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シドの国  作者: ×90
キュリオの里
211/285

210話 魔人の御座す山

 翌朝、ハザクラはジャハル、デクスを連れて村の調査に出かけた。しかしダンタカの家を出てから数分もしないうちに、ハザクラ達は村人に頼まれ屋根の雪下ろしを手伝うことになった。


 屋根の雪を降ろしながら、デクスが面倒臭そうにぼやく。


「なぁんで引き受けちまうんだよ……メンドクセー」

「これから怪しい行動をするんだから、少しでも信用は失いたくない」

「テメーの異能ならどうとでもなるだろ」

「異能で一方的に人を言いなりにするのは、あまり気分がいいものじゃない」

「理解できねー。剣で脅すよりよっぽど道徳的だろうによ」

「……悪いな。信念みたいなものなんだ」

「じゃあラデックはいいのかよ。たまに異能で脅そうとしてるだろ」

「ラデックはいいんだ。どうせ剣で切りつけた程度じゃ怯まないし、俺の心も痛まない」

「そこは少しでも気分を害せよ」

「じゃあデクスだったらどうやって言い聞かせるんだ」

「あー? あー……。やっぱ殴るしかなさそうだな」

「ほらな」

「2人ともー! 一旦ストップだ! 下を片付ける!」


 2人が雪下ろしを中断し、その間にジャハルが下した雪を近くの雪捨て場まで運んで行く。卓越した運搬魔法と炎魔法の併用により雪はあっという間に運び出され、村人の女性は大いに喜んだ。


「まぁ〜魔法が上手いのね〜! すごいわ〜!」

「修練を積んでいますので」

「もし時間があれば、坂の上のお宅もやってあげてくれる? あそこお爺さんの1人暮らしで、多分まだやってないと思うのよ〜」

「分かりました」

「何で引き受けんだよ……」

「助かるわ〜!」




 話の通りに坂を進むと、全体の半分以上が雪に埋もれた一軒家が見えてきた。


「おいおい……あれもう死んじまってるんじゃねーのか?」

「雪国ならこれくらい普通だ。早いとこ掻き出してしまおう」

「マジかよ……」


 それから3人が除雪を進めると、家の戸がガタガタと歪な音を立てて開かれ、中から1人の老人が顔を覗かせた。


「あれまぁ……道ができとる……」


 老人は事情を聞くなり3人を歓迎し、家の中へ招き入れた。


「いやあ助かった。もう3日も家から出られんで、心細かったぁ」


 ハザクラは出された茶を啜りつつ、朗らかに答える。


「ご無事で何よりです。ダンタカさんは来られなかったので?」

「あの人も忙しいからな。甘えてばっかりも居られんで」

「そうなんですか。……ところで、失礼ですが奥様は?」

「ん?」

「この湯呑み、貴方のものとお揃いですね。あの2人が使っているものもペアになっている。よく見れば座布団も。それに、玄関に女物の履き物が」

「あ、ああ……。女房はな……一昨年、死んだ……」

「……これは、大変失礼しました」


 デクスが目だけで「分かってて聞いただろ」と咎めてくる。


「いいんだ。女房は本当によくできた女だった。きっと“カザン“様のところで幸せに――――」

「ちょっと待ってください、今何と?」


 ハザクラは思わぬ言葉を聞いて身を乗り出す。


「え、カ、カザン様が、何か……?」

「カザン……様……」


 カザン。その名前に、ハザクラは朽の国、神の庭で発見した手記の内容を思い出す。


 結界の外から人間が来た。2人ともえらく奇抜な格好をしてたが、悪い人たちじゃないようだった。名前は、肌の白い女の人が“ガルーダ・バッドラック”さん。オレンジ色の長い髪の男の人は“リン・カザン”さん。


 使奴解放の宣言より前にガルーダと接触していた謎の男。


「すみません、貴方達の進行する宗教は、私たちの信仰する魔人神話とは少し異なるようです。貴方達の言う“カザン様”というのは何なのでしょうか?」

「おや? 我々も魔人神話を信仰していますが……」

「何……?」


 魔人神話。現代では広く浸透している最も普遍的な宗教。


 “時の女神が空を塗り、星の魔人が地を埋める。人の魔人が世界を創り、大神様は微笑んだ。”


 この一文から始まる魔人神話は、多少の差異こそあれど大凡同じ内容で世界に広く浸透している。但し、その中でも信徒の多い宗教にしては異質と言える共通項がある。


「カザン様は、山の神様です。よそとは違うのでしょうか? こちらでは他の神様のお名前がそれぞれ――――」


 語られる魔人達に、名前は存在しない。

 







