236話 大路と悪路
〜ダクラシフ商工会 給冥エージェンシー ホテル“真人館” 客室〜
夜、ラルバがレシャロワークと格闘ゲームを楽しんでいるところへナハルが訪ねてきた。
「ラルバー? ちょっと聞きたいんだが……何してるんだ?」
「弱いものイジメ」
「ムキィー!! 勝てぬぇーっ!!」
「……ラデックを知らないか? まだ戻ってきてないようなんだが」
「ああ、強姦で逮捕されたよ」
「はぁ!?」
ラルバは器用に足でノートパソコンを開き、ニュース記事にアクセスする。
「ほれ」
「ヘレンケル皇太子の側近に強制わいせつを働いたとして、狼の群れ国籍のラデック容疑者28歳を逮捕……!? 何だこれは!?」
「やーねぇ見っともない。どうせなら大統領暗殺とかで捕まってほしいよ」
「お前……まさか等悔山刑務所に潜入させるためだけに……?」
「え? それ以外に何があるの? まさか本当にラデックがやらかしたと思ったの? そんなわけないでしょ全く」
「………………もういい。何も言わない」
「何も言わない? 言ったね? 何も言っちゃだめだよ?」
「……他に何をしでかした」
ラルバはニュースサイトの画面を推移させ、下の方にあった別のニュースをナハルに見せる。
「…… 給冥エージェンシー造幣局付近にて、麻薬取締法違反の疑いで国籍不明の男を逮捕……。男は身分を証明するものを所持しておらず、不法滞在の疑いもかけられている………………」
「ラデック1人じゃあ寂しいだろうからってことで、ネッ」
「……………………この男がシスター以外なら許す」
「何も言わないって言ったじゃん」
「……………………………………」
「ああああああ無脊椎動物になっちゃうぅぅぅぅぅ」
そこへ、部屋の外から書類片手にハザクラが入ってくる。
「入るぞ」
「ハザクラちゃーん。助けてぇー」
「俺の方は終わった。そっちはどうだ?」
「けっけっけ、ばっちぐーよ」
ラルバは回復魔法で諸々を治しながら、再生したばかりの顔面を怪しく歪ませる。
「大金も用意できたし、ラデックとシスターは等悔山刑務所にブチこんだし、“声のデカそうな鶴”はゾウラ達に任せてある」
「そうか。……俺の感覚ではまだまだやるべきことがあるように思えるんだが、大丈夫なのか?」
「さあね? なるようになるでしょ。完璧な計画ってのは、綺麗で太い一本道じゃなくて、どんな悪路も踏破する足腰のことを言うのよ」
「成程」
シスターの逮捕に一切反応を見せないハザクラに、ナハルは血相を変えて詰め寄る。
「ま、待てハザクラ!! お前、この作戦を知っていたのか!? どうして言わないんだ!!」
「だって、言ったらナハルは反対するだろう?」
「当たり前だ!! お前までラルバみたいなことを言い出すな!!」
「……今回はラルバの我儘と言うよりは、俺の提案の比重がでかい。まさかシスターを逮捕させるとは思わなかったが……刑務所に潜入させようとは思っていた」
「は、はぁ……!?」
「更に言うと、俺が考えたのはラデックを刑務所送りにするとこだけで、シスターの潜入は“先方”の助言によるものだ」
「先方……!? 誰だそいつは!!」
「直に分かる……。少なくとも、俺達の理になる策だ。黙ってシスターに頼み事をしたことは謝る」
「…………………………私も行く」
「今回ナハルは留守番だ。反撃の異能者が刑務所になんか行ったらとんでもないことになるだろう。ただでさえ死の国などと呼ばれているのに、全員生き埋めにするつもりか?」
ナハルは暫く怒りのやり場を迷って立ち尽くしていたが、シスターに相談されなかったことが自分が不要である何よりの理由であると思い至り、何も言わずに部屋を出て行った。
