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シドの国  作者: ×90
キュリオの里
221/285

220話 終わりと言うにはあまりに虚しく

 半身と両目を失い、全身が黒痣に覆われたカガチを見て、デクスが咄嗟に家屋の外に向け警戒を広げる。


「周りにゃ誰もいねー。おいカガチ! テメーまさかカザンを連れて来てねーだろーな!!」


 激昂するデクスをイチルギが宥める。


「落ち着いてデクス、見張は私がやっておくから。ハピネス! 手伝って!」

「もうやっている」


 イチルギが部屋を出て行き、それにハザクラとジャハルが追従する。


「分身で、話は聞いていた……」


 部屋の隅に立っていた五体満足のカガチに黒い亀裂が入り、粉々に砕けて霧散する。ラデックは必死に口を開こうとするカガチを制止し、シスターとナハルに指示を出す。


「無理をするなカガチ! シスター! 傷口の固着物を取り除いてくれ! ナハルはカガチの魔力補充を!」

「はい!」

「ああ、わかった!」


 それでもカガチは血を吹き出しつつ言葉を続ける。


「げほっ……。使奴が、奴に勝てない理由は二つ。一つは、奴は我々を人として見ていない。もう一つは、奴は“命力”を知覚している」

「もう喋っちゃダメだカガチ!!」

「いや、続けて」


 カガチを止めようとするラデックを、今度はバリアが制止させる。


「人として見てない……。つまり、変質の異能は物体対象だけど、私達もその範疇ってこと?」

「……ああ。この身体も、変質でアスファルトに置き換えられた。肉体とアスファルトの境目が曖昧になって、肉ごと削ぎ落とさなければ回復魔法も意味をなさない」

「命力の知覚ってのは?」

「……私の“魔法”が打ち破られた。逆相の命力による相殺的干渉、反射。そして、命力そのものの変質……。異能の源を理解していないと行えん芸当だ」

「…………カガチは命力なんて本当にあると思ってるの?」

「知らん。私の“魔法”の燃料を、便宜的にそう呼んでいるだけだ。ただ、もしこの考えが合っているのならば、ガルーダの、“勘違い”に……合点が、行く……」


 そこまで言い残すと、カガチは「眠い」とだけ呟いて気絶するように眠りについた。




 ラデック、シスター、ナハル、ゾウラが別室で治療に尽力する中、残されたメンバーはカガチの言い残した言葉の意味を考えていた。


「命力……。爆弾牧場でも聞いた言葉だ」


 ジャハルの言葉に、バリアが頷く。


「ガルーダがリィンディを騙すために言ってたやつだね。でも、まさかカガチの口からその言葉が出るとは思わなかった」

「そもそも命力とはどう言った概念なんだ? 私は旧文明のことを知らないからよく分かっていないんだが……」

「オカルトの代表格かな。胡散臭い商品の宣伝とか、人工地震のエネルギー源だとか、頭の悪い連中が神秘的悪魔的陰謀云々を語る時によく使う。魂とか、宇宙人とか、死後の世界とか。それらと同じくらい不確実なものだと思ってくれていいよ」

「……そんなものをカガチが信じていたのは意外だな」

「うん、私も驚いてる。でも筋は通ってた」

「ガルーダの勘違いの話か?」

「そう。爆弾牧場で行われていた爆殺による処刑。ガルーダはリィンディに、爆殺の根源は温泉にあるって言ってた。あれ自体はリィンディを騙すための嘘だった。けど、命力を感じ取れるっていうのは、荒唐無稽な出鱈目じゃなかった」

「……ガルーダは、カザンと行動を共にしていたから命力の存在を確信していた……?」

「うん。ガルーダは多分、旧文明では命力が魔術的に証明されていたんじゃないかと勘違いをしたんだと思う」

「無理がないか? 使奴がそんなミスをすると思えない。もし見当違いだったら、自分の存在を他の使奴に悟られる。世間から隠れて行動しているガルーダにとっては致命的だろう?」

「そこなんだよ。そこを私達も勘違いしていた」

「そこ? どこだ?」


 バリアは部屋の端でドーナツを頬張っていたゾウラに問いかける。


「ゾウラ、ガルーダは私達のことを知らなかったんだよね?」

「むぐむぐ……。はい! イチルギさんやハザクラさんが探してるって言っても興味なさそうでしたし、ラルバさんの名前を出しても知らないと言ってました!

