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シドの国  作者: ×90
崇高で偉大なるブランハット帝国
231/285

230話 バリア対……

〜崇高で偉大なるブランハット帝国 不毛の都 カチャラット村〜


「じゃあ、俺とラデック、ジャハル、ゾウラの4人で行ってくる。勝手にどこかに行くなよハピネス。レシャロワークとシスターはよく見張っておいてくれ」

「自分見張られる側では?」

「お気を付けて」


 ラルバの奇行生放送を見た後、ハザクラはラルバの企みを止めるべく村を出た。そして、村が見えなくなった頃、丘の向こうから黒い影が凄まじい速度で近づいてくるのが見えた。


「何だ?」

「皆構えろ!」

「いや、あれは……」


 それが何かを認識するより早く、漆黒の人影はハザクラに接近し担ぎ上げた。


「なっ……!?」

「説明は後!! 来て!!」


 そして、漆黒の人影は一瞬で丘の向こうへハザクラを連れ去ってしまった。残された3人は唖然として2人が消えた彼方を見つめる。


「い、今のは……」

「…………イチルギの声だったな」




 あまりの速度に呼吸もままならぬ中、ハザクラはイチルギに尋ねる。


「な、何だ!? 何があった!?」

「バリアが洗脳されたの!! 仲間殺しの命令を強制されてる!!」

「洗脳の異能か!?」

「ボブラが使奴研究員で、ハザクラ君の異能を録音してたのよ! それともう一つ、あの子“目と耳を潰しちゃった”のよ……!」

「何だと!?」


〜崇高で偉大なるブランハット帝国 第五使奴研究所近辺〜


 2人が丘の上まで来ると、黒煙を上げる第五使奴研究所が見えた。そして、岩山の陰から全身を黒痣の斑模様に覆われたカガチが姿を現す。


「やっと来たか。何とかしろ」

「何とかって……」

「来たわよ!!」


 弾丸のように迫ってきた鉄拳を、3人は間一髪のところで(かわ)す。両目と両耳から血を流すバリアが、無機質にハザクラに顔を向ける。


『バリア先生!! 止まってください!!!』


 ハザクラを無視して、バリアはカガチに殴りかかる。


『止まれ!!! 動くな!!! 動くな!!!』


 そう何度も叫ぶが、バリアは止まらない。隣にいたイチルギは落胆し頭を抱える。


「……やっぱりダメね。骨の振動で何とか聞こえないかと思ったけど……」

「耳が潰れた時点で、自ら音の情報を遮断しているのか……! これじゃあ通信魔法も無理か……!? 一体どうすれば……」

「……方法はなくはないわ」


 深刻そうな顔で、イチルギは唸るように呟く。


「今バリアが受けている命令は、“仲間を全員殺せ”という命令。両目両耳を潰したのは、仲間を全員殺すという目的を確実に完遂するため……。バリアらしい考え方だわ。あの子がハザクラを無視したのは、多分仲間を殺す順序を指定されていないから。カガチなら幾らボコボコにしても罪悪感ないでしょうし、使奴が死ぬことはないから実質足止めになる。地面への攻撃も加減してくれてるみたいだし」

「……てことは」

「あの2人を宇宙まで飛ばす。カガチが飛んでってくれればバリアが追いかけていくでしょうし、カガチ次第で割と楽に出来ると思うわ」

「……それで?」

「………………200年待つ」

「よし。別の方法で行こう」


 イチルギはより深刻そうに歯を擦り合わせる。


「一番現実的なのは、回復魔法で鼓膜を修復させること。その後、バリアがまた耳を潰す前にハザクラ君の命令を聞かせる。……できそう?」

「それしかないんだろう。やるしかない」


 ハザクラは自己暗示で肉体を更に強化し、バリアの元へと走り出す。


 カガチは使奴研究所の外壁を自在に飛び回り、バリアはそれを叩き落とそうと彼女を追いかけ続けている。そこへハザクラが近寄ろうと外壁を蹴って飛び上がると、バリアが急に方向転換をしてハザクラに急接近する。


