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シドの国  作者: ×90
ダクラシフ商工会
242/284

241話 冤罪デッドエンド

〜ダクラシフ商工会  狗霽知(いぬばしり)大聖堂 歓楽街  狗霽知(いぬばしり)天文館 コンサート会場楽屋 (ゾウラ・カガチ・ボブラ・ナハル・ラプーサイド)〜


「さて、こっちも動くか。もう時間も無い」


 カガチは目覚めたばかりのキールビースを担ぎ上げ、部屋を出て行こうとする。


「わっ、わっ」

「お、おいカガチ! 少しはゆっくりさせてやれ!」


 キールビースは全裸であることに気付き、咄嗟にシーツを引っ張って身体を隠そうとする。ナハルは慌ててカガチを止めようとするが、ひらりと躱されてしまう。


「カ、カガチさん!? 助けていただいたのはありがたいんですけど……!」

「お前にやってもらうことは一つ。私達の指示する内容を舞台で拡散しろ」

「ぶ、舞台!? え、だって、今コンサート終わったばっかり……」

「お前が潰れてから、もう2ヶ月が経過している。こちらの計画は全て順調。あとはお前の復活待ちだった」

「計画? 2ヶ月!? えっと、何が起こって――――うわっ!?」


 キールビースは衣装部屋の床に放り出され、その上から舞台衣装を投げつけられる。


「着替えが済んだら舞台へ行け。間もなく本番だ」

「えぇ!? リ、リハーサルは!?」

「無い」

「じゃ、じゃあせめて進行表だけでも――――」

「無い」

「無い!?」


 慌てて着替え始めたキールビースを、カガチが廊下に放り投げる。


「ちょ、まだ着替えてない!!」

「歩きながら着替えろ」

「無茶!!」


 無理やり舞台裏まで連れてこられたキールビースの耳に、カガチの通信魔法である黒い鳩がシールのように貼り付く。


「指示は都度出す。まずは復帰の挨拶でもしてこい」

「挨拶って……まだ何も考えてないよ!?」


 舞台の方から、この演出用のスモークが噴出する音が聞こえる。入場曲が鳴り響き、キールビースは反射的に前へと歩き出す。


「それからは国中への呼びかけだ。内容は――――」

「…………え?」


 スポットライトの光が視界を奪う。それと同時に、思考を混乱が塗り潰した。




 時は遡り、キールビースの引退コンサート翌日。ラデック逮捕直後。


〜ダクラシフ商工会 等悔山(ひとくいやま)刑務所 (ラデックサイド)〜


 等悔山(ひとくいやま)刑務所の無機質なコンクリートの廊下を、ラデックは縄を引かれ歩かされている。ヘレンケル皇太子の側近を強姦した容疑をかけられたラデックは、無実を叫ぶのをグッと堪えて従っていた。


 この冤罪は、恐らくはラルバの差し金。確証がなくとも、何となく確信に近い形でそう感じていた。しかし、それとはまた別に自分の立場は不安でしかなく、逃げ道を求めるように口を開いた。


「……なあ、その、裁判とかはいつやるんだ?」

「裁判? ああ、そうか、お前外国人か」

「そうだが……」


 縄を引く背の高い女は、馬鹿にして鼻で笑う。


「裁判ならもう終わったぞ」

「は……? ど、どういうことだ?」

「お前のようなクズに割いてやる時間も金もない。新聞に有罪判決が出たとでも書いておけば、それで誰も文句は言わない。万が一にも、お前に生還の可能性なんてないんだよ」

「なっ……俺の仲間が文句を言うぞ!? 冤罪の可能性は!?」

「うるっさいなぁ……」


 女はラデックの顔面を引き寄せ膝蹴りをし、血のついた膝をラデックの服で拭う。


「冤罪なんてあるわけないだろ。警察が捜査ミスするってーのか? もしあったとしても、そんなの私らには微塵も関係ない。お前がここにいるってことは、どの道お前はこうなる定めだったってことだ」