「ガルーダは私達を、ラルバのことさえも知らなかった。それどころか、自分達の目的や存在を知ったゾウラ達を五体満足で口止めもなく見逃した……。ガルーダは、そもそも世間から身を隠そうなんて考えていなかったんだよ」


 ジャハルは驚いて額を摩り反論する。


「え……!? いや、確かに私達の勝手な憶測ではあったが、隠れる気がないならば何故イチルギ達が見つけられない……!? 偶然だとでも言うのか!?」

「偶然だよ。運命的な偶然。“幸運”の異能って聞いてピンと来た。ガルーダの異能は、真吐き一座の座長シガーラットの異能の近縁種。自分にとっての幸運を察知する異能だよ。これまでガルーダが選んできた選択の全てが、ガルーダにとっての幸運。最良の未来のために動いている」

「……無意味な殺戮も、彼女の最良の未来のためなのか……?」

「さあね。幸運を選ぶとは言っても、幸運以外を選べないわけじゃないだろうし、本人に直接聞くしかないよ」


 バリアはラプーの方をチラリと見てから、イチルギの方へ視線を移す。するとイチルギは、申し訳なさそうに目を閉じた。


「もう我儘は言わないわ。でも、無茶はさせないで」

「分かってる。ラプー、私の推測は合ってる?」

「……んあー」


 しかし、ラプーは悩むような素振りで目を逸らす。


「カガチの言ったことを、具体的に説明して欲しい」

「……んあ……」

「ラプー?」

「んあー……。あんまり、言いたかねぇ」

「どうして? 私達がカザンを殺すと思ってる?」

「いんや、逆だ。対処法を教えたら、下手に挑んで返り討ちにされると思っとる」

「……じゃあ質問を変える。私達の中で、カザンに勝てる人はいる?」

「んあ、いねぇ」

「束になっても無理?」

「んあ」

「ラプーが私達を鍛えても?」

「んあ」

「……じゃあ誰がカザンに勝てる?」

「…………俺と、エグアドラかゼファーのどっちかが力を貸してくれりゃぁ、勝てるかもしれねぇ」

「そう。それ以外には?」

「……無理だ」

「ふーん。あっそ」

「すまねぇ」

「別にいいよ。ほっといても害はないんでしょ?」

「んあー……わからねぇ。俺の全知じゃあ、人の頭ん中まではわからねぇから……。今の所、ガルーダやカザンが世界をどうこうする素振りは見られねぇが……、その気のなりゃぁできるだろうよ」


 これ以降ラプーは口を開くのをやめ、新たな情報はカガチの治療を待つのみとなった。家主のダンタカ改めアルカは、気が付いた時にはその場に居らず、家の外に足跡だけが残されていた。



 翌日、丸1日かかったカガチの治療が終わった。疲労困憊のラデックはフラフラと外へ出て行き、積もった雪に身投げをするように倒れ込んで眠りに落ちた。


 カガチは肉体の調子を確かめるため、バリアを広場に連れ出した。


「どう? 調子は」

「不愉快だが、怪我をする前より調子がいい」

「そう。ラデックにお礼言いうんだよ」

「日頃の迷惑料として受け取っておく」


 カガチの蹴りが棒立ちのバリアに当たる度、村中に衝撃波が轟く。広場に面した集会所はあっという間に倒壊し、村の端では地響きによって崖崩れが起き、雪崩が家屋を飲み込んで行く。


