表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シドの国  作者: ×90
キュリオの里
216/285

215話 復讐の終わり

〜キュリオの里 北方 山の麓〜


「シチュー作ってたら全部終わってるんだが!?」


 呪術結界の解読に手を焼いていたラルバが駆けつけた頃には、倒れ込む村人達の中にチャシュパがひとり立ち尽くしていた。大斧の刃は血に濡れ、数人の村人の頭が縦に裂かれている。返り血がついたままチャシュパが(おもむろ)に振り返ると、ラルバはシチューを一口頬張って考え込む。


「……まあ、いいか! ジャハルとレシャロワーク生きてる〜?」

「らぁ〜。早めに眠らせたから無傷らよ〜。……でも、悪いことしちゃったのね。ラルバさんもごめんねぇ〜……。呪い、浴びたでしょぉ〜?」

「へーきへーき! こっちは上手いことスルーしたし、ジャハルは我慢強いから! レシャロワークはー……、気にしなくていいよ!」

「らぁ〜……。 ごめんねぇ〜……」


 ラルバはシチューの残りを平らげ、邪魔そうに村人の死体を蹴飛ばす。


「で、なんでまた皆殺しなんかクソ面倒くさいことを? 親でも殺された?」

「……らぁ〜。とっちゃ、殺されたのね……」

「お、やるじゃん。初犯でこれ? 才能あるねぇ!」


 そう言うとラルバば上機嫌に死体を漁り、ニカっと笑ってみせる。


「どう? 復讐が叶った気分は! 最高でしょ!」

「…………楽しかった、のかなぁ〜……」

「楽しくなきゃこんなことしてらんないでしょ。暇人か?」

「どうせ、他にやることもなかったのね……」

「大願成就万歳ってツラじゃないねぇ。殺し足りないなら一緒に来る? 次はチンチンから無限に蛆が湧く呪い作ろうぜ!」

「らぁ〜……」


 そこへ、少し遅れてイチルギがやってくる。


 先頭を足早に進むダンタカを追いかけて。


「ダンタカ! 止まって! ダンタカ!!」

「…………」

「お願いダンタカ!! 話を聞いて!!」

「うわ、おこじゃん」


 イチルギの必死の制止などまるで聞く耳を持たず、ダンタカは我が子を抱いたまま無表情で近付いてくる。


 そして、ラルバの真横を通り過ぎ、チャシュパの真正面で足を止める。足元に倒れ込む村人のうち数人は、すでに斧で頭蓋を両断され蘇生は叶わない。


「…………」

「らぁ〜……、ダンタカさん〜……」

「何故、殺した」

「…………とっちゃの仇だったのね」

「父親……、アグラッパのことか」


 重苦しい沈黙が流れる。双方に殺意は見て取れないが、それは敵意がないことの表れではない。イチルギは脂汗を浮かべて見守っており、ダンタカが自暴自棄になるのを心の底から恐れて身構えている。


 黙ったまま見下ろすダンタカを、チャシュパは流し目で見上げてから目線を逸らす。


「とっちゃが帰ってこなかった日から、ホントは気付いてたのね。山に入って、殺されちゃったんだろうなって」


 懺悔か、はたまた恨み節か。チャシュパは犯行の動機をぼそぼそと語り始める。


「とっちゃは、キブチを嫌ってたのね。人を喰うなんてどうかしてるって。でも、とっちゃは村ん人達すぐに説得しなかったんよ。他所様の文化に口出すのは良くねって。だけど……、どうにかやめさせたいとも思ってたのね。それで、お恵みの研究始めたんよ……」


 ダンタカが淡白に言い放つ。


「お恵みの骨や毛髪をくすねて行くことが何度かあったな。その度にアグラッパは私に見つかり、村の者に制裁を加えられていた」

「らぁ〜。血ぃ流して帰ることは何度もあったのね。でも、とっちゃは村ん人悪くは言わなかった……。ダンタカさんのことも……。それで、結局お恵みの正体も分からなかった。だから、とうとう山に入ることにしたのね」


 チャシュパの指を絡ませる手遊びが、手を引っ掻くような力強いものに変わっていく。


「最初は、とっちゃが死んだって思いたくなくて、どっかで迷ったんだって思って、迎えに行かなきゃって山に入ったのね。でも、ホントは分かってたのね。誕生日に作ってあげた煙草入れ……いっつも身につけてたのに、あの日だけは置いていったのよ」


 ポケットから革製の煙草入れを取り出し、物憂げに見つめる。


「殺されたら、きっと村の人に服は捨てられる。だから、これだけはこの世に置いていきたかったのね」


 煙草入れに雫が落ち、丁寧に塗られたワックスに弾かれ流れていく。


「とっちゃの本棚漁って、勉強いっぱいして、呪術覚えたのね。サラミ君たちは忘れろ言ってくれたけど、諦められなかったのね……。こんなことしたって、とっちゃは帰ってこないけど……、とっちゃが帰ってこないなら、村ん人も帰ってこなくていい……」


 煙草入れに再び雫が落ちる。声に嗚咽(おえつ)が混じり、吐息が乱れ始める。


「でもっ……でもっ……。サラミ君たちの言う通りだった……。早く忘れた方がよかった……。もう、もう、何のために生きたらいいのかわかんね……。もう、もういい。もういい……! もういいっ!!! ああああああああっ!!!」


 チャシュパは斧から手を放し、顔を覆って泣き叫ぶ。彼女の真の復讐はまだ済んでいない。父を見殺しにしたダンタカを、人喰いの因習を放置していたダンタカを恨んでいないはずもなく、出来ることなら今すぐにでも殺してやりたい気分であろう。


