221話 200年続いた帝国
俺は超ツイてる。
ダクラシフ商工会で指名手配くらった時はどうしようかと思ったが、逃げた先にこんな襲いやすそうな村があるなんて。
こっちは8人。村の奴らは見えてるだけで10人ちょい。仲間呼ばれたとしても、精々30人が限界だろう。
畑にいる奴らは丸腰、どう見ても雑魚。クソでかい浮遊魔工馬車が停まってるが、警備っぽい奴はいねぇ。どっかの間抜けな金持ちでも来てんのか? こりゃ金もがっぽり奪えそうだ。
まずは人質を取ってから、見せしめに数人殺すか。弱そうなやつだけ残して……そうだ! そいつに殺させよう!
村八分にされた雑魚が、とうとう気が狂って大虐殺! 丁度来ていたボンボンの金を盗んで逃げるも、途中でビビって川に身投げ! これで行こう!
冴えてる! ツイてる! 最高! マジ神!
おっと、ここで油断しないのが俺、仕事の出来るヤツってもんだ。
まずは隠蔽魔法。透明になれるし音も消える。その辺のチンピラには真似できない高等魔術だ。
そんで仲間を先に行かせて、建物を囲ませる。そうだな、あの集会所にしよう。金持ちが中にいりゃ最高だ。
人目を避けて近づいて……慎重に、裏口から、慎重にだ。中に入ってからも気は抜くな……。
中にいるのは……クソっ、使奴寄りが何人かいるな……。ここは白髪のチビ――――はやめとこう。こういうやつが案外強かったりするんだ。この中で一番弱そうな奴は……。
こいつだ。こいつにしよう。黒髪ロングのガキ。弱そうだし、悲惨ないじめられっ子っていう感じにも見えるし、威張り腐ってる坊ちゃんって風にも見える。まずはこいつを人質にするか。……なんかこの使奴寄りの奴ら、やたら俺の方を見て――――
〜氷精地方 中部 日籠村〜
「いやぁ助かったわぁ。貴方達強いのねぇ」
キュリオの里を離れた一行は、そこから最も近い南の村に来ていた。再び砂漠を横断することになるも、比較的平坦な場所を選んだおかげで僅か1日で辿り着くことができた。
しかし、村の住民に招かれ集会所でもてなしを受けている最中、極めて悪いタイミングで侵入してきた盗賊を捕らえ、一躍英雄扱いとなった。
「うわーん! カガチのバカが親玉殺しちゃったー! まだ私一発も殴ってないのにー!」
何故か泣きべそをかいているラルバを無視して、イチルギが村の長である老婆に頭を下げる。
「すみません騒がしくして……。この馬鹿は善人には無害ですので、どうか無視して下さい。これ以上の失礼がありましたら殴って黙らせますので……」
「いいんですよぉ。皆さんがいなければ、今頃どうなっていたか……。何もないところだけど、何でも好きに使って下さいよぉ」
「お構いなく……」
「何でも好きにしていいの!? じゃああっちの家借りるね! あと牛糞!!」
「待てごらぁ!!!」
ウキウキで外に飛び出したラルバを、イチルギが鬼の形相で追いかけて行った。
ハザクラは2人を見送ってから、老婆に差し出された芋と豆を煮込んだ赤褐色のスープに口をつける。
「お口に合うかは分かりませんが……すみませんねぇこんなものしか出せなくて……」
「いえ、とても美味しいです。ところで、つかぬことをお伺いしますが、この村で何か変わったことなどはございませんか?」
「ん〜? 変わったこと、ねぇ……」
「例えば、先程のように盗賊が出たとか、何者かに搾取されているとか」
「いやぁ〜、ウチには盗るものなんてなぁんにもないからねぇ。悪い人が来たのだっていつぶりだったか思い出せもしないよ……。ここには平和な国……“愛と正義の平和支援会”の人がたまぁに来るくらいで……」
「彼らに何かされるようなことは?」
「いやぁまさかぁ。されるどころか貰ってばっかりだよぉ。食料やら家具やら木材やら、ありがたいもんだよぉほんと。代わりにウチは宿とご飯だすくらいでねぇ。他は学生やら学者さんやらが遊びに来るくらいよぉ。旅人さんも滅多に来ないしねぇ」
「そうですか」
シスターとゾウラ達は村の子供達の遊び相手をしており、ジャハルとナハルは情報収集のため他の女性達と話をしている。だが、特にめぼしい収穫はなかったようで、ハザクラと目が合うと静かに首を振った。
その後、集会所を出たところで1人の男がハザクラを呼び止める。
「お、おいアンタ……! 赤い髪の!」
「貴方は……確か集会所の隅にいた……」
ハザクラが呼び止められたことで他の仲間も目を向けるが、男は身を強張らせて狼狽え、挙動不審な様子でハザクラに耳打ちする。
「話があんだけど、……わ、悪いけど、1人で裏まで来てくんねぇか……? お、俺、人が苦手で……!」
「ああ、わかった。……もう1人だけ呼んでもいいか?」
「あ、あの紫の髪のやつか……? お、俺、あの人は苦手だ……」
「大丈夫、あいつは俺も嫌いだ」
