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シドの国  作者: ×90
崇高で偉大なるブランハット帝国
230/286

229話 都合のいい国

〜崇高で偉大なるブランハット帝国 第五使奴研究所 地下2階 研究フロア (ナハルサイド)〜


「ラルバ!!」


 研究室への扉をナハルが勢いよく開く。そこには、つけっぱなしのモニター群に淡く照らされたベッドだけが残されていた。


「遅かったか……」


 ナハルに担がれた女性型アンドロイドが部屋の隅を指差す。


「あのプラグに私を近づけて下さい。研究所内の生体スキャンを行えます」

「わかった!」


 アンドロイドを部屋の隅に下ろそうとした瞬間、モニターの1枚が一瞬のノイズを挟んで映像が切り替わった。


「なんだ?」


 そこには、赤いカーテンをバックに、シルクハットとステッキを持ったラルバと拘束されたボブラ・ブランハットの姿が映っていた。




〜崇高で偉大なるブランハット帝国 不毛の都 カチャラット村 (ラデック・レシャロワークサイド)〜


「んぎゃーっ! いいとこだったのにっ!」

「ラルバ……? 何やってるんだ?」


 村人と共に暢気にテレビを観ていたレシャロワークとラデックは、突如画面内に現れた知人と見知らぬ人間に首を傾げる。すると、一緒にテレビを観ていた子供が呟いた。


「ブランハットだ……」

「何?」

「え?」


 その呟きが聞こえたのか、子供の親が窓の外から顔を覗かせる。


「何だって? ……ああっ!!」


 そして、画面を一目見てから一瞬硬直し、持っていた洗濯物を放り出して駆け出していく。


「みんな!! テレビ点けろ!! ブランハットが出てる!!」

「んなっ……(ふれ)か!?」

「わからん! なんか縛られとる!」

「はぁ!?」


 村人の声を聞いて、村中の人間が急いでテレビのある家庭に雪崩れ込んでいく。ラデックとレシャロワークは突然押しかけてきた村人達に押し潰されそうになりながら、辛うじて画面に目を向ける。


「苦しい……」

「ぐえ〜。死ぬぅ〜」


 すると、今までずっと動かなかった画面内のラルバが、バッとステッキをを振り上げる。


「ミュージック、スタート!!」


 掛け声と共にチェンバロがメロディを奏で、拘束されたボブラがライトアップされる。ボブラは何が何だかわからないといった困惑の表情をしており、周りを踊るラルバを静かに目で追っている。


「ちゃららららら〜。ちゃららららら〜らら〜」


 ラルバはバックミュージックに合わせて口遊(くちずさ)みながら踊り、カメラにニカッと笑顔を向ける。


「テレビの前の皆様ごきげんよう! 私は名も無き天才奇術師、ラルバ! 本日は皆様を愉快で奇怪な奇術の世界にご招待いたしましょう! 今回のゲストはこちら! 皆様ご存知、ボブラ・ブランハット帝で〜す! 拍手〜!」


 手足と一緒に口も縛られているボブラは返事をすることはできないが、どこか呆れるような眼差しでラルバを見つめており、特に暴れる様子も慌てる素振りもない。


「イッツァショーターイム!! ちゃららららら〜。ちゃららららら〜らら〜」


 ラルバが再びBGMを口遊みはじめ、画面外から煌びやかな箱を持ってくる。それにボブラを入れ、顔だけを出すようにして鍵をかける。


「もがっ!?」

「ちゃららららら〜。ちゃららららら〜らら〜」


 それから箱の後ろから何本もの剣を取り出し、切れ味を見せるためにりんごをカットしてみせた。そしてボブラが入っている箱の側面に剣を突き立て、大きくカウントダウンをする。


「スリー! ツー! ワン! えいやっ!」


 剣が箱を貫通する。ボブラは一瞬驚いたような表情をするが、すぐにまた困惑の表情に戻る。ラルバは続けて二本三本と剣を突き刺していき、全ての剣を差し終えると決めポーズでカメラにアピールしてみせた。


「ジャジャーン!!」


 ボブラが特に痛がる様子もなく目を細めていると、ラルバがその頭部を勢いよく引っ叩いて箱の中に押し込めた。


「ちゃららららら〜。ちゃららららら〜らら〜」


 ご機嫌に箱を持ち上げ、キャスター付きの台座に乗せて何度もぐるぐると回す。そして、すべての剣を抜いてから再びカメラに合図を送る。


「スリー! ツー! ワン! やぁーっ!」


 カウントダウンと共に箱を開けると、中にはボブラではなく八つ裂きにされたニワトリの死体が入っていた。


「ジャジャーン!!」


 ドヤ顔でニワトリを見せつけたラルバは、手際よくニワトリの羽を剥ぎ、炎魔法で一気に焼き上げかぶりついた。そして、満足げに肉を頬張りながら“おしまい”と書かれたプラカードをカメラに見せた。


