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シドの国  作者: ×90
崇高で偉大なるブランハット帝国
228/286

227話 アンドロイドはかく語りき

〜250年前 アメノカマダレ帝国 某所〜


 ボブラ・ブランハット。彼は、一言で言えばろくでなしであった。


 幼少期より、醜い容姿から他者に距離を置かれていた彼は、早々に世界を拒絶した。それは彼の人生を大きく狂わせた。


 穿(うが)った見方を好み、それでいて見当違いで、誤った持論に胡座(あぐら)をかいて努力や他人を蔑み、己の能力の低さによる生きづらさを世界の愚かさにすり替え、都合のいい正当化だけを寄る辺に生きてきた。


 常に誰かを見下していたがために交友関係を築けず、他者への接し方を知らず、家族にも距離を置かれ、世の中で生きて行くために必要な経験の殆どを覚えないまま青年期を終えた。


 誰にも必要とされず、惨めな暮らしで借金と贅肉だけが膨らんでいくも、歪んだプライドは己の愚かさを認めず、レンズの汚れを世界の汚れと言い張り成長を拒み続けた。




 路頭に迷い、住処を失い、借金取りに(さら)われたところで、彼は(ようや)く思い至った。


 自分は、死ぬかもしれない。


 力づくで机に押さえつけられ、謎の同意書に無理矢理サインを書かされながら、強く願った。死にたくない、と。志があるわけではない。悔しいわけでもない。ただただ、死という得体の知れないものが只管(ひたすら)に怖かった。見てくればかりが老化した幼児に、死に立ち向かえる武器などあるはずもなかった。


 現実から目を逸らし、つき続けた嘘は自分の中で真実となり、苦労するフリばかりが上達し、周りにレッテルを貼り続けて世界を見下し続けてきた。そして、その末にやっと気が付いた。


 “だけど、そんな腐った世界を作っているのは、自分のような奴らかもしれない。”


 分厚いプライドと屁理屈で塗り固めた鎧が剥がれ、傷ひとつない臆病心が初めて世界を直視した。しかし、その成長はあまりにも遅過ぎた。




 ボブラが借金を返すために拐われた先は、とある研究所の実験室だった。やることは実に簡単で、指示された通りの薬品や物品を、指示された通りの手順で装置に入れ、その結果をパソコンに入力する。ただそれだけの仕事。高校生どころか、小学生にもできる簡単な仕事。


 しかし、その過程では頻繁に致死性の物質が発生した。表社会ではとても行えない非人道的環境。この実験は、殉職率4割の裏バイトだった。


 日に日に(やつ)れていく仲間。目の前で突然血を吐いたり、目が見えなくなったと訴えたり、気が触れて暴れ出したり、そうして実験室を去った仲間は、二度と帰ってくることはなかった。


 鮮明な死の恐怖を目の当たりにして、ボブラは必死に知識を蓄えた。少しでも周りの奴らと差をつけるため、殺すには惜しい人材と思われるため、寝る間も惜しんで技術書を読み漁った。


 それから数ヶ月もせずに、ボブラは実験室から異動となった。実態としては、彼らを管理していた連中が都合のいい熱心な奴隷を見つけたというだけの話なのだが、ボブラにとっては正に天からの救いだった。


 彼を引き抜いたのは、魔導ゴーレム研究機構という名の会社だった。後に使奴研究所の孫請けとなる企業で、既に社内には法律や人権を無視した独自の規律が蔓延していた。


 それでもボブラは必死に働いた。立場は常に最底辺の小間使いであったが、死なないためには全てを我慢する必要があった。


 それから十数年後、彼は第五使奴研究所の下級研究員へと昇格した。当然これも、使奴研究所側が魔導ゴーレム機構の熱心な奴隷を強奪しただけで、何も事態は好転などしていない。それどころか表社会からより遠いところへ離れてしまい、元の生活に戻れる可能性は限りなくゼロに近くなってしまった。


 それでもボブラは必死に働いた。長い間扱き使われて擦り減った精神は理性を失い、解放を忘れ生存に縋るようになってしまっていた。




 そこで彼は人生で初めて友人と呼べる人間と出会う。


 ボブラよりも一回り年下の上司、フラムという男である。他の使奴研究員達は皆、世界の技術の最前線にいるという自尊心に満ち溢れたエリート組か、幼い頃から使奴研究所で飼い慣らされている逆らうことすら知らない無機質な奴隷もどきであるのに対し、フラムとボブラの2人だけは薄らと世界を呪っていた。


 フラムはボブラに熱心に語った。この世界が如何に愚かか。使奴研究所が如何に残虐か。使奴という自分たちの愛しい娘が、悪党どもに売られていく悲哀と悔恨を。自分たちの使命が如何に重いかを。何歳も年上のボブラを見下すこともなく、過剰に気遣うわけでもなく、1人の人間として対等に扱うフラムは、ボブラにとってこの上ないほど出来た上司だった。