ハザクラはレシャロワークを連れて、ラルバ達と離れて人目のつかぬ集会所の裏手に回る。
「それで、話とは?」
「……あ、あんた……人道主義自己防衛軍の偉い人だろ……? 新聞で見たことある……」
「え? あ、ああ」
「じゃ、じゃあ、この村に兵隊さんでも置いてくんねぇか……!? いや、盾とかでもいい……! 人道主義自己防衛軍の縄張りって分かれば……!」
興奮に声を荒らげる男の両肩を、ハザクラは力強く抑える。
「俺達は貴方の味方だ。襲撃されたばかりで不安なのも理解出来る。協力は惜しまない。だがその様子じゃ、それだけじゃないんだな? 理由と根拠を教えてくれ」
「あ、ああ……」
男は深呼吸をして落ち着きを取り戻し、目を地面に這わせながら話し始める。
「へ、変な目で見ないで欲しいんだが……俺は、“透視”の異能を持ってる。べっ、別に好き好んで覗きとかするわけじゃぁねぇんだが、あ、全くしたことないかって言うとそんなことはねぇんだが、その……」
「分かってる。それで?」
「……たまに、半年に一回くらいか、村の近くをトラックが通ることがあるんだ。でっかいトラックでさ……。その、中身がよ……こ、“子供”なんだよ」
「子供……」
ハザクラの脳裏に、レシャロワークの言葉が過ぎる。
100年前からあそこに子供捨ててる奴らがいるって言いたかったんですよぉ。まあどこの誰かは分からないんですけどぉ。
「最初は“平和な国”の子供達かと思ったんだ。遠足とか、ちょっとした旅行とかじゃねぇのかなって。でも、みんなトラックの中で立ってんだよ。怯えたような顔でさ……。で、も、もしかしたら、あれ、ゆ、誘拐なんじゃないかって……思って……でも、俺、異能のこと人に言えねぇから……!!」
男の声色に涙声が混じり始め、ハザクラは男の背中を摩り落ち着かせる。
「ゆっくりでいい。辛いなら無理に話さなくても構わない」
「お、俺、子供が2人いるんだよ……。もし、もしあいつが、うちに来たらよぉ……!」
「分かった。仲間の数人を村に駐留させよう。来週にでも到着するはずだ」
「あ、ありがとう……!! ありがとう……!!!」
涙を流して頭を下げる男に、ハザクラは静かに問いかける。
「……そのトラックが来た方向、向かった方向は分かるか?」
「行き先は……“北の方”ってことくらいしか……」
「北か……」
「来た方向もよくわかんねぇけど、多分、“帝国”から来てんじゃねぇかと……」
「帝国……“崇高で偉大なるブランハット帝国”か」
「へ、平和な国の人らは西の街道から来るけどよ……、あのトラックは、東の川縁の向こうを走ってたから……」
「教えてくれてありがとう。貴方の異能のことも秘密にしておこう」
「あ、あんたら、帝国に行くのか……?」
「そのつもりだ」
「気を付けろよ……あんたらの方が俺なんかよりよっぽど詳しいだろうけど、あそこは何してるか分からねぇからよ……」
「ああ。ありがとう」
男と別れ、ハザクラはレシャロワークに小声で話しかける。
「……キュリオの里が子供の処分場になっていたと言う話、皆に話すぞ」
「えー。折角内緒にしたのにぃ」
「やむを得ない。だが、お前達キャンディ・ボックスが関与していたという部分は省こう。お前も言うな」
「嬉し〜。でもいいんですかぁ? イチルギさんショック受けるんじゃないんですかぁ?」
「……ああ」
ハザクラはイチルギ達と合流し、男から聞いた話と推論を述べた。
「――――キュリオの里にあった魔導製造機。外部の者が人体を投入していた形跡があった。旧文明に冷凍された子供じゃない。最近生まれたであろう現代の子供だ」
ハザクラが視界の端でイチルギの顔を見るが、彼女は黙ったまま静かにこちらを見つめている。
「……俺は、“崇高で偉大なるブランハット帝国”が自国の子供をキュリオの里へ運んでいるんじゃないかと思っている。次の目的地にしたい」
すると、ラデックが顰めっ面で首を捻る。
「ハザクラは、いや、皆は“崇高で偉大なるブランハット帝国”についてどのくらい知っているんだ?」
皆互いに顔を見合わせるが、声を発するものはいない。
「……俺もここにくるまで、色々な国の人たちや物と交流してきた。だが、“崇高で偉大なるブランハット帝国”という文字を殆ど見たことがないんだ。売り物の製造国や野菜の原産地、空港の発着場に、それこそ空港にあった国別外国人用対応マニュアルにも、“崇高で偉大なるブランハット帝国”の文字はなかった。永年鎖国の人道主義自己防衛軍でさえ少しは輸出してるのに」
イチルギが思案しつつもラデックの問いに答える。
「……確かに“崇高で偉大なるブランハット帝国”は人道主義自己防衛軍以上の永年鎖国の国よ。大戦争終結直後、200年前から国を構えているにも拘らず、旧文明には存在しなかった。それから今まで、他国との接触を嫌って一切の情報を出していないの」
