215話 復讐の終わり
〜キュリオの里 北方 山の麓〜
「シチュー作ってたら全部終わってるんだが!?」
呪術結界の解読に手を焼いていたラルバが駆けつけた頃には、倒れ込む村人達の中にチャシュパがひとり立ち尽くしていた。大斧の刃は血に濡れ、数人の村人の頭が縦に裂かれている。返り血がついたままチャシュパが徐に振り返ると、ラルバはシチューを一口頬張って考え込む。
「……まあ、いいか! ジャハルとレシャロワーク生きてる〜?」
「らぁ〜。早めに眠らせたから無傷らよ〜。……でも、悪いことしちゃったのね。ラルバさんもごめんねぇ〜……。呪い、浴びたでしょぉ〜?」
「へーきへーき! こっちは上手いことスルーしたし、ジャハルは我慢強いから! レシャロワークはー……、気にしなくていいよ!」
「らぁ〜……。 ごめんねぇ〜……」
ラルバはシチューの残りを平らげ、邪魔そうに村人の死体を蹴飛ばす。
「で、なんでまた皆殺しなんかクソ面倒くさいことを? 親でも殺された?」
「……らぁ〜。とっちゃ、殺されたのね……」
「お、やるじゃん。初犯でこれ? 才能あるねぇ!」
そう言うとラルバば上機嫌に死体を漁り、ニカっと笑ってみせる。
「どう? 復讐が叶った気分は! 最高でしょ!」
「…………楽しかった、のかなぁ〜……」
「楽しくなきゃこんなことしてらんないでしょ。暇人か?」
「どうせ、他にやることもなかったのね……」
「大願成就万歳ってツラじゃないねぇ。殺し足りないなら一緒に来る? 次はチンチンから無限に蛆が湧く呪い作ろうぜ!」
「らぁ〜……」
そこへ、少し遅れてイチルギがやってくる。
先頭を足早に進むダンタカを追いかけて。
「ダンタカ! 止まって! ダンタカ!!」
「…………」
「お願いダンタカ!! 話を聞いて!!」
「うわ、おこじゃん」
イチルギの必死の制止などまるで聞く耳を持たず、ダンタカは我が子を抱いたまま無表情で近付いてくる。
そして、ラルバの真横を通り過ぎ、チャシュパの真正面で足を止める。足元に倒れ込む村人のうち数人は、すでに斧で頭蓋を両断され蘇生は叶わない。
「…………」
「らぁ〜……、ダンタカさん〜……」
「何故、殺した」
「…………とっちゃの仇だったのね」
「父親……、アグラッパのことか」
重苦しい沈黙が流れる。双方に殺意は見て取れないが、それは敵意がないことの表れではない。イチルギは脂汗を浮かべて見守っており、ダンタカが自暴自棄になるのを心の底から恐れて身構えている。
黙ったまま見下ろすダンタカを、チャシュパは流し目で見上げてから目線を逸らす。
「とっちゃが帰ってこなかった日から、ホントは気付いてたのね。山に入って、殺されちゃったんだろうなって」
懺悔か、はたまた恨み節か。チャシュパは犯行の動機をぼそぼそと語り始める。
「とっちゃは、キブチを嫌ってたのね。人を喰うなんてどうかしてるって。でも、とっちゃは村ん人達すぐに説得しなかったんよ。他所様の文化に口出すのは良くねって。だけど……、どうにかやめさせたいとも思ってたのね。それで、お恵みの研究始めたんよ……」
ダンタカが淡白に言い放つ。
「お恵みの骨や毛髪をくすねて行くことが何度かあったな。その度にアグラッパは私に見つかり、村の者に制裁を加えられていた」
「らぁ〜。血ぃ流して帰ることは何度もあったのね。でも、とっちゃは村ん人悪くは言わなかった……。ダンタカさんのことも……。それで、結局お恵みの正体も分からなかった。だから、とうとう山に入ることにしたのね」
チャシュパの指を絡ませる手遊びが、手を引っ掻くような力強いものに変わっていく。
「最初は、とっちゃが死んだって思いたくなくて、どっかで迷ったんだって思って、迎えに行かなきゃって山に入ったのね。でも、ホントは分かってたのね。誕生日に作ってあげた煙草入れ……いっつも身につけてたのに、あの日だけは置いていったのよ」
ポケットから革製の煙草入れを取り出し、物憂げに見つめる。
「殺されたら、きっと村の人に服は捨てられる。だから、これだけはこの世に置いていきたかったのね」
煙草入れに雫が落ち、丁寧に塗られたワックスに弾かれ流れていく。
「とっちゃの本棚漁って、勉強いっぱいして、呪術覚えたのね。サラミ君たちは忘れろ言ってくれたけど、諦められなかったのね……。こんなことしたって、とっちゃは帰ってこないけど……、とっちゃが帰ってこないなら、村ん人も帰ってこなくていい……」
煙草入れに再び雫が落ちる。声に嗚咽が混じり、吐息が乱れ始める。
「でもっ……でもっ……。サラミ君たちの言う通りだった……。早く忘れた方がよかった……。もう、もう、何のために生きたらいいのかわかんね……。もう、もういい。もういい……! もういいっ!!! ああああああああっ!!!」
チャシュパは斧から手を放し、顔を覆って泣き叫ぶ。彼女の真の復讐はまだ済んでいない。父を見殺しにしたダンタカを、人喰いの因習を放置していたダンタカを恨んでいないはずもなく、出来ることなら今すぐにでも殺してやりたい気分であろう。
「もう終わりでいい……!!! 終わりでいい!!! どうせ、どうせとっちゃは帰りっこない!!!」
