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シドの国  作者: ×90
ヒトシズク・レストラン
23/260

22話 謝れ

〜生パスタ専門店「カーネーション」〜


 朝方。ラデック、イチルギ、ハピネスの3人は、ラルバ達と別れて朝食をとっていた。

「はいどうぞ〜“松茸蟹の濃厚チーズパスタ”で〜す」

 運ばれてきた料理を、ラデックが手を挙げて受け取る。それを両隣にいたハピネスとイチルギが覗き込み、小さく感嘆の声を漏らす。

「チーズの香りは思ったより薄いんだな。しかしその分蟹の香りがいい。私の分はまだだろうか……」

「うひゃぁ豪華〜この上に乗っかってるの全部蟹のほぐし身?」

 その後、2人も自分のパスタをウェイターから受け取って唾を飲む。ラデックは大量のほぐし身が絡み付いたパスタを頬張り、イチルギに問いかける。

「イチルギは昨日の神託の意味。わかったか?」

「う〜ん……“ネズミを殺す唾”は何となく。他はさっぱり」

「そうか。俺は“死苦をも搔き消す幸福一匙”は何となく察しがついたが、他は分からん。前半が調理工程だって言うのは分かるんだが」

 2人の会話を他所にハピネスは微笑みながら黙ってパスタを食べ続ける。

「目打ち、骨切りって事は鰻かしら。いや(はも)?」

「焼き霜、湯引きだったら(はも)の方がメジャーだろうか。昨日の寿司屋にもメニューにあったな」

「でも握らないし巻きもしないわね。そもそも巻き8年は長すぎない?」

「そうなのか?」

「あんなの半年もあればそこそこできるようになるわよ」

「握りは3年は妥当なのか?寿司は難しいと聞くが」

「んー……人によるかなぁ。正直、私は野菜炒めの方が難しいと思うわ。寿司が難しいって言うよりは、料理ってジャンルそのものが難しいって言った方が適切」

「そうなのか」

「……ラデックは使奴の保育施設で育ったって言ってたわよね?それにしては随分食の知識があるのね」

「まあ、使奴研究所では最底辺の技術者ではあったが、奴隷ではなかった。粗雑ではあったがちょっとした娯楽も自由時間もあった。そうだな……生まれた時からずっと刑務所にいたと思ってもらえれば」

 2人が話していると、ハピネスが突然小さく笑い声を溢した。

「どうしたハピネス」

「ラデックの出自に笑う部分なんてあった?」

「いやいや、違うんだ。なあに、ラルバ達の“後を尾けていた”んだが……面白い相手と面白いことをしているもんでな」

 イチルギが眉を八の字に歪めながら下唇を噛む。

「……どこで何してるの?」

「ふふふっ……行き先は“純銀の台所”で、今丁度“ウルグラ・クラブロッド”に料理勝負を持ちかけている所だ」

「ウルグラっ……!!あーもうあの0歳児ぃっ!!!」


〜レストラン「純銀の台所」 応接室〜


 白を基調とした絢爛豪華な応接室に置かれたソファに、丸々と太った中年男性がふんぞり返って腰掛けている。イボとシミだらけの顔は後退した生え際も相まって相当に老けて見えた。

 男の名は“ウルグラ・クラブロッド”このヒトシズク・レストランで100年続く老舗レストラン「純銀の台所」の5代目料理長であり、グルメコンテストのシード権保有者。

「それでぇ……お宅等は何で僕がそんな勝負を受けると思ってるのぉ?」

 一本で家が買える程の高級ワインを下品にじゅるじゅると音を立てながら啜るウルグラは、目の前でソファに座っている生意気で珍妙な来客3人を見下す。

「いやあ我々も何故アナタと料理対決などをしなくてはならないのか、イマイチ納得していなくてですねぇ」

 ラルバは飄々とした態度で足を組み替える。両脇ではバリアとラプーが大人しく両手を膝の上に置き、ウルグラを真っ直ぐに見つめている。

「第一、コンテストはもう明後日。万が一僕がオッケー出したとしてぇ……主催側はそんなの認めないよぉ?そぉれにシード権なんてそう安易に渡せるわけないでしょぉ。帰ってもらえるぅ?」

 元々深い鼻呼吸が癖のウルグラが、苛立ちで余計に音を立てて鼻息を荒げ始める。

「帰る?まあ別に構いませんが、困るのはそっちですよ?」

「はぁ?」

「私もあのお方……“グドラ”様に頭を下げるくらいのことはしますが……怒りの矛先は私よりもアナタに向くでしょうねぇ……」

 そう言ってラルバが机の上に腕輪を差し出す。笑顔による文明保安協会の笑顔の七人衆の一人“逆鱗グドラ”の死体から奪ってきた腕輪は、ウルグラを脅すには充分な力を持っていた。

