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シドの国  作者: ×90
キュリオの里
219/285

218話 終わりと始まり

 リン・カザンの異能は“変質”。非生命体対象の変化系。非生命体を、全く異なる物体に変化させる異能。


 ラプーの予想では彼の異能は将来、異能そのものが変質してしまう。言語という形のないものを対象に含み、概念を捻じ曲げ始める。そして、その影響は全世界に及ぶ。カザンが変質させた言語は、実質消滅すると言っても過言ではない。それが言語に始まり、感情、感覚、全ての概念を変質させ、崩壊させる。大戦争とは違った方向から、人類の歴史が終わる。


 リン・カザンは、歴史上最悪の異能犯罪者になってしまう。ラプーは、全知でその兆候を見た。


 エグアドラ・クアッドホッパーとゼファー・クリープランドの2名を勧誘する際に、ラプーは事情と作戦を伝えていた。


 大戦争を止めたら、相互封印の術でリン・カザンを無力化する作戦を。


「世界が健全に育っていくために、オレ達はいちゃいけねぇ。互いに封印をかけねばならねぇ」

「……そんな」

「はぁ!? 聞いてねーぞラプー!!」

「封印って、どう言うこと……!?」


 飽くまでも、エグアドラとゼファーには被害者を演じてもらった。


「封印っつっても、死ぬわけじゃねぇ。相互封印の術は、オレ達が互いに誓約と制限を命じる……まあ強めの契約魔法みたいなもんだ。解くにはオレ達と同レベルの術者3人以上の魔法が使えなきゃなんねぇ。……実質、解除は不可能ってことだ」


 実際、2人も封印の内容までは聞かされていなかった。その点で言えば、ラプー1人が3人を陥れた形にもなる。


「そんなこと言われたって……。封印の内容は?」

「…………んあ。まずは誓約。本人と、親族に致命傷又はそれに準ずる行為をした場合に、自分に消滅の魔法をかけること。ヤケで暴れられねえようにする為だな」

「制限は?」

「…………エグアドラは、明かりと音。ゼファーは、時間と場所。カザンは、言語と感情。そしてオレは……能動。これらを封じてもらう」


 カザンの制限だけは、他の3人よりも軽いものにした。どちらかと言えば、カザンを納得させる為に他3人の制限を重くした。取り分け、ラプー自身は重く。


「どう言うこと……? 私の、時間と場所って何なの!? エグアドラはどうやって生きていけばいいの!? カザンは何のために生きればいいの!?」

「すまん」

「それに、ラプー……!! 能動って、何を言ってるの……? もう一生自分からは動けなくなるってこと!?」

「……すまん」


 エグアドラとゼファーは自分の制限よりも、ラプーの背負う制限の重さを心配した。ラプーにとっては、思い通りの反応だった。


「嘘だろ……ふざけんなよ……!!! ラプー!!!」

「……いや、でも、彼の言うことも(もっと)もかもしれない」

「あぁ……!? 正気かエグアドラ!?」

「確かに、僕たちは強くなり過ぎた。今後、誰かの気が変わって世界征服でも企まれたら止めようがない」

「そんなことするかよ!! こんな必死になって、俺達で救った世界じゃねーか!!」


 2人が甘受すれば、カザンも従う他ない。ラプーが3人を旅に誘ったのは、鍛え上げるだけが名目ではなかった。同調圧力に屈して、この日の封印を受け入れてもらうための信用稼ぎでもあった。


「……私もラプーに賛成」

「ゼファー!? もっとよく考えろ!! お前は時間と場所を奪われるんだぞ!? どこに行っちまうかもわからねー!! もう二度と俺らと、誰にも会えなくなっちまうかもしれねーんだぞ!!」

「分かってる。でも……でも…………」


 ラプーは、エグアドラとゼファーは断らないだろうと考えていた。2人が心に抱える闇、信念、願望。そして、深淵にその身を投げ入れさせる方法。それらを知っていた。真実があるならば、全知が教えてくれる。ラプーは3人を誘う前からこの計画を立てていた。相互封印の提案は、提案と言うよりは悪質な誘導であった。


 2人もそれを知っていた。知った上で受け入れた。だからこそ、自分たちよりもラプー自身の心配をした。自分達を騙したラプーが、どれほどの自己嫌悪を、罪悪感を抱えているのかを。


 そして、本来の封印対象であるカザンは何も知らなかった。彼の封印の内容も、変質の異能の暴走を止めるためのものであり、思想を思い計ったものではない。


 カザンは最後まで納得行かなかった。行かなかったが、3人を敵に回すこともしたくなかった。


「術式を教える。つっても、オレの描いた魔法陣で詠唱をしてくれりゃあいいでよ」

「なんで、なんでだよ……!! なあ……!! 他に方法は無いのかよ……!!!」


 仲間を裏切りたくなかった。だが、仲間に裏切られたくもなかった。


「じゃあ、始めるだ」

「頼むよ……なあ……!! ラプー……!!!」


 その場にいた全員が、同じことを思っていた。



















「あ、あー。あー」


 エグアドラが数回声を出し、耳や瞼を触って肩をすくめる。


 そこにゼファーの姿はなく、カザンとラプーは一言も発さずに中空をぼんやりと眺めている。


 暫くして、エグアドラは魔法で杖を生成し、地面を引っ掻きながらどこかへと歩いて行った。カザンはそれを見送った後、自分も静かに背を向ける。






 そして一度だけ振り返り、動かぬラプーに目を合わせた。


 










