224話 望まれた生
〜崇高で偉大なるブランハット帝国 不毛の都 カチャラット村〜
鍬、鋤、鎌、鋸、薪ストーブ、電球、電池、時計、テレビ。村の中で発見した文明の利器は、到底世間から隔離された農村とは思ぬものばかりであった。
「……鍬や鋤程度の単純な鉄製品ならまだしも、電球はそう簡単に作れる代物じゃない。ましてや、これはLED電球だ。それに……」
ハザクラは、テレビのリモコンの裏の蓋を外し、電池を取り出す。何のデザインも入っていない無地の電池に、会社名も説明事項も印字されていないテレビリモコン。しかし、ハザクラは記憶のメインギアに植え付けられた記憶によって、この製品に僅かながら覚えがあった。
「ボタンの形状と配置からして、クジワラ電器社の製品だ。旧文明では広く流通していた一般家電だが……それがなぜここに……」
「状態が良過ぎるな。時間壁に守られて劣化しなかったとかか?」
ラデックの問いに、ハザクラは首を振って否定する。
「いや……素材が変わっている。正規品ではないだろう。……模造品のようだが……やけに頑丈だな。機械生産だとは思うが……」
「旧文明の製品を模倣している工場? 三本腕連合軍か?」
「模倣したとしても、ボタンの配置や形状まで似せる必要はない。と言うより、まず設計図が無いだろう。それに、そんなことができるなら今頃旧文明に追いつく技術を有しているはずだ」
「そうか……じゃあ一体どこが?」
「……これを売ったと言う行商を当たろう」
「さっき村の人に聞いたんだが、行商は数週間おきに村を訪れるそうだ。前回来たのは2週間以上も前らしいから、近々来てもおかしくないとは言っていた」
村人はハザクラ達の滞在を快諾し、宿泊用に大きめの納屋を一つ明け渡してもらえる事になった。
その夜、いつの間にかいなくなっていたハピネスがフラフラと戻って来た。彼女は納屋を見上げ、唇を震わせ唾を飛ばした。
「なんだいこれ、豚の寝床? 未来の英雄に地べたで寝ろって言うのかい? ハザクラ君もっとちゃんと交渉してくれなきゃ困るよ。庇を借りたら母屋をぶんどらなくちゃ」
「文句を言うなら外で寝ろ」
「馬鹿を言うな。凍え死ぬ」
部屋の中央に置かれた暖房代わりの炎魔法に、ハピネスは身を震わせながら手を翳す。
「あーあったかい。ふう。もう私はギブアップだ。どうせ役目も無いだろうし、明日は一日中惰眠を貪らせてもらうよ」
「どこに行ってたんだ? お前が興味を惹きそうなものなんてないだろう」
「村の周りで木登りして遊んでただけだよ」
「呆れた……」
「はて、心外だな」
ハザクラが溜息をつくと、ハピネスはニヤリと怪しく笑う。
「君は木登りしなかったのかい?」
「するわけないだろう。暇じゃないんだ」
「ふーん。じゃあそんな真面目に頑張っていたハザクラ君に質問だ。あの木の名前を教えてよ」
「はぁ? ……あれはオークだ。コナラ属の基準種。葉を見れば分かる」
「へえ。こんな寒いなか落葉しないのに?」
「……何だと?」
怪しんだハザクラが樹木を確かめに外へ出ていくと、ハピネスはケラケラと笑って寝袋に体を捩じ込む。居なくなったハザクラの代わりに、ジャハルがハピネスに詰め寄る。
「どう言うことだ? ハピネス」
「んー? オークは確かに広葉樹だが、寒い地域では落葉するんだよ。寒いと葉が痛むからね。この辺は乾燥もしてるし」
「オークと一口に言っても様々な種類がある。そうじゃないオークがあったっておかしくないだろう」
「それだけじゃない。ドングリが生った形跡もないし、幹も百日紅みたいにすべすべで登りづらかった。剪定されてるわけじゃないのに下の方には枝がついてないし、互いが絡み合うように高いところで枝を伸ばしてる。そのくせ村の外には全く枝葉を伸ばしてない。こんなものが村を囲いようの生えているせいで、まるで葉っぱが村全体を覆う屋根のようになってるんだ」
「……そうやって育ててきた。訳じゃないんだな?」
「どう育てたらあんなヘンテコりんな育ち方になるって言うんだ。林檎の木にトマトは生らない」
「……遺伝子組み換え、か?」
「さあてね。私に技術方面の知見はない。ただ……」
「ただ、何だ?」
「生物らしさを無視した、エゴの押し付け。人間本位の生態。こうなって欲しいって言う人間の思惑を体現した生物。まるで、使奴みたいだな……とは思うよ」
そこまで聞くとジャハルも慌てて外へ飛び出し、ハザクラの元へ走っていく。
「見たって分かるものか。ラデック君じゃあるまいし……」
ハピネスの零したセリフを聞いて、シスターはラデックに問いかける。
「ラデックさんは分かるんですか? その、改造された生命体かどうかって」
「えぇ……いや、分からなくはないかもしれないが、俺自身生物学には明るくない。使奴みたいに能力値が極めて突出してるとかなら分かるが、そうでないならちょっと……」
「はぁ。……解剖学の教本ならありますけど、読まれますか?」