「大戦争終結間際に生まれた国か……派遣隊とかも送っていないのか?」
「送ってはいるけど、毎回門前払い。飴も鞭も意味がないし、どんなに譲歩した交渉も聞き入れてもらえなかったわ」
「ウォーリアーズで調査はしなかったのか?」
「ヴァルガンが無理強いを嫌ってたし、国外に何か影響を及ぼすわけでもなかったから様子見ってことになったわ。あの時はメギドの通信の異能も今ほど練度は高くなかったし」
「“あの時は”……ってことは、今は? 狼王堂放送局で何か聞いていないのか?」
そう聞かれると、イチルギは下唇を強く噛んで目を細める。
「……メギド曰く、無視できるレベルの問題しかないそうよ。でも、これは多分あの子が私を気遣って濁してくれたんだと思う。遠回しにだけど、行かない方がいいとも言われたわ」
「実際に子供が誘拐されキュリオの里に捨てられていたなら、無視できる問題とは言い難いだろう」
「ええ、そうね……」
ハザクラがイチルギに声をかけようとするが、それをバリアが遮って話しかける。
「で、イチルギは行くの? 私達は行くけど、ここで待ってた方がいいんじゃない?」
「いや……私も行くわよ。責任を取らなきゃ……。もし私のせいで何かが起こっているなら、もうこれ以上目を背けるべきじゃないと思う」
「今更過ぎる」
「そうね。本当に」
イチルギ達が話し合いをしている中、隅の方でデクスが地図を片手にルートを計算している。
「しっかし変な名前だな。“崇高で偉大なるブランハット帝国”て、ブランハット帝が治めてんだろうなってことはいいとしてもよ、崇高で偉大とか自分で言うかよ」
隣にいたレシャロワークがゲーム画面から目を離さずに答える。
「旧文明にはこういう国名の方が多かったらしいですよぉ。固有名詞プラス国家体制って名付け方」
「国家体制変わる時どうすんだよ」
「さあ? 国名も変わるんじゃないですかぁ?」
「ふーん」
デクスの見ている地図を、ゾウラが下から飛び跳ねて覗き込む。
「私にも見せて下さい!」
「ほれ。面白いもんでもねーぞ」
「そうですか? とっても面白いと思います!」
「どこがだ」
「だって、“200年間も何者にも侵されなかった帝国が、どこの誰とも交流せず、戦争も消滅もせずに残っている”んですよ? 不思議じゃありませんか!」
「……まー。そりゃあな」
「海にも面していませんし、川も数本だけ。食べ物とか道具とかどうしているんでしょうか? 神の庭みたいになっているんでしょうか?」
「さあな」
「それに、200年間同じ国名を名乗ってるんですよね?」
ゾウラの疑問で違和感に気づいたシスターが、デクスの持つ地図を覗き込む。
「確かに、変です。200年も外界と遮断されていれば、言語が変化していなければおかしい……!」
「あー? 人道主義自己防衛軍だって200年鎖国してて変わってねーだろ」
「違うんですデクスさん。あそこは使奴が統治し、言語を矯正しているから変化しないんです。普通は、人間が恣意的に言語を用いていたら、時間と共に変化するはずなんです」
「そうならねーかもしれねーだろうが」
「……私たちは、恵天の森で”神の庭“という集落を見てきました。外界と遮断された閉鎖的コミュニティでは、文字は失われ口伝でのみ言葉が伝わり、彼らの言葉は聞き取るのも難しい独特の訛りを持っていました。しかしあそこには、ガルーダ・バッドラックが出入りしていた形跡がありました。そのせいで彼らは使奴を神格存在と誤解し、壁画まで残した……。定期的にガルーダと意思の疎通をとっていたのは確かです。あの場所でさえ、完全な閉鎖コミュニティではなかった」
「……なら、“崇高で偉大なるブランハット帝国”はもっと歪んでなきゃおかしいってわけか」
「歪むどころか、普通は国そのものが崩壊します。旧文明だって、200年以上続く国家なんて殆どありませんでした。今でこそ使奴が侵略を禁止し長い歴史を持つ国が多いですが……、そうでないなら異常です」
「使奴以外が統治してた歴史の長い国っつーと、グリディアン神殿、バルコス艦隊、なんでも人形ラボラトリー、三本腕連合軍、スヴァルタスフォード自治区、愛と正義の平和支援会、ベアブロウ陵墓、ダクラシフ商工会……確かにどこも裏があったり従属国だったり、内側でバチバチだったりと問題多めだな」
「はい。しかし、国名が一字一句変化していない上に、現在の世界ギルドの派遣隊とも会話が可能。なら、何者かが言語の変化を矯正している可能性があります」
デクスも事の重大さを理解し、気怠そうに頭を掻く。
「言語を変化させないことにメリットがある、もしくは、言語が変化することでデメリットを被る誰か、か」
「恐らくは後者、使奴絡みでしょう」