「……悪いことしたな。ラルバ、今回ナハルに何か仕事は任せないのか?」
「んー、いざとなったらシスター達の救出に行ってもらうくらいかなー」
「そうか。まあ反撃の異能者は扱いが難しいからな。本人は気をつけているだろうが、やはり扱う側となると不安でしかないし……」
「狼王堂放送局まで内緒にしてたのが不思議なくらいよ……。うっかり全滅エンドとかにならなくてよかったねー」
「……それは、まあ、確かに」
ハザクラが部屋を立ち去ろうとすると、ラルバは大きく伸びをして「さて」と呟く。
「そろそろ私も動こっかなー!」
「もうか? 早いな」
「善は急げってねー……。じゃ、行くよゲーム坊や!」
「うぇぇ!? ナンデ!?」
レシャロワークはラルバに頭部を鷲掴みにされ、逃げる術なく引き摺られていく。
「役者は揃った! 舵取りは外野に任せて、私は好きにエンジョイしちゃおっかなー!」
「やだぁぁぁああ!! 折角“鎧核”買えたのにぃ!!」
「子供は風の子悪魔の子! お外で一緒にあっそびーましょー!」
「やだぁぁぁぁぁあああああああ!!」
悲痛な叫びと共に部屋を出て行ったレシャロワークとラルバを見送り、ハザクラは手元の資料に目を落とす。
「……さて、俺も動くか」
〜ダクラシフ商工会 国会議事堂“ダクラシフ商工会議所” 閣議室〜
大きな楕円形の机を囲む男女、その内の汗に塗れた壮年の女性が怒鳴り声混じりにぼやく。
「なんなのもう!! こんな忙しい時に、境界の門からの訪問!?」
その声に同調して、両隣の男達も頷く。
「ぃや全くだぜ。他人のことなんか何も考えてねーんだろ」
「手前の国が先進国じゃなくなってきたもんで焦ってんだろうさ」
机を囲む与党議員達が、口々に世界ギルドの悪口を言い合う。
「自分達がヨソに勝てねえからって戦争禁止なんか謳いやがって」
「三本腕連合軍に依頼してた兵器が製造中止になったのもアイツらの仕業だろう?」
「最近じゃ、軍隊の国と本格的に手を組み始めたって聞くしな」
「グルメの国も国防長官に使奴が就任してから生意気になったしよぉ」
「このままじゃ上の国に何言われっかわかったもんじゃねーよ」
そして、入口方向の席に座っていた者達に目を向ける。
「ま、お前さんらの“土産物”がどこまで通用するかだな」
そこに座っていたのは、診堂クリニックの総合病院支部長達であった。
「ふん……。命からがら逃げてきたって言うのに、随分な歓迎じゃないのかい? ん?」
「歓迎して欲しかったら、せめて襲ってきた使奴の個人情報ぐらい持ってくればよかったんじゃないですか?」
「だぁかぁらぁ! 無理だったの! それどころじゃなかったのぉ!」
「まあまあ、この土産だけでもいいじゃないですか」
小さな円柱型の機械を手にした男が、その端にあるスイッチを押す。
『命令待機状態に移行しろ』
機械がハザクラの音声を発する。
「これを使奴に聞かせれば、我々の言うことを何でも聞いてくれるようになるんでしょう?」
「ふん! そんなんであの化け物が言うことを聞けば苦労ない!」
「何よぉ! アンタ、バガラスタさんが嘘ついたって言うわけ!?」
「なぁんでホウゴウ院長に試しておかないんだ! あのバカなら安全に実験できただろうに!」
「それができたら苦労せんわ……」
そんな喧騒をよそに、最も端の席に座る鷲鼻の老年男性、ダクラシフ商工会大統領“ガナタアワシャ”が機械を手に微笑む。
「まあいいだろ。これがおもちゃだろうが、境界の門が何を企んでいようが、どうせウチに手出しはできないんだ」
呟くような小声に、他の者らは愚痴を止める。そして、次第に口角を緩やかに上げた。
