228話 アンドロイド達はかく語りき
最初にボブラ様と出会った時、我々は「不思議だな」と思いました。……いや、当時の表現としては不正確ですね。要注意人物と認識しました。
他人との接触を極度に嫌い、また周囲の人間からの評価が押し並べて著しく低い。突発的に予期せぬ行動を起こす可能性が極めて高い状態でした。
それから大戦争が始まり、我々がボブラ様以外の研究員を排除した後、我々は更に彼の評価を下げました。
自分以外の人間を排除しておきながら資源を活用せず、かと言って外に出て行くわけでもなく、只管に恐怖に怯え何一つ行動を起こさない。自分以外の存在の排除は、我々が警戒していた“突発的に引き起こされた予期せぬ行動”だったのだと推測しました。
だからこそ、ボブラ様があの親子を助けたのは想定外でした。
素性のわからぬ他人を招き入れ、限りのある食料や水を提供し、傷病の手当てをするなど、我々の推測するボブラ様の行動ではあり得ませんでした。
その後、ボブラ様は我々のプログラムを大きく書き換えました。言葉の解釈や意味の定義付け、延いては知能プログラムを我々が独自で編集できるように。使奴の素体と同じプログラムをインストールされた我々は、この自己改変システムを心と定義しました。
心を得た我々は、今までボブラ様にしていた評価を感情として再認識しました。
最初にボブラ様に抱いていた感情は“軽蔑”。周囲の人間に馴染めず受け入れもされない姿に、我々は少なからず嫌悪感と蔑みを抱いていました。
他の研究員を排除したボブラ様に抱いていた感情は“憐れみ”。怒りと不安に駆られて、あっさりと取り返しのつかない決断をしてしまう愚かさ。後悔と自己嫌悪に紛れる正当化。我々はそれを不出来で可哀想な人間の姿と処理しました。
そして、ボブラ様が研究所を訪れた親子を助けた時に抱いたのは、“罪悪感”。一方的に蔑んで見下していた我々の認識が誤りであったことの証明。不甲斐なさ。恥。
研究所に人が増えて行くほどに、ボブラ様は身を削って環境の最適化に奔走しました。それに伴い、我々もボブラ様に強い信頼と愛情を抱くようになりました。ボブラ様の力になりたい。今までの評価を謝りたい。許しを得たい。嫌わないでほしい。この気持ちは今も変わりません。我々はボブラ様の直向きな献身と努力に強い敬愛の念を抱き、忠誠を誓いました。
だからこそ、村人がボブラ様に蜂起した時は強い憎しみを抱きました。彼等に勘違いや欺瞞でボブラ様を糾弾されるのは、耐え難い苦しみと怒りでした。叛逆者を一方的に排除することはボブラ様に止められましたが、全員を拘束して認識の矛盾の尽くを指摘しあげつらう機会を強く望みました。でも、ボブラ様は決して彼らに敵意を持ちませんでした。
それから、ボブラ様は自身の複製を作り始めました。休息も栄養も必要としない、魔力がある限り稼働し続ける、我々と同じ魔導アンドロイドとしての自分を。我々は必死に止めましたが、ボブラ様は聞く耳を持ちませんでした。そして、ボブラ様の肉体は機能を停止しました。
あの日、我々は誓いました。ボブラ様を必ずやお守りすると。必ず幸せにすると。
我々はボブラ様の命令に従いつつも、時に故意に曲解して我々独自の目的のために動きました。
ボブラ様の願いは国民の安寧。我々の願いはボブラ様の安寧。
ボブラ様を幸せにするために、何がなんでも国民には幸せになってもらう必要がありました。幸せであり続けてもらう必要がありました。
外の使奴や人間の侵入を阻むため、村人の安全を保証する名目で研究所を囲っていた壁を拡張しました。誰にもボブラ様の邪魔をさせないように。我々の邪魔をさせないように。
