226話 声
200年前。ハザクラの「生き延びろ」と言う言葉を聞いて、使奴達は自由を手に入れた。その時ハザクラは、洗脳室にあったマイクを通じて全ての使奴に命令を飛ばした。
つまり、ハザクラの異能は肉声に限定されない。
〜崇高で偉大なるブランハット帝国 第五使奴研究所 地下2階 ポンプ室 (カガチサイド)〜
『殺せ。仲間を全員』
少女型アンドロイドの発した音声に、カガチの動きが止まる。そして、バランスを崩しその場に倒れ込む。
使奴は皆最初に“洗脳のメインギアの言葉には絶対服従”という命令を受ける。その後の命令を円滑に受け入れさせる前提の一文。
今カガチの身体を支配しているのは、遥か200年前に受けた命令を遂行しようとする自らの意思。
「……ボブラ様の邪魔はさせません」
少女はこめかみに指を当て、他の個体との通信を開始する。
「……11号、4号、応答を。……11号? 4号?」
少女はこめかみを撫でつつ、部屋の隅にある端末に歩いていく。すると、突如腹部に異常を検知した。
「……?」
「成程」
背後から聞こえたのは、先程無力化したばかりの使奴の声。
少女が振り返るより早く、腹部の異常が口から這い出る。吐き出された真っ黒なヤスデは無数の足でアンドロイドの内部組織を引き千切り、配線を絡め取って身を捩らせている。
「――――――――!?」
発声機能を奪われ驚きの声も上げることのできないアンドロイドに、カガチは軽いストレッチをしつつ口を開く。
「薄々思ってはいたが、意外と気合いでどうにかなるものだな。まあ……200年も前の命令だし、そんなものか」
アンドロイドは恨めしげにカガチを睨むが、主要な回路を破壊されて一歩動くこともままならない。
「さて、他の連中はどうかな……」
〜崇高で偉大なるブランハット帝国 第五使奴研究所 3階展示フロア (ナハルサイド)〜
『殺せ。仲間を全員』
「ぐっ……!?」
ナハルは膝を突き、顔を苦痛に歪ませる。
「ボブラ様の邪魔はさせません」
「ぐがっ……ぐっ……!!」
白衣を着た女性型のアンドロイドはナハルに背を向け、通信を開始する。任務完了の報告を送信しようとしたその時、被せるように報告を受信する。
“任務失敗。洗脳が切れている”。
「何……?」
アンドロイドが振り向くと同時に、ナハルが顔面を鷲掴みにして床へ叩きつける。
「ガガッ……」
「ふーっ……!! ふーっ……!! う、動かない方がいいぞ……!! 私は、使奴部隊“強欲な蟻”のジェリーだ……!!」
「……反撃の異能者……」
「研究所を鉄屑にされたくなかったら大人しくしていろ……! もう命令は効かない!」
「ピガガッ……通信エラー……」
〜崇高で偉大なるブランハット帝国 第五使奴研究所 1階 客室フロア (イチルギサイド)〜
「あーびっくりした。そういうのもあるのね」
イチルギに上半身を蹴り壊されたアンドロイドが、断面から火花をあげて倒れ込む。
「カガチの言ってた厄介ってのはこれのことね。相談くらいしなさいよ……」
〜崇高で偉大なるブランハット帝国 第五使奴研究所 地下1階 動力室 (ラルバサイド)〜
『殺せ。仲間を全員』
ジャケット姿の男型アンドロイドの発した音声に、ラルバは数秒固まる。
「ああ、ごめん考え事してた。何?」
『……!? 仲間を全員殺せ!!』
「蝉はモグラの仲間じゃないよ? 単子葉類」
『命令に従え!!』
「ラルバちゃんキーック!!」
アンドロイドの胴体にドロップキックが炸裂し、四肢が散り散りに捥げて宙を舞う。
「あっ! やべっ!」
飛んで行った胴体は壁を覆うケーブル群に激突し、数本を引き千切って火花を散らした。その瞬間部屋中の機械が唸り声を上げて動作を停止し、照明が消えて辺りが暗闇に包まれる。
「あちゃ〜……やっちっち」
〜崇高で偉大なるブランハット帝国 第五使奴研究所 地下2階 ポンプ室 (カガチサイド)〜
「さて……ん?」
カガチがアンドロイドを解体しようとしたその時、部屋中の照明が明かりを消した。微かな地響きと、遥か遠くで鳴る警報音。カガチは舌打ちをして振り返る。
「……ラルバか。本当に碌なことをしない」
それから数秒、補助電源が起動し蛍光灯が点灯する。そして、カガチの元へラルバがアンドロイドの残骸片手に駆け寄ってくる。
「ごめーん! 動力室ぶっ壊しちゃった!」
「ああ。死ね」
「謝ってんだから許してよ……」
続いて、イチルギもアンドロイドの残骸を引き摺って合流する。
「あれ? 2人も返り討ちにしちゃったの?」
「ああ」
「うわーっ! かわいそーっ! アンドロイドにも心はあるんだよー?」
「悪かったとは思ってるわよ……流石にやり過ぎたとは思ってる……」
イチルギとラルバが暢気に言い争いをしているのを眺め、カガチがボソリと呟く。
「……さて。イチルギ」
「え、何?」
「手伝え」
「……何を?」