 カザンが視線を外し、歩き出す。


 













 その姿が見えなくなるまで、もう二度と振り返ることはなかった。


















 数日後、ひとりの使奴がラプーの元へやって来た。能動を封じられ、身動き一つ取れない彼の姿は、使奴の目には極めて奇怪に映った。


「こんにちは」

「んあ」

「………………こんな所で何をしているの?」

「……なんも」

「……………………」

「……………………」


 後にイチルギと呼ばれるようになる使奴は、奇怪な彼と幾つか言葉を交わした。


「能動の封印……? 不老不死の肉体? そんな術、聞いたことないわ。魔法式は?」

「仕組みとしては、”マダムの筆箱”に近い。離応の魔導式をメザナスカ項に当てはめて――――…………」

「……理屈は通ってるけど、机上の空論ね。貴方の振る舞いが演技でない証拠は?」

「んあ。嘘だと思うなら、3日でも1週間でも水に沈めてみりゃいい。オレは自分から上がれねぇし、死ぬこともできねぇ」

「……はぁ。わかった。信じるわよ」

「……………………」

「……こっちから話しかけなきゃ何も話せないの? 面倒ね、それ」

「んあ」


 2人は行動を共にすることにした。と言うよりは、イチルギがラプーの随伴を許可した。当時のイチルギは取り分け善人ではなかったが、決して悪人ではなかった。


「貴方はこれからどうしたいの?」

「んあ、別に、どうも」

「……じゃあどうして生きてるのよ。能動の封印なんてけったいなもの背負うくらいなら、みんなで仲良く死ねばよかったじゃない」

「……んあ。そうかも、知れねぇな」


 カザンに未来を教える手もあった。しかし、己が世界を滅ぼす元凶になると知ったら彼はどう思うだろうか。もし、カザンひとりを封印する提案をされたら、ラプーはきっと断れない。そして、その先後悔せずにはいられない。逆に、もしカザンが封印を拒否したら、3人がかりでも彼を止めることはできない。(かつ)ての友を、殺さずにはいられない。


 変質の異能を剥奪する方法も考えた。しかし、大戦争を止めるにはカザンの協力は不可欠。そして、後にカザンの異能を奪える異能者の誕生を待とうにも、カザンの異能が暴走する方が圧倒的に早い。そうなってしまったら、誰も彼を止められない。


 彼に異能を使わせないよう頼み、皆で見張ることも考えた。だが、いつでも世界を終わらせることができる人間が生き永らえることを、世界は許さないだろう。そして、カザン自身も気が気ではないだろう。ほんの少しの気の迷いで世界が崩壊する。ましてや、カザンが重圧に耐えきれなくなったその時は、自分たちの手でカザンを葬らなければならない。


 全知は、人の心までは教えてくれない。自分の心の内でさえも。


 やむを得ない選択だった。そう自分に言い聞かせていた。


 でも、結局は我儘だったのだろう。名も無き生まれたばかりの使奴に諭され、初めて気が付いた。


 友を、カザンを殺したくなかった。どうにか、生きて幸せになれる可能性を残したかった。ひとり暗闇に閉じ込めたくなかった。だが、その為に他の幸せを奪ってしまった。全てを救う手立てを、全知は教えてくれなかった。


 彼は全知ではあるが、全能ではなかった。


「で、貴方はこの結果を納得しているの?」

「…………オレは、正しいことをしたのか?」

「知らないわよ。でも、貴方がそう思うなら、きっと正しくはなかったんじゃないの?」

「……んあ」




 それからイチルギは、ラプーを連れて人間達との交流を始めた。ラプー達が救った世界を見せれば、少しは気が軽くなるのではないかとの気遣いであった。


 しかし、世界を救った勇者を、世界は拒絶した。


「死ね!!! 食い物!!! 食い物寄越せ!!!」


 人に会えば、罵声か鉛玉が飛んできた。


「なんで、なんでもっと早く来てくれなかったんだ!!!」


 怪我人を助ければ、助けが遅れたことを責められた。


「こんな状況で、どうやって生きていけって言うんだよ!!! おい!!!」


 助けたことさえ咎められた。


 運悪く、2人を歓迎する者に会うことはなかった。












「……ごめんなさい、ラプー。こんなつもりじゃなかったの」

「んあ」

「私も、私も知っていたはずなのに……。差し伸べた手は、往々にして振り払われるってことを。でも、でもこんなことって……! 貴方は、仲間を失ってまで世界を救ったのに……!!」

「……んあ」


 イチルギは心に決めた。ラプーの救った世界を、ラプー達の戦いを、自らが受け継ぎ、終わらせようと。


「ラプー。私はこの世界を救いたい。貴方が救いきれなかったこの世界を、もう一度ちゃんと救いたい」

「…………んあ」

「でも、私の理想じゃダメ。私は人間を愛していないから。誰か、本物の英雄が要る。世界平和を心の底から望んでる、物語の主人公が。ラプー、お願い。もしこの世界に英雄がいるなら、そこに案内して」

「んあ。……ヴァルガンのところに案内するだ」


 この日、イチルギの野望が芽生えた。


「見ていて、ラプー。貴方は正しかったって、世界に証明してみせる」

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― 新着の感想 ―
[一言] これだから何度も読み返したくなるんですよ(歓喜)
[一言] ラプーは能動を封じられていたからずっとああだったのか……
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