 そしてすぐに映像が切り替わり、元の刑事ドラマが流れ始める。


「……何だったんだ?」

「しょぼい」


 ラデックとレシャロワークは、あまりパッとしない時代遅れの手品に呆れて首を捻る。しかし、村人たちは目を震わせて呟き始める。


「……ブランハットが、死んだ」

「ブランハットが……」

「あ、ああ……!」


 そして、近くの者と肩を抱き合い叫に近い歓声を上げる。


「やった!!! やった!!! ブランハットが死んだ!!!」

「自由だ!!! 旅の人がやってくれた!!! やった!!!」

「もう飢えなくていい!!! もう苦しまなくていいんだ!!!」


 ラデックとレシャロワークは手品だと言おうかと思ったが、狂喜をぬか喜びにさせてはならないと思い口を(つぐ)み、互いに顔を見合わせて溜息を吐いた。




〜崇高で偉大なるブランハット帝国 第五使奴研究所 別棟2階 倉庫 (ラルバサイド)〜


「ゲッホ!! ゲッホゲッホ!!」


 乱暴に床に転がされたボブラは、口に詰められていた布を吐いて拘束を外す。


「……一体何だっつーんだ? テメェの目的は何だ? オレを殺しに来たんじゃねーのか?」


 喉を摩りながらラルバを恨めしげに見上げる。ラルバはステッキをクルクルと回して怪しく笑い、その先端を眼前に突きつける。


「悪しき帝王は無惨にも殺された! 国民は大いに喜び、平和の到来を喜んだ! めでたしめでたし……ってね」

「……会話をしろ失敗作。テメェの目的は何だ?」

「最初に言ったはずだぜポンコツエンペラー。悪人の処刑に来たってよぉ〜」

「なら何でオレを殺さねぇんだ。何であんなお粗末な手品で済ませた」

「そりゃあお前はポンコツなだけで悪人じゃないからね。私が殺したいのは……黒幕だよ」

「黒幕だぁ……?」


 ラルバはずいっと顔を寄せて、歯をぎらりと輝かせて尋ねる。


「お前の造ったこの国は、ワンオペで建てたにしちゃあ上出来だ。だが、ちぃと杜撰(ずさん)だな?」

「褒めてぇのか貶してぇのかどっちだ」

「褒めてんのさ。特に人攫いロボット! ありゃいいアイデアだ。病死や餓死で人口を調整するよかよっぽど人道的だし、命からがら逃げてきた子供を村は歓迎して大事に育てるだろう。それが常識になりゃ血統による差別も起きにくい……。全ての村の平均年齢が一定になるから、どこかの村だけが極端に疲弊することもない。どっかの国じゃ児童虐待が課題にもなったって聞くし、非文明人に命の大切さを教えるにはイイ手じゃあねーの?」

「人様の子を盗んでるのには変わりねぇ。親を死ぬほど悲しませてるのは事実だ。とても褒められるもんじゃねぇだろ」

「ああ。うん。クソだと思うよ?」

「どっちだよ……!」


 2人が言い争いをしているところに、アンドロイドを担いだナハルが姿を現す。


「おいラルバ!! お前一体何を――――」

「だってお前、総人口数えてないじゃん」


 ボブラの眉が痙攣する。ラルバは到着したばかりのナハル達を一瞥すると、楽しそうに笑いながら説明を続ける。


「監視カメラぐらいつけておきなよ。あ、今って通信妨害されてんだっけ。失敬失敬。村の倉庫さー、結構備蓄あったんだよねー。重税で食料と人口の調整してるんじゃなかったの? 税金取るなら稲で取らないと。畑の広さだけじゃあ収穫量見積もれないし、めちゃめちゃ虚偽申告されてるでしょ」


 したり顔でそう言われ、ボブラは唾と共に反論を飛ばす。


「そのくれーわざと見逃してんだよ! 少しズルするくらいバッファがねぇと国民が疲弊しきっちまう!」

「それにしたって見逃しすぎって話。この政策続けてたら人めっちゃ増えて喧嘩し始めるよ」

「このやり方にしたのは何十年も前からだ! 問題がないとは言えねぇが、少なくとも人が増えて喧嘩するようなことは起こってねぇ!」

「うん。何でだろうね?」

「知るかそんなこと!! お前の意見が間違ってるだけなんじゃねぇのか!?」


 そう指摘されると、ラルバは急に笑顔を引っ込めてボブラを睨む。


「お前のような出来損ないが、使奴の性能を疑うのか?」


 急変したラルバの剣幕に、ボブラは気圧されて息を呑む。


「バカにも分かるように言ってやろう。お前らは重税で人口を調整し、誘拐で村の平均年齢も調整していた。だが、それでは不十分だった。碌に村の監視をしていないせいで村人は食料を隠し、偽り、お前の目を盗んで子を産み続けた。だが、村は大きくなるどころか新築の家さえ建っていない。明らかに人が減っている」

