204話 作為的な幸運
〜狼王堂放送局 居住区西部 鈍色の街 あまちゅ屋の隠れ家〜
「整理してみれば、実におかしな話だ」
ラルバが黙って見守る中、ハピネスは悠々と語り始める。
「折角秘密裏に侵入ができたと言うのに、大ダコを見せびらかせてしまえば存在がバレるどころか、敵意があると白状しているようなものだ。仮に見せるにしたって、妄想の異能者と同じように徘徊に留めるべきで、幾ら笑顔の七人衆に脅されていたからとは言え闇雲に人を殺すべきではなかった。どうせ地盤沈下が起きれば皆死ぬのだから」
そこに、ラルバも意見を付け足す。
「……反抗夫は掘った土砂を、狼王堂放送局から数km離れたところに廃棄していた。コンカラはそれに便乗して同じ場所に棄てていたみたいだけど……、そのせいで幾つもの巨大な硬山ができてしまっていた。あんなの、近くでデカい穴掘ってますって言ってるようなもんだ。宝探しに来た反抗夫の連中ならまだしも、コンカラは秘密裏に作戦を成功させなきゃならなかった。途中撤退は厳禁。なら山作るどころか、同じように穴掘ってる反抗夫の作った硬山も崩しておきたいと思うんだけどね」
徐にハザクラが手を挙げる。
「だが、それらは全て憶測だろう? 偶然も重なれば必然とは言うが……、今のところただ重なっただけの偶然にしか見えない。それだけでガルーダを結びつけるのは早計だ。決め手はなんだ?」
ラルバがハピネスの方をチラリと見る。
「……ラルバの方は後で聞くとして、特に強く思った違和感は時系列だ。反抗夫が言うには、異能を複製されるとしたら地下道に大ダコが侵入してきた時じゃないか、と言う話だった。そして、大ダコの最も古い目撃事例が大体2ヶ月ほど前。つまりコンカラは、不慣れな他人の異能を使い、一国を潰せるだけの大穴をたった2ヶ月で掘り上げた。ということになる。どう考えても無理があるだろう?」
「確かに……そうだな」
「だが、指揮の異能を掘削に利用したのは確かだ。となると、コンカラがノノリカと接触したのは、大ダコ出現より前ということになり、更に言えばノノリカが狼王堂放送局の地下に籠るより前ということになる」
「ノノリカがここへ来るより前? だとすれば、更におかしな話になるぞ」
「ああそうだ。コンカラは、外部でノノリカと接触した後、反抗夫が地面を掘るのを確認してから同時に掘削を始め、彼らと同じ場所に土砂を廃棄していたことになる」
「反抗夫は構成員全員が掘削要員だ。それに破裂の異能者もいたし、コンカラより遥かに条件がいい。それなのに、コンカラは反抗夫以上の大空間を、反抗夫より先に掘り上げたというのか? 不慣れな他人の異能で?」
「おかしな話ではあるが、不可能ではなくなる」
「……仮にそれができたとして、コンカラは反抗夫が狼王堂放送局に来るのを知っていなきゃおかしい。誘導されていたのか?」
「さぁ。そこは正直どちらでもいい。そんなことより私が気になっているのは、そのタコだ」
ハピネスが、ジャハルの抱いている小ダコを指差す。
「え、まさか、この子がガルーダの仲間とか言うんじゃないだろうな!?」
「安直すぎるぞジャハル。詳しくは……ラルバの話を聞いてからにしようか」
ハピネスにそう言われると、ラルバは口元を手で覆ったまま中空を眺めて話し始める。
「……妄想の異能に限らず、異能生命体が消滅するのは単純なエネルギー不足だ。何をエネルギーとして消費しているのかは未だに謎だが、何らかのエネルギーを消費しているということだけは分かっている。よって、人形や兵器などの非生命体を模した異能生命体は、異能者の死後1時間もせずに消滅する。だが、ちゃんとした生命体を模している場合。呼吸や摂食、吸水等によって死期を大幅に延ばすことができる。が、飽くまでも延ばすだけだ。一月も保てば良い方だろう。だが……その小ダコは少々元気過ぎるな」
ラルバがずいっと顔を寄せると、小ダコは怖がってジャハルの背中に隠れてしまう。ジャハルは小ダコを庇い言い返す。
「何も前例だけが全てじゃないだろう! それに、そもそもこの子の異能が妄想だってこと自体憶測だろう!?」
「異能生命体ならどちらにせよ一緒だ……。それに、コイツの本体は私達がここへ来る前に死んでいたんだろう? ならば、それからは何を食って生きてたと言うんだ? コンカラの生み出した大ダコと同じように人間でも食ってたって言うのか?」
ラルバはジャハル越しに小ダコをジイっと見つめ、目を細め不満そうに漏らす。
「工事の手伝いにしてもそうだ。度重なる巨大化と縮小。長時間の運搬作業。毎日腹一杯飯を食ってたとしても、とっくに消えてなきゃおかしい。そして今し方確かめた、体組織の高速修復能力。妄想の異能は変身であって維持じゃない。体の一部のみの修復は、お前の異能によるものじゃない。今のお前は、何か“別の異能”によって生かされている。だが……その様子を見るに、無自覚のようだな」
