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シドの国  作者: ×90
狼王堂放送局
203/286

202話 手を取り合って

 崩落する地下空間から脱出したハザクラ達は、地盤沈下を阻止するため狼王堂放送局中央施設を目指して走り出した。ナハルは未だ弱体化から復帰できず、異能で強化されているハザクラに追いつくのがやっとである。しかし、コンカラの自決から既に10分以上が経過している。いつ地が割れ街を飲み込むか予測もつかない。半ば手遅れなのではないかという疑念を振り払い、がむしゃらに地を蹴りイチルギ達の元を目指す。


「間に合え……!!! 使奴が3人もいれば、まだ活路はあるはずだ……!!!」


 ジャハルはナハルと共にサノマを探しつつ、先を行くハザクラを追いかける。


「サノマー!!! サノマいないか!!! クソっ……ダメかっ……!!!」

「他の使奴も居ないようだ……こんな時に限って……!!!」


 一足早くハザクラが中央施設へ繋がるゲート前まで来た時、そこにいた見知った顔に気づき急停止する。


「や。待ちくたびれたよ」


 ハザクラの目の前には、大の字になって寝転ぶバリアの姿があった。


「せ、先生……? 何を……」

「天変地異阻止」

「へ……?」

「地表のアスファルト部分だけだけど、国まるごと異能で固めてる。暫くは崩落することはないよ」


 途端に全身から力が抜け、その場にぺたんと座り込み盛大にため息を吐く。


「〜〜〜〜っ!! はぁ〜〜〜〜!! よ、良かった…………!!」

「良くないよ。暫くって言ったでしょ。早くなんとかして」

「は、はいっ!」


 ハザクラはすぐさま立ち上がり、追いついたジャハルと共に中央施設の方へ走って行く。それから少し遅れてきたナハルは額の汗を拭い、バリアを見下ろす。


「……助かった。ありがとう」

「ん。……シスターには使奴部隊のこと言ったよ。ジェリー」

「……っ。……そうか。すまなかった」

「謝るくらいならラルバ探してきて。ダッシュ」

「あ、ああ」




 ラルバ、イチルギ、ラプー、メギド、ハイア。そして大明陽消のメンバーとサノマにより、すぐさま周囲の地盤の固定が行われた。それから空洞を埋める充填作業に取り掛かろうとした時、密入国していた“あまちゅ屋”と“反抗夫”が協力を申し出た。


「ケイリさーん! そっちどーお?」

「知らん! 反抗夫の頭領次第だ!」

「こっちはバッチリだぜ!! 良〜いコード書くじゃねえかケイリ!!」


 あまちゅ屋のケイリが書いた指示通りに、反抗夫の頭領ノノリカが指揮(プログラム)の異能を動かす。空に真っ黒な筋雲を描く大小様々なトンボの群れが規則正しく蠢き、硬山から運んだ砂粒を竪穴から地下へ運び入れる。


 脳内で異能生命体全ての指示を統括するノノリカにとって、指揮(プログラム)の複雑な試行錯誤は困難を極める。そこでケイリがノノリカの代わりに異能生命体の種類と経路、役割を書き出すことによって、ノノリカはその分思考を指揮(プログラム)に専念できる。愚直に運んだのでは非効率極まりない土砂の空輸も、僅か2日足らずで実現させた。


「こりゃあ楽でいいや!! 片手間で靴紐だって結べちまう!!」

「じゃあもう少し負担増やしていいかい? バッタ型をもう3000匹と、ミツバチ型をその倍……」

「ウソウソウソウソ!! 強がり強がり!!」

「ピリさんや、地下の方見てきてくれるかい?」

「そろそろ第二段階? カヒロさん達に指示出してくるね!」

「頼んだよ」


 地下ではあまちゅ屋のエンジニアと反抗夫の掘削員、そして破裂(ラプチャー)の異能者カヒロによる転圧作業が行われている。反抗夫が発明した、破裂(ラプチャー)の圧力で地を均す箱型の転圧機。それをあまちゅ屋のエンジニアが、より広範囲を短時間で転圧できるよう改良した。破裂と転圧による爆音が響き渡る地下で、あまちゅ屋メンバーが聴覚保護のヘッドホンを強く抑えながらガスマスクの中でニタニタと自慢げに笑う。