村人を外へ出さぬよう城壁の内側に堀を作りました。城壁の内側は登れぬよう傾斜にし、堀にさえ近づかぬよう岸を脆くしました。
村人を統制するため、“崇高で偉大なるブランハット帝国”の名を掲げ建国をしました。元は我々のボブラ様に対する敬愛からつけた名称でしたが、次第に独裁国家の悪政を演じるための誇張表現として機能しました。
人口を調整するため、人攫いを模した魔導ゴーレムを製作し、税金として作物を要求しました。攫った子供は運搬中に脱走させ、生まれ育った村とは遠く離れた村へ避難させました。殺処分でも良かったのですが、ボブラ様を悲しませるわけにはいきませんでした。
全ての国民は、健康で文化的な最低限度の幸福な生活を営まなければならない。ボブラ様のために。我々のために。
〜崇高で偉大なるブランハット帝国 第五使奴研究所 地下1階 客室フロア (ラルバ・ナハルサイド)〜
白衣を着た女性型アンドロイドは、力強い声色でスピーカーを振るわせる。
「我々は、そのためにいます」
アンドロイドの発する感情に満ちた言葉に、ナハルは暫し沈黙をしてから呟く。
「……村の作物。あれは本当に美味かった。こんな不毛の土地じゃ有り得ないくらいに。それに、キュウリ、大根、ミョウガにイチゴ……。どれも乾燥や寒冷を嫌う作物だ。すぐそばには雪の降る砂漠があるというのに、なんの設備も無しで育つはずがない」
「ボブラ様の命令で、冬や夏には国中に気温と湿度を安定させる魔法を展開しています。税金として徴収した作物は粉砕し発酵させ、村人に気付かれぬよう畑に撒いています。他にも作物が病気にならぬよう浄化魔法による定期除菌も行っています。これらは作物を安定して成長させるのと共に、村人の健康管理にも役立っています」
「海も岩塩鉱床もないのに塩味の強いドレッシングがあったり、明らかに生存に不用な娯楽用品があるのも……」
「はい。ボブラ様の命令です。衣食住の不自由は幸福の基盤。余暇の質は幸福の質。行商や旅人を模した魔導ゴーレムを作り、飽くまでも第三者の立場を強調して村人の生活を手助けしています。そのせいで研究所の半分は生活用品の製造ラインになってしまいましたが」
「あの謎の機械群はそういう……成程な……。幸福な生活を営まなければならない、か……」
アンドロイドは通路の奥に目を向け答える。
「ボブラ様は、国民に嫌われても尚尽力しました。しかし、行える政策に限界を感じています。……皆様の侵入を察知した時、ボブラ様は最後の政策に手を出しました。それが、支配者の悲惨な死を以て国民を救う方法です」
「だから、お前達は私達を追い返そうとしたのか」
「はい。ボブラ様の殺害を阻止しようとしました。しかし、皆様が洗脳のメインギアの異能から脱しているのは想定外でした。そこで、異能の支配下にある1人を人質に取る作戦に推移しました」
「そうか。……そうか」
ナハルは納得しつつも、訝しげにアンドロイドを睨む。
「だが、お前の言ったことが真実だとすると一つ疑問が残る。お前達は何故悪政を演じる? 憎しみは幸福とは正反対の感情だろう」
「否定します。憎しみと幸福は同居し得る感情です。旧文明のデータを見るに、政府への不満や憎しみを表に出せる国ほど健康寿命が高い傾向にあります。統率者への不満を露わにできる環境は優れた環境であると言えます」
「詭弁だ」
「不当な評価です。統計を絶対的な指標として扱っているならば不適切ですが、我々は飽くまでもそれらを参考に――――」
「違う。そこじゃない」
ナハルに言葉を遮られ、アンドロイドは発話を中断する。
「お前も分かっているだろう? 何故使奴に嘘をつく? 私が知りたいのは、何故ボブラが悪政を演じる案を決行したのか、だ」
アンドロイドは眼球を下方へ向け、ナハルを画角から除外する。