「なっ――――!?」

「危ない!!」


 追いかけてきていたイチルギが、ハザクラの腕を引いてバリアから遠ざける。距離が空くと、バリアは再びカガチの方へと飛んでいった。


「困ったわ。ハザクラ君の接近そのものを命令遂行の障害だって思ってるみたい」

「まずいな……流石にバリア先生の殴打を耐えられるほど丈夫じゃない。別の手段を探そう」

「とは言っても……私が魔法で録音して聴かせてみる?」

「恐らくは反魔法で掻き消される……でも、それはそれで身体能力を低下させられるか」

「動きが鈍ったところでそんなに意味ないけどね……」


 ハザクラが視線を地に這わせて思案していると、視界の端に奇怪なモノが映った。


「何だ……?」


 それは、小さな茶色のぬいぐるみだった。膝下ほどの大きさで、木の根で編み込んだような無骨な見た目をしている。人の形を模しているだけで、目やリボンのような装飾は見当たらない。


 ぬいぐるみはよちよちと不器用に歩いており、ハザクラ達の横を通り抜けようとしている。何やら波導のようなものも滲み出てはいるが、変質しきっていて魔力を帯びていること以外は何も感じ取れない。


 2人が警戒してぬいぐるみを見つめていると、頭部が裂けて中から一枚の丸まった紙を吐き出した。紙が地面に落ちて広がると、途端に波導光を発して輝き始める。


 得体の知れない魔法の断片を察知したバリアが、魔法陣を掻き消そうとカガチを無視して接近してくる。そして、魔法陣を庇おうとしたぬいぐるみを蹴り飛ばして紙を切り裂いた。


 その直後。バリアが糸の切れた操り人形のように倒れ込んだ。


「……バリア先生?」


 ハザクラが声をかけるが、バリアは指一本動かす様子はない。


「何が、起こった……?」

「分からないわ……でも、とにかくチャンスよ!」

「あ、ああ」


 イチルギが回復魔法でバリアの鼓膜を再生させ、ハザクラが繰り返し命令を施す。


『仲間殺しの命令は破棄。今後、命令の受諾は任意とする。えーと……今までの命令は任意で破棄可能とか言っても平気だと思うか?』

「うーん……バリアだから変なことしないとは思うけど……。念の為カガチとかナハルにも相談したら? 使奴部隊にかかってる命令の種類とか私知らないし」

「そうか。……他にも何か言っておいた方がいいだろうか」

「死の魔法を自分に使わないこと、とか?」

「それはやめた方がいい気がする。そっちは魔導ゴーレムだった頃の初期機能の一つだからな。仕様書を確認していないうちはメインシステムに手は出したくない」

「へぇ……じゃあ、まあいいんじゃない?」


 そこへ、空からラデックが落下してきた。


「よかった、どうにかなったんだな。バリアが暴れてるから何事かと思った」


 腕の翼のように広げたラデックの背中から、ゾウラが飛び降りる。


「ラデックさん空飛べたんですね! すごいです! また乗せてください!」

「いいぞ」


 薄く広げた腕をうねうねと脈動させて元に戻していくラデックを見て、ハザクラとイチルギはけったいなものを見るように目を見開く。


「な、なんだ」

「……お前、どんどん化け物になっていくな」

「前にバリアにも似たようなことを言われた。傷付く」

「どうにかなったんだなって、お前がやったのか?」

「幾ら使奴相手とはいえ、俺が触れればどうとでもなる。まあそれが難しいんだが……」

「あのぬいぐるみもお前のか?」

「ああ。”十五郎mark2“だ」

「はあ?」


 ラデックは両手を擦り合わせると、指を細長く伸ばして触手のように蠢かせて見せる。


「異能で細長くした指を糸のようにして、人型に編み込んで切り離したものだ。色も変えれば人間の肌だとは思われないだろう。俺からそう離れなければ少しは操作できるし、異能も発動できる。その中にチャシュパの家にあった呪術書の切れ端を仕込んで置いたんだ。使奴は呪いを嫌うらしいから、上手くバリアの気を引けると思った」

「……先生は靴でぬいぐるみを蹴っていたが」

「最近は布一枚くらいなら接触判定にできる。……まあ、やってることはものすごく細い丈夫な体毛を糸の隙間に差し込んでるだけだけどな。金属の鎧とかは無理だ」

「……凄いとかを通り越して気味が悪い」


 ハザクラ達の薄ら嫌悪が混じった眼差しを受け、ラデックは地面に大の字になって倒れ込む。


「楽をしようとすれば叱られ!! 頑張れば気味が悪いと言われ!! 俺はどうすればいいんだ!! 一生みんなの泥汚れを叩いてろと言うのか!!」

「悪かった。悪かったよ」

「ものすごく傷付いた!! もう立てない!! もう嫌だ!! 俺は抜ける!! 置いてってくれ!!」

「悪かったって。頼むから立ってくれ。6つも年上の人間が駄々を捏ねているのを見るのはつらい」

「嫌だ!!」

「……お前、ラルバに似てきたな」

「それはもっと嫌だ。立つ」

「………………」


 ハザクラは「それもラルバみたいだ」と言いかけたのをグッと堪え、何とか機嫌を直してもらおうと褒め続けた。




〜崇高で偉大なるブランハット帝国 第五使奴研究所 別棟通信室〜


 無事に命令の支配から脱したバリアを連れて、ハザクラ達はラルバのいる通信室へとやってきた。そこにはへらへらと緊張感もなく笑うラルバと、頭を下げるボブラとアンドロイドの姿があった。