「いい感じですね〜!! にゃはははははっ!! 反抗夫さ〜ん!! ポンプまだ大丈夫そうっスか!?」

「ん〜分かんねぇ!! 次のサイクルで点検するわ!!」


 ガスマスクの中に仕込んだ通信機で、あまちゅ屋のエンジニアは反抗夫の掘削員と楽しげに会話する。


「いやぁ面白いこと考えますね〜!! 破裂(ラプチャー)の異能で転圧機とは!!」

「破裂の圧力でピストン回しとるだけよ!! エンジンの基本原理だわな!! 形にするのに3年かかったわ!!」

「3年で!? すげ〜!! でもこれ異能連発してるからけっこー疲れますよね〜!! カヒロさぁん!! そろそろ休憩しませんか〜!? カヒロさ〜ん!?」


 カヒロは額に汗を浮かべながらも、疲労を隠して笑い親指を立てる。


「ん〜頑張り屋さんですねぇ〜!!」

「ちぃと無理しいだから心配でもあるがな!! あの様子じゃまだ平気だろ!!」

「にゃはははははっ!! お? あ!! カヒロさんストップ〜!! “お迎え”来たよ〜!!」


 そう言ってエンジニアが指差す方には、家よりも巨大な“大ダコ”の姿があった。大ダコが機嫌良さそうに手を振ると、あまちゅ屋も反抗夫も機材を置いて駆け寄る。


「いやあ便利便利! 移動経路確保しなくて良いのはありがたいね〜!」

「お陰でうちのトロッコマンが暇そうにしてやがるぜ。おいタコ坊主! 現場終わったらウチにこねぇかい?」

「あ、ずっこい!! ウチも狙ってたのに!」

「がははは! 良いぜぇトレジャーハンターはよ!! 宝探しは男の浪漫だ!!」

「そんなこと言ったら、同人誌は全人類の浪漫だよ!!」

「どーじんしってなんだ?」


 凡ゆる異能生命体は、産み出した異能者の死後1週間ほどで消えてしまう。しかし、それは異能を維持するエネルギーが絶たれるが故の、いわば餓死に近い現象。だが幸いなことに妄想(ロング)で生み出した大ダコは栄養素の経口摂取が可能で、異能者本人の意識や記憶も完全に引き継がれている。例えて言うならば転生に近い状況。その上、それらを理解しサポートしてくれる仲間がいる。これは“彼”にとって思いがけない幸運であった。





〜狼王堂放送局 中央部 鈍色の街 (バリア・ハザクラ・ジャハルサイド)〜


「たった2週間で随分進みましたね」


 工事用に開通させた竪穴傍の詰所で、ハザクラが工程表を覗き込む。そこへバリアが右手に握った赤ペンで修正を入れつつ、同時に左手で図面を起こす。


「かなり遅い方だよ。使奴が4人も監修してるんだから、普通はこの程度の穴埋め1週間もかからない。て言うかサノマ(分身)がいるんだから半日で終わる」

「……人手不足ですか?」

「あと技術不足と弊害過多。弊害の方は主にイチルギの我儘だよ。使奴だけで解決するのを極端に嫌がってるから……。サノマがサボってても、ハイアとメギドとカガチを手伝わせれば丸一日で終わるのに。カガチはどこいったの?」

「さぁ……」

「カガチがナハルを助けに行ってればこんな苦労せずに済んだのに……。会ったら一発くらい殴ってもいいかな」

「やめて下さい。先生とカガチが喧嘩したら大陸に穴が開きます」

「いいじゃん穴くらい」

「……それに、イチルギの提案も決して悪いものではないじゃあありませんか。お陰であまちゅ屋と反抗夫を懐柔するいい口実になっていますし、大ダコの心理的負担の緩和にも繋がっています」

