搔き消す幸福一匙”じゃないかってラデックは言ってたわ」
「なぁるほどねぇ」
「で、私たちの答えは……意味不明だけど、”鰻料理“じゃないかなって」
ラルバが盛大に吹き出す。
「うっ、うなぎって、あーっはっはっは!」
ムッとしたイチルギが立ち上がってラルバを怒鳴りつける。
「しょうがないでしょわかんないんだからぁ!!今のところよ!今のところ!」
「うなっ、うなぎっ、ひひひひっ」
「目打ち、骨切り、焼き霜、湯引き、後の握りと巻きも考えて食材は魚だとすると、これで考えられるのは鱧とか鰻くらいでしょ。血液に毒もあるし、ゼルドームと死が関わってくるなら尚更。もちろん今は下処理キチンとすれば刺身も食べられるけど、一世一代無上の味ってことは2回は食べられない。てことは、“死を覚悟して食べる猛毒の鰻の刺身”辺りがいい線いってるんじゃないかなーと。いい加減笑うのやめなさい!!」
「いーっひっひ……うなっ……鰻……」
「その様子だと、てんで的外れみたいね……」
「だ、だって鰻も鱧も関係ないし……」
「じゃあ今度はラルバの推理を聞かせなさいよ」
「あー面白かった……私の推理?いいだろう!」
「うっ」
ラルバがベッドの上に勢いよく飛び乗って仁王立ちをすると、足元から小さく呻く声が聞こえた。
「あ、ハピネス踏んじゃった」
「アンタはもうちょっと慎重になりなさい!死んだらどうすんのよ!」
「大丈夫だよ。ラデックいるし」
「そうじゃない!!」
ラルバはイチルギの剣幕を他所に、ニヤニヤと笑みを溢しながらくるくると踊り出す。
「私がウルグラの歯を全部引っこ抜かせた時、なぜ怒った?」
「逆に何で私が怒らないと思ったのかしら……!」
イチルギが歯を食い縛りながら静かに怒りを表す。
「良いじゃん別に」
「いい?ウルグラは性格悪いけど犯罪者じゃないの。アンタがもし性格が気に入らないとか言う理由で人を殺すんだったら、世界ギルドに被害が出るのを覚悟で私はアンタを止めるわよ」
真剣な顔でラルバを睨みつけるイチルギ。それを見てラルバはヘラヘラしながら返事を返す。
「いやいやあいつ犯罪者だよ。それも並じゃない極悪非道な悪党だ」
「ウルグラが何をしたのよ」
「んー……口が臭かった」
「はぁ!?」
イチルギは怒りを通り越して呆れ返り、項垂れるように椅子に寄りかかる。
「はぁ……いい加減にしなさいよラルバ、口が臭いって…………………………“口が臭い”?」
何かに気づいたイチルギを見て、にたぁっと笑顔を歪ませラルバは再び踊り出す。
「そうだ。“口が臭かった”んだよ。異常な程な」
口に手を当て黙っているイチルギに、ラルバが更に語り続ける。
「私はゼルドームなんて奴今初めて聞いたが……何故お前らは“ゼルドームが毒を食べたいがために耐性をつけた“と思ったんだ?どうして”毒を食ってることに気付いていない“とは考えなかったんだ?」
ゼルドームは「毒を持つ物にも未だ知らぬ美味がある」と言いながら猛毒の生き物を食べて見せ自身の毒耐性をアピールしていたが、耐性を付与した技術者も、毒を食べるに至った経緯も一切触れられていなかった。
イチルギは黙ったままラルバを細目で睨み、ラルバはそれを嘲笑するかのように言葉を繋ぐ。
「ウルグラの身体中のイボや斑点。常に荒い口呼吸と乱れた鼻息。汚らしいぶくぶくに太った体。回復魔法の使いすぎだ。新陳代謝に乱れが生じて身体中にイボや斑点ができる。粘液の異常分泌で常に鼻は塞がり、胃腸の活性化により肥満体型になる。典型的な波導性過回復症だな。ひょっとして、ゼルドームとやらにも似たような症状があるんじゃないのか?」
ラルバはそのまま立て板に水を流すように語り続ける。
「毒にも回復魔法で治るものと治らんものがあるだろう。なにかしらの分泌や神経に影響を与えるものであれば無効化できるが、溶解液は体内に吸収すれば簡単には出ていかないから、“体液に毒性を持つ”例もある。もし寄生虫が体内にいれば余計活性化してしまうだろう。大量に繁殖し、大量に死滅する。その死骸は変異した体液も相まって、それはそれは“臭う”だろうなぁ」
ラルバがベッドから降りてイチルギの前に立つ。
「だが奴らは気づかない。自分の口の臭さにも、塞がった鼻にも、食った物の毒にも。でも誰かが治しているんだ、気づかないはずはない。じゃあなんで気づかない?頭が大層”お馬鹿さん“になってしまっているんだろう。馬鹿につける薬はないと言うが……”お馬鹿さんになる薬”なら山程あるだろうなぁ」
沈黙を保ってきたイチルギが静かに口を開く。
「ヒトシズク・レストランの麻薬摘発件数はほぼゼロに近いわ」
「摘発できない麻薬ならあるだろう?葉っぱや薬品の検査ならするだろうが、誰が“脳内麻薬の検査”など行うんだ?」
イチルギが拒絶するように顔を覆い声を荒げる。
「まさか!脳内麻薬ってのはただの比喩じゃない!実際の麻薬とは性質も形も異なってるわ!そもそも経口摂取で吸収できるようなものじゃない!」
「まあ今まで誰もやんなかったからな。それに吸収云々は変換魔法でどうとでもなるだろう」
「それに!麻薬だって定期的に摂取しなきゃ重症化はしないわ!」
「定期的に摂っているんだろう」
イチルギは目を細めて顔に影を落とす。
「そんな……!!!一体……どこから……!!!」
「分かってるくせに」
絶望に染まるイチルギに背を向け、ラルバはベッドに潜り込み寝支度を始める。
「じゃあ私は寝るぞー。明後日のグルメコンテストの為に英気を養わなくてはならないのでな……」
イチルギは吐き気と嫌悪が絡み付いた頭を押さえながら部屋を出る。すると、丁度風呂から出てきたラデックとすれ違う。
「イチルギ。推理の方はどうだった?」
「…………」
イチルギはラデックの方を振り向くが、何も言わずに目を伏せて背を向ける。ラデックは立ち去るイチルギに向けて、独り言のように呟いた。
「そうか。“悪い方が当たってた”んだな」
次回25話【如何物喰いのゼルドーム】