〜キュリオの里 北方 山の麓〜


 3人は老人の家を離れ、村人の目を掻い潜り山を登り始めた。どこかただならぬ剣幕のハザクラに、デクスは後方から声をかける。


「おい、山には入るなっつー話じゃなかったのか?」

「事情が変わった。少し強引に行く」

「行くって、どこにだよ」

「山に人間を放っている何かの元へだ。もしかしたら、そこにガルーダがいるかもしれない」

「警戒心の強い使奴なんだろー? そう簡単には会えないんじゃねーの?」

「少しでも痕跡が残っていればそれでいい」


 雪を被った茂みを強引に掻き分け突き進むハザクラの肩を、ジャハルが掴んで引き留める。


「ハザクラ! あまり急ぐな!」

「急いでない」

「ならば認識が甘い。今のお前は、どう見ても取り乱しているようにしか見えんぞ!」


 ジャハルに叱責され、ハザクラは目を地に這わせる。


「……すまなかった。先頭を変わってくれ」


 そうしてジャハルの隣を抜けようと、少し茂みを押し除けて進む。すると、ハザクラの足が一気に膝まで雪に埋まった。


「――――なっ」

「ハザクラ!」


 落下するように雪に飲まれて行くハザクラ。咄嗟にジャハルが手を伸ばすが、ジャハルの足元の雪も崩れて地面が傾いて行く。崖を隠すように降り積もっていた雪が割れ、2人を谷底へと突き落とした。




 2人は全身にコイル状の防壁魔法を展開し、落下の衝撃から身を守る。着地前にハザクラが感じ取ったのは、辺り一面に薄く広げられた混乱魔法の波。あまりに初歩的で粗雑な術式だったため、気が動転していたハザクラは気付けず、当然のように気付いていたジャハルはハザクラが気付けていないことに気が付かなかった。


 ハザクラが雪中から頭を(もた)げたその時、凄烈な銃声が鳴り響いた。


「――――っ!?」


 丁度広げていた防壁魔法に、猟銃の弾丸が命中し跳ね返る。銃声の方向には、(みの)に身を包んだ1人の小柄な壮年の男が立っていた。


「……お前達、そこで何してる?」


 見つかった。キュリオの里では、部外者が山へ立ち入るのは禁忌。ハザクラはこれ以上警戒させぬよう全身の力を抜き、如何にして異能の影響下に置こうかと思案する。そこへ、頭上から別の声がした。


「おーい。大丈夫かー」


 デクスが暢気(のんき)にも声を発する。村人は更なる侵入者の存在に顔を(しか)めデクスの方を見上げる。ハザクラは村人の警戒心がもう解けることはないことを察知し、無理矢理にでも封じ込めようと短剣に手を伸ばす。しかし、次にデクスが発した言葉を聞いて足を止めた。


「お! アンタが“案内人”か?」


 デクスは颯爽と崖を降り、村人の前までやってくる。


「案内人……? 何のことだ」

「あ? アンタじゃねーの? “俺達ダンタカに言われてきたんだけど。この先村で暮らすならキブチについて案内人から説明受けろってさ“」


 デクスのハッタリに、村人は少し驚いたような顔をしてから目を伏せ考え込む。


「ダンタカさんが……? 案内人……ヤツカ爺さんのことか……? クソッ……そういや雪掻きまだしてやってねぇな……」


 村人は銃を肩に担ぎ直し、顎をしゃくって先を示す。


「俺が案内してやる。ついてこい」

「助かるぜ。おーい! 早く行こうぜー!」


 そう明るい声色でハザクラ達に振り返るデクスは、酷い顰めっ面をしていた。剥き出しにした歯茎と筋張った首筋からは、言葉にせずとも「次は助けてやんねぇぞ」と聞こえてくるようで、ハザクラは慚愧(ざんき)に堪えず顔を伏せた。


「……ああ。ありがとう」


 2人は雪塊から抜け出し、村人とデクスの後を追いかけた。




「キブチと言うのは、キュリオの里に古くから伝わる門外不出の言い伝えだ」


 村人が雪道を先導しながらデクス達に語ってくれた内容は、サラミやダンタカが語った内容とほぼ同じものだった。但し一つだけ異なるのは、村にいた老人と同じく山の神をカザン様と呼んだことだった。


「――――だからこの山は、限られた人間しか入ることを許されていない。カザン様のご加護を受けた神聖な土地なんだ」

「へー。じゃあ崖に張られてた魔法は儀式かなんかか?」

「いや、ただの熊除けだ。ああでもしないと村まで下りてくるからな。だが、たまにトナカイや“お恵み”もかかるから、こうして見回りをする」

「へー。お恵みって何だ?」

「見てりゃわかる。……一つだけ断っておくが、村に住む以上俺たちのやることに口出しはしないでもらおう。邪魔するようなら……先程も伝えた通り、キブチは門外不出だ。わかるな?」