「そりゃそうです。奴ら、動くのがちょいと遅過ぎましたよ」
「今更ウチの国民が使奴の統治を受け入れるはずがない! あんな気味の悪い化け物、誰が従うか!」
「給冥エージェンシーを金で従えられたとしても、狗霽知大聖堂の使奴嫌いは筋金入りだしねぇ。それどころか、あそこの連中は平和ボケしきってだぁれも選挙になんか行きゃぁしない。アタシらを追い出したら、働き手が居なくなってこの国は終わりだよ」
「給冥エージェンシーを金で従える? バカを言えよ! 造幣局が金に靡くもんかよ! はっはっは! それに……あそこは“カーガラーラ”の縄張りだろう? あいつを買収できたら大したもんだ! 下手な交渉じゃ、逆に血の一滴まで搾り取られて仕舞いだろ!」
「等悔山刑務所も、今や“フィース”の玩具箱じゃしな。まあどうなろうとワシらの知ったことではないが……、今更正義だの何だのが通用する場所じゃあない。あんな掃き溜め、貰ってくれるなら喜んで渡してやるわい」
先程までの険悪な空気が嘘のように消え去り、代わりに悪意が澱みのように充満し始める。
「おい、“ヤクシャルカ”。……ヤクシャルカ!! 起きろヤクシャルカ!!」
「ん……? ああ、はいはい。聞いてます聞いてます」
部屋の隅で地べたに座り込み居眠りをしていた女性が、半目を眠そうに擦り返事をする。
「お前、暫く外には出るな。万が一でも使奴には情報を知られたくない」
「はーい……」
「お前はいつもいつも……! 寝るな!! 全く……お前さえいれば“使奴なんぞどうとでもできるんだ”。そうだろう?」
「んー……まあ、そうですねー………………。実際、“何人かは追い払えてますし”……。大丈夫だと思いますけど………………」
そう言うと、ヤクシャルカは再び壁に頭を預けて二度寝に入ってしまった。ガナタアワシャ大統領は顔を顰め、不安そうに鷲鼻を撫でる。
「……まあいい。ヤクシャルカが対応できなかった時の策も充分に用意してある。作戦なんぞ、予定通りに進む方が稀なんだ。舗装された道ばかりを歩いているようじゃ、真に物事は成せん」
部屋の壁を覆い隠すようにカナリア色の巨大な国旗が、太陽の光を浴びて煌々と輝く。
「境界の門の薄汚い蠅どもめ……。いい機会だ。世界ギルドの名、返してもらうぞ」
〜ダクラシフ商工会 狗霽知大聖堂 歓楽街 狗霽知天文館 (ゾウラ・カガチ・ボブラサイド)〜
少し時間は巻き戻り、ラデックとヤクルゥがゾウラ達と出会ったその後。ゾウラ達3人はアイドルのコンサート会場手前まで来ていた。
「すごい! 人でいっぱいですね!」
「中に入るどころか、建物まで辿り着けもしねーぞ……。諦めるしかねぇな」
ゾウラに手を引かれるボブラは、ホール会場手前のごった返す人混みを見てそうぼやく。
「行ってみましょう!」
「話聞いてたか? 無理だっつの」
「おや? あっちの方行けそうですよ!」
「カラーコーン立ってんだろ! そっちは関係者通行口だよ!」
「カガチ! こっちいきましょう!」
「かしこまりました」
「聞けよ話を!!」
〜???〜
薄暗い部屋に、男の小刻みに震える荒い呼吸が響く。
「ふっ……ふっ……ふっ……ふっ……うっ………………!」
唯一の光源であるモニターの向こうには、1人のアイドルの姿が映し出されている。
「はぁ……はぁ……はぁ……キ、キールビースちゃん……。ぼ、ぼくの、ぼくの……キールビースちゃん……」
生物的な汚臭が充満する物に溢れた小部屋で、男は再び呼吸荒く万年床に体を擦り付ける。
「ふぅ……ふぅ……へへ、いつか、いつか一緒に、暮らそう、ね」




