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シドの国  作者: ×90
狼王堂放送局
202/283

201話 悪い冗談

〜狼王堂放送局 地底の街 (ナハルサイド)〜


 洞窟の天井が(ひび)割れ、大岩が落下する。それを、追いかけるようにして伸びた粘液が岩々を絡め取り徐々に硬化していく。大ダコが触腕を叩きつけるたびに天井が崩落し、壁は弾け飛ぶ。そして、地盤沈下を食い止めるために放たれたナハルの水魔法の粘液が罅割れの隙間から湧き出る。その繰り返し。


「っはあ!! っはぁ!! クソっ、キリがない……!!」



 使奴の魔力は無限だが、出力上限は存在する。一度に消費できる波導量に魔力回復は追いつかず、魔法を放つごとに使奴細胞は出力を落とし肉体が脆くなっていく。本来は数十人で詠唱をするような大魔法を単独で乱発したナハルは今、その代償に息を切らしている。塔を飛び越える脚力も今は十数mを跳ぶのがやっとで、200年を超える人生の中でも記憶にない疲労感が頭を揺さぶる。桁外れの演算能力を持つ思考には常に靄がかかり、耳鳴りと眠気が死へ誘うように侵食してくる。


 大ダコの薙ぎ払いに合わせ、カウンターに土魔法の斬撃を放つ。大ダコは触腕ごとぶつ切りにされ、サイコロ状になった肉片が宙を舞う。しかし、肉片は互いを引き合わせるように集まり、あっという間に元の姿に戻ってしまう。これ以上ナハルに為す術はなく、水魔法に魔力を割くため隠蔽魔法も解除してしまった。今はただ、自由気ままに暴れ狂う大ダコから逃げ惑うのみ。


 極めつけはナハルの異能の性質。反撃の異能は肉体にダメージを負った時に自動で反撃するというものであり、意識的に堪えることが出来ない。そして、何より問題なのは発動条件よりもその威力。ナハルがこの異能に目覚めた時、彼女は第一使奴研究所の実験室にいた。そこで研究員が皮膚の強度計測のため針を刺したところ異能が発動。お手伝いロボット程度の機能と知識しか持たぬ生まれた直後のナハルが放ったのは、波導を無作為に放出するだけの極めて原始的な衝撃波。だが、使奴細胞から放たれた衝撃波は第一使奴研究所の2割を破壊し、140名の死者を出す大事故を引き起こした。反撃の異能は受けたダメージによって威力が増幅することはあるが、小さなダメージだからと言って威力が下がるということは無い。今ナハルが敵の意思で薄皮一枚でも傷つこうものなら、狼王堂放送局が使奴研究所の二の舞になる。


 更に、始まりの終焉教団の狙いは恐らく地盤沈下そのもの。自分達ごと狼王堂放送局を崩壊させること。ナハルが今ここで大ダコを食い止めなければ、地上はあっという間に瓦礫と大火に包まれる。


 ナハルは逃げながら小石を拾い、背後に向けて弾き出す。使奴の力を以てすれば、ただの石礫(いしつぶて)さえ狙撃銃に匹敵する威力を持つ。小石は銃弾に匹敵する速度で飛んでいき、祭壇の上にいる教祖の頭部を捉える。しかし――――


「おや……」


 教祖の周囲で待機していた“アリの群れ”が、体を寄せ合って防壁を作り石を弾き飛ばした。直撃を喰らったアリの一部は衝撃でバラバラになって宙を舞い、“糸状に解れて”大気中に霧散した。


「クソッ……!!!」


 大ダコを止めるには、術者である教祖を止める他ない。しかし、その為には疲労困憊の身体で大ダコの攻撃を掻い潜らねばならず、近づいても今度はアリの群による妨害が待っている。更には、教祖を殺せたとしても異能生命体である大ダコが消滅する保証はない。


「さあ追い詰めましたよ、紺碧(こんぺき)の悪魔よ」


 教祖の歌うような声に、ナハルは岩盤を背負って睨み返す。眼前には信者の群れ、その奥に大ダコ。そのさらに奥に、アリの群れによって作られた高台に立つ教祖の姿。ナハルの肩に乗った子ダコは、首にしがみついたまま殺意に当てられガタガタと震えている。