「もう終わりでいい……!!! 終わりでいい!!! どうせ、どうせとっちゃは帰りっこない!!!」


 しかし、使奴相手に刃を振るうほど、チャシュパは短絡的ではない。かといって、策で抗えるほど賢くもない。


 だからこそ、チャシュパの復讐はここで終わってしまった。


「チャシュパ」


 ダンタカに名を呼ばれ、チャシュパは目玉だけを向ける。


「この子の親になる気はないか?」

「……!?」


 ダンタカに赤ん坊を差し出され、チャシュパは涙も止めてたじろぐ。


「え……」

「去年生まれたばかりだ。名をケリャクと言う。抱いてみろ」


 半ば押し付けられるようにケリャクを押し付けられると、チャシュパは意味も分からぬまま抱き抱えた。腕の中ですやすやと寝息を立てるケリャクの額を、ダンタカが優しく撫でる。


「私は今、困惑している。いや、困惑すらしていないのかも知れない。私は今、私がどう言う感情を抱いているのかが分からない」


 そこで、周りの者達は気がつく。ダンタカは敵意を押し殺しているのではなく、そもそも抱いていないのだと。


「……私が愛だと思っていたものは偽物だったようだ。いや、偽物すら持っていなかった。家族を皆殺しにされたと言うのに、怒りも、悲しみも、まるで浮かんでこない。それどころか、ケリャクが巻き添えになっていたかもと考えても、何も思わない。お前の父親に悪いことをしたとも思っていないし、逆恨みもしていない。どうやらこの惨劇は、私にとって画面の向こうのニュースに過ぎないようだ」


 ダンタカはチャシュパを伏目がちに見つめる。


「すまなかった。チャシュパ」

「……らぁ〜」


 チャシュパは腕の中で眠るケリャクを見つめ、それから恨めしげにダンタカを睨む。


「何で……?」

「何で。何で、か。我が子を手放す理由……。強いて言えば、育てる理由がなくなったからだろうか」


 ダンタカがケリャクを見つめるが、その眼差しにはもう、一欠片の母性さえ感じられない。


「家族を得ても、私には無価値だということがわかった。私にとって、そいつは無価値だ。だが、お前は人を愛せるのだろう? そいつを、私から守ってやってはくれないか。きっと私は、明日にでもそいつを家に置いて放浪の旅に出るだろう。そいつが飢え死にしようが凍死しようが何とも思わないが、こんな碌でなしでも無意味に人を死なせたくはない。それくらいの良心はまだ残っている。これも偽物かもしれんがな」


 それから背を向けて、数歩進み天を仰ぐ。


「家族を持てば、愛を知れると思った。幸せになれると思った。人を助ければ、慈しみを知れると思った。優しさを理解できると思った。家族を守るために敵意を剥き出しにして見せれば、親心を理解できると思った。偽りでも、賢を学ばんを賢と言うべし……。だが、全ては無意味だった」


 それからゆっくりと、イチルギの方を向く。


「お前にも悪いことをしたな、イチルギ」

「ダンタカ……」

「もうダンタカとは呼ばないでくれ。それは、この村の人間に貰った名だ。……私は、アルカに戻ろう。使い捨て性奴隷、アルカマリアス被験体22号に……」


 イチルギは彼女の名を呼べなかった。どちらの名を呼んでも、アルカを、ダンタカを責めてしまうような気がして。


「イチルギ、アルカと呼んでくれ。お前がそう呼んでくれれば、私は前に歩き出せる気がする。失ったものを、得られなかったものを数える気になれる」

「……ア、…………っアル……アル、カ……」

「すまないことをした。こんな飯事に感けず復興派に加わっていれば、死なずに済んだ命も多くあっただろうに。……いや、これは反省というより自己嫌悪か。どうやら私は罪を理解するのも難しいらしい」


 アルカは顔を伏せ、自嘲気味に笑う。


「…………今の私を見たら、“ガルーダ”は笑うだろうか」


 思わぬ名前を聞き、ラルバとイチルギが目を見開く。ダンタカは深く溜息を吐き村の方へと歩き始める。


「少し散歩してくる。家で待っていてくれ。私が知る全てを話そう」









〜キュリオの里 ダンタカの家〜


 日はすっかり落ち、デクス、ゾウラの2名も戻ってきていた。それから暫くして、ハザクラが入り口の扉を開いた。


「遅くなった。すまない」

「遅いぞー! シチュー冷めちったじゃんかよー!」


 ラルバ以外の面々は皆、重苦しく口を閉ざしている。そこへ、部屋から出てきたゾウラが朗らかに手を振った。


「ハザクラさんおかえりなさい! 何か分かりましたか?」

「……ああ、後で話す。ところで、村人の姿が見えないようだが……何かあったのか?」

「あ、それは――――」

「皆、死んだよ」


 家の外から聞こえてきた声にハザクラは振り返る。そこには、家主であるダンタカが立っていた。


「ダンタカ……。今、なんて言った?」

「そう警戒するな。私は冷静だ。敵対心もない」


 ダンタカはハザクラの横を通り抜ける際、ボソリと呟いた。


「ガルーダには会えたか?」


 ハザクラはバッと振り返るが、ダンタカがハザクラの唇に指を押し当て発言を制する。それからリビング奥のソファに腰掛け、大きく深呼吸をしてから話し始めた。


「私がガルーダと出会ったのは、今から130年ほど前。丁度私がこの村に来て半年後のことだ。奴は、北の廃墟で人造人間の群れを従えていた。奴は私を、彼らの言葉で“間引く者”。“ヴァーツ”と呼んだ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] そういや、カザンとキザンとクザンがいるんですね
[一言] ずっと蚊帳の外な話だったなあ…… 人生そんなもんか
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