232話 嵐の前の静けさ
〜浮遊魔工馬車 1階リビング〜
「7」
「8!」
「9」
「10」
「11…?」
「12です!」
「18ぃ」
「……19」
「チェック」
ラデックがボブラを指差し、それと同時に皆が額に当てていたカードを下す。それぞれのカードには数字が記されており、その合計値は20を示していた。
その瞬間、ラデックは下唇を噛んで俯き、レシャロワークとゾウラが小躍りを始めた。
「はい残念〜ラデックさんの負けぇ〜。やんややんやっ」
「やんや! やんや!」
「やんややんやっ」
「やんや!」
ラデック、ラルバ、バリア、イチルギ、シスター、ゾウラ、レシャロワーク、ボブラの8名は、親睦会と称してリビングルームでボードゲームに興じていた。
「やっぱり勝てない……絶対ズルだ」
「言っときますけどぉ。仮になんか秘策があったとしてもこんなところでは出しませんよぉ。ゲームはルールの内でマジのガチに鬼遊ばないとぉ」
「絶対おかしい」
ラデックはぶつぶつと文句を溢しながら、カードを纏めて配り直す。
「何だかレシャロワークに狙い撃たれている気がする」
「言いがかりぃ」
「少なくともお前が来るまではイチルギよりは勝てていたんだ。絶対におかしい。順番逆にしよう」
「みみっちぃ〜」
すると、ボブラが不思議そうにイチルギを見た。
「使奴がゲームで負けた? 手加減じゃなくてか?」
「……ええ。私はこういうの苦手みたい」
「そりゃありえねぇ。使奴には遊戯相手としての機能があるはずだ」
「私の場合不具合が遊戯機能だったってことでしょ? 他の使奴も結構不具合あるみたいだし……」
「何だと? 本当か?」
「ええ。例えばバリアは味音痴だし、ラルバは痛みが理解できてないし」
バリアとラルバが同時に訂正を入れる。
「私のは味音痴じゃなくて食への興味の希薄。味は分かるよ」
「人でなしみたいに言うな! 痛みは分かるぞ! そりゃもう痛いくらいに!」
「バリアはともかく、ラルバは痛みに鈍感でしょ……。殴った時も反射で声が出てるだけじゃない」
「そんなことないよー。いたいいたい」
戯けるラルバに、ラデックが思い出したことを口にする。
「そういえばラルバは笑顔の塔で八つ裂きにされてもピンピンしていたな。カガチですらカザンに殺されかけて苦しんでいたのに」
「う〜ん……ほら、このカードって白いけどさ。うわぁ〜! 白い〜っ! とはならないじゃん? だから別にすっごい痛くても、痛い〜っ! とは言わないなぁと」
「痛みは感じてるのか……」
「だから痛いって言ってるじゃん! 私は耐えられるってだけ! 分かったらもう叩かないでネ!」
「じゃあ他の人も叩くな」
「いや、人が痛がってるのを見るのは楽しいじゃん」
すると、ちょうど通りかかったハザクラが「そういえば」と口を開く。
「ベルも確か不得手があったな。昔は絵が下手だったとか」
それを聞いてイチルギが意外そうな顔をする。
「何それ知らない。確かに絵を描いてるところは見たことないけど……」
「豚の尻尾を牛のようにまっすぐ描いてしまって、フラムさんにえらく笑われたらしい。それ以来練習して上達したんだとか。今は写真と見紛うほど精巧な絵を描けるぞ」
「へぇ……ま、私はいいかな。遊びじゃなければちゃんとできるし」
「何で遊びだと下手になるんだ?」
「……なんかこう、イケるかもって思うと好奇心に抗えなくて……」
「……まあ、本人が大丈夫って言ってるならいいか」
ハザクラは軽い溜息とともに呟く。
「だが、念のため“給冥エージェンシー”には近づかない方がいいな」
聞き慣れない単語に、ラルバが目を輝かせる。
「お! ダクラシフ商工会のおもしろゾーンか!?」
「ああ。丁度いい、先に説明しておくか」
それからラプーに魔工車の運転を任せ、他のメンバーで会議を始めた。ハザクラは大きく広げたダクラシフ商工会の地図を指差しつつ説明を始める。
「次の目的地であるダクラシフ商工会は、大きく3つ――――いや、4つのエリアに分けられる。
まずは首都であり中枢の機関である“ダクラシフ商工会”。大戦争の被害を免れた地域が多く、200年前から様々な物資の交換所としての役割を担ってきた街だ。そのせいか、目立った悪事こそないものの高額の関税や上納金で随分と肥えている【金持ちの国】だ。
次に“給冥エージェンシー”。上流階級御用達の賭博場や娯楽施設が乱立する【賭博の国】だ。ダクラシフ商工会の財布であり主たる収入源でもある。
そして、庶民の居住区。"狗霽知大聖堂"。賭博の国ほどではないが、多くのサブカルチャーに溢れる【歓楽の街】だ。氷精地方の中では住みたい街ランキング最上位の治安と幸福度を誇っている。最近だとアイドルがやたらと人気らしい。やることがなければここで時間を潰すのもいいだろう。
最後に、ダクラシフ商工会、延いては氷精地方の掃き溜め。入ったら二度と出られないと噂される【死の国】。"等悔山刑務所"。ダクラシフ商工会が世界中の悪党に賞金をかけているせいで、世界各国から賞金首が集められて収容されている。……ここは地域に含めるか迷ったが、公開されている数字だけ見れば間違いなく最多人口地域だ。何せ、刑期を終えて出所した人間が一人もいない」