しかし、使奴相手に刃を振るうほど、チャシュパは短絡的ではない。かといって、策で抗えるほど賢くもない。
だからこそ、チャシュパの復讐はここで終わってしまった。
「チャシュパ」
ダンタカに名を呼ばれ、チャシュパは目玉だけを向ける。
「この子の親になる気はないか?」
「……!?」
ダンタカに赤ん坊を差し出され、チャシュパは涙も止めてたじろぐ。
「え……」
「去年生まれたばかりだ。名をケリャクと言う。抱いてみろ」
半ば押し付けられるようにケリャクを押し付けられると、チャシュパは意味も分からぬまま抱き抱えた。腕の中ですやすやと寝息を立てるケリャクの額を、ダンタカが優しく撫でる。
「私は今、困惑している。いや、困惑すらしていないのかも知れない。私は今、私がどう言う感情を抱いているのかが分からない」
そこで、周りの者達は気がつく。ダンタカは敵意を押し殺しているのではなく、そもそも抱いていないのだと。
「……私が愛だと思っていたものは偽物だったようだ。いや、偽物すら持っていなかった。家族を皆殺しにされたと言うのに、怒りも、悲しみも、まるで浮かんでこない。それどころか、ケリャクが巻き添えになっていたかもと考えても、何も思わない。お前の父親に悪いことをしたとも思っていないし、逆恨みもしていない。どうやらこの惨劇は、私にとって画面の向こうのニュースに過ぎないようだ」
ダンタカはチャシュパを伏目がちに見つめる。
「すまなかった。チャシュパ」
「……らぁ〜」
チャシュパは腕の中で眠るケリャクを見つめ、それから恨めしげにダンタカを睨む。
「何で……?」
「何で。何で、か。我が子を手放す理由……。強いて言えば、育てる理由がなくなったからだろうか」
ダンタカがケリャクを見つめるが、その眼差しにはもう、一欠片の母性さえ感じられない。
「家族を得ても、私には無価値だということがわかった。私にとって、そいつは無価値だ。だが、お前は人を愛せるのだろう? そいつを、私から守ってやってはくれないか。きっと私は、明日にでもそいつを家に置いて放浪の旅に出るだろう。そいつが飢え死にしようが凍死しようが何とも思わないが、こんな碌でなしでも無意味に人を死なせたくはない。それくらいの良心はまだ残っている。これも偽物かもしれんがな」
それから背を向けて、数歩進み天を仰ぐ。
「家族を持てば、愛を知れると思った。幸せになれると思った。人を助ければ、慈しみを知れると思った。優しさを理解できると思った。家族を守るために敵意を剥き出しにして見せれば、親心を理解できると思った。偽りでも、賢を学ばんを賢と言うべし……。だが、全ては無意味だった」
それからゆっくりと、イチルギの方を向く。
「お前にも悪いことをしたな、イチルギ」
「ダンタカ……」
「もうダンタカとは呼ばないでくれ。それは、この村の人間に貰った名だ。……私は、アルカに戻ろう。使い捨て性奴隷、アルカマリアス被験体22号に……」
イチルギは彼女の名を呼べなかった。どちらの名を呼んでも、アルカを、ダンタカを責めてしまうような気がして。
「イチルギ、アルカと呼んでくれ。お前がそう呼んでくれれば、私は前に歩き出せる気がする。失ったものを、得られなかったものを数える気になれる」
「……ア、…………っアル……アル、カ……」
「すまないことをした。こんな飯事に感けず復興派に加わっていれば、死なずに済んだ命も多くあっただろうに。……いや、これは反省というより自己嫌悪か。どうやら私は罪を理解するのも難しいらしい」
アルカは顔を伏せ、自嘲気味に笑う。
「…………今の私を見たら、“ガルーダ”は笑うだろうか」
思わぬ名前を聞き、ラルバとイチルギが目を見開く。ダンタカは深く溜息を吐き村の方へと歩き始める。
「少し散歩してくる。家で待っていてくれ。私が知る全てを話そう」
〜キュリオの里 ダンタカの家〜
日はすっかり落ち、デクス、ゾウラの2名も戻ってきていた。それから暫くして、ハザクラが入り口の扉を開いた。
「遅くなった。すまない」
「遅いぞー! シチュー冷めちったじゃんかよー!」
ラルバ以外の面々は皆、重苦しく口を閉ざしている。そこへ、部屋から出てきたゾウラが朗らかに手を振った。
「ハザクラさんおかえりなさい! 何か分かりましたか?」
「……ああ、後で話す。ところで、村人の姿が見えないようだが……何かあったのか?」
「あ、それは――――」
「皆、死んだよ」
家の外から聞こえてきた声にハザクラは振り返る。そこには、家主であるダンタカが立っていた。
「ダンタカ……。今、なんて言った?」
「そう警戒するな。私は冷静だ。敵対心もない」
ダンタカはハザクラの横を通り抜ける際、ボソリと呟いた。
「ガルーダには会えたか?」
ハザクラはバッと振り返るが、ダンタカがハザクラの唇に指を押し当て発言を制する。それからリビング奥のソファに腰掛け、大きく深呼吸をしてから話し始めた。
「私がガルーダと出会ったのは、今から130年ほど前。丁度私がこの村に来て半年後のことだ。奴は、北の廃墟で人造人間の群れを従えていた。奴は私を、彼らの言葉で“間引く者”。“ヴァーツ”と呼んだ」