 そのままラデックは所持品を没収され、黄ばみの目立つ汚れた麻布の服に着替えさせられた。


「俺の荷物はどうなるんだ?」

「勿論、刑務所のものになる」

「そ、それは困る! 大事なものが入ってるんだ!」


 女は縋りよるラデックを蹴飛ばし、鬱陶しそうに唾を吐きかけた。


「どうしてお前みたいな犯罪者の言うことをきかなきゃならないんだ? 真面目に生きてる潔白な私達が。お前が困ろうがどうなろうが、私の知ったことじゃない。そもそも、大事な何かがあるなら犯罪なんか犯すなクソ野郎」

「そ……それは……そう……だが……」

「ま、気にすることはない。お前の刑期が3年だろうが10年だろうが、死んだってここから出られはしないんだ」


 ラデックは縄を引かれ、冷たい通路の中へと押し込まれる。


「それでは……ようこそおいでませ。【死の国】、等悔山(ひとくいやま)刑務所へ。テメェの愚かさと醜さを噛み締めて、できるだけ惨めに余生をお過ごし下さい」




 頑丈な鋼鉄の扉が甲高い金切音をあげてゆっくりと閉まる。振り返ると、先は一本道になっており、ひんやりとした薄暗いコンクリートの下り坂がどこまでも続いている。


「……お化けが出そうだ」


 薄っぺらいスニーカーをペタペタと鳴らして下って行くと、時折背後で金属の擦れる音が聞こえた。振り返れば、通ってきた道には金属の壁が立ちはだかっていて戻ることは叶わない。


「厳重だな。流石は死の国というだけある……。正攻法じゃあ出られそうにないな……」

「投獄直後に脱獄の話か? 太々しい奴だな」


 ラデックの呟きに、壁際のスピーカーから音声が返答をする。


「誰だ? お前は」

等悔山(ひとくいやま)刑務所所長。“フィース・ジャージト”。覚えなくていいぞ」

「そうか。助かる」

「…………貴様、何を企んでる?」


 唐突に意味深な質問をされ、ラデックの首筋が一瞬痙攣する。


「敵意……? いや、警戒だな。それと……不安。疑心。焦燥。受刑者としては変哲ない感情だが、貴様のは少し違う。もっと余裕に溢れていて、被害を恐れていない。相当腕に自信があるか、頼れる仲間がいるのか。その両方か」

「……異能者か?」

「そうか。私が異能者に見えるくらいの図星なんだな」


 ラデックは再び身を震わせる。いつだか爆弾牧場でヒヴァロバに言われた忠告を思い出す。


 迂闊(うかつ)に喋んなってのは訂正するよ。オマエ、覆面でも被って生活したら?