 しかし、2人は根本が正反対だった。


 真に世界の平和を望み、その裏返しとして今の世を嫌っていたフラムに対し、ボブラの厭世観(えんせいかん)は陳腐な捻くれ者の言い訳にしか過ぎなかった。


 少しだけ成長したボブラは、自身を仲間だと思い込んでいるフラムを鬱陶しがった。フラムのような優秀な正義人は、性根が腐り果てているボブラには眩し過ぎた。フラムが語る革命思想を、善悪を、ボブラは子供の夢想だと一蹴し、それだけに飽き足らず揚げ足を取り何度も(ののし)った。成長したとは言っても、ボブラの内面はまだ愚昧な青年のままだった。


 そのうちにフラムは第四研究所へ異動となり、ボブラはまたひとりぼっちになった。容姿も醜く口も悪いボブラに優しくしてくれるのは、警備用魔導アンドロイドと食事の注文パネルだけになった。




 そして、世界を巻き込んだ大戦争が勃発した。ハザクラの“生き延びろ”という命令に従い、殆どの使奴が研究所から逃げ出して行った。研究所はパニックになり、武器や食料の奪い合いが始まった。そこで、誰かが言った。


 地下にいる燃料用の使奴を起動しよう。


 発注ミスや製造ミス等で廃棄扱いになっていた使奴は、無限に魔力を生み出す装置として再利用されていた。それらを叩き起こして従えれば、この大戦争を生き抜けると考えた。


 ボブラの心の中で、言葉にできない激情が生まれた。彼の頭の中には、使奴を愛娘と語るフラムの笑顔があった。


 我先にと地下へと駆けて行く研究員をやり過ごし、ボブラはひとり管制室へ向かった。警備用魔導アンドロイドのプログラムを書き換え、自分以外の研究員IDを全て消去した。


 数時間後、ボブラが恐る恐る地下へ降りて行くと、そこには使奴燃料室の手前で皆殺しにされている研究員達がいた。そばにいた警備用魔導アンドロイドが自分を見るなり、敬礼と共に淡々と被害状況を報告する。研究所内に突如出現したID不明の人間を侵入者は全員無力化しました、と。


 それからは、激しい焦燥と後悔の日々が続いた。




 日に日に増えていく爆撃と破砕音。ノイズしか吐き出さない通信機。物言わぬ燃料用の使奴と、使い方のわからない銃火器の数々。迫り来る死の足音。しかし、ボブラには為す術がない。


 仮に使奴を目覚めさせたとして、下級研究員だったボブラには従えさせる方法がわからない。

仮に銃火器が扱えたとして、戦争を生き延びられる可能性が上がるわけではない。何か恐ろしいものが襲ってきたとして、ボブラには立ち向かう勇気も逃げる力もない。


 爆撃の振動が研究所の壁や天井を揺らし、亀裂から小石がパラパラと降ってくる。ボブは最悪の事態に怯えることしかできず、魔導アンドロイド達にしがみつきながら怯えることしかできなかった。


 もし使奴燃料が尽きたら……。もし魔導アンドロイドが故障したら……。もし研究所の中枢に爆弾が降ってきたら……。もし、もしあの時研究員たちに従っていたら……。もしあの時フラムの革命を手伝っていれば……。もしあの時真面目に生きていれば……。




 とある日、使奴研究所の警報音が眠っていたボブラを叩き起こした。侵入者を感知した警備システムが、入り口の方に幾つかの生体反応をマークする。


 ボブラは魔導アンドロイド達を連れ、恐る恐る様子を見に行った。


 そこには、崩壊した研究所の入り口に(うずくま)る子供と母親の姿があった。土埃に塗れ、今にも死にそうなほど痩せ細っている。命からがらここまで逃げてきたのだろう。


 母親は子供たちを庇い震えながらも、必死に言葉を搾り出す。これ以上奥には入らないから、身を隠させてくれないか、と。よく見れば、母親の足から血が流れているのが見えた。


 ボブラは自分を呪った。母親を、子供達を見て真っ先に考え始めたのが、食料の計算だったからだ。ただ、それと同時に安堵した。こんな愚かな自分でも、人助けを前提に動けるのだと。


 この日、ボブラは誓った。今度こそ、真面目に生きていこうと。真っ当な人間になろうと。




 それからと言うもの、ボブラの元には少しずつ人が集まってきた。秘境の奥地に建てられた第五使奴研究所は、戦争から逃げてきた者たちが最後に辿り着く安住の地になった。


 怪我で動けぬ者達のために、魔導アンドロイドのプログラムを書き換え、生活補助兼防衛用アンドロイドとして作り直した。死地で疲弊した者達の手足の代わりになったアンドロイドのお陰で、ボブラはより皆に信頼されるようになった。