「グドラ様にお願いしてお借りしてきました。信じてもらえます?」

 ウルグラは超一流の料理人であると同時に、達人レベルの目利きの能力があった。魚を見れば暮らしていた海域が、牛を見ればその肉の断面や香りが手にとるように分かる。それは骨董品や魔道具にもある程度応用が利き、ましてや“笑顔の七人衆なんて化け物級の猛者”の魔力が染み込んだ持ち物を見分けることなど、腐ったトマトを見抜くより容易かった。

 腕輪を見るウルグラの顔が見る見る青ざめていき、凸凹の肌から粘液のように冷や汗が吹き出し始める。ワインを持つ手がカタカタと震え始め、思わず横にいた使用人はウルグラの肩に手を添えて声をかけた。

「だ、大丈夫ですか?」

「……こっこれが大丈夫に見えるなら、お前は皿洗いからやり直しだ……!」

「もっ申し訳ありませんっ……!」

 怯えながらコチラを睨むウルグラの視線に、ラルバは口角を歪ませて微笑む。

「いやいや心配要りませんよウルグラさん。この料理対決は私とアナタ、どちらが“仕事”に相応しいかを確認するためのゲームみたいなものですから……」

「しっ……仕事ぉ……?」

「まあ私もなんの仕事をするかは知らないんですがね。グドラ様が仰るには、より料理の上手い方を配下にする……と。早い話しが、勝者はグドラ様の名前を使うことを許されるようになるわけです」

「…………負けた方はぁ?」

「特に何もありませんよ。強いて言えば……今後、笑顔による文明保安協会からの後援は無いと思って下さい。今まで通りですね。元々アナタにこの話が通る予定だったんですが……失礼ながら、アナタよりも美味しい料理作れると思うんですよねぇ、私。それをグドラ様に申し立てをしたところ、この料理対決が提案されたわけです」

 ウルグラは粘ついた悪臭を深呼吸で撒き散らしながら息を整える。死体のように蒼かった顔に少しずつ色が戻っていき、それどこか毛虫のような眉毛をギュッと寄せて鬱陶しそうに溜息を吐き出した。

「お宅が僕よりもぉ?狂言も大概にして欲しいモンだねぇ〜」

 ウルグラは使用人に手招きをして屈ませ耳打ちをする。すると、使用人は小さく返事をすると早足で部屋を出て行った。

「わかった。受けてあげるけどぉ……お宅等が負けた時はぁ……何か代償を背負ってよぉ」

「代償?……と仰いますと?」

「ん〜……そうだ、僕のお嫁さんになってよ。2人とも」

「……はい?」

「なんか最近の女ってぇ……やる事なす事てんでダメダメなんだよねぇ。料理に関しては特にダメ。無駄にプライドばっかって言うかぁ、繊細な心遣いとかぁ、ウケりゃいい見たいな流行りに乗っかった馬鹿ばっかって感じでぇ。でもぉ、お宅ら顔だけはそこそこだからさぁ、料理の腕もそこそこならぁ僕との子もそこそこ優秀なのが生まれそうじゃん?世継ぎとしては及第点だと思うんだよねぇ」

「はぁ……」

 身振り手振りにくぐもった早口で説明するウルグラに、ラルバはキョトンとした顔で生返事をする。何の感情も籠ってないラルバの返事に、ウルグラはイライラしながらさらに鼻息を荒げ、独り言にも似た罵倒を垂れ流す。

「でたでた……そう言うとこよホント、人の話を聞く態度がまず最低。女って自分より優秀な人間を見抜く力もないしぃ、優秀な人間への敬い方も知らないしぃ。見てくればっか気にして中身が伴ってない。口先ばっかで動かない。ちょっと働いたかと思えば無駄が多い。結局仕事増やして足引っ張って、そのくせ結果だけ取り上げて「ほらほら私頑張ったでしょぉ〜」って。そう言うのほんっとゴメンなんだよねぇ。臭すぎて鼻が曲がっちゃう。お宅等ぐらいの顔がついてきて初めて土俵に上がれるってのに、それだけでドヤ顔してほんっと臭いんだよねぇ」