「……私に何の恨みがある」

「もう化けの皮は剥がれています。我らを滅するために遣わされた地獄の傀儡(かいらい)よ、終焉の地から出て行くがいい!!」

「……話すだけ無駄か」


 ナハルは子ダコを掴み安全圏まで放り投げる。そして、力一杯に地面を蹴り大ダコの眼前に飛び上がった。


「悪く思うなよ」


 ナハルの拳より先に、大ダコの薙ぎ払いがナハルを捉える。しかし、触腕はナハルに触れる直前で爆ぜるように千切れ飛んだ。余波の爆風が信者達を吹き飛ばし、岩肌を削る。


「…………ギリギリ許容範囲内か?」


 ナハルの目論見通り、大魔法の連発で疲弊し切った使奴細胞から放たれた“反撃”は、岩盤をも穿つ大ダコの腕を八つ裂きにする程度の威力まで弱体化していた。この状態ならば例え最大火力を放ってしまったとしても、当てさえしなければ精々衝撃波で信者全員の脳をミンチにして全滅させる程度。天井の崩落も既に水魔法による粘液で塞いでいる。地盤沈下には至らない。


「全く、人の気も知らないで……。手加減するのも楽じゃないんだぞ」


 信者の過半数は転んだ際に頭を強打し動かず、その他も身体を強く打ち付けて満身創痍の状態。教祖だけがアリの防壁で難を逃れ、ただひとり惨状を静観している。ナハルは


「さて……。ご覧の通り私に勝つのは不可能だ。理解出来たら大人しくしていてくれ。こんな場所で暴れたら、岩盤崩落で全員即死だぞ」

「……善良なる御霊は救済の園へとお終わりになられる。千難万苦の闇を彷徨(さまよ)うのはお前だけぞ」

「はぁ……。こんな時、バリアがいれば苦労ないんだがな……」


 ナハルが拳に力を入れたその時、崩壊した街の奥の方から見知った波導を感知する。


「ダメだナハル!!! 彼女を殺すな!!!」

「この声は……ハザクラ?」


 ナハルのもとに現れたのは、ハザクラ、ジャハルの2人。息を切らして駆け寄る2人に、教祖が宙を扇いでアリの群れをけしかける。


「征け、無明の下僕たちよ」

『止まれッ!!!』


 ハザクラの命令を聞いたアリ達はピタリと動きを止める。続けて地面を蹴って飛び上がり、大ダコに向かって言葉を放つ。


『消え失せろ』


 大タコは小さく身を震わせると、溶けるようにして地面へと染み込んで消滅した。その隙にジャハルが瀕死の信者達に向け混乱魔法を放つ。息も絶え絶えだった信者達は完全に戦意を喪失し地に伏せ、教祖はあっという間に劣勢に立たされた。


「小賢しい……穢世の虚衆風情が」


 教祖が牙を剥き出しに2人を睨むと、ジャハルが一歩前に出て(ひざまず)く。


「お久しぶりです。“コンカラ少尉”」


 ジャハルにそう呼ばれ、教祖は憤怒の相を引っ込めて押し黙る。


「もう、やめて下さい。私の記憶に残るコンカラ少尉は、私怨などで我を忘れるお方ではございません」

「………………」


 ハザクラはナハルの方へ視線を送った後、教祖の方を向いて頭を下げる。


「お初にお目にかかります。ヒダネで総指揮官を任されています、ハザクラと申します。……軍団アマグモ所属、コンカラ少尉。複製の異能者……。確かに貴方ならば、1人で大ダコの操作も地下の掘削も可能でしょう」


 教祖は何も返さない。最早ナハルなどには目もくれず、ただ黙って2人の方を睨んでいる。


「今から18年前。当時15歳だったドロドが人道主義自己防衛軍へ緊急搬送されてきた。爆撃により右腕と両足を失う重症……そこで我が国の軍医、Dr.フィズリースが丸1日かけて彼女を救った。だがその傍ら、本来フィズリースが手術する予定だった女性の容態が急変し、そのまま亡くなった」