ハザクラが説明を終えると、ラデックが首を捻って尋ねる。
「その等悔山刑務所なんだが、襲撃されたりしないのか? 仲間が収監されたりしたら、他の仲間が助け出しに行きそうなものだが……。やっぱり後ろ盾に笑顔の国があるのか?」
「いや、ダクラシフ商工会は中立国だ。世界ギルドにも、笑顔の国にも属さない。中立を維持できるだけの戦力があるんだ」
「国刀ってやつか?」
「国刀だけじゃない。話が複雑になるから話は省くが、相当な手練が4、5人いるって思っておいてくれ。だが、やはりその中でも国刀の“眠姫ヤクシャルカ”は相当に強いそうだ」
「どれぐらい強いんだ?」
「噂では笑顔の七人衆入りも夢じゃないとは評されていたが、詳しくは不明だ。ただ、今のダクラシフ商工会の治安の良さは、ひとえに彼女が抑止力になっていると言ってもいいだろう」
「……その話で言うと、ロゼのいるグリディアン神殿は相当治安が悪かったが……」
「……別に国刀が強ければ治安がいいというものでもないが、それに関しては……まあ、そういうことだな」
「そういうことなのか……」
2人の会話を尻目に、ラルバはブーブーと文句を垂れる。
「強いか弱いかはどーでもいーからさー、悪いかそうじゃないかだけ教えてよーハザクラちゃーん」
「それが分かれば苦労しないんだ」
「取り敢えずその刑務所は蓋して火ぃぶっ込むとしてー」
「お前は大人しくしてろ。今回は搦手で行く」
「やーん面倒くさーい」
「お前にはどうせ”黙りボルカニク“と死に物狂いで殺し合ってもらうんだ。暴れたいならその時にしろ」
「使奴相手は気が向かなーい。弱いものイジメしたーい」
「じゃあボルカニクより強くなれ」
「すごい無茶言うじゃん……」
「お前よかマシだ」
その夜、ナハルが夕飯の準備をしていると、キッチンにボブラが通りかかった。
「あ、ボブラ。夕食はシチューを作るつもりだが、お前は嫌いな食べ物とかあるか?」
「ああ? オレはいらん」
「いらんって……お前は今アンドロイド体なんだろう? アンドロイドと言えどエネルギーは要るだろ。有機魔導炉とか内蔵してないのか?」
「はぁ? お前何言ってんだ?」
「何って、お前のエネルギー源について……」
「くだらねーこと聞くなよ。ったく……」
「あっおいボブラ!」
「ともかく、オレは飯は要らん」
「……何なんだ?」
水の入ったコップだけを手に去っていくボブラを、ナハルは困惑の表情で見送る。そこへ、入れ違いでハピネスが入ってきた。
「何を聞いても無駄だよナハル」
「ハピネス? どう言うことだ?」
「彼は、自身がアンドロイドだと言うことを認識していない。その上、それに言及されると必ずはぐらかす」
「……何?」
ハピネスは冷凍庫からアイスバーを取り出し、窓際に腰掛けて齧り付く。
「恐らくは、生前のボブラが仕込んだプログラムだろう。アンドロイドの特徴として、生理現象による弊害の排除や無尽蔵の体力は得ているものの、自分を普通の人間だと言い張っている」
「……盲点になっているのか?」
「私もさんざ尋ねたが、自分のことを普通の人間だと言っておきながら200年生きたことについてははぐらかす。排泄や睡眠を行わないこと、100年以上病気に罹ったことがないこと、怪我を治すのに回復魔法ではなく修復魔法を用いること。認識はしているものの、それらを異常なことだとは認識出来ない」
「奇妙だな……一体何のためにそんなことを……」
「そんなもの、決まってるじゃないか。人間の王であり続けるためだよ」
「……どう言う意味だ?」
「君は、使奴が人間を支配することに疑問を持ったことはないのかい?」
「……いや、わかった。そう言うことか……。何を馬鹿なことを……。それならば最初からアンドロイドになどならなければ……」
ナハルが顔を押さえて目を伏せると、ハピネスは馬鹿にするように笑って2本目のアイスバーを取り出す。
「アンドロイドとして民の上に立ってしまえば、それは機械による人間の支配と何ら変わらない。それは最早政治ではなく飼育だ。人間という脆い器を捨てさるも、飽くまでも人間としての立場を失わぬためにアンドロイドとしての自認を持たないようにしている。自己犠牲の精神と、尊厳。覚悟。それらを機械によって不変のものとした。……こんなことは言いたくないが、君ら使奴には理解出来ないことだよ」
「……ああ、そうだな。私には理解出来ないものだ」
ナハルの返答に、ハピネスは少し意外そうな顔をする。
「罵倒が返ってくるものだと思っていたが……。案外貴方も人間臭い考え方をするんだな」
「馬鹿にするな。私は……自分が使奴であることをいつも恥じている。人間の気高さには憧れる毎日だよ」
「そうか。それなら憧れの人間様である私の分のシチューには鶏肉いっぱい入れてくれ」
「じゃあもうアイス食べるのやめておけ。入らなくなるぞ」
「あと一本だけ」