「空洞埋める方が先。そのせいで丸3日地面にへばりつく羽目になった」

「も、申し訳ありません……」


 不機嫌なバリアをハザクラが嗜めていると、ドロドを背負ったジャハルが工事現場から戻ってきた。


「戻った。C班からの報告で、先日の雨で遅れが出ているそうだ。日程調整を頼む」

「あー疲れた! なんか不健康そうな食いもんくれ!」


 ハザクラは棚にあった焼き菓子をドロドの口に詰め込み、ジャハルにコーヒーを差し出す。


「ああ、ありがとう。日程調整は今先生がやっているところだ」

「……早いな。後で持って行こう」

「うめ〜。脂肪肝が捗る〜」


 ジャハルはコーヒーを啜りつつ報告を続ける。


「さっきラルバに会ったが、明後日にはここを発つそうだ。それまでに用事を済ませておけ、と」

「……わかった。それまでには決めておく」

「それともう一つ。カガチとゾウラはいいとして、まだハピネスも見当たらない。どこへ行ったのやら……」

「碌でもないことをしてないといいがな」

「2週間も姿を消しておいて、何もしていないということはないだろう……。後でラプーに聞きに行こうか?」

「いや、変に邪魔すると後で面倒臭い。出発までは放っておこう」

「まあ、いいか……いいか……? 大丈夫か……?」


 焼き菓子を食べ終えたドロドが、椅子に這い上がってコーヒーをグビグビと飲み干しつつ文句を溢す。


「この様子じゃ“首謀者の正体も分かんないまま“だろうなぁ。せめて服の破片の一枚でも出ればねぇ」


 独り言のような物言いに、ハザクラとジャハルは強張りかけた体を無理矢理弛緩させる。


 地上に脱出した後ハザクラ達は、コンカラ少尉の存在を隠蔽することにした。ドロドがコンカラ少尉のことを知る由もないが、彼女は極めて勘が鋭く頭も回る。小さな違和感から真実に辿り着いてしまうかもしれない。自分のせいとは言わずとも、コンカラ少尉の娘が亡くなった背景にドロドの治療があったのは事実。心に傷を負いかねない。そして、コンカラ少尉の遺した”冗談“という言葉も引っかかる。真実が明らかになるまでは、それがドロドにどう影響するのか、それらを判断した上でないと、いたずらにドロドを傷つけるだけになってしまうかもしれない。


 そのため、今回の事件は“始まりの終焉教団の残党による国家転覆を兼ねた首謀者不明の無理心中”としか伝えていない。真相を知っているのは、ハザクラとジャハル、大ダコ、そして使奴のみである。


「笑顔の七人衆辺りが絡んでそうな気はするが……、あいつらまだ雲隠れしてんだろ? 早いとこ見つかんないもんかね」


 次々に際どい部分を突くドロドの独り言に、ジャハルが演技を通し続けることに自信をなくし背を向ける。


「イチルギ達を手伝ってくる」


 そう言い残して詰所の扉を開くと、その拍子に見知った顔が中へ入ってきた。


「――――――――ハピネス!?」


 2週間もの間姿を消していたハピネスが、ふらりと帰ってきた。そして、ドロドの前まで来ると小さく溜息をついた。


「誰だお前。人の顔見て溜息つくなよ」


 ドロドは2杯目のコーヒーを口にしながらハピネスを見上げる。嫌な予感がしたジャハルとハザクラがハピネスを止めようとするが、彼女はそれよりも早く口を開く。


「実行犯はコンカラだ」


 時間が止まったようにハザクラとジャハルが動きを止める。緊張で溢れた唾を飲むことも忘れ、冷や汗が首筋を流れる。


「人道主義自己防衛軍の少尉。知っているな? ドロド」


 ドロドの手からコーヒーカップが滑り落ちて、地面にぶつかり砕け散る。


「フィズリースが君を治療している間に死んだ少女の、母親だ」


 震えるドロドの目は、驚きではなく、悲嘆によって揺れていた。


「……そうか」


 彼女の声色は極めて落ち着いている。恐らくは、有り得なくはないだろうという程度には考えていた、極僅かな可能性の一つ。ハザクラ達がドロドに結末を隠したことは、決して杞憂などではなかった。