「わーってるよ。俺らだって脛の(きず)は数え切れねー。ここも追われちゃあ野伏かキノコになるしかねぇんだよ」

「なら黙っていろ。“お恵み”が逃げる」


 村人はデクス達に掌を向けて制止させ、山肌上方に向け銃を構える。そして、引き金を引いた。


 火薬の破裂音が鳴り響き、風に揺られて硝煙の匂いが鼻腔を漂う。


 雪に一本、真っ赤な筋を描いて、“裸の成人男性が転がり落ちてくる”。


「気にするな。見た目が我々と似てても、知能は獣と変わらん」


 村人は仕留めた成人男性に近寄り、手に持った細長いナイフを眼窩(がんか)から脳天に向け突き刺した。それから中身を掻き回すように手首を返し、ゆっくりとこちらに振り返る。


「そこの女。手伝え」


 村人からの指示を、ジャハルは聞いてはいるものの答えはしない。彼女は怯えるでもなく、かと言って憤慨するでもなく、悲しみに暮れるでもなく、直立不動のままじぃっと村人の男と成人男性を眺めている。


「おい、聞こえないのか?」

「俺がやろう」


 苛立(いらだ)ちを見せた村人の前にハザクラが立つ。


「……川まで運んで血抜きをする。そっちの腕を持て。引き摺るなよ」

「分かった」


 ハザクラは村人と共に成人男性を担いで行く。デクスもその後に続こうとするが、依然として微動だにしないジャハルを放っておくわけにもいかず声をかける。


「おい。いつまで突っ立ってんだよ。早く行くぞ」

「………………」

「人殺しがそんな珍しいか? 良心的な方だろ。すぐにトドメ刺してたしよー」

「デクス。君は気付いていたか?」


 ジャハルがやっと発した声に、デクスは眉を(ひそ)める。


「……あの裸男が、ずっとデクス達を尾行していたことにか?」

「それもそうだが、彼が撃たれる直前の、彼の仕草だ」

「確信は無かったが、やっぱそうか」

「ああ……」


 ジャハルの表情に、僅かに感情が乗る。それはやはり、恐怖でも、怒りでも、悲しみでもない。彼女の頭を支配したのは、不可解という困惑。


「彼は、自分から撃たれに行った……?」









 少し時間は巻き戻って、4人のいる場所から、更に北へ数km。


「ゾウラさぁん。戻りましょうよぉ。あったかいお家でゲームしてた方が楽しいですってぇ」

「探検も楽しいですよ! ほら! 木の実がありますよ!」

「木の実ぐらいあるよ……森だもん……」

「冬に生るなんて面白いですね! 食べてみましょう!」

「その辺にあるもの気軽に食べないでぇ〜……」


 好奇心旺盛なゾウラに無理やり付き合わされてきたレシャロワークが、げっそりとしながら雪山をフラフラと登って行く。その先を行くゾウラは公園に来た幼児のように元気で、雪下駄をパタパタと鳴らし駆けて行く。


「帰りたぁ〜い。カガチさぁ〜ん。どっかで見てるんでしょぉ〜。山は危ないからゾウラさんに帰るよう説得して下さいよぉ〜。カガチさぁ〜ん。カガチさぁ〜ん? あれ? マジで居ない感じ? これゾウラさん怪我したら私首チョンパの刑の感じ?」

「レシャロワークさーん! こっち来てください!」

「進むの早くなぁい? どこぉ?」

「こっちです! こっち!」

「こっちで分かれば苦労しないんだなぁ」


 レシャロワークがのそのそと歩いてくると、ゾウラは目の前を指差す。


「レシャロワークさん。これ、何でしょうか?」

「あー……。あー……?」


 見上げるほどの雪の塊。豪雪のせいで全容は見て取れないが、雪の隙間から見える材質は明らかに植物や土ではなく、金属質であるように思える。


「何かの建物でしょうか?」

「こんな山奥にぃ?」


 レシャロワークは壁に近づき、手で雪を払っていく。すると、払った箇所から文字らしきものが現れた。


「なんか書いてありますねぇ」

「見せて下さい! ……これ、なんて書いてあるんですか?」

「これはねぇ。……これは……」


 そこに書かれていた文字を見て、レシャロワークは静かに息を呑んだ。


 「……”魔導ゴーレム・ロジスティクス株式会社“」

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[気になる点] 魔導ゴーレム……やっぱり使奴関係か?
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