「人が増えてねーかもしれないだろ。減ってるっつー根拠は何だ」

「ここの子供達は誘拐されている。ここの国以外の存在によって。私達は元々、その誘拐犯を探しにここへ来たんだ」


 その言葉を聞くと、ボブラはアンドロイドに疑いの眼差しを向ける。アンドロイドはレンズを絞り、ラルバに反論する。


「否定します。国内および国境はロボットによる見回りが行われています。城壁を築いて以降の来訪者は貴方達が初めてです」

「ふーん。でもさ、あのロボットって通信機能の無い魔導ゴーレムでしょ? 壊されたり改竄されたりしたら、侵入者がいたか分かんないじゃん」

「否定します。我々の管理するロボットは全て、独自の暗号方式を用いて操作をロックしています。無理矢理ロックが解かれた形跡はなく、破壊された機体もこれまではありませんでした」


 そこまで聞くと、ラルバは満足そうに笑顔を作った。


「うん。じゃあいいや。お前らにもう用はないし、答え合わせしてやるよ」


 ラルバは突然踵を返し、部屋の隅にあった端末を操作してモニターに電源を入れる。


「えーっと、どれがどれだっけー……? ああ、これか」


 研究所内の監視システムを起動し、モニターを動力室へと切り替える。すると、動力室の光景が映し出され、画面の端に様々なバロメーターが浮かび上がる。部屋中に並べられた円柱のガラスケースの中には、淡く発光する液体に浮かぶ使奴が封じ込められている。


「うーん。何度見ても笑っちゃうね。人間電池とか発想としてあってもやるかねフツー。あ、普通じゃないのかお前らは」

 

 ラルバは空になっているガラスケースの一つを指差す。


「へい! ハゲオヤジ! このケースって元から空だったの?」

「あぁ? いや、大戦争前は入っていたはずだ。何かがきっかけで目覚めて逃げ出したんだろう」

「ここに入ってた使奴の姿って画像ある?」

「あー、ちょっと待ってろ」


 ボブラはラルバに代わり端末を操作する。そして、一枚の画像をモニターに映す。


「ほれ、これがそうだ。シャドマカ被験体2番。第四世代の使奴だ」


 そこに写っていたのは、紫と藍が混ざった長髪の使奴だった。こめかみからは紫色の角が生えており、瞳はラルバと同じ紫色に染まっている。


「で、こいつが何だ?」

「んふふふふふふ。まあ知ってたけどね」


 黙って話を聞いていたナハルが、画像を見て息を呑んだ。


「な、こいつは……笑顔の七人衆、“(だんま)りボルカニク”……!?」

「あれぇ。ナハルン知ってたんだ?」

「……3年前に、グリディアン神殿に一度来たことがある。尤も、その時は“愛と正義の平和支援会”国王の護衛として来ていたが……」


 そこでナハルはハッとしてラルバを見る。


「そう言えばラルバ、お前はボルカニクと戦ったことがあるんだよな!? 笑顔の国で! その時どうしたんだ!?」

「ん? ああ、1発ぶん殴ったら動かなくなったから放置して来たよ」

「お前……!! そんなのめちゃめちゃ怪しいじゃないか!!」

「しょうがないじゃん……あの時はまだ何も知らなかったんだモン……」


 ラルバは一瞬だけしょんぼりとした顔を見せるも、すぐに笑ってボブラに詰め寄る。


「この国は、最初っから“奴”にとって【都合のいい国】として利用されていたんだよ」

「何だと……!?」

「ボルカニクは恐らく、すぐには第五研究所からは出なかった。少なくとも、お前らアンドロイドが自己改変プログラムを得て、監視用のロボットを作るまでは。ボルカニクはそこで、お前らアンドロイドが作った独自の暗号方式とやらを知ることができた。つまりは、誰にもバレずにここへ出入りできるようになった。この国はどの国とも接点を持たない永年鎖国の閉鎖国家。更には管理も杜撰で戦力も皆無。ここでなら、足の付かない子供を効率よく回収できることに気が付いた」

「何っ、何でっ、そんなことを……!!!」

「何故かは知らんが、誰に言われてやったかは分かるじゃろ?」

「……“愛と正義の平和支援会”……!!」

「まー詳しくは行ってみるしかないねー。謎が謎を呼ぶ展開……気が滅入るわー」

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いつものである
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