「でも何でいきなりカザンに喧嘩売りに行ったの? 釁神社でッダァ=リャムに勝って調子良くしちゃった?」

「ゾウラ様に危害を加えようとしたからだ」

「変に刺激したら余計危険でしょ。仕返しにきたらどうするのさ」

「お前達にも本気を出してもらう。それに、ゾウラ様が本気で逃げればカザンとて追っては来れん」

「あっちには幸運の異能者もいるんだよ? それに、もし私達が全滅したらゾウラが可哀想でしょ」

「無用な気遣いだ」

「無用なわけない」


 カガチの握る拳に力が入り、蹴りがより一層鋭くなって行く。地面は抉れ、大地に罅が入る。無人なのをいいことに好き勝手暴れるカガチを、ナハルが慌てて止めに走ってきた。


「おいカガチ! 人が居ないからって暴れ過ぎだぞ!」

「丁度いいところに来た。お前の反撃を受け止められるかも試しておきたい」

「やめろ!! 麓にはチャシュパだっているんだぞ!」

「ああ、奴ならもう居ないぞ」

「えっ?」



〜キュリオの里 チャシュパの家〜


 一行は身支度を整えて村を去り、チャシュパの住む牧場まで戻ってきた。しかし、どこにもチャシュパの姿は見当たらず、部屋の中に書き置きだけが残されていた。


「大変なご迷惑をお掛けしました。もう戻りませんので、家の物は好きに使って下さい……か」


 ハザクラは部屋の中を見回し、もう一通の書き置きに目を向ける。


「これは……デラックス・ピザ宛か。好きに使えと言われても、どうするか……」


 ハザクラの思案をよそに、ラルバとハピネスは意気揚々と家探しを始める。


「このポンチョもーらい! あ、フード付きだ。いらね」

「呪術書は全て貰っておこう。マニアに高く売れる」

「見して見して。うわーきっしょ。一般化に独自記号使う奴は全員磔刑にすべき」

「見たがったくせに文句言う……」

「あ! あげた調味料未開封で置いて行きやがった! あんにゃろう許せねーっ!」

「要らないもん押し付けたくせに文句言う……」

 

 2人の愚行に呆れ返り、ハザクラは家を出て浮遊魔工馬車の方へ向かう。すると、遠くの茂みでレシャロワークが手を振っているのが見えた。不自然な誘いに、ハザクラは誰にも見つからぬようこっそり茂みの奥へと入って行く。


「何の用だ、レシャロワーク。他の奴らに聞かれたくない話か?」

「んーまあそんなとこですねぇ」


 レシャロワークはキョロキョロと辺りを見回してから、いつもと変わらぬ間の抜けた調子で口を開く。


「改造人間の材料を誰かが供給してるって、何で隠したんですかぁ?」


 ハザクラの瞳孔が縮小する。


「……何故、知っている?」

「まぁ、現場見たからですねぇ。製造機をガルーダさんがぶっ壊した時、中から出てきた材料の子供ひとり踏んづけたんですよぉ。で、その時子供がでっけー声で叫び声を上げたんですねぇ。もし冷凍保存されてる子供を使ってるんだったら、意識とかないんじゃないかなぁって。だから、きっと中にいたのは最近ぶち込まれた子なんだろうなぁと」

「そうか……」

「で、何で隠してたんですかぁ?」


 ハザクラは目を伏せ、懺悔のように言い訳を溢す。


「俺もイチルギも、博愛主義じゃない。清廉潔白な人間でもない。でも、俺達は善人なんだ。善くあろうとするし、善くありたい。イチルギがこの事実を知ったら、きっと後悔する。どこかの国が、ここへ幼児を捨てに来ていて、それはキュリオの里の人間達に喰われていたなんて知ったら……。どうせもう、製造機は破壊された。この事件はこれで終わりなんて言うつもりはないが、少なくともこの事実だけは伝えなくてもいいことだ……」