それを聞いたハピネスが、渋い顔で俯き溜め息を漏らす。
「……元先導の審神者シュガルバが王座を降りた理由が、私を先導の審神者にするため……というのは話したな? だが、それともう一つ。“空席を埋めるため”という理由もなくはない。シュガルバがまだ先導の審神者だった頃、笑顔の七人衆の1人が突如失踪するという事件が起き、一席は暫く空席のままだった」
ジャハルが、思い出したばかりの名前を小さく呟く。
「“レオライヤ”……」
「そう。“死体呼びのレオライヤ”。収集家ポポロの孫娘だ。詳細は不明だが、ポポロは彼女を“影占い“の異能者だと言っていた。彼女は死者を呼び覚まし、その声を聞き、また操ることができたという。……収集家ポポロに自害は無意味と言われるようになった所以でもある」
「レオライヤはポポロが殺害したと聞いているが……」
「表向きはね。だが、実際は何の前触れもなく忽然と姿を消したそうだ。誰の目に触れることもなく、煙のように。そんなことができるのは……私が知る限り、ガルーダくらいしかいない」
ハザクラがハピネスに詰め寄る。
「タコの生存を、失踪したレオライヤが手伝っている可能性がある。そして、レオライヤ失踪の犯人としてガルーダを疑っている。まさか、感じた作為的な幸運と言うのはこれか? そんなものが決め手だなんていうんじゃないだろうな」
「……もう一つ。ラルバ、狼王堂放送局を出たら、どこへ向かうつもりだ?」
「小ダコの出自が怪しい。こいつの故郷である”キュリオの里“に向かうつもりだ」
「……これが最後の理由だ、ハザクラ。私は、”キュリオの里“に行ったことがない」
「それがなんだと言うんだ?」
「私が王座に就くより前に消えたレオライヤ。その推定される居場所が、数少ない私の行ったことのない国。まあ、キュリオの里はベアブロウ陵墓領で国ではないのだが……」
「全く理由になっていないぞ」
「私がキュリオの里に行かなかった理由は、あそこが気にかけるまでもないくらいに平和だったからだ」
ハピネスはハザクラに背を向け、ジャハル――――元い、小ダコの方を見る。
「そんな平和な国から、たった1人でこんな砂漠まで。君は一体、“何から逃げて”きたのかな?」
小ダコは酷く怯え、ジャハルの背中でガタガタと震え身体を縮こませる。それはハピネスに怯えていると言うよりは、頭に浮かんだ”何か“に恐れをなしているように見える。
「半分以上願望に近い憶測と言うのはこういう意味だ……。もしかしたらレオライヤは生きていて、ガルーダによってここへ追いやられた小ダコを影占いによって生かした……。もし彼女が生きているなら、どうにかグドラを呼び出してドロドに敵討ちをさせたい」
「馬鹿な……。半分以上どころか、まるっきり願望じゃないか! それに死体呼びだと? 死者を甦らせる異能なんか、旧文明にも存在しない! 死後の世界どころか魂の可能性だって疑わしいというのに――――!!」
「異能は魂に宿ると言う。グドラがもし異能を使える状態で甦ったならば、それは誰の目にも同一の存在として映るだろう」
「慰めにもならない! 全てはただの都合のいい憶測で、その結論が死者の甦りか!? それをドロドが知ったらどうする!?」
「言うのかい? ドロドに」
そう言って恨めしそうにこちらを睨むハピネスを、ハザクラはこれ以上追及することができなかった。これより先は、ハピネスの妄想を貶めるだけでなく、ドロドの微かな望みを断つことになってしまう。元はと言えばハピネスの勝手な妄言が原因ではあるが、それでもハザクラはこの継ぎ接ぎだらけの小さな希望に踏み込むことはできなかった。
「……ところでよ」
奥で話を聞いていたケイリが、小さく声を上げる。
「私は……聞いててよかったのか……? その話」
ジャハルとハザクラは互いに顔を見合わせ、ラルバとハピネスは無反応を貫く。
「その……笑顔の七人衆が死んだとか、甦るとか……そこのあんたが笑顔の国の国王だとか……。ドロドに言う言わないとか……をよ……」
無関係のケイリにも察しがつく、それこそ世界情勢がひっくり返るような機密情報。ガスマスクの奥で酷く具合の悪そうな顔で尋ねるケイリに、ラルバが肩を組んで頬がつきそうな距離まで近づく。
「あらぁ〜聞いちゃった!? 聞いちゃったねぇ!? 狼王堂放送局に検閲してもらってる特大裏情報!! 聞かれちゃったかぁ〜!! こりゃあ参った!!」
大声でわざとらしく捲し立ててから、途端に優しそうな笑みを浮かべる。
「手伝ってくれるね?」
「な……何をだ……」
「そらもう。色々。遍く全てを」
「…………ろ、碌でもねえ奴……」
こうして、ラルバ達は便利な傀儡を得ると共に、次なる目的地へ向けて支度を始めた。目指すは小ダコの故郷である雪国、キュリオの里。