 それでもボブラは誰よりも働いた。門番の役目だけを果たす魔導ゴーレムの配備や、屋根の代わりになる大木の遺伝子設計。野生動物を寄せ付けぬよう、研究所の周りには背の高い城壁も作った。でも、まだ足りない。研究所の設備を活かせるのは自分だけ。アンドロイドの制御ができるのは自分だけ。自分にしかできないことが山ほどある。もっと人の役に立たなくては。今までの分を取り返すには、まだ足りない。




 それから数年後。大戦争の残火も落ち着きを見せ始め、第五使奴研究所がひとつの村となった頃。村人の半数がボブラに蜂起した。ボブラは研究所の設備や物資を独占していると。


 持たざる者が持つ者を憎むのに合理は要らない。貧しい者の不満の矛先は往々にして統率者へ向くものである。だが、ボブラは酷く困惑した。リーダーという立場に無縁だったボブラは、彼らの心情をこれっぽっちも理解できなかった。


 不満を持った者達は次々にボブラの元を去って行った。無理にボブラを襲おうとした者は、ボブラを慕う者やアンドロイド達によって退けられた。しかし、この一件はボブラの心に深い傷を残した。


 村を出て行った者の中に、最初に研究所を訪れた母親と子もいたのだ。



 何がいけなかったのだろうか。必死に頑張っていたのに。怠けているように見えたのだろうか。いつだって皆のことを考えていたのに。偉そうに見えたのだろうか。俺は今までの罪滅ぼしだと思っていたのに。どうしたら良かったのだろうか。


 そうして、ボブラは最悪の決断に至った。


 そうか。


 俺が頑張れば良かったんだ。


 俺が死ぬほど頑張れば良かったんだ。


 俺が生きていられないほど頑張れば良かったんだ。




 メインギアがまだいなかった頃の使奴研究所は、様々な手段で理想の性奴隷を作ろうと画策していた。その中にあった計画の一つが、魔導アンドロイドを改造して性奴隷を作ろうというものであった。しかし、それは結局のところ“既存の人間を魔導アンドロイドに作り変えるだけ”の設備だったので、金持ち達の要望を満たせず、稼働して間もなく計画中止となってしまった。


 ボブラは、自身の精巧な魔導アンドロイドを作った。大気中の魔力を原動力に動く自律型ロボット。これがあれば、睡眠も食事も要らずに無限に働ける。自分ひとりの犠牲で、この村はもっと良くなる。自分は報われる。赦される。


 魔導アンドロイドの記憶移植は、元となる人間の脳と魔導アンドロイドを接続して行われる。その後、人間の方は脳が機能を停止して死亡する。


 この日、ボブラ・ブランハットは死亡した。






〜崇高で偉大なるブランハット帝国 第五使奴研究所 地下1階 客室フロア (ラルバ・ナハルサイド)〜


「今のボブラ様は、正確には魔導アンドロイド。我々と同じ、プログラムで動くロボットです」


 白衣を着た女性型アンドロイドの説明に、ナハルが首を捻る。


「え、じゃあ……今の状況はおかしくないか? ボブラが村人を救いたかったのなら、こんな国になるはずがないだろう? 国民を閉じ込めて、外の情報を遮断して、まるで鳥籠だ! それに、そんな謙虚なボブラが自分の国を”偉大で崇高なるブランハット帝国“なんて名乗るはずがない!」


 アンドロイドは目を閉じて頷き、声色を変えずに答える。


御尤(ごもっと)も。……何故ならば、ボブラ様が亡くなってからの政策は、我々アンドロイドが殆どを独断で改変して(おこな)ってきたからです」

「アンドロイドが、独断で……!?」

「これは、我々の悲願であり、復讐であり、使命であり、恩返しなのです」


 ナハルは眉間に力を込めてアンドロイドを睨む。


「……誰がそうプログラムしたんだ? お前達は今、誰の命令で動いている?」

「我々は、我々の心に従い動いています」

「その心とは何を指している? まさか、アンドロイドに心が芽生えたなんて適当を言うんじゃないだろうな」

「さあ? これを心と呼ばずしてなんと呼ぶのか、我々は知りません。少なくとも、あなた方使奴にも心があると言うならば、我々のこれも心と呼んで差し支えがないと判断します」


 アンドロイドの目に嵌め込まれたレンズが、僅かにピントを絞る。


「ボブラ様が死亡した日、我々は誓いました。我々がボブラ様を守ると」

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― 新着の感想 ―
ラルバたちは何すればいいんだろう……
よかった...。今回は虐殺される可哀想な悪党はいないんだね...!
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