「いや、いい。そういうのは研究員時代に吐くほど読まされてトラウマなんだ。そう言うシスターこそ分からないのか? 植物の記憶とか……」
「出来ますけど、意味がないんですよ。彼等の持つ記憶は、人間のそれとは極めて異なる形態をしていますから。ラジカセに本を入れるようなものです。せめて少しでも視聴覚のシステム程度は似ていてもらわないと……しかし」
シスターは小難しい顔をして、寝袋に包まるハピネスを見る。
「……ハピネスさん。一つ質問をしても?」
「やだよ」
「オークは何科の植物ですか?」
「……コナラ科」
シスターは深い溜息と共に首を振る。
「オークはブナ科です。それに、コナラ科なんて分類はありません」
「君、性格が悪いよ」
「それはどうも」
何か通じ合っているような2人の会話に、何一つ理解していないラデックが首を傾げる。
「シスター? 何の話をしているんだ?」
「……ハピネスさんは生物に詳しくありません。当然植物にも。彼女の知識がケダマモドキを鰻と勘違いして大喜びする程度の物だというのは診堂クリニックでわかっていました」
「そんなこともあったな」
「それが突然こんなに詳しくなったと言うことは、どこかで読んだ知識をそのまま披露している付け焼き刃だと言うことです」
「ええ? ちょっと格好いいと思ってたのに。がっかりだ……。でもそんなのどこで知ったんだ?」
「そう。そこが問題です。林檎の木からトマトを生やす技術を持っているだけなら使奴の可能性も十分あるとは思いますが……。その技術を彼女の異能で探れる、つまりは目に見える文章などでわざわざ書き留めていると言うことです」
「使奴にしては丁寧だな」
「使奴じゃないかもってことですよ」
「……じゃあ、使奴研究員か。……なんかこの展開飽きてきたな」
ラデックの文句にシスターが顔をギュッと顰める。
「……国一つが貶められていると言うのにエンタメ性を気にするなんて、ラデックさんもラルバさんに似てきましたね」
「それは嫌だ。やっぱ今のナシ」
「その言い訳もラルバさんみたいです」
「すごく嫌だ」
すると、そこへ外からハザクラが戻ってきた。
「ラデック、ちょっと手伝ってくれないか」
「俺は木を触っても改造されてるかどうかなんて分からないぞ」
「チッ。じゃあいい」
「傷ついた」
「イチルギは戻ってきてないか? バリア先生かナハルでも助かるんだが……」
そこまで言って、ハザクラはふと不安になった。
「……ゾウラ、カガチは?」
「はい! 日が落ちる前にラルバさん達と村を出て行きました!」
「……他の使奴もか?」
「……? はい!」
「……なんで?」
「折角鎖国してるのに突然使奴が束になって襲ってきたら面白いよね。って言ってました」
ハザクラは頭を抱えてその場に蹲った。
「どうしてその時に言わないんだ……!!!」
「ごめんなさい!」
〜崇高で偉大なるブランハット帝国 不毛の都 山岳地帯 (ラルバ・バリア・イチルギ・ナハル・カガチサイド)〜
「それではここに〜、使奴部隊! “正義の鉄槌”を結成しまぁす!」
ラルバの高らかな宣言を、イチルギとナハルが渋い顔をして見つめている。
「……帰っていいかしら」
「私は帰る」
「まあまあお二人さん! そう言わず! ね!」
ナハルは顎にグッと力を入れつつ、バリアとカガチの方を見る。
「……バリアはともかく、カガチはよくついてきたな……」
「来る意味はないが、来ない意味もない」
「……最初からそうだが、お前のそう言うとこ、未だに理解ができない……」
「結構だ。私もお前を理解できないししたいとも思わない」
ナハルは次にバリアの方を見る。
「バリアも、どうしてラルバについてきたんだ……?」
「暇だから」
「ううん……」
3人の少し先では、大きく手を振って歩くラルバと、無理やり手を繋がされているイチルギが酷く嫌そうに山肌を進んでいる。
「あ〜空気が美味しいねぇ! ハイキングは楽しいなぁ!」
「……ごめんね。ラルバ」
顔を伏せたイチルギが、後ろの仲間に聞こえぬよう呟く。
「崇高で偉大なるブランハット帝国を野放しにしておいたのは、私達ウォーリアーズの責任。それを、ハザクラ達に背負わせるわけにはいかない」
「………………」
「もしここの国の人達に恨まれるなら、私だけでいい。でも、ハザクラはきっと一緒に立ち向かって、背負ってくれる。私もどう切り出そうか迷ってたの。置いていく口実を、ずっと探ってた」
「………………」
「ヴァルガンの言ってたことを支持するわけじゃないけど、ラルバがいてくれてよかった。私じゃきっと、どうやったってハザクラ達を巻き込んじゃう」
「…………………………」
「ラルバの我儘のせいにして出て行ければ、どんなに都合がいいか。本当は私から言い出すべきだったわ。でも、私が一方的に勘違いしたのは悪かったから「やっべー全然そんなこと考えてなかった」みたいな顔するのやめて本当に恥ずかしいから。違うならもっと早く訂正しなさいよ」
「急にめちゃめちゃ好意を寄せられて怖かったよ……」