 残りのワインをグッと飲み干して立ち上がり、ウルグラは「ついてこい」と指先でジェスチャーをする。


 ラルバがバリアとラプーを連れてウルグラに着いていくと、まるで博物館のように食材が所狭しと陳列された部屋に通された。奥の部屋には厨房が備え付けてあり、巨大なピザ窯から液体窒素まで取り揃えられている。

「うっひゃぁ〜これまた豪勢な部屋ですねぇ〜」

 ウルグラは白衣を纏い、呑気なラルバを睨む。

「そりゃそうだよぉ。ここは僕の料理研究室。ここにあるモンで……あ、使った分は代金はらってよぉ?んで、肉・魚・野菜料理一品ずつ作ってぇより美味かった方の勝ちって事でいんだよねぇ?」

 あたりをキョロキョロしながらラルバが目も合わせず返事をする。

「はいは〜い。審判はどうすんですか?今からその辺の通行人呼んできます?」

 横柄な態度にウルグラは一層苛立ちを溢れさせながら、舌打ちを響かせる。

「食えばお互い分かるでしょぉそんなのぉ〜っ!大体そこ等の人間に判断できるような料理とかぁ!肥料でも作るつもりぃ?」

「じゃあウルグラさん好みの味にすりゃあいい訳ですね〜了解しました〜」

 ウルグラの嫌味を全く意に介さず、ラルバは食料庫へ戻っていった。

「ったくむっかつくなぁ……あの女。笑顔の七人衆の使いだからっていい気になっちゃってさぁ……これだから女は嫌いなんだよなぁ……」

 ウルグラはぶつぶつと文句を言いながら、厨房の奥にある部屋の鍵を解いて中に入っていった。


〜喫茶「美麗ヶ丘(びれいがおか)」〜


「……で、ハピネス。そのウルグラという男はどんな奴なんだ?」

 山のように生クリームが盛られたホットケーキを頬張りながら、ラデックはモゴモゴと口を動かす。

「なあに、典型的なプライド人間だ。なまじ優秀なだけあって、自分以下の能力の人間をクズと一蹴し、優秀な人間を及第点と見下す。自分より優秀な人間にも「評価に値する」なんて言い放つ、何とも生意気なミソジニストだ」

「ラルバの好きそうなタイプだな」

 イチルギが怒りを露わにしながらパンケーキを切り分け、八つ当たりのように口へ放り込む。

「それもそうだけどっ!!確かにウルグラはめっっっちゃくちゃ性格悪いけどっ!!悪人ってわけじゃないのっ!!犯罪とか!法の穴を突くとか!嫌味で傲慢で敵は多いけど犯罪者じゃない!」

 ラデックが二口目を頬を膨らましながら咀嚼(そしゃく)する。

「じゃあいいじゃないか。ラルバは多分殺しはしないだろう。それとも死んで欲しかったのか?」

「まず手を出して欲しくなかったのよ!ラルバを連れてきたのが私だってわかったら、あいつ絶対世界ギルドに嫌がらせしてくるもの!そうなったらウルグラの支持者から世界ギルドの改革派からアッチからコッチからもぉ!」

 イチルギはフォークとナイフを置いて、頭をくしゃくしゃと掻き毟る。

「今のうちに打てるだけ手を打たなきゃなぁ……でも何やっても大体世界ギルドに迷惑かかるわねぇ……はぁ……」

「使奴でも無理なのか」

「……いや手段を問わなきゃ幾らでも。でも私そういうの嫌いなの」

「難儀だな」

 ハピネスがコーヒーをかき混ぜながら、遠い目で中空を見つめる。

「……ところでラデック、ラルバはどうやってウルグラとの料理対決に勝つつもりなんだ?」

「そりゃあ料理対決だからな、料理だろう」

「……しかし、ラルバはどう見ても料理が得意なタイプではないだろう。毒でも盛るのか?」

「いや、ラルバの料理の腕は達人レベルだぞ」

「…………なんだと?」

「使奴という生物は……そうだな、超耐久の高性能な多目的バイオロボットと思ってもらっていい。家事・炊事・娯楽に、戦闘・演算・操縦・指揮等々……顧客から要望があった便利スキルの殆どが組み込まれている。経験こそゼロだが、昨日あれだけ店を回って厨房と料理を見たんだ。ラルバぐらいの新型モデルなら、このホットケーキだって一目見ただけで完璧に再現できるだろう」