「……ええ、私の娘です」


 教祖の女性が頭巾を取り、その風貌を露わにする。それは、まだ幼かったジャハルの良き遊び相手でもあり師でもあった女性。コンカラ・バルキュリアスその人であった。


「イカラ……。私の可愛い一人娘……。もう一度この手で抱いてあげたかった……」


 コンカラは胸を抱いて目を瞑り顔を伏せる。ナハルは信じられないと言った様子でコンカラを見つめ、思わず言葉を口走る。


「まさか……復讐だったというのか……!? 娘を助けてもらえなかった腹癒せに、ドロドを国ごと潰そうと……!?」


 (うずくま)るコンカラに向かって、ジャハルも続けて思いを叫ぶ。


「ホースドの名を騙って、無関係の人を大勢巻き込んで……!! 私の知る少尉は、そんなことをする人じゃなかった……!!! 何故です少尉!!! 何故こんな馬鹿げたことを……!?」


 ジャハルは膝をついてコンカラの両肩を抱き顔を覗き込む。変わらず穏やかに微笑むコンカラに、困惑と憤慨の入り混じった涙声をぶつける。


「少尉!! 貴方は親友を失った私を、あんなにも心強く慰めてくれたではありませんか!!! 私の正義は、貴方の正義でもあった!! 私だけじゃない……!! 当時、貴方に憧れた者は大勢いた!! 貴方の優しさと気高さに、心を救われた者が大勢いた!!! なのに、どうして……!!! どうして……!!!」


 コンカラはジャハルをそっと押し返し、頬を優しく撫でる。


「ジャハル……あんなに小さかった子が、こんなに大きくなって……泣き虫は治っていないのね……ふふ……」

「少尉……?」

「まだ私のことを少尉と呼んでくれるのね……。ごめんなさい……」

「少尉、何を――――」

「全部、“冗談”なの」


 コンカラの口から、服毒による大量の血が溢れる。


「な――――――――!!!」


 直後、地下空間の全方位から凄まじい爆発音が響き渡る。


「ぐっ……!? 何だ!?」

「不味い……!! 今度こそ崩れるぞ……!!」


 ナハルが塞いだ罅割れがさらに大きく割れ、地響きと共に大量の岩が落下してくる。爆発音は未だ鳴り止まず、連続して地を揺らし続けている。


「ジャハル立て!! 逃げろ!! 潰されるぞ!!」

「待って!! 少尉も一緒に!! ナハル!!」

「悪いが無理だ――――……!! 魔力が足りない!!」

「じゃあ虚構拡張で――――!!」

「馬鹿やめろ!! 窒息する!!」


 ジャハルがしどろもどろしているうちに、天井が崩落し巨岩が襲いかかる。すると、それを突如現れた“大ダコ”が弾き飛ばした。


「なっ、2匹目!?」

「お前、さっきの子ダコか!?」


 大ダコは更に巨大化して天井を支え、ナハルに目配せをする。


「っ――――!! ありがとう!! ジャハル、ハザクラ!! 行くぞ!!」

「ま、待ってくれ!! 少尉!! 少尉!!!」

「諦めろ!!」

「ううっ……!!! ああああああっ!!!」


 泣き叫ぶジャハルの手を引いて、ハザクラとナハルは大急ぎで出口に向かって走って行く。それを大ダコは視線で追いかけて、それから足元で倒れているコンカラに目を向ける。


「……ありが、とう。そして、ごめんなさい……。貴方も……逃げて……」


 大ダコが優しく触腕を伸ばすが、それをコンカラは掌でそっと押し返す。


「私は、いいの……。悪いこと、いっぱい、したもの……。ほら、早く……逃げて……」


 大ダコは暫く目を震わせて葛藤していたが、意を決したように背を向けてハザクラ達を追いかけ走り去っていった。支えがなくなったことにより天井は一気に崩れ、大岩が無防備なコンカラに降り注いだ。

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