「あー。やっぱりそう言う……」

「これで満足か?」


 レシャロワークは腕を組んで暫く唸り、ウンと小さく頷く。


「じゃあ白状するんですけどぉ。その子供を捨てに来てた団体のひとつってぇ、ウチらキャンディ・ボックスなんですよねぇ」


 言い終わるより早く、ハザクラの手がレシャロワークの首を捉える。


「ギブギブギブギブッ!!」

「貴様……!! 何てことを……!!」

「タン、タン……マ……ぐえー…………」


 レシャロワークが意識を失いそうになったところでハザクラが手を離す。レシャロワークは顔を真っ赤にして咳き込み喉を摩る。


「うう……朝ご飯出そう……」

「事と場合によっては、今すぐお前を人道主義自己防衛軍に引き渡す。嘘偽りなく明瞭に説明しろ」

「元から誘拐されてる身なんですけどぉ……。まあウチらって言っても、自分は来たことないんですよねぇ。仲間が小遣い稼ぎに診堂クリニックから依頼もらってただけでぇ」

「ホウゴウからの指示か?」

「いやいや。依頼人はその下の好き勝手やってたジジババ共ですよぉ。臓器移植に適合しない子供達の扱いに困ってるとか何とかでぇ、キュリオの里に行けば証拠とか残さず処分できるって話があったらしいんですよねぇ」

「……受けたのか。その依頼を」

「自分じゃないですよぉ? でも、仲間が受けなきゃ誰かが受けてたし、誰も受けなかったら子供は粉砕して焼却炉行きですよぉ多分。救う手立てはなかったんじゃないんですかねぇ」


 ハザクラは喉元まで出かかった罵倒を飲み込み、苛立ちを抑えて立ち上がる。


「……聞かなかったことにしてやる。他の奴らには言うな」

「あ、ちょ、ちょっと待って! 肝心なのはそこじゃないんですよぉ!」


 立ち去ろうとするハザクラを、レシャロワークが咄嗟に引き止める。


「何だ」

「いや、ウチらがその依頼受けたのってぇ、去年くらいからなんですよぉ。で、その時依頼受けた仲間に聞いたのが、「同業者が何人かいた」って話でぇ」

「同業者?」

「ほら、アルカさんが言ってたじゃないですかぁ、キブチは100年前から続いてるってぇ。そっから毎年何人かは喰われ続けてたんでしょぉ? でも、あの研究所で子供何百人も冷凍保存し続けるのは無理あるじゃないですかぁ。ハザクラさん保管庫とか見ましたぁ?」

「……確かに、そこまで広くはなかったし、そもそも冷凍設備はとっくの昔に壊れていた」

「だからぁ、ウチらは超新参者でぇ、100年前からあそこに子供捨ててる奴らがいるって言いたかったんですよぉ。まあどこの誰かは分からないんですけどぉ」


 レシャロワークは「じゃ、自分はこれで」と早々に立ち去っていった。残されたハザクラは暫くその場で考え込み、彼女の言葉を思い返していた。








 ラルバ達が去ってから数日後、デラックス・ピザのトラックがチャシュパの家の前に停車した。そこから1人の男が降りて来る。


「よっこいせ。おーいチャシュパー! いるかぁー?」


 デラックス・ピザの代表、サラミは、慣れた足取りで家に入り、机にあった書き置きに気付いて手を伸ばす。


「……チャシュパ。俺らが行くまで待ってろっつったのに……」

「サラミ、チャシュパは?」

「ん」


 サラミは後ろから来た女性、プロシュートに書き置きを渡す。


「……復讐、終わったんだね」

「ケケケケ。終わったっつーか、終わっちまったっつーか」


 サラミは棚に残っていた干し肉を手に2階へ上がり、テラスからキュリオの里と山々を望む。しかし、雪崩と地滑りによって人工物の類は一切見て取れなかった。


「人喰いの村は滅んだ。“改造人間製造機”もぶっ壊れた。復讐も終わった……。もう誰も苦しまねーし、誰も悲しまねー……はずなんだがなぁ」


 カビの生えていた干し肉の表面をこそげ落とし、一口齧る。しかし、カビは中まで入り込んでいてとても食えたものではなかった。


「うえっ!? ぺっぺっ!! ……はぁ。これを一件落着っつーのは、ちぃと無理があるよな。チャシュパ」

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