 ハピネスは若干引き()った表情で硬直する。

「……確かに、使奴の存在意義を考えたら当然なのか……そうか……ラルバが……」

「組み込まれていないスキルと言ったら、スポーツやゲームなんかの遊戯類ぐらいだろう。要望自体少なかったからな」

 イチルギが苦い顔をして、口を真一文字に結ぶ。

「…………昔、小さな子供と遊んだ時にコテンパンにされたのはそれが原因だったのね……ちょっと納得……」

「……いや、スキルとして組み込まれていないだけで運動能力や学習能力は特化しているから、それはイチルギという個体が遊戯を苦手としているだけだな」

「…………忘れてちょうだい」


〜レストラン「純銀の台所」 料理研究室〜


 いくら使奴が尽力して取り戻した文明とはいえ、旧文明とは比べものにならないほどの差があった。短時間でコクを出す煮込み方、鮮度の低い魚ならではの旨味、スパイスや出汁の組み合わせ。ラルバの料理に用いられた技術はウルグラ個人どころか、ヒトシズク・レストラン中どこを探してもお目にかかることのできない神業だった。幾ら一流料理人のウルグラと言えどラルバの腕には到底敵わず、その雲泥の差は生まれたばかりの子供でも分かるほどに歴然であり、もはや勝ち負けを争う段階にすらなかった。

 ぼつぼつと斑点が浮かぶ頬を芋虫のように脈動させ、一頻(ひとしき)り料理の味を吟味したウルグラは目を伏せたまま暫く黙り込み、数秒経つとまた一口ずつ料理を下品に貪り啜る。舌を何度も上顎に貼り付け、とても一流の料理人とは思えぬ醜悪な水音を立てて咀嚼し、ウルグラはとうとう自分の負けを――――――――――

「ゲロまずっ……」

 人間とは、前提の情報に大きく左右される生き物である。同じ絵でも素人が書けば落書きだと罵り、偉人が書けば芸術だと涙を流す。偉人の格言に心打たれたかと思えば、生徒の啓蒙(けいもう)塵芥(ちりあくた)と一蹴する。例え同じ料理でも一流のシェフが作ったと言えば、皆食べもしないうちから大金を叩いて列を成す。一方見習いの賄い飯などと言えば、唾を吐きかけて豚に食わせてしまうかも知れない。

 ウルグラの女性蔑視は最早病気の域に達していた。世界の常識を覆すほどの技術が詰め込まれた一皿すら、今のウルグラには猫の餌となんら変わらぬ下作であった。口をモゴモゴと動かしたかと思うと咀嚼中の料理を皿の上にべぇっと吐き出し、(くす)んだ紫色の舌をナプキンで拭った。

「まずねぇ、主菜一品副菜二品スープにデザート。この組み合わせを外すって時点で常識がなってないよねぇ?色合いもセオリーから外れすぎぃ。なんでもかんでもオリジナリティ出せばいいと思ってるのが丸わかりで気持ち悪いなぁ。魚の臭みも消せばいいってもんじゃないし、その際立った香りをいかに応用するか……あ〜もう一々言うのも面倒くさいなぁ。言われなくてもわかってない時点でお察しって感じぃ。ま、掃除だけはある程度出来てるみたいだから、百歩譲って背に腹代えてギリギリ赤点掠らないレベルだねぇ」

 わざとらしく溜息をついた後、まだ半分以上残った料理を皿ごとまとめてゴミ箱へ放り投げる。それをじっと静観していたラルバは、そっと口を開く。

「……随分残っていたように見えましたが」

「んん〜?何?残ってたら何ぃ?もしかしてぇ全ての食べ物に感謝云々とか言うタイプ?はぁ〜ほんっと頭悪いよねぇ……あんな生ゴミを料理とは呼ばないしぃ、ゴミに感謝してる暇があったら皿でも磨いてろっての。それとも持って帰る?あの生ゴミを?メインストリートの露天商(生ごみ棚)に並べるの?はぁ〜汚い汚い」

 再び独り言のように罵詈雑言を垂れ流しながらウルグラは食糧庫を出て行く。ラルバは隅で見ていたラプーとバリアを連れて後を追う。

 食糧庫から廊下へ出ると、ウルグラは少し離れた場所で面倒くさそうに手招きをして奥の部屋に入っていく。誘われるがままにラルバ達も入ると、応接室と似た間取りの部屋のソファでウルグラがふんぞり返って座っていた。