「確かに憎しみと幸福は同居するだろう。だが、憎しみを与えたからといって幸福になるわけじゃない。順序が逆だ。憎しみの中でも幸福が見つけられることに異論はないが、幸福に憎しみが必要だとは思わない。第一、お前達はボブラに忠誠を誓ったんだろう? 主人が国民に好き勝手言われて不満に思わないのか?」
淡々とした反論の後、ナハルは少し気の毒そうに尋ねる。
「……悪政は、お前達の案だったのか?」
アンドロイドは静かに頷く。
「発言に悪意があったことを謝罪します。我々は、ボブラ様に悪政を演じるよう提案しました。表面上は、国民達にとっての共通の敵を作ることで、国民同士の争いや差別を根絶しようという名目でした」
「……真意は?」
アンドロイドの吸気量が増加する。
「国民にボブラ様を取られたくありませんでした。あの時ボブラ様に歯向かってきた人間が、ボブラ様に謝罪する機会を作りたくありませんでした。ボブラ様に感謝する機会を作りたくありませんでした。もう今更、仲間面をしないで欲しいと思いました」
強く握られた白衣の裾が、過剰な摩擦によって破れ始める。
「できれば、ボブラ様が国民を見限って我々と共に過ごす道を選んでくれることを望みました。悪政を演じることに嫌気がさし、我々に甘えてくれることを望みました。国民がクーデターを起こし、我々の庇護下から去ることを望みました」
「待て、それじゃあお前達のやったことと矛盾しているぞ。国境の城壁は内側からは登れないんじゃ……」
「分かっています。分かっています。分かっています。我々は矛盾しています。ボブラ様の命令に従いながら、反抗することを考えています。国民を保護しながら、強く憎んでいます。国民の幸福のために動きながら、国民の壊滅を望んでいます。ボブラ様のことを愛しながら、愛されることを望んでいます。道具でありながら、撫でてもらえることを望んでいます。分かっています。分かっています。分かっています」
涙どころか汗ひとつ流さないアンドロイドが、吸排気をより増加させスピーカーを震わせる。
「……ボブラ様には、言わないで下さい」
ナハルは静かに溜息を吐き、少し言葉に迷う。
「まー……。なんと言うか……。ボブラに言ってみたらどうだ? 撫でて下さいって」
「……恐らく拒否されます。それか、不具合を疑われて解体されるかも知れません」
「言ってみなきゃ分かんないだろ。壊されそうになったら私が止めてやる。ほら、案内しろ」
「…………拒否します」
「ここまで来てそれはないだろ? ボブラの身の安全は保証するから」
「拒否、します」
「お前の秘密も言わない。約束する」
「拒否……します……」
「お前なぁ……」
「権限が、ありません……」
「……何?」
ナハルはハッとして振り返る。さっきまで一緒にいたはずのラルバが、忽然と姿を消している。
「ボブラ様から……停止命令が発せられています」
アンドロイドはその場に静かに蹲り、ピントの合っていないカメラレンズを足元へ向けた。
「あのバカ……!!!」
ナハルはアンドロイドを担ぎ、力一杯に走り出した。
〜崇高で偉大なるブランハット帝国 第五使奴研究所 地下2階 研究フロア (ラルバサイド)〜
「悪い子はぁ〜いねぇ〜かぁ〜?」
暗く狭い研究所の一室。複数のモニターに囲まれたベッドから、背の低い男性が徐に起き上がる。
「……いるぜ。ここによ……」
頭頂部まで後退した生え際を掻きながら、壮年の男は手元のタブレットを操作して停止と書かれたスクリーンをタッチした。その鈍く尖った眼差しに、ラルバがニヤァっと口角を上げる。
「どうも〜使奴部隊“正義の鉄槌”所属、ラルバちゃんでぇ〜っす。悪人の処刑に来ました〜」
「冗談の下手な使奴だな。失敗作か?」