「……俺はもう何も言わない」

「結構。貴様が何を企んでいようが、私には通用しない。どうせ貴様等犯罪者は、私の監獄からは二度と出られはしないのだから」


 スピーカーが沈黙し静寂が耳を突く。ラデックは先を進みながら、挑発するように小声で呟いた。


「……ヒヴァロバほど鋭くなくて助かった」





 下り坂の先には一基のエレベーターがあり、中に入ると勝手に扉が閉まって上昇を始めた。そして、扉が開くと無機質な短い廊下が現れた。


「案内は……無しか」


 中を少し進むと、向かい側から1人の刑務官が歩いてきた。


「あ、すまない。ちょっといいか?」


 刑務官は帽子を上げてラデックを見ると、数歩下がり警棒に手をかけた。


「新入りですか? 名前は?」

「ラデック。さっきエレベーターで来たばかりなんだが、どこへ行けばいい?」

「ラデックさんですね。少々お待ちを」


 刑務官は無線機を手に取り、ラデックに手のひらを向ける。


「こちらゼロゼロイチ通路。受刑者ラデックを発見。確認願います。……はい。……はい。了解致しました」


 無線機をしまうと、刑務官は道を譲って警棒を振る。


「では案内します。先頭を歩いて下さい」


 指示通りにラデックは道を進みつつ、今し方感じた疑問を問いかけてみた。


「あなたはここの刑務官か?」

「はい。そうです」

「……俺が来るって連絡はなかったのか?」

「はい」

「随分杜撰だな……」

「……ラデックさんの疑問も分かります。ここは変なんですよ」


 刑務官は立ち止まって顔を伏せる。


「私たちは、あなたがどんな理由で投獄されたかを知りません。この先どうなるかも知りません。ですが、どうか私達刑務官に危害は加えないで下さい」

「……? ま、まあ、元よりそのつもりはあんまりないが……」

「……詳しくは手引きを読んでおいてください。部屋にありますから……」


〜ダクラシフ商工会 等悔山(ひとくいやま)刑務所 収容房〜


 ラデックが連れてこられた部屋は3人部屋で、壁に備え付けられた狭い三段ベッドが壁に固定されている。そのほかにも個人ロッカーや洗面台、個室トイレなど、ラデックの想像よりは遥かに過ごしやすい環境だった。


「他の囚人は現在刑務中です。あと1時間もすれば戻ってくると思いますので、何かわからないことがあれば彼等に聞いて下さい。では」


 刑務官が部屋の戸を閉めると、ひとりでに鍵が掛かった。どうやら内側からは開けられない仕組みのようで、ラデックは異能を使えば内側からも開けられることを確認すると暇潰しがてら部屋を探索し始めた。


「トイレ。意外に清潔。洗面台。意外に清潔。ベッド。狭い。意外に清潔。綺麗なのはいいことだ。一番上がいいって言ったら譲ってくれるだろうか」


 そして、何の気になしにベッドの下を覗き込む。そんなところに有用なアイテムを隠すのは映画の中だけの話であるが、手を伸ばしたラデックの指先に固いものが引っかかった。


「何だ……?」


 引っ張り出したそれを目にした途端、ラデックは慌てて服の中にそれを隠し廊下を見る。刑務官らしき人影がないことを確認すると、恐る恐る隠したものに視線を落とす。


「これは……」


 それは、真新しい拳銃だった。




 それから暫く、棚にあった小説を読んで待っていると、廊下から数人の声が聞こえてきた。


「っあーダリぃー。洋裁ガチで嫌いなんだよなぁー」

「ぐちぐちうっせーな。嫌なら転房しろよ」

「え!? 待って!? 腕時計忘れてきたんだけど!?」

「あーあーもったいねー」


 喧騒はラデックの部屋に来るより前に消えていく。足音も段々と数を減らし、やがて2人分の足音だけが部屋の前までやってきた。


「あぁー。ツッカれたなぁー」


 まず部屋に入ってきたのは、のっぺりとした顔の大男だった。縦にも横にも大きい彼は、贅肉で殆ど顔と境目のなくなった首を曲げて座り込むラデックに顔を向ける。


「おぉー? 新入りかぁー?」

「どうも」


 大男の後ろから、続けてもう1人が入ってくる。


「あ、あれ!? ラデックさん!?」

「シスター? 奇遇だな」

「なんだぁー? 知り合いかぁー?」




 3人は足の短いテーブルを囲み、自己紹介を始める。


「ラデックだ。シスターの友達で、ついさっきここに入れられた。よろしく」

「……改めてまして、シスターです……。ラデックさんの知り合いです……」

「オレは“マーデアバダット”。よろしくぅー」


 マーデアバダットがラデックに手を差し出すと、ラデックは一切の躊躇なく手を握り返した。


「よろしく」

「おぉー。おめぇー、いいやつだなぁー」

「ああ、俺はかなりいいやつ寄りだと思う」

「褒めてねぇぞぉー」

「えっ」


 面食らったラデックが硬直すると、マーデアバダットは巨体をゆっくりと持ち上げ、ベッドの方へ歩いていく。そして咆哮のような溜息をつきながらベッドに腰掛けると、その重みで3段ベットが大きく軋んだ。


「ここじゃあー、いいやつはカモにされるだけだぁー。でもぉーオレと同房でよかったなぁー。超ラッキーだぞぉー」


 そう言って彼は枕の中に手を突っ込み、中から大きなペンチを取り出し2人に向けた。


「お前らぁ、オレの子分になれぇー。じゃないとぉー、指。やっちゃうぞぉー」

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早速バイオレンス 等しく悔い改める山なのか人喰い山なのか
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