「で、今更なんでアタシにその話を?」

「…………話すべきだと思った」

「嫌がらせか? 生き延びたことを悔いろとでも?」

「逆だ。コンカラは脅されていたんだ」

「脅されていた……?」

「笑顔の七人衆、“逆鱗グドラ”に」


 逆鱗グドラ。世界で最も危険で、最も理不尽な男。名前を呼べば斬首刑。姿を見れば絞首刑。視界に入るだけで殺す理由になる。この世で唯一その名を口にすることが禁忌とされる男。


「それは外野が勝手にそう呼んでいるだけ。グドラをよく知る人物は、奴を“冗談好きのグドラ”と呼んでいたよ。何にでも怒って八つ当たりをするってのは、奴が冗談の中でも極端な“キレ芸”を好んでやるってだけの話だ」


 名前を呼ばれただけで怒ったら面白いだろう。目があっただけで怒ったら面白いだろう。普段から稚拙な駄洒落や素っ頓狂な言い回しを好む笑上戸のグドラだったが、壊滅的な笑いのセンスと命への軽薄さ、そして桁外れた戦闘能力が、彼を笑顔の七人衆の座に座らせた。その横暴さは、笑顔の七人衆の中でも随一。彼はその昔、10年以上連れ添った最愛の妻を拷問死させた直後に「なんつって、冗談だよーん!!」と笑い飛ばし、死体をそのまま排水路へと流し廃棄した。彼にとっては、面白いと思ったことこそが最も大切で優先されるべきことであり、その他は例え最愛の妻でさえ些細なものなのだ。


「ドロド、君の傷も奴の“冗談”によってついた傷だ」


 ハピネスがドロドの腕を指差す。


「奴は、遊び半分で君を爆撃した後に、コンカラの娘が病死したことを知った。そこで、コンカラを脅した。ドロドを国ごと潰せ、と。理由なんてない。奴は国家同士の役割だとか、政治経済だとか、後のことも先のことも一切考えていない。全てを、ただの“冗談”として言い放っている。まるで、核ミサイルの発射ボタンを持った3歳児だ」


 そこまで言うと、ドロドが酷く狼狽えた顔で椅子の背凭れを握りハピネスを見上げる。


「……な、なんでアンタがそんなこと知ってんだよ」

「――――首謀者だからだ」


 ドロドの、ハザクラの、ジャハルの目が、動揺に細かく震える。3人の狼狽とは裏腹に、機械のように、それでいて厳かに応える。


「私は、笑顔による文明保安教会……国王。グドラ・レッセンベルクの娘。ハピネス・レッセンベルクだ」


 ハピネスがそう言い終わらないうちに、ドロドが左手に魔力を集中させ攻撃魔法を放つ。


 ――――直前で、波導を霧散させて手を下ろす。噴火した怒りの烈火を、ギリギリで押し殺した。だが当然怒りは留まるどころか煮湯のごとくボコボコと胸の内に沸いており、歯をギリギリと割れるほどに擦り合わせ、殺意の籠った視線で刺し殺さんばかりに睨みつける。


 その殺意の業火を鼻先に当てられながらも、ハピネスは静かに語り続ける。


「…………ナハル誘拐の前日、私はコンカラに会いに行った。他でもない、自爆テロを中止させるために」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 正の方向に向いた和気藹々とした協力関係を初めて見た気がする [一言] 笑顔による文明保安教会があちこちに迷惑かけすぎてて洒落にならない
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