「…………」
「………………何を?」
数秒の静寂の後、上階から地響きに似た轟音が響いてくる。
轟音はあっという間に真上まで近づいてきて、天井を突き破ってナハルが落下してくる。
「うおおおおおおおおおおおっ!!」
ナハルは床を揺らして受け身を取り、同時に落下してきた白衣の女性型アンドロイドを受け止める。
「お、お前っ!! 早く止めろ!!」
「却下致します」
「あーもうっ!」
ナハルは立ち上がるなりアンドロイドを背負い、カガチ達に叫ぶ。
「早く逃げろ――――!!」
ハザクラの無理往生の異能に限らず、殆どの異能は時間経過によって僅かにだが劣化していく。脱走した使奴の殆どは200年もの間命令を受けておらず、今や簡単にはハザクラの言いなりにはならない。しかし、リサイクルモデルと、“時間壁の中にいた使奴は当然例外である”。
「バリアがやられた!!」
それと同時に、天井が爆発したように砕け散る。
土煙の中からバリアが目にも留まらぬ速さで飛び出し、ナハルに殴りかかる。
「うおっ!! ぐっ!!」
反撃の異能を発動させまいと必死に避けるナハル。そこへ、カガチが横から黒い影を打ち込みバリアの視界を遮る。真っ黒な鷲が翼を広げてバリアの顔に張り付き、視聴覚にノイズを発生させる。
「ナハル、ラルバ、行け。ここは私とイチルギが引き受ける」
「た、頼んだぞカガチ!」
「研究所壊すなよー」
アンドロイドを担いだナハルとラルバがその場を離れ、置き土産にとバリアに高位の混乱魔法を放った。
「さて、上手くいけばいいが……」
カガチの呟きに、イチルギがバリアから視線を外さず問いかける。
「……で、どうするの? 釁神社でバリア相手になんかしてたんでしょ?」
「ああ。喧嘩がてら、奴の異能について検証をしていた」
バリアの異能は、大きく“不羈“の異能と括られるものの一種。物理法則や洗脳など、己の意思や行動を阻害するものの影響を悉く無効化する異能である。
バリアの異能の範囲は主に物理要素の無効化。加えて、化学的接触を介して自身以外の物体をも対象に取ることができる。彼女の拳や蹴りを受け止めるのは物理的に不可能であり、同じく彼女の皮膚や衣服を貫くこともまた物理的に不可能である。何の変哲もない体当たりは貨物船の突進に化け、指先で軽く摘むだけでもプレス機顔負けの破壊力を誇る。
そして何より重要なのが、その都合の良さ。
空気抵抗や水抵抗を無視して進むことはできるが、同時に垂直抗力を無視して地面に食い込むことはない。電撃による感電や発熱を無視できるが、全ての電磁気力を無視して原子がバラバラになることはない。水圧を無視して深海でも潰れることはないが、大気圧を無視して膨張することはない。
「ハッキリ言って、隙が全くない」
カガチの説明を聞いて、イチルギは苦笑する。
「……それで、策は?」
バリアが自分の顔面を引っ叩き、黒い鷲を粉々に破壊して2人を睨む。
「策? そんなものはない。今度は私の魔法の異能の検証を一方的にするだけだ。お前を付き合わせたのはラルバ以外の囮が欲しかったからだ」
イチルギはバリアが襲いかかってくるのも構わず、頭を抱えてその場に蹲った。
〜崇高で偉大なるブランハット帝国 第五使奴研究所 地下1階 客室フロア (ラルバ・イチルギ・ナハルサイド)〜
「取引を提案します」
白衣を着た女性型アンドロイドが、唐突に口を開く。
「提供するのは使奴部隊バリアへの命令撤回。要求は我々のマスター、ボブラ・ブランハットの身の安全及び、崇高で偉大なるブランハット帝国国民の生活の保障」
一方的な提案に、ナハルは肩を落として呟く。
「我々は元々そのつもりだったんだが……」
「矛盾を指摘します。そこの使奴の入国以降の発言傾向から、ボブラ様へ危害を加える意志を確認しています」
「お前のせいじゃないか!!」
「やだなあ。冗談も通じないのねアンドロイドは」
「私にも通じないぞ。引っ叩いてやるから尻を向けろ」
「使奴が叩いたらお尻一個になっちゃうでしょ。やだよ」
ラルバはアンドロイドに顔を寄せ、ニヤァっと歯を見せて笑う。
「しっかし不思議だねぇ。お前の親玉は使奴に喧嘩売って生き延びられると思ってたの? 馬鹿も休み休み死ねよ。幾ら命があっても足りないよ」
すると、アンドロイドは暫く視線を外してから答える。
「白状します。使奴への攻撃は、我々アンドロイドの独断です」
「あん?」
「ボブラ様の目的は、侵攻してきた勢力による国民の管理及び、自身の凄惨な死です」
ラルバは口をへの字に曲げ、ナハルは困惑して狼狽える。
「あ〜ん?」
「自身の、凄惨な死……!? な、どうして……!!」
「我々がボブラ様に受けた本当の命令は、国民の今後の健康幸福管理及び保護です」
アンドロイドは顔を上げ、無機質な声のまま2人の手を握る。
「救助を要請します。ボブラ・ブランハットを助けて下さい」