「じゃ、下脱いで四つん這いになって」

 ウルグラはシミが広がり斑模様になった手で、ソファの上をポンポンと叩く。一瞬眉を(ひそ)めたラルバは、引き()った顔を真顔に戻しながらゆっくりと近づいて行く。

「勝負の判定ですが、アレは私の負けなんですか?料理の味では勝っていたと思いますが」

「はぁ〜?ウチの食材をあんな生ゴミにしといてぇ、よくそんな事が」

「味・香り・食感。どれも好みの差異こそあれど、圧倒的に私の方が優れていましたよね?」

「お宅あんな味の違いも」

「ロブスターの下処理も碌に出来ない香草の組み合わせも時代遅れ隠し包丁火加減焼き時間余熱それらの活かし方」

「人の話を遮っ」

「茸は雑に切られて旨味がすっからかん米も炊く時間が短いし洗いすぎて折角の風味が損なわれている卵の管理もなってない温度管理が杜撰なせいでコクも舌触りも最悪よくまあこんなママゴトのような店でお前みたいな豚モドキがシード権なんぞ得られたもんだ」

 ラルバはウルグラの返す言葉を尽く遮り、食の欠点を言葉の洪水で捲し立て貶める。指摘された内容はウルグラ自身が自覚していた弱点であり、最もプライドを傷つける巨大な逆鱗だった。

「っ!!!お宅に何が分か」

「私は傷ついた。とてもとてもとてもとても悲しい気分だ。謝れ」

 ウルグラの眼前で立ち止まったラルバは、背筋を伸ばし後ろで手を組んだまま見下ろす。

「誰が」

 バチンッ!!

 ウルグラが口を開いた瞬間、ラルバが勢いよく頬にビンタを打ち込んだ。

「謝れ」

「お前っ」

 バチンッ!!

「謝れ」

「ふざ」

 バチンッ!!

「謝れ」

「待っ」

 バチンッ!!

「謝れ」

 バチンッ!!

「謝れ」

 バチンッ!!

「謝れ」

 バチンッ!!

「謝れ」

 バチンッ!!

「謝れ」

「分かっ、分かった」

 バチンッ!!

「謝れ」

「悪か」

 バチンッ!!

「謝れ」

「悪かっ」

 バチンッ!!

「足りん」

「許し」

 バチンッ!!

「謝れって言ってるだろ」

「すまなかっ」

 バチンッ!!

「もっと」

「すみま」

 バチンッ!!

「もっと」

「ごっ、ごめ」

 バチンッ!!

「聞こえない」

「ごめっ!!ごめんなさ」

 バチンッ!!

「聞こえない」

「ごめんなさいっ!!」

 バチンッ!!

「聞こえない!」

ごべんざざい(ごめんなさい)っ!!!」

 バチンッ!!

「もう一回!」

ごべんざざい(ごめんなさい)っ!!!ごべんざっ」

 バチンッ!!

「いいぞもう一回!」

ごえんあはい(ごめんなさい)っ!!!」

 バチンッ!!

「もう一回!!」

「ごっ!ごえんあはいぃ(ごめんなさいぃ)っ!!!」

「やーだよっ!!!」

 ラルバがウルグラを勢いよく蹴飛ばし、ハイヒールに着いた血をソファに擦り付け拭う。

「じゃ、約束通りシード権は私のものですね。明日には手続き済ませておいてください。もし言う通りにしなかったら……分かってますね?」

 獣のような呻き声をあげながらなんとか立ち上がったウルグラは、壁に手をついて顔を抑えながら、涙と涎と血を滴らせコクコクと小さく頷く。満足そうに腕を組み仁王立ちしていたラルバは、棚に飾られていた三枚のうち一枚の大皿に爪で傷をつけてメモをする。ウルグラがヒトシズク・レストラン栄誉料理賞を受賞した証は、ガリガリと不快な音を立てて粉を溢し傷だらけになっていく。

「あ……あ……」

「じゃあこれ、コンテストの登録内容と……特別に私の似顔絵です!上手いでしょ!」

 ラルバは皿を棚に戻す時、わざと手を別の皿に当てた。皿の形をしたトロフィーは二枚とも落下し、大きな音を立てて粉々に砕け散った。

「おっと、めんちゃい」

 ラルバは爪先を(ほうき)がわりにして破片を棚の下へ蹴飛ばす。

「ナイナイしちゃおうねーっと。じゃあウルグラさん後よろしくねー」

 何度も頬を打たれ茹で蛸のように真っ赤に腫らした顔に、大粒の涙をボロボロと転がしながら呆然とするウルグラ。その姿を見て、ラルバは上機嫌で“さよなら〜”と手を振って歩き出した。

次回23話【さよならクソゴミチビハゲデブ脂ダルマ】

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[気になる点] >ラルバはウルグラの返す言葉を尽く遮り、食の欠点を須く言葉の洪水で貶める。 須くは当然という意味なので誤用では?
[一言] なんという…なんという…(語彙力)
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