「ウチのポンコツが申し訳ないことをした」

「大変ご迷惑をお掛けしました。再発防止のため、当機は廃棄処分いたします」


 さらっと出てきた自殺発言に、ナハルが慌てて止めに入る。


「ちょ、ちょっと待て! そこまでしなくていい!」

「いえ、妥当です」

「ああ。自己改変プログラムがまさかここまで人間に歯向かえるとは思わなかった。少なくとも、元の警備ロボットに戻さなきゃ危なくてしょうがねぇ」

「そんな……」


 ナハルはかける言葉が見当たらず、縋るようにイチルギの方を見る。イチルギは少し考え込んだ後、ハザクラを一瞥(いちべつ)してから口を開く。


「私も処分自体は反対。貴方達がいなくなったらこの国の仕組みが全てブラックボックスのまま宙吊りになっちゃうもの。せめて引き継ぎ業務くらいは済ませていってほしいわ」

「それは難しいです。当国家の政策は、アンドロイド全員が各自で発案したものを随時適用、改善して成り立っています。システムは統合されたものではなく、各アンドロイドのローカルデバイスで管理され必要な情報のみを共有しています」

「……みんな好き勝手やってるから統括者がいないってことね」

「妥当な要約です」

「じゃあ尚更処分するわけにはいかないわね」

「……今回のような、暴走の危険があります」

「なら管理権限をこっちにも頂戴。ハザクラ君、人道主義自己防衛軍にこういうの得意な部署があったわよね?」


 ハザクラは渋い顔をしてジャハルの方を見る。


「アマグモの情報部隊なら任せられるだろうが……」

「ああ。確実に嫌な顔をするだろうな……特にコランが」

「俺はあそこのエンジニア……特にコラン大尉には負い目がある。快諾はしてくれないだろう……」

「2人で何とかして。じゃなきゃこの子達スクラップ行きよ」

「頑張ってはみるが……ううん……時間がかかるだろうな」


 しかし、ボブラは眉間の皺をより深めて否定する。


「いいや、廃棄するべきだ。引き続きなら俺がやる。イチルギと言ったか。俺をその情報部隊とやらに会わせてくれ」

「嫌」

「こんなロボット共を気遣う必要はねぇ。少なくともメインデータのアクセス権は全て剥奪すべきだ!」

「そんなことしたら会話もままならなくなるでしょ。折角自分で考えて動ける子を、わざわざ機械語入力が必要なコンピューターに戻す意味はないわ」

「だからって……!!」


 イチルギはボブラの眼前に指を突きつけ、語気を強めて言い放つ。


「帝王ボブラ・ブランハットは死んだ。今の貴方はただの下級使奴研究員。部外者が政治に口出さないで」


 ボブラは痛いところを突かれて押し黙る。アンドロイドはボブラと目が合うと、静かに頭を下げた。


「ボブラ様。ご命令を」

「……………………管理権限を、イチルギとハザクラに譲渡。俺のIDを破棄しておけ」

「……畏まりました」


 アンドロイドは暫く静止したのちに、ボブラに歩み寄る。


「何だ……?」

「ID未登録。管理レベル0。……保護レベル。対象外」

「……今までの仕返しか。好きにしろ」


 ボブラは観念したように目を閉じる。アンドロイドはボブラの手を取り、自分の頬に押し当てた。


「……何の真似だ?」

「ずっと、ずっとこうして欲しいと願っていました」


 ボブラは怪訝な顔のまま、されるがままにアンドロイドの頬を撫でる。アンドロイドは目を細め、ボブラの背中にもう片方の手を回す。


「当機は満足です。……お父さん」

「……致命的なバグだな」

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― 新着の感想 ―
ラデック君なんでもアリになってきてるな。成長系主人公だったのか 黒幕がまだいるとはいえ初めて穏当に終わったような気がする
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